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【Event6】12/15(土)

(コンコンコン。三度のノックは恐怖心を増幅させるのもの。ゆえに部屋の主がいかに拒もうとやがて扉は開かれた。暗い部屋。蓄光クロスが描くまがいものの星空の下、少年は震え、小さく蹲っていた。)おいおい、今のおまえは“イサナ”だろ? なんで昔の“おれ”みたいな恰好してんだよ。(よく見えるよう電気をつけたのち、笑いながらその胸倉を掴んで無理やり面を上げさせる。拍子に一つ、学ランの金の釦が弾け飛んだ。彼の残機を示すように。青いカーペットに埋もれたそれはもう見えない。)あれ、怯えてる? なんだよ、こんなの慣れっこだろ。詰られるのも殴られるのも。怠け者。嘘つき。昼神家の出来損ない。えーと、あとなんだっけ?(指折り数えて思い出すのはかつて突き立てられた矢の種類。青ざめた顔を軽く叩いてやれば力なく項垂れるばかりの横顔に唇を寄せ、思い出したものから順にやさしく耳元に囁いた。)最近は慣れないことがんばってるみたいだけど、どうせ無理じゃん。どんなに努力したっておまえは普通にはなれないし、必死で隠して誤魔化したってどうせいつかバレるんだし。夢を見るのもいいけどさ、所詮理想は理想だろ。だから、(無謀な夢は手折ってやろう。)永遠におやすみ。どうせ見るなら楽しい夢だけ見たらいい。(非力な少年の細い首に指を這わせた。カウントダウンみたいに一本、二本、三本と。)
* 8/20(Tue) 00:17 * No.198

(とうに抜きとったはずの鏃で再び心を刺される度、肩が震える。は、と浅く息を吸う。けれども反論ひとつ生まれない。扉の向こう側からやって来たのは自らの心の弱さの象徴、困難に屈して剥がれ落ちた鎧の残骸。ならば今、この手に抗うすべはない。もはや一筋の涙もこぼれない。かつて泣くなと叱られた。泣けと囃し立てられた。そうして麻痺した心は長らく涙を失った。瞼もない泣けない魚と同じように。目を伏せることも許されず、ただ前だけを向くことを強要されて。泣かないのは強さの証なんかじゃない。長い間どうにもならないことが続くと涙なんか自然と出なくなるものだ。ゆえに今、顎を掴まれれば上を向き、虚ろな目で突きつけられた現実を見つめるばかり。そう、所詮理想は理想。楽しい夢に憧れて、現実でも同じようにできるんじゃないかとひととき夢を見てしまった。“普通”になんてなれっこないのに。)……でも、(それでも夢を見たのはこの世界で見た景色があまりに鮮やかで素晴らしかったから。ようやく成した言葉を遮るよう、どん、と押し倒されて仰向いた。こちらを見下ろし嗤うそいつは“自分”そっくりの貌をしている。「影。陰影。絵画・写真などで、最も暗く見える部分。」──嗚呼、確かにこれは最も暗い部分だろう。「おやすみ」の声に従う薄弱な意思が瞼を閉じる代わりにそっと両手で目を塞いだ。そうして希望はたやすく潰え、)………、(意識を手放す直前、幼い頃の記憶が蘇る。奇跡を信じて見えないものに願いをかけた遠き日のこと。小さい手のひらで目を覆い、3秒数えてから目を開ける。そしたら世界が変わってないかなって期待して。そっと目を瞑って、3秒数える。さん、に、いち。──それでも何も起こらなかった。あの時は。誰か、と叫んでも誰も手を差し伸べてくれなかった。けれど今、確かに脳裏に思い浮かべた姿があった。誰か、じゃないきみ。きみたちの姿。ぽろ、とこぼれた。)たす、けて。(熱い滴が手のひらを濡らす。)
* 8/20(Tue) 00:24 * No.199

(――心を強く持てばいいだけ。ペルソナのシャドウ化への対処法として、最適解に違いないのだろう。けれど、それが容易い事でないのだと、よく知っている。姿を見せなくなった仲間たちが脳裏をよぎるが、殊更に案じるべきは一人の少年だ。此度の騒動の中で何も報告が無かった以上、次は自分だと突き付けられるばかりの心地は想像すれば痛ましいもので。ゆえにマイ・ルームへゆく背中を追うのは迷いなく、その内側へと続くための扉へとノックをふたつ。)イサナちゃん、……イサナちゃん?(数秒、十数秒、待てども扉は開かない。現実へと戻ったのだろうか。そうと判断しようとして、けれど踵を返しかけてすぐに床を踏みしめる。何事もなかったら迷惑かもだとか、たたらを踏む胸中を蹴り飛ばして扉に手を掛ける。お姉ちゃんならばそうすべきだと、何かに背を押されたような気がしたから。――開いた扉の先、それぞれの心の内側のようなマイ・ルーム内。その姿を見つけることが叶った安堵を容易く覆い隠す異常事態に、後ろから殴りつけられたような衝撃が襲う。しかし、事態を冷静に判ずるより先に、)――シュブ=ニグラス!!(焦燥にも似て高くあげた声に呼応した、影よりも黒き邪神が放つは“ガル”。)その子から離れなさい!!(逼迫した音吐が牽制すると同時、一陣の風が吹きすさび、けれど対象の身を裂くことなくその頭上を掠めて通り抜けていくだろう。シャドウだろうと頭では理解していても、人間の姿を取るそれを直接害する事は躊躇われたために。けれど、仲間を守るためならば、踏み込むのを厭うつもりもない。宿主の心に従う邪神がふわりと風を纏う。抵抗を見せるのなら、次なる一撃を狙うはガルダインだ。)
* 8/20(Tue) 18:02 * No.200

たすけて? ハッ、どうせ誰も来やしない。だって誰もおまえを助けになんか来なかった。世界は変わったりしなかった。そうだろ? あの時も、あの時も、あの時も。(指の隙間からこぼれる滴を鼻で笑えば首筋に爪を埋めていく。たやすく引き裂けそうな薄っぺらな胸が苦しげに上下するのが嬉しくて、浅い呼吸を繰り返す唇に顔を寄せ、)要らない子をわざわざ拾う馬鹿が居るもんか。だからおれがもらってやるんだ。要らないおまえを、おれが、(少年の精気を吸い取るよう呻き声に舌を伸ばし、うっそりと笑う。絶望に慣れた子を闇で包むのは簡単だ。あっけない幕引きを咎める観客も居ない。まもなくふたつの距離はゼロになる。)──…!?(はずだった、のに。下ろされる寸前の緞帳に待ったをかけた一陣の風。次いで鋭い声がふたりの交感の邪魔をした。)おいおい。嘘だろ?(影はひどく人間らしい貌をした。またたき、驚いたように肩をすくめて少年から距離を置く。これでカウントも復活だ。)おどろいたね。こんな出来損ないを助けに来るなんてあんた馬鹿? 嗚呼、それとも偽善者かな。可哀想だってうわべだけの同情ならよく知ってるよ。可哀想なやつを助けると自分が良いものになった気になるもんな?(けれど機嫌を損ねた風でもなく、影はぺらぺらとよく喋った。彼女は格好の餌だった。より深い奈落を演出するにはもってこいの。)でもやめときなって。イサナはあんたが思ってるような子じゃないし、本当に可哀想なやつなんだ。まあ同情がしたいだけなら教えてやってもいいけどさ。こいつの昔話とか。実はこいつ──。
* 8/20(Tue) 23:39 * No.201

(もしも、にかける願いはささやかで壮大な夢だった。目を開けたら、理想の自分になったらいいのに。誰にもがっかりされない、誰も傷つけない、みんなが仲良くしてくれて、人を喜ばせられるような、人並みの、まともな少年になれたらいいのに。──でも、無理だった。がんばればがんばるほどに自分が普通でないと知る。唯一手を差し伸べてくれた人も、もうすぐこの世から居なくなる。絶対的な孤独の海に引きずり込まれる。ならばもう、と、でもだけど、がせめぎ合ったその瞬間。)…ア、イリーン……(開いた手のひらの先に、思い描いたきみが居た。ふっと体が軽くなったのは影が退いたからだろうか、急に呼吸が楽になった。が、それもつかの間。心の闇は息を吐くように暗い過去を運んでくる。それが彼女の前に並べられたてられると想像したとき、喜びも安堵も霧散した。)やめて…!(言わないで、と悲痛の叫びが影の言葉を制止する。するとぴたりと語りは止んだ。否、彼女の反応をうかがうように薄笑いを浮かべながら、影は一層色を濃くして待っただけだった。より深い絶望の色を作るべく、様々な負の感情を集め手のひらにのせるために。)…アイリーン。来てくれてありがとう。…でも、ごめん。(助けて、と願った口で彼女を拒む愚者の声。)……おねがい、何も聞かずに帰って。(知られたら最後、“イサナ”が居なくなってしまう気がして。この世から。誰の心からも、消えてしまうと。切実な叫びに手をたたいて悦ぶ影が、「だってさ。せっかく来てくれたとこ悪いけど、あんたのかわいいイサナちゃんの幻想ごとお持ち帰りくださいな」けらけらと笑いながら、真っ青な顔で震える少年の心中を見事言葉にしてみせた。)
* 8/20(Tue) 23:44 * No.202

……っは、(朧気であった記憶が鮮明になっていく。あれは、そう。用務員さん。学園に従事する一人で、中でも一際年若いその人の姿は記憶の端に在ったのだ。なんで、どうして、そうした情動は今更生じずとも戸惑いはある。語りかける影を牽制も兼ねて見据え、事態の把握の一助に、暫しその声に耳を傾けていると、)……イサナちゃん?(悲痛の声がそれを遮った。当惑に暮れて動けずにいた身に、拒絶が突き付けられて眼を瞠る。楽し気な笑い声が耳をついても、少年から目が離せなかった。影が語りかけた“昔話”の正体など予想もつかず、思ってるような子じゃないなんて、そんな言葉だって否定する材料も持ちえない。自らの存在がここに在るだけで、彼を傷付けるのかもしれないとしても、)〜〜ッ帰りません!!(張り上げた声は、お姉ちゃんらしからぬ殆ど駄々みたいな意地の音吐であった。吐き出しきった息を、もう一度大きく吸い込んだ。)……本当のイサナちゃんなんてお姉ちゃんはきっと知らないわ。幻想じゃないとか反論も出来ない。だって、ここはそういう場所だもの。(この場所はイデア・ルーム。理想を体現する場所。今、憧れの似姿で立つ自分が、よくわかっている。拒絶がもしも本心であるならばここで黙って背を向けるべきなのだ。――それでも。)それでも!イサナちゃんは一生懸命で、明るくて、人を笑顔に出来る子なの!誰かを傷付けたりしない!あなたのこと何も知らなくっても、こんなに優しい理想を持てる人だってことはわかるから……!置いていきたくないの!(踏み出した一歩が青いカーペットに沈む。もう一人の自分が、万物の母が、それに寄り添い付き従う。双方が纏う黒は、影の色でなく空と宇宙の色だ。)
* 8/21(Wed) 12:18 * No.203

(所詮彼女が助けに来たのは“イサナ”なのだ。かわいい弟分の正体が大人にもなれず子供でもいられない出来損ないだと知ってなお、その心が一分も変わらぬはずない。ゆえに願った。理想の姿のままの別れを。首がどちらに振られても、影が嗤うと知っていながら。)……っ、(臆病者の願いを跳ねのけた駄々に息を呑む。声の大きさがそのまま決意の固さを示すよう、凛とした音が紡ぐ言葉。──はじめこそ、彼女の言う“イサナ”とは幻想のことであった。この世界には虚構しか存在しない。それでも、姿かたちも能力も、全てが偽物だったとしても、だからこそイサナは創られた理想の存在で、ならその理想を描いたのは?)……おれだ。(我は汝、汝は我…イサナはおれで、おれはイサナ。ぽろと剥がれ落ちた鱗が光る。流れゆく勇魚の欠片。人は苦しみの渦中でもがき苦しむさなかより、希望の光が見えたときにこそ泣くのだろう。──ひらめいたあの日の光景。天高く、澄み渡った秋の空。あの時も、きみはぼくを待っていてくれた。あがく少年の横を一人駆け抜けていくこともできたろうに、一緒に走ることを選んでくれた。)……おれも、いっしょに行っていいの…?(きみのもとへ。一度は剥がれた鎧を再びまとった強いきみ。美しき純黒。淀みない黒が広がる其処に、手を伸ばしてもいいのだろうか。──遠く、影が揺らめく。「おめでたいやつ。また期待なんかして」「いいか、奇跡なんて起きないやしない」「拾うのは容易い。捨てるのはもっとだ」言葉で心を掴んで揺さぶる。)行けるかな。……アイリーン、ぼくも強くなれると思う?(きみのように。揺れる声は頼りなく、けれど揺さぶられながらも青に手をつき、膝をつき、身を起こして深淵を映す真円が、彼女の姿をようやく真正面から捉えてひかる。)
* 8/22(Thu) 23:44 * No.204

(諦めて、投げ出して、弛緩した身体に宿る気配を感じられた。案じる面持ちには明るみが満ちて、迷いなく彼の言葉に何度だって頷いて応える事だろう。――けれど影は語る。己の知らないその姿について、理路整然と筋道だった反論など出来よう筈もないのだけれど。平生にはふんわりと垂れ下がった目尻をキッと吊り上げて、かの影を睨みつけた。)――うるさぁいっ!!(今尚足を掴むかの如き悪い子に叱責が飛ぶ。残念ながら現実の少女も理想のお姉ちゃんも諍いは得意でなく、口撃に転じるには随分と心許無い。だから、向き直る。影を討つのは自らの役目ではないのだ。柔く沈む足を前へ、前へ、水をかき分けるかのように躊躇いも迷いも振り払って進む。やがて留めた身体は、少年の傍で温容に笑い掛けよう。自分の役目といえば、そう。仲間の傍で、その身を支えるくらいなものだ。)大丈夫。……お姉ちゃんもイサナちゃんも、最後まで走りきったでしょう?(判断材料なんて全部、理想を体現した欠片たち。陸地から大海原へと至ったかつての鯨の祖先たちみたいに、この理想の中では何処へも行ける足となり得るに違いない。)お姉ちゃんね、これまでみたいに、みんなと冬の遊びが出来るかなってちょっぴり期待してたんだぁ。でもこの階はそういうのないみたいだから……みんなで、冬にしたいことのお話でもしたいな。……そこに、イサナちゃんがいてくれないと、お姉ちゃん寂しいわ。(幾重にも枝分かれしているかのように、点で結ばれた円のように、築いた絆の只中へ。自分が此処にいる理由なんて、ただ彼と過ごす時間を手放し難かっただけだ。)
* 8/24(Sat) 01:24 * No.205

(厭らしい笑いをつんざく雷に影が口を閉ざした一方、穏やかなばかりだと思っていたお姉ちゃんの叫びにぽかんとしたのち、開いた口からふ、ふ、と笑気がこぼれる。)アイリーンのそんな声、初めて聞いた。(垣間見えた彼女の中に居るもう一人の誰かの気配。声が大きいばかりで怒鳴り慣れていないさまはその人となりを表すようで、場違いに緩んだ声に喜色がにじむ。大きな声をあげるのはとても勇気の要ることだから。)……うん。(そうしてやさしい手が揺れる心に添えられた。「やればできる」「がんばって」「大丈夫」──過去、そんな無責任な期待や励ましのふりをした叱責が辛かった。けれど此度彼女からもたらされたのは信頼と約束。幾度失敗しようとも見捨てないから「大丈夫」。そう聞こえたのは昏い海をさまよっていた心が浮上し続けている証左だろう。)…ぼくも。夏も秋も楽しかったから、次はなんだろうってわくわくしてた。雪遊びもしたかったし、みんなでクリスマスパーティーだってしてみたかった。……年賀状も書きたかったな。(季節の移ろいを誰かと楽しむ。その尊さを知った半年だった。思い出すほど手放しかけたものの大きさを思い知る。)…でも、本当はなんでもいいんだ。みんなといっしょに過ごせるなら。(特別な演出やお題など何もなくとも。孤独な少年が欲したのは自分を対等な一人の人間として認めてくれる仲間だった。上向むいた頭を即座に抑えつけるよう影が嗤う。「対等? そんなの」)無理、だろ。知ってる。(だから反論される前に言葉を重ねた。こんな風に声を上げるのは怖いけれど。)おれがどんなにがんばったって、がんばるほどに空回った。人付き合いもへたくそで、上手くいかないことも多くて。……でも、そんなおれに良くしてくれる子も居るんだ。おまえの言うとおり、いつかはボロが出るんだろうけど、(脳裏に浮かんだのは現実の世界で得た縁。彼もまた自分の理想の姿をしていた。希望の光が海面から差し込むように、過日、名乗りを上げた相棒の言葉が蘇る。『荒波に流されるのではない、乗り行くのだ。』)…バレる前にちゃんと伝える。おれはいつだって流されてきたけど、もうそんなのは嫌なんだ!(だから、と再び彼女に向き直り、)アイリーン、……イサナがどうして生まれたのか、聞いてくれる?(波に乗る覚悟を決めた。せめて心の在り様くらい、勇魚のようにと。)
* 8/25(Sun) 01:33 * No.206

(普段は表出しづらい怒りの発露と共に、零れる呼気にはたと瞬く。綱渡りみたいな空気の中に生じた微かな綻びの正体を知れば、此方の心持ちも同じように緩むと同時、両頬に手を添えて「は、初めてこんな声出したとは思うわ……」と羞恥を覗かせた。そうだ、こんなちょっとしたやり取りをしていたいのだ。忘れられないような大きな出来事もあったり、日記に綴るまでもないようなささやかな事だって積み重ねたい。)ふふ、そうね。クリスマスにプレゼント交換とかしたら、個性が出て面白そうね。お姉ちゃん、みーんなが好きなものでいっぱいのおせちとか一緒に作りたかったな。きっとなんだって、みんな楽しんでくれるわ。あ、エントランスで出来たら、マンゲツちゃんもヒカリちゃんも一緒に遊べるんだけどなぁ。(瞼を閉じてみればその裏側には思い出も夢想も描かれていく。愛おしい日々だった。訪れなくなった皆々は、現実での幸福を信じ祈ればいい。それだけしか出来ないのだから。けれど、手の届く位置で手放すなんて、出来やしなかった。)……ええ。そうよね、なんだって。もうお互いに思い出せないようななんて事ないやり取りだって、それも含めて今のお姉ちゃんたちだもの。(まなうらの景色を大切に綴じるよう、ゆっくりと瞬いては微笑みかける。しかし何処までも追従する蛇の瞳のように、捉えて逃がさぬ影が牙を剥くのを、再び睨みつけ反論に転じようとするより先に――少年の声が遮った。今度はきっと、悲痛とは異なる音吐で。)……イサナちゃん、(ぽつり、ぽつりと綴られる、“本当のイサナ”の断片をただその後ろで拾い上げていくように聞き届ける。嗚呼、自分にも覚えがある。怖い気持ち、救われたような気持ち、そのいずれもが人から齎されたもので、少しずつ後者を信じたくなっていく事。)……うん。教えて、あなたのこと。(綻ぶような柔さばかりでないその響きは、現実の少女さえも伴って伝う。)
* 8/26(Mon) 06:07 * No.207

(風向きが変わった。厳しい向かい風から船出にふさわしい追い風へ。先ほどまで瀕死の顔で伏していた少年の瞳には決意がひかり、そのぶん影は薄らいだ。)……、(もはや口撃で傷を抉ろうとも意味はない。ならば自ら古傷を晒そうという少年の勇気がから回るのを見届けるのも一興とばかりに腕を組む。これから語られる過去を聞いてなお、彼女が面倒見のいい姉面を保っていられるか見物だとでも言うように不敵な笑みを浮かべながら。)
* 8/27(Tue) 01:05 * No.208

ありがとう、アイリーン。……っていっても、何から話したらいいのかな。(“知らない”誰かに自分の話をするのは初めてだ。紐解いた記憶のページのどこから読み上げたらいいものか、迷った末、歩み寄ったのはお気に入りの勉強机。まずは一番わかりやすい部分を見せようと、引き出しから取り出したルーズリーフに鉛筆で字を書いていく。『口 八 日 一 ネ 日 | 日 青 一』一文字一文字思い出すようにゆっくりと。ぽろぽろと剥がれていくイサナの欠片が紙面に黒い染みを作っていく。不思議なことに文字を連ねる右手はもう、理想のイサナのものではなかった。)……とりあえず、自己紹介から初めてみるね。これ、ぼくの本当の名前。……読める?(おそるおそる差し出したそれは書き順もバランスもめちゃくちゃ。知っている簡単な字や線を組み合わせてなんとかそれらしくした文字はかろうじて漢字の形を成しているが、とても中学生が書いた字には見えないだろう。ひらがなやカタカナもおぼつかない子が習ってもいない漢字を使って初めて自分の名前を書いてみせたような、そんな出来栄え。世の中にごまんといる雑な字を書く大人のそれとも少し違う。利き手とは逆の手で書いたなら納得してもらえるような。)へたくそでびっくりしたでしょ。………ぼくね。漢字がほとんど書けないんだ。読むのもそう。ほんとはひらがなもカタカナもちょっとあやしい。知ってる言葉なのに文字にしたら間違ってることだらけで、たった一行の文もすらすら読めない。(自分の話をするのが苦手なのは単に知られたくないという気持ちばかりが理由ではない。自分の状況を説明する言葉が社会にきちんと存在すると知ったのは小学校を卒業する頃。だが、差し出した説明を正しく理解してもらえることは少なかった。懐疑的な視線。怠け者が生み出したでらためのように扱われることも多く、ゆえに彼女にも端的なラベルを見せることはしなかった。まずは「出来損ない」の理由から。彼女の反応が過去の記憶と重なることはないと信じていても、こぼれ落ちる言葉の端が時折揺らめく。)
* 8/27(Tue) 01:08 * No.209

(様子を窺ってみても影は口を閉ざしている。まさか諦めただなんて思ってやいなくて、機を窺っているのだとわかる。けれどそれならそれで都合がいい。今は少年の動向だけを見守ろう。静かに頷き「ゆっくりでいいのよ」と促して、机に向き合う彼の姿を見つめていた。何か一文したためているのかとさえ考えていたその間隙、示されたルーズリーフを覗き込めば、紙面に躍るは思いがけず少ない文字数。と、それから、特徴的な字体は簡単な言葉で言い表すならば癖のあるものだった。)イサナちゃんの、お名前……、(小さく呟き、それ以降は黙してじっと見つめていた。暫しルーズリーフに視線を落としたままで耳を傾ける。自身の名ですら難しいならば、日本の修学様式では容易くはいかないだろうと想像が出来た。ゆえにまず口を衝くのは、月並みでしかない言葉だった。)そう……苦労したでしょうね。人に出来る事を自分だけが出来ないと、気持ちもどんどん置いていかれちゃうもの。(想像が出来る。それは、周囲の不理解も同時に。彼の欠片を追いかけるように、綴られた文字を指先でなぞる。正しい書き順で、几帳面な字体で、辿る事が出来るのは当たり前ではないのだろう。)でも読めるわ。文章でも文字でもね、意識しづらいかもしれないけど読み手の力も求められるものだから、書き手だけが一方的に力不足なんて事は殆どないのよ。逆でもおんなじ。ひる……かみ?がみ?もしかしたら、シンとかジンだったりするのかしら?(伝えるという行為には大小問わず齟齬や軋轢が生じる可能性はあるものだ。そっと持ち上げた瞳で彼の面持ちを見つめる。聞いているよと、そう伝えんとするかの如く。)
* 8/27(Tue) 10:05 * No.210

……うん。だからぼく、ずっと自分をダメなやつなんだって思ってた。みんなもそう言うし、ぼくより勉強が苦手な子だってできることができないなんておかしいって自分でも思った。(苦労、という言葉はあまりに簡素。しかしその意味を辞書で引けばまさしく自分にふさわしい二文字。肉体も精神も疲弊しきったあの頃を思い出して頷く声は弱弱しく、視線は自嘲気味に床に落ちた。希望に満ちた小学1年生。スタートラインは同じだったはずなのに、気づけばみんなさっとパンをくわえて走っていった。一緒にもたついていたはずの子も時が過ぎれば順に走り出していて、いつまでも無様に飛び跳ねているのは自分ひとり。はじめこそ前向きな声援だったはずの「がんばって」が「ふざけるな」「まじめにやれ」に変わっていった。)……ありがとう。みんながアイリーンみたいだったらよかったのにね。(例えば一人でも彼女のように自分の表現したものを“読もう”としてくれる大人が居たらよかった。「ひるがみだよ」と一瞬視線を合わせてから呟いて、けれど瞳はすぐに歪んだ黒い染みを映す。今度は自らの意志で潜らねばならない。今も癒えない古傷の奥深く。)がんばってるのにいつまでたってもできないから、がんばればがんばるほど、がんばるふりが上手な子って思われたり、時間いっぱいがんばったのにたったの数行しか書けなかった作文を怠け者の証拠みたいにさらされたり。……図工も得意だし体育も好きだったから、じゃあせめて得意なことはがんばろうってはりきってると、今度は好きなことしかやらない子って思われたり、そういうことがたくさんあった。(一生懸命やっているつもりで、実際に一生懸命やっていたのに、必死に跳べば跳ぶほど周囲の視線は冷たくなったのを思い出す。)……視力も悪くないし、知能検査も正常だった。だから字を書くなんて“当たり前”のことができないはずがない。字も読めないなんておかしいって。でもテストは問題を読んでるだけで時間が過ぎたし、答えがわかっても書けなかったら意味がなかった。……わかってるってことをわかってもらうのって、すごく、すごくむずかしかった。
* 8/28(Wed) 01:41 * No.211

そう! そしてそんなバカは目立っちゃいけなかった!(少年が自らの傷に頭を突っ込んで堕ちていく様を見てとれば、加勢するよう嬉々として声を上げて割って入る。)何もわかろうとしない大人もひどいが、もっとひどいのは子供の方だ。子供の世界は残酷だ。何かでがんばって目立とうものなら「でも字も書けないバカのくせに」って言われたよ。(読めないんだから要らないだろうと捨てられた教科書。書かないんだからと折られた鉛筆。)だから必死で隠れるんだ。そいつは文字が入らない以外は誰よりも活発で利発な子だったのに、気づけば暗くて頭の悪い問題児。文字のない世界に居た時は“普通”の子よりむしろ優等生の扱いだったのに、だ!(幼い頃から賢く明るい子だっただけに周囲から高く高く担ぎ上げられ、だからこそ地に落ちた時の衝撃も凄まじい。)なあ、あんたはどう思う? どうしてこの世に文字が存在すると思う?(そして問う。少年が何度も世界に尋ねたことを優しい彼女に。)
* 8/28(Wed) 01:43 * No.212

(沈痛の面持ちを見つめているうちに、鏡写しのように此方もまた痛ましげに眉根を寄せる。明々たるアイリーンよりも現実の少女に近しい表情だった。――同じクラスに、隣の席に、彼がいたら自分はどう思った? 実際その立場にならなければわからないだろうともよぎる。)……ひるがみさん。(教えられた音を反復する。“用務員さん”に新たなラベルが貼られていく。彼の理想の姿が語る過去が連なるのをじっと聞いていれば、突如として再度声をあげた影の方へ自然と眼差しが移ろった。)……理屈で言えば文字は伝える手段であり残す手段ね。文字を持たない文化文明もあったけれど、口伝には限度があると思う。日本でも何処でも、避けて生きるのは……難しい、でしょうね。(人々は石に、紙に、データに、文字を残してきた。歴史を紐解けば遡るにも横の繋がりを辿るにも幾重にも枝分かれしていくものだ。紀元前まで遡るロゼッタ・ストーンなどは失われた文字が刻まれており、長き年月を費やして解読された歴史なども見つかる。――しかりロゼッタ・ストーンはやがて言葉そのものが慣用的な意味合いを持つようになる。解決へと至る重大な鍵。理解への決定的な手掛かり。今、この世界に在る理想と影こそが、“昼神さん”へと至るためのロゼッタ・ストーンとなりうるのだろう。)けど得意不得意があるなんて当たり前なのよ。多くの人が出来る事だから、目立ってしまうだけで。あなたは、だって、…………、(声が詰まり、躊躇いが覗く。ちらと影を窺ったのは一瞬。ややあって、)……用務員さん、でしょう。色んな人の手助けになれるお仕事。お姉ちゃんには出来ないお仕事だし、誰にでも出来るとは思えないわ。あなたに出来ることはきっと沢山あるのに。そんなあなたがそうまで、傷付いてしまったのは……お姉ちゃんも、悲しいわ。(この姿で、この場所で、現実に触れる事を踏み留めたくなって、けれどどうにかと前に進む。体験しえぬ彼の世界。一から十まで理解は出来ずとも、その剥きだしの想いに、ただ寄り添っていたかった。)
* 8/28(Wed) 18:11 * No.213

(伝える手段であり残す手段。模範的な答えに新鮮味などないけれど、それこそ影が求めた答えだった。色を一層濃くして嗤う。)そう、つまりは文化文明の発展。生活を豊かにするためのもの。人を幸せにするための文字がこいつを苦しめるんだ!(文字は良いもの。良いものを享受できない自分はだめなもの。小学生でもわかる等式は実にシンプルで残酷だ。)そうやって重要性を説かれれば説かれるほど足元の泥濘は深くなる。だからって得意不得意なんて簡単な言葉で片づけられたら余計に惨めになるだけだ。当たり前? 目立ってしまう“だけ”? ならどうしてこいつは捨てられたんだ? 世の中には苦手なら目を背けておけばいいことなんてごまんとある。だけど文字は無理だろう? 最初から見えないならまだ諦めがつく。見えるのにわからない。みんなと同じものを見ているはずなのに同じように見えない。生きてるだけでおまえはみんなと違うんだって責められてるような気持ちになる。(理想世界の無責任さで聞こえのいい言葉ばかり連ねているものと思っただけに、彼女が少年の現実の姿を知っているのは誤算だった。だが欲しいのは一時の同情でもうわべだけの理解でもない。彼女が一般化した慰めを口にすればするほどに、少年の足に錘が増えていく。違うから“要らない”と言われた過去を持つ以上、おざなりな慰め受け入れはかえって辛いばかりなのだ、と言い放つのは彼女を責めるためではなく、そうだろうと、と言い聞かせるため。彼女が少年に寄り添うほどに再び色が薄らいでいく。影はあくまで少年の闇。)
* 8/29(Thu) 20:30 * No.214

(記憶の海を潜るほど水圧に一枚、また一枚と鱗が剥がれて癒えない傷があらわになる。傷つけられた日々は遠い記憶ではなく今なお目の前に横たわる現実であり、だからこそ昔話の続きを影に奪われても止めることはできなかった。彼女の答えが知りたかった。──結果は“世界”が謳うものと変わりなく、失意に落ちたため息と視線。けれども後者はすぐに引き上げられた。はっと顔を上げたのは、彼女が知りえるはずのない言葉を耳にして。)…な、んで。(例えば影が纏う作業着をヒントに職業を想像することは難しくない。しかし彼女のそれは確信に満ちて、まるで少年の向こう側に本当の姿を見ているような口ぶりだった。驚愕の分だけ見開いた眸が悲しげに揺れる長い睫毛を、懸命に言葉を紡ぐ唇を、其処に存在する彼女の向こう側を見つめてしばし沈黙が二人の間の帳となる。もしも昼神晴一を知っているのなら。そうして喉奥につっかえていた靄を影が吐き出してくれたなら、一番の本音は引き継ごう。)──できなくても仕方ない。できないことは気にせずできることをがんばろうって……おれが怠け者じゃなく障がい者だってわかった途端、そんな風に納得して諦めてくれる人も居た。…ほっとしたけど、全然嬉しくなんてなかった。だって諦めてほしかったわけじゃないんだ。(単にラベルを貼り替えるのではなく、ただの昼神晴一を見てほしかった。)本当のおれを知ってほしい。読み書きができないおれはおれの一部で全部じゃないから、…知って、そのうえで、認めてほしくて………誰かに、好きになってほしかったんだ。(口にすると随分と幼稚に響いた欲は顔も知らない相手に語るには過ぎたもの。けれどアイリーンも、その向こう側の誰かも笑わないでくれると信じていた。やっとたどり着いた心の海の奥底で、ちいさくひかる希望を掴みとり、)……今話している “きみ”が誰かはわからないけど、最後まで、こんな話を聞いてくれて、…おれをわかろうとしてくれて、ありがとう。うれしかった。(息を吐く。大きく息を吸うために。)だから、よかったら、……“おれ”と、友達になってくれませんか?(友達の作り方は辞書には載ってなかったが、わからなくとも好きになってもらうための第一歩は自分で踏み出すしかないのだろう。いろいろとステップを飛ばした長い自己紹介を経て、ゆっくりと、けれど怯えず右手を差し出す。)
* 8/29(Thu) 20:43 * No.215

(影のなじるような言葉さえもそうは聞こえなかった。花が毒や棘を纏うのは我が身を守るためであるのと相違なく。そう、防衛反応のような。その声ごと、彼の悲鳴にさえ聞こえたから。影を見つめる瞳にさえ、攻撃を放った当初の敵愾心も失せていた。同じ眼差しで差し出された右手を見下ろす。答えなんて、ふたつにひとつですらないのだ。)お話してくれて、ありがとう。先にハッキリと言っておくけれどね、やっぱり環境が違うから、全部を全部共感や理解という形では寄り添えないんだろうなって思う。でも……一緒にいる時は、そういう悲しい想いをしてほしくないなって、思ったの。次はあなたの好きなもの、こと、場所……いくらでも、たくさん知りたいな。――だから、喜んで。こちらこそ、お友達になってください。(差し出された手を取り、両手で包み込む。そして、今度勇気を出すのは、自分の番。)……これ、借りるわね。(彼の名が記されたルーズリーフと鉛筆とを手に取り、空いたスペースへと芯の先を押し当てる。ぐ、と力が籠もるのみで、書き出されなかった一瞬は躊躇いが鉛筆を重くさせたからだ。深い呼吸を繰り返す。二度、三度とした辺りで、芯が紙面を滑る音が聞こえはじめることだろう。やがて『双鏡学園高等部3年2組 佐々礼笑子』と均等で少し固いような文字が並ぶ。「読める?」と訊ねて、否とされれば順に読み上げる一時を挟み、静かな声が続く。)この子は、人付き合いがずっと苦手でね。怖がりなのよ。人の目も人の反応も怖くて、でも最近になって少しずつ変わってきたの。良くしてくれるお友達が出来たから。……ふふ、あなたと一緒ね?(自らの話を、さながら他人事であるかの如く。何せ“お姉ちゃん”であれば仲間のためとあらば躊躇いも恐れもありはしないのだ。けれど今は、曝け出してくれた彼には、現実の自分で向き合いたかった。)元々の人見知りは簡単には直らないし、愛想も悪いわ。友達付き合いとかも……正解はよく知らない。でもね、今は“あなた”をもっと知りたくて、ちゃんと自分のままで向き合いたいって、そう思ってる。だから、……この名前を、覚えておいて。(微笑むままに、その瞳は少年へ、そして影へ。どちらも彼であるならば、どちらも迎え入れるまでのことだ。)
* 8/30(Fri) 07:33 * No.216

(「ありがとう」に「ありがとう」を重ねたならば、喜びが頬を伝い落ちる。)うん。……今度は“向こう”側でいっぱい話そう。冬の話も、春の話もできたらいいな。(飛ばしたステップの間を埋めるよう、ささやかな幸せの話をたくさんしよう。傷の目立つ荒れた右手が白くやわらかな両手に包み込まれ、理想の世界と現実の世界が地続きとなる。この世界できずいた絆が夜明けの向こう側に繋がっていく。そう思えばもう瞼を閉じても怖くない。またたきの瞬間、まなうらで虹色にひかるクジラが飛び跳ねるさまが浮かんで消えた。──そうして記された文字の連なり。真っ先に飛び込んできたのは数字の『3』と『2』。それから『学園』。見覚えのあるものから順に記憶の文字と結びついて、「読める?」と問われれば「少しだけ」と正直に。けれど結局困ったように首を振った。もう隠す必要はないのだから。)…さざれ、えみこちゃん。(答え合わせをされてもなお読めはしない。けれど彼女が紡ぐ音を聞いたから、もう忘れはしないだろう。そのうちに音と文字の形が結びつき、いつか『佐々礼笑子』が知っている形に変わったらいい。それほどの時を過ごせたらと願いながら、)…そっか。きみには素敵な友達がいるんだね。(そして知る。彼女の本当の姿の一部。やっと見つけた希望の話。聞くほどに見つかる共通点。そもそも理想の姿は現実の反転。少し考えればわかる当たり前の事実に気づいて、「うん、いっしょだ」と小さく笑った。)おれもずっと友達なんて居なかったから、こんな風に形から入っちゃった。名前がつくと安心するから。…でも、ちゃんと中身も友達になれるようがんばるよ。(これで今日からお友達、なんてイサナとアイリーンのように無邪気に付き合うことは難しくとも、二人で一歩ずつ歩み寄れば無謀な理想ではないと信じて。)そしたらその素敵な友達にも会ってみたいな。その時はえみこちゃんの友達ですって紹介してくれる?(イサナの姿に後押しされて少しばかり口も軽くなる。言ってから、苦笑とともに、「まずはきみに会わないとだけどね」と理想から現実に視線を戻し、)…おれは現実の世界に帰るよ。……だからきみも帰ろう。エビス。(彼女のそれが移ろう先へ、瞳を向ける。両手を広げて。)
* 8/30(Fri) 23:58 * No.217

(絞りきった悲鳴があたりに散らばったのち、二人がそれをひとつひとつ拾い上げるのを眺めながら、波に映った姿が揺れてちぎれてなくなるように、影は青年の姿をやめた。これはもう彼にとって恐怖の象徴ではなくなってしまったから。夜空を映せば黒く、晴天を映せば青くなる海と同じく彼の澄んだ心を映せばそれに従うほかなかった。海に消えた影はそして、再び持ち主の元へ還っていく。虹色のクジラの姿となって。)
* 8/30(Fri) 23:59 * No.218

(身に染みついた悪癖のように、目を逸らすばかりではこの場所には立てなかったのだろう。結ばれた手が温もりを分け合って「きっとすぐに来ちゃうわ」とまだ見ぬ春を想った。この数ヶ月間は、永遠を希いたくもなる日々でもあり、瞬きの間の出来事でもあった。仲良くなるにはきっと充分で、けれど奥底まで知るに至るにはきっと物足りぬ時間。ならば、少しくらい順番なんてぐちゃぐちゃだって変わりない筈だ。)ええ。こんな自分でも……アイリーンでなくっても、こんな出来事が起こるんだって、思えたわ。(佐々礼笑子が有する勇気だとか、前を向くための感情の源はよくよくわかっている。此方の世界の皆々を仲間であり友人であると手放しに謳えるのと同時、お姉ちゃんでなくったって。あの日も、今も、友達という当たり前に蔓延る簡単な言葉さえも、大切に包んで分かち合う。)友達って本当はどうやってなるのかしらね?お姉ちゃんとして言うのはこんなにも簡単なのにな。……ふふっ、でも最後に答えに辿り着ければ、途中式なんて関係ないわよね。数学ならバッテンされちゃうでしょうけど。(そう、こうして互いが、友達として出発することを望むならば。「お互いがんばらなくっちゃね」と眉を下げて笑いかける。そうして、浮かぶ姿に眦を下げて、穏やかに頷いて見せた。)ええ。本当に良い人だから。きっと、喜んでくれると思うわ。(勝手に承諾して勝手に話を進めて、けれど“彼”ならば笑ってくれるんじゃないかって、そう思えた。けれど今交わす「がんばる」も「その時」も、現実の双方が背負うべきもので。ゆえに見守る。向き合うその姿をただ見つめていれば、影は輪郭を失い、共に戦った覚えのある姿へと変じていく。その時に立っていたのが現実か理想の上かこそ異なれど、過日に自らが体験したように、彼もまた戻っていったのだろう。もう一人の自分として。見送って、見届けて、静けさが訪れた室内でひととき黙して、)……イサナちゃん、平気?(まずは、ありふれた問いかけを。)
* 8/31(Sat) 23:59 * No.223

……きっとそうだよ。途中式なんて決まってないから、辞書にも載ってないんじゃないかな。(正解は一つじゃないなら、こんなイレギュラーな始まりがあってもいいだろう。床に落ちっぱなしの相棒を拾い上げて、そっと表紙を撫でてみる。さざれえみこ。次にその名を引いたとき、なんと書いてあるかを楽しみにして。)ありがとう。…実はおれも、一人居るんだ。友達になれたらいいなって思っている子。(だから彼女の友達と、脳裏に思い浮かべた“彼”と四人で会えたらいいな、なんて、まさか共通の人物を思い描いているとはつゆ知らず、嬉しい予想外の答え合わせはそう遠く未来だろうか。いずれにせよ今にけじめをつけなければならぬと向き合った先、波間に消えた闇が再び希望の光に姿を変えて心の海に消えていくのを静かに見つめた。『我は汝、汝は我…我はエビス、大海を渡り、人々に希望をもたらす者なり』――いつか自分も希望をもたらす側になれたらいい。)……うん、大丈夫。(もう、大丈夫。そう微笑みかける笑顔はイサナのそれに戻っていたが、)ありがとう、アイリーン。(それは改めて彼女に感謝を伝えるため。)帰らないって言ってくれて嬉しかった。それと、アイリーンが「うるさい」って叫んだときね。シャドウに言ったんだろうけど、でも、あの言葉でぼくの眼も覚めたんだ。(あの時心に吹いた一陣の風の名はアイリーン。彼女のように自らを取り巻く心無い言葉を、心に巣食う弱さを吹き飛ばせたらと願い奮い立ったときのことを思い出して、「だからありがとう」ともう一度。)……あ、いきなり逃げちゃったから、みんなも心配してるかな。(それから思い出したのは扉の向こう側に残してきた仲間の存在。まだ其処に居るとは限らないけれど、きっと彼らも待っていてくれるのではないかと期待したのは上向いた心の証左。)…全部は話せなくても、ぼくががんばったこと、みんなにも伝えておこうと思うんだ。だからいっしょに帰ってくれる?(みんなの元へ。現実の世界と理想の世界。そのどちらの絆も大切にしたいから。甘えるように差し出した右手は今度は握手用ではなく。)
* 9/1(Sun) 23:49 * No.229

なれるわ、きっと。だって、イサナちゃんは頑張れる子だものね。(一側面を見て知ったかぶりをするような口振りであるが、奇妙な確信があった。その所以を何とするかはいずれ知るかもしれない事として、空を映したような色が消えていくのを見守った。そうして、ほのかな安堵の後に。)ううん、いいのよ。お姉ちゃん、結局は一緒に居ただけ。全部、ぜーんぶ!頑張ったイサナちゃんの成果!偉いわイサナちゃんっ、よく頑張れたね!(謙遜ではない手放しの感慨を賞賛という形で手向け、発する声はうんと明るく響く。平生のお姉ちゃんのトーンだ。きっと現実でまみえても難しいことは今のうちにやってしまおう、なんて魂胆というわけでもないが、ただ一人の目撃者たる自分は彼の雄飛さながらの奮起を称えていたくて、認めていたかった。)……そうなの?あらぁ……ふふ、何がどう作用するかなんてわからないものね。あの時は咄嗟だった、けど、(ぱちりと瞬いて、逡巡。あの瞬間を思い返す。すると、)……あ、あぁ〜……で、でもでもっ、おっきい声出したことは他のみんなには言わないでちょうだいね……!恥ずかしいから……!(あれは大変、とっても、お姉ちゃんらしからぬ激情であったような。途端に顔が熱を帯びる。両手で顔を覆って羞恥心から逃げ逃れんとしていたが、“みんな”のワードに意識は容易く其方に意識が傾き、降ろした手の内から覗かせた顔をパッと上げた。)あっ……そう、そうね。あのお話があった直後だったし……きっと心配しているわ。元気なお顔見せてくれたら、みんな喜ぶと思うな。(ましてや各々が各々の経験を経た後の事だ。我が身に降りかかった事が彼にも起こっていればと案ずるのは当然なのだと、そう頷いてから、ふと顔を綻ばせた。彼はもう前を向いている。その瞳も、心も伴って。)……ええ。一緒に帰りましょう、みんなのところに!(皆々がいればこそ、そこは愛する場所へ、帰る場所へ。差し出された手に今度はきょとりと要領を得ない表情を見せてから、ややあってはたと気付き、そうしてようやくと掌が重なった。ふたりのあわいの結び目を揺らし、繋がる影は扉の向こう側へ。小さな一歩を、重ねていくために。)
* 9/2(Mon) 19:34 * No.231


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