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【Step1】7/4(水):夕方 双鏡学園校門付近

(うだつの上がらない毎日だ。努力すらしていないのだから当然であると言えるのかもしれない。取り分け水曜日は元よりないやる気が削がれ、ただ時が過ぎゆくのを待つように、気怠げな色が随所から溢れ出す。たとえば、重たげに垂れ下がる眦だとか、机に突っ伏した上体だとか、踵を擦る足取りだとか。──否、いずれも平時であったか。夕刻、夏空が茜に染まり帰宅を促しては西日が背を焼くようだ。今日も今日とて部活動は欠席、校庭から風に乗って届く切磋琢磨する賑やかな声には聞こえない振りをして。緩慢な瞬きのあわいでぼんやりと校門を映す帰路はいつも通りをなぞる放課後だが、なんだか足元の様子がおかしい。歯に物を詰まらせたような違和と、仄かに歩みに抗う不快感。全く知らぬ感覚かと言えばそうでもなく。もしや。)………うわ、…まじかぁ。だっる。(正体を確かめるべく持ち上げて覗き込んだ片足の裏、べったり張り付いたガムとご対面。幸か不幸か、元の薄桃を保った姿からして踏んだのは恐らく今し方であろう。これ以上被害を拡大させまいと脱いだ片足のローファーを手に、手近なベンチへと避難すればどっかりと半ば転がるように腰掛けた。そうして取り出したスマホに入力するワードは無論『ガム 靴 取り方』だけれど、)レシートかティッシュ……? え〜……持ってないってば。(地面に裏返したローファーを転がし、組んだ膝の上に腕をついて顎を支えながら理解する。状況はお手上げ。独り言も次々まろび落ちるものだ。)
* 7/3(Wed) 01:51 * No.3

ポ イ て──……こういうの、か?(じいと目を凝らす。おそらく『ポイ捨て禁止』と書かれていたはずの赤文字は所々が雨風による劣化で剥げていた。上に描かれたマークから辛うじてその役目を果たしてはいたが、そもそも綺麗な状態だった時と比べて抑止力に差があるかは微妙なところだ。なにせ自分のように探せと言われて初めて気づく者も居る。雑多な風景の一部と化した立て看板は本当に見てほしい人の目には届いていないのかもしれない。とはいえ駅やコンビニなどのトイレに貼ってある『綺麗に使ってくれてありがとうございます』というような先回りのお礼を前に粗相をしたまま帰りにくいという意見も聞いたことがあったので、まあそういうものかと事務長に言われた「夏季休暇中に新しいものに変える予定だから、劣化が激しい立て看板があったらチェックしておいてくれ」という言葉を愚直に実行するのみだ。)…校舎棟前の広場、食堂側の木の近くの立て看板。(メモをするより数回唱える方が早い。ぶつぶつと繰り返す三度目の最後、)…?(背後から飛んできた嘆きに思わず振り返る。声の主はすぐ傍のベンチに座っていた少年だった。はじめこそ目を引く容貌に気をとられたものの、すぐに視線は地面に転がった靴に移り、)……あ、被害者。(可哀想に。不運を踏みつけたらしい。思わず眉を寄せ、そして気づく。)…さっき持ってないって言ってたけど、これ取るのに何か必要なの?
* 7/3(Wed) 10:44 * No.5

(往来のある場所なら意識せずとも他人の声が耳に届くこともある。ただしそれが『被害者』であったので、主語を『不運』の二文字とすれば心当たりがあり過ぎるわけだ。手の中の液晶へと落としていた視線を顔ごと持ち上げる。やや瞠った双眸を瞬かせ、はてどちら様? とでも言いたげな眼差しの先にいる声の主はすでに言葉を交わすに不足ない距離にいてくれたか。であれば、座するがゆえに見上ぐ形となったかもしれない。)どっちが?(すっかり己に向けられた哀れみとばかり解釈していたけれど、彼のまなこがひっくり返った靴を捉えたまま落とされた可能性を知るや伏兵参上である。己か靴か。誘導するように自らを指しながら訊ねたのち、)これによると、ガムの上からレシート踏んづけたらソッチにくっついてくれるみたいですねえ。ティッシュならポケットティッシュの袋のほうでおんなじように。(消灯した液晶を親指の爪先でカチカチ鳴らしてソースを主張。)……オニーサン用務員のひと? レシートとかティッシュの袋とか、その他ガム剥がせる便利グッズお持ちでない?(制服やジャージの着用はなく、だからといって教師にしては年若く見受けられる。極めつけは作業着。であれば、と当たりを付けて首傾ぐ。持論に基づくならば彼は救世主となってくれるだろうから、ニタ、と厭らしさを否定し兼ねる笑みが明け透けに期待して。)
* 7/3(Wed) 20:06 * No.10

(どっちが? ──どっちが? 思いもよらぬ返しに瞬いてのち、彼の指先が示す先、かたちのよい双眸と視線を合わせる頃には自分の言葉足らずに気づいて「あ」ともらす。単語で喋るな、指示語ばかり用いて喋るなという祖父の注意を思い出して。ただごめんと紡ぐ前に勘の良い少年が疑問に答えてくれたのでそれ以上の言葉は連ねず、ただただ暗闇が広がる液晶を眺めた。祖父母との暮らしが長かったためあまり身近ではないインターネット。お年寄りの知恵袋よりも便利だと言うが、なるほど靴裏にへばりついたガムの取り方まで教えてくれるのか。小さな感心をまばたきにのせて相槌としたなら、)うん、そうです。おれ、怪しい人じゃなくって、あ、ほらここ。(今度は彼の問いに答える番だ。黒と呼ぶべきか消し炭色と呼ぶべきか、ともかく彼のスラックスと同じ色をした作業着。差し色は鮮やかな青、あるいは水色。そして胸元には『SOKYO』と綴られた金色の刺繍文字。作業の邪魔となる名札の代わりに学園名をあしらった作業着はまさしく不審者でない証拠。ゆえに肯定とともに胸元を指さしつつ、)えーと、レシートはないけどティッシュなら確か…(腰袋の中に押し込んだポケットティッシュを引っ張り出した。)あ、あったあった。はい。(ティッシュやら絆創膏やら、無くても死にはしないが有ったら助かるという小さな便利を持ち歩くのは習慣だ。現に彼の助けとなった。)袋だけでいい? 中身もいるなら使っていいよ。(差し出したポケットティッシュは駅前でもらったもの。何かの広告が印字されていたけれど、踏みつけられて困るものでないのは確かだ。)
* 7/3(Wed) 23:27 * No.12

アハッ、だれ? とは思ったけど別に怪しんではないですって。そう簡単に部外者が入ってくるわけないし。(セキュリティの如何より度胸という意味合いにて。とは言え、こうして作業着を纏う大人と言葉を交わした記憶はなかったので、指された刺繍を認める眼差しはしげしげと物珍しそうであったろう。)名前は入ってないんだ。(特段、言葉以上の意味を孕まない感想を零す程度の興味である。)おっ、さ〜すが。ありがとうございます。中身はたぶん大丈夫……はなたれ小僧でもいたらくれてやってください。(季節の変わり目は風邪に付け込まれやすかろう。本来の役目とは異なる仕事を担う袋と変わり、どうか然るべきものの元へと首を振る。斯くして、両の手で以て仰々しく中身を剥かれたポケットティッシュの袋、もとい簡易ガム剥がしを靴裏へ当てがったのち、翻して足を差し込んだなら更にグリグリと地面へと押し付けるに至った。さて、次なる問題は、)コレ、もし失敗してたら……(尻切れとんぼに吐露する憂いは、しかし言葉に反してだいぶん軽い口吻で紡がれる。そして、さあ良く見ていてくれとでも言わんばかりに、剥がす所作は己よりも彼の近くへと靴を傾けて行われよう。べったりと密着した袋へと手を掛け、ゆっくりと慎重に引き剥がしてゆく。)あ〜、焦れったい。思いっきりやったら袋に置いていかれますかねぇ?(己ひとりであれば、えいやとひと思いにしていたところだ。)
* 7/4(Thu) 17:28 * No.18

えっと、じゃあ、そうするね。…ありがとう。(どこかの洟垂れ小僧のためにとっておくことにしたティッシュを再び腰袋にしまいこみながら、なぜかこちらが礼を言ってしまう。いりません、の一言をユーモアでくるんで寄越す彼はそういう物言いに慣れたふうで、漠然と、人に好かれるタイプだろうなと、そう思った。──一方で、最近の高校生ってみんなこんな感じ? と驚いてもいて。一応の丁寧語を羽織って軽やかに他人との距離を詰めてくる。こんなの靴で袋を踏みつけ押しつけべりっと剥がして終いだろうに、たった数十秒で終わりそうな作業をショータイムみたいに演出するから意味もなく両の手を握ってしまう。失敗してたらもう一度やればいいだけなのにどきどきしてきて、プッチンプリンのつまみを折る時みたいな変な緊張感がじわじわと。眼下で行われる知恵袋の実践は遠き日の理科実験の記憶にも似て、こうなりますって予め言われているのにまだ見ぬ結果にわくわくもした。ごくり。のせられやすい男がつばを飲み込んだのと、司会者の如き彼が観客にコメントを求めたのは同時だった。)ん…ど、どうだろ。一思いにやってくれって気もするけど……でも、ここまで丁寧にやったんだし、あとちょっと慎重にやった方がいいのかも?(戸惑いもそこそこに素直な心内を並べてのち、気の利いたコメント一つ言えないつまらない男だと思われただろうか、なんて自意識過剰が頭を擡げ、ガムの行方と彼の反応を気にして視線を袋に縫い留めたまま、沈黙がショーの再開を促すばかり。)
* 7/4(Thu) 18:42 * No.19

(浮き上がったガムは割合にして4分の1を満たすか否かといったところ。序盤も序盤、されど失敗のリスクが最も高い時分とも言えようか。固唾を呑む空気に触れたことで吹き零れそうになる笑いを堪えども、唇は決壊寸前とばかりに仄かに震え出す。)オニーサン、保守的なんですね。(慎重へと投じられた一票に首肯すれば、一層勿体つけた緩慢な手付きにて再開としよう。口を噤んだことで延長される沈黙が容易な作業とは不釣り合いな緊張を連れてきていたかもしれない。これっぽちも集中なぞしていないことは、手元より降り注がれる視線を気にして上向きがちになった双眸が明白にさせようか。元より時間を掛けるようなことでなければ、終盤、4分の1を残すか否かといったところで不意に静止。)ここまで来て失敗したらもう立ち直れないかも。新しいローファー買うことになるのは避けたい……つーことで、最後の仕上げお願いします?(ショーならば観客の登壇もセオリーの内だ、なんて。悪戯な笑みがニタニタと顔を覗かせるせいで役者には爪先さえ触れられぬわざとらしい音吐が唇を割る。今から入れる保険を探し、形だけの疑問符まで添えて、もはや失敗のしようもないそれを突き出そう。)
* 7/5(Fri) 01:25 * No.24

…保守的…?(つまらない、あるいは意気地なしを優しさでくるまれたのか、それとも単なるほめ言葉か。困惑の視線が一瞬彼のつむじの辺りをさまようも、再び慎重な手つきでガム剥がしに取りかかったことから機嫌を損ねたわけではないと知ってほっとする。しかし今度はどうしたことか無言が続き、要らぬ緊張まで再開とくれば落ち着きのない眸がどうでもいいはずのガムの行方を凝視して。あと少し、もう少し。がんばれ! とは誰に向けての念なのか、もはや自分でもわからぬまま──)…え?!(半ば悲鳴じみた声が上がる。心ない寸止めに対し、今度こそなんでどうしてを隠さなかった。)…はあ?(その理由を知ったとて納得はいかず、それどころか疑念は増すばかり。慌てて彼の顔を真正面から捉えたならば、悪戯めいた笑みにようやく気づき色を失う。もしかして、ずっとこんな顔してた?)…なんでおれが?(絞り出した声は硬い。ただのおふざけ。悪乗り。コミュニケーションの一環と言われればそれまでだが、それらとからかいの違いが自分にはよくわからなかった。大いなる悪意との間には微妙なグラデーションが横たわっていて、黒か白かで言えば黒だが、グレーだと言い張られたら否定できない。そしてグレーはセーフなのかアウトなのか。されたお前が決めていいんだと、昔言われた台詞が過った。)……もしかしてきみ、何かたくらんでる?(だが判断しようにも材料が少なすぎるから、逡巡の末にこぼれたのはあまりにばか正直なそれ。胡乱な目を向けながら、)その、万一おれが不器用のきわみで、失敗したら慰謝料とろうとか、……なんか、そういう。(SOKYOの文字はあくまで所属を示すもの。人となりの保証にはならない。)
* 7/5(Fri) 19:53 * No.27

(想定通りかつ期待通り、一驚を喫する声を可笑しがって喉奥でクク、と笑声を振動させたまではよかった。否、この時分にはもう手遅れであったかも分からない。己の所業が違えたそれだとは、彼の唇からまろび出た声音によって知るに易く。殊勝に自省を滲ませればよいものを、肩を竦めてへらりと笑んで見せるものだから時に軽薄だと指を差されたりなぞするのだ。)アハハッ、ヤだなあ。それじゃあ当たり屋じゃないですか。まさかガム踏んだのにもマッチポンプ疑惑でてきてます?(風より軽い笑声はいじめっ子がただのおふざけだと悪びれもせず弁ずる様によく似ていたかもしれない。)キレイに取れたねイェーイで終わりたかっただけですって。この段階じゃあもう失敗しようがないでしょ。ほら、  ……あっ。(もう勿体つけても仕方がないので勢い任せに引き剥がしたガムは、男の弁に異議を唱えるかの如く靴裏にへばり付いたままだった。びよんと伸びた先で千切れ残る欠片。これはまずった。戯れやガム剥がしが失敗に終わるのはさして重要ではない。問題はありもしない企みを裏付ける間の悪さである。何を隠そう己がその“不器用の極み”であることは、当然にして初対面の彼が知る由もないことなので、仕掛けでもあったかと疑念を抱かせるに十分な要素となり得よう。)いやー……ハハ、ティッシュありがとうございました。(素知らぬ顔をして袋を手の中で丸め靴を履き直したところで誤魔化せはしまいか。気まずそうに視線を泳がせ、背筋を伝う嫌な汗には気付かない振りをした。)
* 7/6(Sat) 00:15 * No.30

(必死に振り絞った声というのはどうして揺らいでしまうのだろう。緊張が滴るその上を、軽やかに彼は越えていく。小さな水たまりを避けるようなさり気なさで。軽薄な笑みも相まって、ひどく慣れた行為に見えた。)…だ、だって。失敗したら新しい靴買わなきゃ、とか言うから………その、マッチなんとかは、知らないけど…、(きれいにとれたねいえーい、なんてノリを誰かと交わしたことなど生まれたこの方一度もない。ましてや会ったばかりの初対面の大人に対して今時の男子高校生がするなんて、彼が美少女だったら美人局を疑うレベルだ。いじめられっ子の決死の叫びを宥めるような笑声は事件を勘違いとして収束させようとする気配に似て、警戒心は高まるばかり。──加えて、ほら。この有様だ。あれだけ応援したガムは無残にもちぎれ、疑惑が確信に変わる。)……。(もはや彼を責める言葉はなく、音のない視線だけが物を言う。が、それも長くは続かない。気まずさと沈黙を掃き均すようなぎこちない笑いにほだされたなら、)…うん。どういたしまして。(冷ややかな眼は嘆息とともにゆるく伏せ、捕まえた虫を逃がすよう握っていた拳をほどく。そもそも怒っていたわけではない。ただ、自分より強いものに踏みつけにされるのが怖かっただけ。人が人を軽んじた時、人間が容易くポケットティッシュに変わることを嫌と言うほど知っている。)……じゃあ、おれはこれで。次はレシートでやってみたら? おれは全部捨てちゃうから、もう力にはなれないけど。
* 7/6(Sat) 02:22 * No.31

(愚かな男の見る世界では、友好的に接していたつもりがいつの間にやら彼に被害者の顔をさせていて、そこに至る所以が皆目見当も付かない。一体己の何が逆鱗に触れ、何が地雷を踏み抜いたのか。唯一明らかとなったのは、)ああ、それでタカられたと思ったんですね。……まあ俺こんなんだしな。(添え物でしかなかった理由付けが脅迫となっていたこと。納得と理解と、少々の困惑。軽薄な態度と風采を諦念滲む声で括り、冷淡な眼差しを受け、寄る辺ない視線が下降する。他人に好かれる性分でないことはよく理解していて、されどそれを正すわけにもいかなくて。したがって、己を嫌うひとを避け、離れずにいてくれるひとに甘えた関係を築いていたツケが現れたのだろう。)え、ああ、お仕事中ですしね。なんかいろいろ、不快にさせたみたいでスミマセンでした。(気難しいひとだったとか水と油だったとか、自己保身の言い訳は幾らでも思い付くけれど、己を顧みれば自覚なき蛮行があったと考えるほうが妥当だ。何も言わないより幾分マシになろうと賭け『なんかいろいろ』などという薄っぺらな一言に集約させたのは却って反感を買うやも知れないが、気まずい空気を覆す鶴の一声たる最善策はなく、もはやお手上げなのである。だから、従来通り去る背を追おうとはしない。真意が如何であれ明確な言葉で以て刺されたあとであれば尚の事、厚顔無恥ではいられなかった。──「紫雲!」不意に馴染みある声が耳朶を打つ。声の主に視線を遣れば、走り込みのさなかであろう友人が手で大きなバッテンを作っていた。これは、何かと目くじらを立ててくる昨年度の担任教師が近づいている報せ。げ、と眉を顰めたのち噴水の裏へ身を隠そうとする姿は、傍目にはさぞ滑稽に映ることだろう。見つかれば最後、一年分の振る舞いを遡って長時間のお説教コースが約束されている。)ツイてな……(不運は続くもの、あるいは因果応報。)
* 7/8(Mon) 00:14 * No.38

(すみませんでした。それは決して重い言葉ではなかったが、仰々しい形ばかりの申し訳ありませんなんて謝罪よりはよほど真実のようであった。)……いや。(ゆえに最後にそれだけ。否定とも相槌とも言えない言葉を残して彼に背を向ける。最初から悪意があったとは思っていない。この学園に通う生徒がわざわざ新しい靴代を人にせびるためだけにガムを踏んづけるほど困窮しているはずもない。だから出会いは偶然で、途中までは小さな親切と、親切の結果の証明であって、──ただ、彼の態度が。人の反応を面白がるようなあの目が嫌な過去と結びついた途端全てが疑わしくなって。冗談半分、実際に金を巻き上げることはなくとも真に受けた阿呆が狼狽える姿が愉しいと笑う人間を知っていたから、おんなじ黒かもしれないと、思ってしまっただけで。そのうえそれを裏付けるような惨状まで見せられて、──見せられて?)……あれ、(あの時、彼はどうして真面目に実証なんてしようとしたんだ? 失敗した後だってごまかす方法ならいくらでも。逆上してねじ伏せることもできたろうに。校舎に戻ろうとしていた足が止まる。「キレイに取れたねイェーイで終わりたかっただけですって」 「いやー……ハハ、ティッシュありがとうございました」 「なんかいろいろ、不快にさせたみたいでスミマセンでした」──あんなに軽薄だと思った少年は、最後、どんな顔してた? 気まずそうな──ふと、紙と水を使って色を分ける実験のことを思い出した。黒い水性のサインペン。どう見たって同じなのに、メーカーによって染み出る色の種類が違った。同じように、黒だと思っていた色が何からできていたのかを考えてみる。思考の海に身を投げ出したその瞬間、)…え?(大きな声にびくり、肩が跳ねる。そして振り向いた先にまた見つけてしまった不運の子。今度も助けようかどうしようかなんて考えなかった。)次は何が必要なの?(咄嗟に声をかけていた。)……きみの力になれること、ある?(それでいて先ほどよりも明確に、自分の真意が伝わるように言葉を紡いだ。黒髪に紛れる青いハイライトを見つめながら。)
* 7/8(Mon) 01:34 * No.39

(隔てるものが水膜だけでは些か心許ない。地に伏せてでも難を逃れるか、甘んじて拘束され明日の笑い話にでもするか、不確定ながら大凡二択にまで絞り、出来うる限り小さくした身に影が差す。見上ぐまなこが捉えるは二度目はないと判じたひとの顔。)……は? ちょっと、……だいぶ訳が分からん。(善意に泥を塗られたばかりだというのに、一体なぜ戻ってきたのか。何がふたたび彼に手を差し伸べさせたのか。大きく瞠った双眸が各々動揺と不可解の色を乗せ、怪訝に割った唇はまたしても失言となったろうか。とはいえ、理解を求める暇はない。教師が歩みやってくるであろう方角を窺いつつ、さして働いていない頭が遅れて解を紡ぐ。)透明になれるマントとか目潰しになる閃光玉とか、ここらを覆える煙幕とか? あとはー……緊急の職員会議?(神妙な面持ちで宣うわりに欲するものはいずれも現実味のないものばかり。つまるところ身を隠したい、あるいは誰かを追いやりたいのだということだけは伝わってくれようか。──ああ、まずい。水膜の向こう、未だちいさな人影ではあるが視認できる距離にまでやって来てしまった。偶然ここらに用があったのか、見回りか、はたまた何かを探しているのか。まさかわざわざ己を探しているわけでもあるまいが、周辺へ目を配る様子に呼吸を忘れるような緊迫を覚える。)とりあえず隠れるかどっか行くかしてもらっていいですか。見つかると俺、たぶん真っ暗になるまで帰れないんで。(すべては身から出た錆であるけれど。)
* 7/9(Tue) 12:25 * No.43

……それは、うん、ごめん。(予想外を示す疑問符、戸惑いを浮かべる眸に対してそりゃそうだと思ったが、この数分間の思考を端から並べて見せている場合でもないだろう。ゆえに端的な謝罪だけを落として、彼が気にしているであろう方向に視線を飛ばす。近づいてくる人影は教師のようだ。よく見れば大きな体を精一杯縮ませようとする様はかくれんぼに似て。)……つまり、あの人に見つかるとまずいってこと?(加えて希望の品の使い道から察するに、なるほどそういうことかと頷いた。当然そんなものは持っていないし、いずれバレる嘘は後で己の首を絞めるだろう。思案の傍ら、第三者の気配が大きくなる。足音は近い。)……あの人に見つかっても、すぐに帰れるならいいんだよな?(そしてひらめく。これなら何も持たぬ自分でも彼の力になれそうだ。──エンカウント発生。「夜宮? そんなところで何をしているんだ」第一声を聞くにはじめから彼を探していたわけではないようだが、尖りを隠そうともしない声。威圧的な態度は苦手な部類だ。)あの、彼…よみやくん? は、おれのコンタクトを拾ってくれてたんです。(しかし意を決して声をかけると、ようやく此方に気づいたらしい。「夜宮が?」怪訝そうな声。次いでじろり。見定めるような視線を浴びるも、SOKYOのロゴは偉大だ。人は得体のしれないものは警戒するが、「ああ、用務員さんですか」名がついた途端に安堵する。)はい。でも、コンタクト割れちゃってて……それで、用務員室に替えを取りに戻るって言ったら、危ないからついてきてくれるって……(噴水の前でしゃがみこむ彼とその前に立ち尽くす自分。不可解な絵面も説明を添えればそういう風に見えてくるもの。あとは彼がそのような善行を積んだ事実をすんなり認めてくれるか否か、そこは賭けだが、少なくとも親しいはずもないただの用務員が意味のない嘘を言う確率と比べれば、押しきれぬ嘘ではないだろう。念押しとばかりに、「だよね? よみやくん」漢字も知らぬ彼の名を呼ぶ。)
* 7/9(Tue) 15:40 * No.45

(動く気配を見せない姿に相槌も兼ねた諦念の息が落ちる。何か閃いたふうであるけれど、理解の追い付かぬ状況と苦く残る先の出来事を踏まえれば手放しに期待も出来まい。そうして聞こえない振りを貫きたくなる声を折った膝へ項垂れる背で以て受け止めたなら、誤魔化しの笑声を上げる前にへらついた笑みを貼り付け──されど、先をゆく声に遮られる。双眸が彼を見上げ、それから教師へと。一連の応酬は滞りなく、己の介入なくして丸く収まろうとしていた。教師の意識が彼へと向いているうちに膝を伸ばし、促されるまま視線が絡む折には用意してた笑みにて対面としよう。)その通りですよ。ほら、先生だって俺がお節介なの知ってるじゃあないですか。(思い当たる節があるのだろう、やれやれとでも言わんばかりの溜め息を零したのち、「くれぐれも迷惑を掛けるんじゃないぞ」刺された釘にはすでに心当たりしかなかったが。さも何事もなかったかのように肩を竦めて笑って見せた。)じゃあ俺たちもう行きますんで。どうぞ先生もお仕事に戻って。(ぺこ、と軽い会釈で以て背を向ける先で教師もまた彼にだけそれを返していたことだろう。そうして歩み出して間もなく、澄ました耳が教師の足音を拾わぬようになって漸く張り詰めた糸が切れる心地だ。ただし、やって来るのは安堵だけではない、尾を引く決まりの悪さ。)……二度もスミマセン。(気まずさが二乗され後ろ暗さが勝った結果、感謝を謝罪が追い越して口を衝く。その顔には戻り方を忘れたように半端な苦笑が残っていた。)
* 7/10(Wed) 01:01 * No.49

(賭けに勝てたと言うのに漂う沈黙。原因は安堵ばかりではないはずだ。去り行く教師の気配に一息、先に口を開いたのは彼の方。)……二度目じゃないよ。(すみません。便利で不便な日本語が示すは感謝か謝罪か、下手くそな笑みを見れば後者だろうと察しはついて、此方も鏡のようによく似た笑みを貼りつけた。上手く笑えなかっただけとも言うが。)おれこそ、さっきはごめん。…や、きみからしたら急に手のひら返してなんなのって感じだろうけど、……(ただ、そんな風に笑うから。気まずさや諦めを隠せずにいる不器用な笑み。それが彼の本当の色だと思うと罪悪感がぽつぽつと、雨に降られた衣服みたいに濃い色の染みが身体中に広がっていく。)…さっきはさ、きみがおれのこと面白がるみたいに笑うの見て、昔すげー苦手だったやつにそっくりだって思っちゃって。…からかうみたいなしゃべり方も。……だから怖くなって、きみに踏みつけられる前になんとかしなきゃって思ったし、そしたらガムはちぎれるし、きみは気まずそうで……でも、だから。ちゃんと考えたら、おれのことばかにしてんなら、全部無視してどっか行っちゃったってよかったのに、って…気づいて……だってきみ、しゃべるの上手だから、ごかますのだっていくらでもできたのに、って。(彼が口を閉ざしているのをいいことに、とっちらかった思考を絞り出して降るしずくをまねるように言葉を尽くす。こんなに長く人と話すのは久しぶりだ。)…つまり、えっと……もしかして、本当に悪気なんてなくて、きみこそが不器用のきわみ、だったのかも、って。(中途半端に剥がれたガムは悪意の証左ではなかった。)だから、そういうごめん、です。今おれがきみを助けたのは半分親切で、半分は謝らなきゃって思ったから。……勝手に決めつけて、ごめんなさい。(下げ慣れた頭を倒して何度目かの謝罪を紡ぐ。真剣に丁寧に、足らない言葉がないように。)
* 7/10(Wed) 02:39 * No.51

(口を挟みかけては噤むこと幾度か。初めから張りぼてと化していた笑みは疾うに剥がれ落ち、いかようにも受け取れる真顔で以て彼を見遣っていた。結果として相槌を打つこともなくただ静かに言葉を受け止め終えたのち、逡巡するかのようにほんのすこし視線を彷徨わせ、ふたたび彼を捉えたなら。)いや、とりあえず頭上げましょうよ。……悪気はなかったし手先も嘘みたいに不器用ですけど、でも、ガムを剥がすだけのことに熱くなってんのは面白かったし、じゃあ自分でキレイに剥がしてくれたほうがもっと面白いだろうとも思ったし。からかったりからかわれたりする関係も好きだし。(ニュアンスや対等さを重んじる違いこそあれど、彼が抱いた危惧は全く正当性を欠いていないように思われた。そうして、一度言葉を区切る。反応を窺うためではなく、ただ気を使う空気があまり得意でないだけだ。)たぶん、ほんとにその苦手なやつとあんま変わんないと思いますよ、俺。だからオニーサン謝り損してるかも。(けっして自罰的になりたいわけではないが、許す許さない以前に、謝罪を受け取るその資格を持たぬのではなかろうか。音吐こそ真面目だが紡ぐ言葉に相応の重みはなかなかどうしてついてこない。肩を竦めてふるりと首を横へ振ったのち、両の手を白旗として挙げ、そして降ろしてから、)俺のほうこそ、嫌なこと思い出させてごめんなさい。(『なんかいろいろ』を明瞭にして謝罪するほうがしっくりくる。それともうひとつ。)ガムも先生のこともありがとうございました。……俺が言うのも立場が可笑しいですけど、ここらで水に流すとかしません?
* 7/11(Thu) 01:19 * No.57

(人は真摯な謝罪を前に大抵2パターンの反応を見せる。図に乗るか恐縮するか。けれど促されるまま面を上げた先、視界に入ったのは未だ気まずそうに言葉を紡ぐ姿だった。そうして順に詳らかにされる彼の真意。悪気はなかった、その方が面白いと思っただけ、からかったのも事実。そんな風に言われるとかつて見た黒とよく似て見えたが、決定的に違うところが確かにある。黒から滲んだ青。恐縮とも誠実とも異なる困惑。その正体を今はまだつかめそうにないけれど、やはり「あんま変わんない」なんてことはないと思った。両手を上げて降参を示すのはいつだってこっちの役目だったし。)……うん。それは、どういたしまして。今度はちゃんと助けられてよかったよ。(しかしこれ以上往来でやりとりするのは得策ではないだろうとそのくらいの判断はできて、すみませんよりも明確なごめんなさいとありがとう、そのうち後者にだけ返事をして手打ちにしよう。単純に感謝の言葉は嬉しかったし、勝手にバイアスをかけて傷ついた手前、許す側のようにふるまうのはためらわれたので。)…じゃあ、行こっか。早く帰りたいところ悪いけど、おれ一人で歩いてるところあの先生に見つかったとき面倒だしさ。……一応用務員室までついて来てくれる?(用務員室は目の前にある校舎棟の2階。そんなに遠い距離じゃない。)若い子が喜ぶものかわかんないけど、一応お茶とかお菓子もあるよ。……って長居はしないか。(もし彼が素直について来てくれるなら、ぎこちない道中となったかもしれない。当然気の利いた話題など提供できるはずもなく、思いついた問いを投げるのが精いっぱい。)よみやくん、だっけ。どんな字書くの?(もう彼を得体のしれない怖いものとは思わなかったが、その輪郭をもっと明確に見たいと思って。)
* 7/11(Thu) 10:43 * No.58

(ひとつ区切りさえ付けばそれをきっかけに心持ちを切り替えるのは容易いものだ。何事もなかったかのように澄ました顔に落ち着くと、それはそれで太々しく映るやもしれないけれど。)それくらい全然。つーか見つかったときにカミナリが落ちるのは確実に俺のほうなんで。(回り回って己のためでもあると二つ返事で用務員室へ立ち寄るのを了承しては半歩後ろをついて行こう。後ろ暗ささえなければ沈黙は元より気に留めない性分で、されど黙りこくっているのも己らしさとはかけ離れる。癖になった気怠げな足取りがずりずりと地を擦りながら、)用務員室って行ったことないんですよねぇ。どんな感じですか? 職員室みたいな?(息をするように疑問符を連ねた。この機がなければその場所さえ知らずに卒業を迎えても不思議はなかったであろう程に、関連性の希薄な行き先のイメージを広げる眼差しが、やや上方の宙にてぼんやりとたゆたう。)甘いもんなら一個くらいもらっていきたいけど、……お煎餅とか羊羹かな。(確かに長居するつもりはないものの菓子類の内訳は気になるところ。クイズ感覚で予測を零したのち、問われた字面に瞬く一拍分の沈黙が通り過ぎた。すっかりもう呼ばれることはないとばかり思っていたものだから。)朝昼夜の夜に宮殿の宮ですよ。同じ名前のひとに会ったことないんで、もしかしたら珍しいかもですね。オニーサンは? なんか珍しい漢字とか入ってます?
* 7/12(Fri) 00:22 * No.64

(いちにのさんでジャンプして、次の場面に切り替わったあとみたいなすまし顔。すごいなとありがたいなが混在した感想を胸に秘めつつ、とんだ初対面となってしまった少年を導くように先を行く。地を這うように音を成す歩き方は癖だろうか。ちゃんと歩けば一瞬で自分を追い越せそうな長い脚。足が速そうだなと思った。)うーん、どっちかって言うと会議室? …いや、家?(扉を開けてすぐは小さな会議室のような部屋。簡素な長机が連なり、壁際には文具や資材が保管された棚やホワイトボードが並んでいる。そして隣には更衣室兼休憩室。其処が少し広い空間になっていて、小上がりの畳で休息もとれる。冷蔵庫に電子レンジ。布団もあるので正直住める。)甘いものもあると思うよ。昨日は麩菓子がたくさんあったけど、今日は何があったかな。(ちゃぶ台の上には事務長セレクションの差し入れのお菓子が日替わりで。そうして彼の疑問がつないでくれた会話の先、今度は自分がと問うてみたのは彼を知るための第一歩。)夜の、宮……で、夜宮くん。そっか、四の宮かと思ったけど。(なるほど夜を司る苗字は彼に似合いのように思えて、納得とともに「夜の宮」というフレーズを何度か舌先で転がしてみる。)おれ? おれは……夜宮くんの逆。朝昼夜の昼、に神様の神、で昼神。昼神晴一。晴天の晴に、一番の一……だけど、どうだろ。めずらしいのかな。(いずれも名前負けの自覚はあったが、珍しいかと言われれば地元ではよくある苗字だったので。というより親族が集う田舎では「昼神」は自分の苗字というより所属を示すものに近かった。──そうこうしている間に2階に到着。用務員室は階段を上がって左手、一番奥。迷う余地がなくてありがたい。)お菓子とって来るからちょっと待ってて、……って思ったけど、中、入ってみる? 
* 7/12(Fri) 01:35 * No.65

………家。(想像の範疇を超えるばかりか、描いたイメージが一瞬にして霧散する喩えを繰り返す。仮にも学び舎の一室であろうに居住地となり得る程の手厚い設備が用意されるものなのかと、面食らうあまり疑問符を落っことして神妙に宣う始末である。)麩菓子か〜。洋菓子系はやっぱめったにない感じですか? チョコとかクッキーとか焼き菓子とかそういうの。(若い子が、と彼が言うので排除した予想を確認するよう問うてみる。期待しているというより、どちらかといえば本日の正解へ繋がるヒントを探るような口吻だ。)あー、確かに? でもたぶん、四のほうなら『しのみや』になるんじゃないですかねえ。知らないけど。それより昼神のほうが全然珍しいし縁起いい名前ですね。雨天中止とか無縁そうで。(これもまた根拠なき主観による感想であるけれど。ふぅん、と感嘆混じりに双眸を瞬かせては、つい廊下に沿った窓へと視線を遣って見切れた空模様を認めたくなる。そんなふうに移り気であったので、到着の折には行き止まりめがけて数歩分通り過ぎかけていたやもしれない。)はーい。……んー、ヤ。ここでいいですよ。他の用務員さんと鉢合わせたりしたらなんかアレですし。(せっかくの提案であるが当初の互いの目的は果たされたことだし、遠慮が首を横へと振らせて。しかし『家』を見ずして気が済むはずもなく、開かれたドアを押さえてひょっこり中を覗き見ることはお目溢しいただきたいところである。)
* 7/12(Fri) 23:36 * No.72

(いくら便利とはいえ「家」というのはいささか大袈裟だったかもしれない。それでも年嵩の上司と茶を飲む時間は自宅にいる時よりも家らしい空間だったので否定もせず、)…近いのなら、あるかも?(菓子鉢を漁った記憶のなか、洋菓子じみたものの心当たりなら少しだけ。「おれは好きなやつ」とヒントにもならない言葉で締めくくる。)そうでもないよ。おれ、大事なときは雨ばっかりだし。(名前から晴れ男を期待された過去もあったけれど実際そんなこともなく。名は体を表さないのだと苦笑を返せば、目的地に到着する頃にはぎこちなさも多少薄れるか。帰宅の心地で扉を開けて。)そっか。じゃあすぐに戻るよ。(興味を抱いている風だったので誘ってみたが、確かに一生徒を中に引き入れていいのかはよくわからない。彼の方がよほど思慮深いと反省未満の感想代わりに小さく頷き、さっさと会議室の隣の休憩室へ。幸い同僚は席を外しているようだから入り口は開けたまま。首を差し入れれば生活感あふれる奥の小上がりとちゃぶ台くらいは見えるだろう。)──あ、あった!(それから1分と待たず歓声が上がる。くしゃくしゃにした紙みたいなクレープ生地をココアクリームで包んだ、主に中高年に好まれているらしいスーパーでよく見るお菓子。紫色のパッケージを開けながら、)期待したのとは違うかもしれないけど、結構うまいよ。(一つ二つ、辞退がなければその手にのせつつ、)……今日はなんか、いろいろ、(ごめんね。と言いかけたが、それは封印したのだった。謝り癖は過ぎれば悪癖。口からぽろっとこぼれたもので拗れた本日を思い返せば、)…ありがとう。みっともないとこばっか見せたのに、水に流してくれて。(困ったように顔をゆがめた。正しくは笑ったつもりだった。そして唐突に、)もう、怖くないから。(唐突なようでいて、ずっと言いたかった言葉を呟けば、うろ、と寄り道しがちな視線がシルバーの輝きをなぞり、やっとのことレンズの奥に辿り着く。)……どっかで会ったら、また話しかけてもいい?(からかうのも、からかわれるのも好きと言った彼。あれは本当に彼なりのコミュニケーションだったんだと今更気づいて、その手を振り払ったことを後悔したから。時を巻き戻すことはできないけれど。)チョコとかクッキー買っとくし。……だめかな。(どこかの国のことわざで「一度はゼロ度」と言うらしい。ならばと二度目を希求して。)
* 7/13(Sat) 21:29 * No.75

(近いもの。彼の好きなもの。ヒントのようでいてそうでもない声に疑問符も選択肢も増え広がる一方だ。「分かんな〜」降参の軽い音吐を最後に、思考はすっかり天気に塗り替えられて、あるあるとも言える不運を軽く笑った。)それじゃあ雨一くんですねえ。それはそれで癒やし効果高そう。(しとしとと降る雨音に覚える安らかな心地を想起したところで、足取りに合わせて思考も行ったり来たりを繰り返す。さて、家と菓子の正体は――。開かれたままのドアから用務員室を拝見。思い描いた家よりはやや慎ましく映るものの、なるほど確かに、他の教室と比べるとどことなく安心感にも似た落ち着きある空気が漂っているように感ぜられる。繁々と目を配り、「へぇ」と零したちいさな感嘆は彼の上げた歓声に覆われたことだろう。もやと抱いていた疑問符が続けざまに解消されゆく心地はある種痛快で、遠慮なく手を受け皿にして正解へ有り付いた。図々しくかつ太々しい性分であるので、乗せられるがままストップを掛けることなく、厚意に甘えた数が積もりゆくだろう。)はぁ〜、なるほどね。コレ、アイスのやつなら食べたことありますよ。(二度目の感嘆は今度こそ眼前の彼の耳にもよく届いたはずだ。しかし軽い調子で吐く声は彼の唇が割る音吐をきっかけに閉口する。手元へ落ちていた視線を持ち上げた折、間合いよく映った歪んだ面持ちをさあ如何に解釈したものか。言葉を探る間を沈黙が埋めるより先に恐怖の否定を差し込まれると、すこしだけ眦を下げた。)……まあ、お互い様ってことで。(虫のいい話やもしれない。されど水に流すとは己にとってそういうものであった。交わった視線を解かぬまま肩を竦めて両の手を広げると、)物好きなひとですね。別に許可なんか取らなくても好きにしていいんですよ。(来る者は拒まず、去る者は追わず。菓子で釣ろうとせずとも、用務員室のドアと同じように己のそれは開け放たれたままなので、パーソナルスペースには好きな靴を履いてお邪魔してどうぞ。なんて、歓迎する仕草のつもり。)それじゃあ、……これご馳走様です。(菓子の包みをひとつ低く掲げるように摘んで会釈したのち踵を返すとしよう。帰路にて食んだ甘味は、心做しか初めて触れる味わいのようであった。)
* 7/18(Thu) 23:54 * No.83


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