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7/26(木):昼休み 屋上 >夜宮くん【1】

(人はなぜ『無料』という言葉に弱いのだろう。タダで手に入れたものだって使い損ねたら最後、損はしていないはずなのにとてつもない後悔がしばらく尾を引く。貧乏性なのだろうか。手中の『無料ご招待券』とそれをくれた事務長の善意を持て余しながら、校舎棟の5階をうろつくお昼時。あの日告げた「どっかで会えたら」とは偶然の邂逅を指したはずなのに、広大な敷地で運命の再会など起こりえず、こうして2年生の学年フロアまで足を運ぶ始末。夜の宮と書いて夜宮くん。持っている情報はそれだけで、クラスどころか学年すら知らなかった。ただ、こうして彼を探すのは実は二度目で、一度目は昨日、4階をうろついて空振りだった。つまりは今日の探索とて当てがあるわけではなく、果てしないしらみつぶしの序章に過ぎない。明日は6階。)……こんなに生徒がいるのに、昼休みだけで探そうってのはやっぱ無理があるよなあ。(溜息と弱音が同時に転がった廊下は休み時間らしい喧騒に包まれて、尋ねる相手ならいくらでも。だが自分のような用務員が手当たり次第に「夜宮くんって何年何組か知っていますか」なんて聞けるはずもなく。自分が不審者扱いされるだけならまだしも、彼に不名誉な噂が立つのは避けたかった。)……あと、2日か。(会えずに夏休みに入ってしまったらもうチャンスはないだろう。その方が諦めもつく気がして、中途半端な運命の行方をいっそ天に任せてみようか、なんて立ち止まった室内履きの爪先あたりをぼんやりとなぞる。一度止まると新たな一歩を踏み出すのに気力が要った。そんな時、──「夜宮くん? またいつもの屋上じゃない?」)え…(雑踏の中で探し物にすっと惹かれることがあるように、探し人の名はあまたの声から浮かび上がるように耳に届いた。)屋上……。(それからの行動は早かった。エレベーターを待つより先に階段を駆け上がり、開放感あふれる其処に散らばる人影から印象的な髪色を探す。あるいは陽に反射する冷たい光を。廊下に比べれば広々とした空間で思い思いに楽しむ生徒たちは小柄な用務員の登場など気にも留めていないようだった。歩みを進め、進め、そして、)……あ、  (見つけた。もしかしたら先ほどまで友人といたのかもしれないが、幸い今は一人のよう。ほっとしたのも束の間、)え、っと、(偶然の再開とは言えぬ状況に今更ながら迷いが生じて、けれど拳を握れば潰れた紙の感触に思い出す。先日抱いた淡い期待。二度目の先の三度目を。)……夜宮くん。(やがて逡巡を押しのけた決意は掠れた声となって彼の名を呼ぶ。一度で気づかれぬなら何度でも。)…久しぶり、…おれのこと、おぼえてる? 用務員の昼神です。実はきみにお願い…じゃなくて、お誘いがあって、(返事を待たずして練習した台詞を紡ぐ。自宅で馬鹿みたいに繰り返したそれは途中で言葉を挟まれたらつっかえてどっかに消えてしまう自信があったから。)あの、これ。無料ご招待券です。人にもらったんだけど、ペア券だったから1枚余ってて、でも他に誘う人もいないし、あげる人もいなくて…、(勢いのまま差し出したのはチケットサイズの小さな封筒。中を開ければ、フローライトモールのブルーエリアにある映画館の名前の隣に、『有効期限:8/5(日)まで』の文字が印字された招待券が一枚。)おれ、8月5日の午後に行こうかなって思って、もしよかったら……あ、けどもし都合悪かったら普通にあげるから! よかったら空いてる日に使って。(もったいないから、と言い添えると同時に休憩の終わりを告げるチャイムが鳴って、焦りが沈黙を許さなかった。)急にごめん。もしひまだったら、くらいの気持ちだから! じゃあ!(慌てたついでに半ば押しつけるよう彼の手に渡した封筒の裏側、隅に綴られた『リソワス』の文字と11桁の電話番号。ずいぶんと乱れた文字ゆえ読み間違われる恐れもあったが、LINKSの友達検索で正しい数字を入力すれば『ひるがみ』の名が現れるはず。──「たまには外の空気を吸ってみなさい」と言った祖父はたとえ不甲斐ない結果になろうと笑って話を聞いてくれるに違いないし、あまりに唐突な誘いなのだから断られるのも仕方ない。尻ポケットから取り出したスマートフォン。連絡先など片手で足りるほどのそれは緊急時のお守りのようなもので、LINKSだって知り合いに頼んでやっとのことでインストールしたばかり。)……だめでも連絡くらいくれるかなあ。(今回はだめでもその次と、思えるか否かはこれの反応次第だろう。)
* 7/18(Thu) 19:55 * No.3

(見晴らしよく開放的な屋上に熱を孕んだ風がそよぐ。日除けになるものがなければ熱烈な夏の視線が容赦なく日焼け知らずの肌を刺し、それでもなお、より高い場所をと向かう爪先を翻す気にはなれずにいた。付き合いのいい友人と昼食を終えたのち、彼が先に教室へ戻ると腰を上げたことで空いたベンチの隣席にごろりと体躯を横たえてから、数分と経たず不意にぼんやりと微睡みかけた視界に影が落ちる。すぐそこへと彼がやって来るまで気付かずにいたので、もしかしたら呼び声は数多に至っていたやもしれない。)あ〜、どうも。お久しぶりです。(上体を起こしながらゆるく宣う声は、そらんじるように紡がれる言葉のあわいに差し込むどころか重なってしまったか。されど続けられゆく言葉に耳を傾けながら、差し出されるまま半ば押し付けられるようにして封筒を受け取る。その中身まで認めた一連の振る舞いは、凡そ彼の想定通りとなっていたのではなかろうか。斯くして、予期せず訪れたお誘いは、思い当たる予定もなければ首を振る理由もないので、「ふぅん」相槌ののち了承を紡ぐつもりでいたというのに。どこか慌ただしい様子の彼とチャイムによってあえなく阻まれた。結果として、まともに発した言葉は再会を歓迎した音吐のみで。台風の如き二度目ましてにぽかんと面食らっていた双眸が幾度か瞬いて、ひとり残された屋上にふっと笑声を落っこちる。)返事くらい聞いて行ってもいいのに。……アハハッ、字へったくそ。(たった数分程度の出来事を振る返るように手の中の封筒を見遣っていると、認められた文字に気付くのはそう難くない。授業に遅れるのも厭わずふたたびごろりと寝そべっては、陽光に透かした封筒を仰ぎ見る。謎解き気分で文字をなぞる瞳は楽しげに弛んでいよう。机のない場所で急いでペンでも走らせたのか、取り分けテーマパークのアトラクションめいた文字列は、続く数字がなければ解読不能であったようにも思われたので可笑しがる笑声を躊躇いなく吐き出していた。そうして、言葉にしそびれた返事は夜分、されど日付が変わるよりは早い頃合いに送信することとなる。気安い挨拶をするスタンプと共に『どの映画みるつもりなんですか?』そう訊ねるメッセージを打ち込んだなら、きっと滞りなく三度目の予定が組み上がったはずだ。)
* 7/19(Fri) 20:43 * No.4


azulbox ver1.00 ( SALA de CGI ) / Alioth