
1/25(金):夜 自宅 >うかいくん【0】
(“いつか”が今日になったのは12月28日だった。決意の夜が明けた翌日。眠り続け、会話すら交わせなくなって久しい祖父が静かに逝った。商店街の皆は年を越せなかったことを悲しんでいたが、医者はこれでも持った方だと言っていた。まるで何かを待つように、今日という日を選んだようだとも。──本当ならすぐにでも友人たちに連絡をとりたかった。二人との浅からぬ縁について話したかった。けれども平穏が崩れ落ちたのは向こうの世界ばかりではなく、通夜に葬式、近所への挨拶や遺品整理だのなんだのと慌ただしく過ぎていく日常に流されるまま年が明け、十年近く会っていなかった両親と顔を合わせたことすら激流の一部として心を通り過ぎていった。今思えば彼らと会うのは恐ろしかったはずなのに、いちどきに多くのことがありすぎて呆気にとられてしまったのだろうか。ようやく一息つけるようになってはじめて実感がわく。『鯨臥』と書かれたこの表札も早く外さなければ。見慣れた文字の形から視線を外して扉を開ける。)ただいま。(しめ縄の代わりに玄関に貼られた紙の字は読めない。ただ、それが祖父の死を示すことだけを知っていた。だからといって悲嘆にくれて泣き暮らすこともせず仕事に復帰し、忙しない一月も終わりかけた頃。意図せずさぼってしまった日記代わりの手帳を開くと、真っ白なカレンダーに唯一目立つ丸印を見つけてあ、と思う。)…えっ、もう25日!?(それから慌ててスマートフォンを手に取った。長らく放置していたので充電はとっくに切れていて、もし誰かから連絡をもらっていても通知のランプは光らない。とはいえ家電ではなくこちらに連絡をくれる相手は限られていて、その唯一の可能性である二人は不義理を責めはしないだろうから、何かあれば正直に事の次第を伝えて謝ろう。時間が許すならば電話で直接。起動したそれの画面が以前と変わらぬようならそれはそれで。いずれにせよ、ゆっくりと文字を打つ。まずは一行。そして少し悩んでから、もう一行。その後思いついたように家を飛び出し、)──……じいちゃん、ばあちゃん。今日はね、おれの友達の誕生日なんだ。(ダイニングテーブルに並んだ写真の前に、買ってきたばかりの大福を置いて笑う。)その子、ばあちゃんと同じでいちご大福が好きなんだって。じいちゃんが好きな豆大福も。(手を合わせて拝んだりはしない。ただ、以前のように話し続けた。彼との出会いから今に至るまで。どんなふうに自分が彼に救われたか。それからもう一人の友の話も。)だからかな……おれ、じいちゃんまで居なくなったらどうしようってずっと怖くて不安だった……はずなんだけど、今、思ったより平気でおどろいてる。…もちろん寂しいし、今でも仕事終わりについ病院に行きそうになるけど、…でも、じいちゃんたちが死んじゃって悲しいって気持ちと同じくらい、…ううん、それ以上に考えることがいっぱいあってさ。仕事のことも、生活のことも、…友達のことも。……生きるの、前よりずっと忙しくて、楽しいよ。(死を悼み、生を慶ぶ。どちらも大切な人を想う、人生に必要な時間だと思えるようになったのはたった半年の夢のような時間のおかげ。もうすぐ春が来て、きっともっと楽しくなるだろう。もしかしたら鏡の世界で別れてしまった彼らとも再び会えるときが来るのかもしれない。淹れたての緑茶を啜りながら、湯呑みに描かれた塔を眺めて未来を想う。寂しさに寄り添うように穏やかに時が過ぎていく。二つの世界が一つになって、世界が広がった後のある夜の話。)
* 10/8(Tue) 15:07 * No.154
azulbox ver1.00 ( SALA de CGI ) / Alioth