4月30日(花と笑顔を携え向かうは、何よりも大切なあの人のもと)★ |
---|
(最近時間の流れがどうにも早い。まだ越してきたばかりだと思っていたが、1週間近く病院で意識を失っていた事もあり、あっという間に5月を明日に迎えた今日、久しぶりに母を訪ねることにした)どう?元気?今日はこれ…花、買ってきたんだ。…うん、俺、こういうのよくわからないから困ったんだけどね、お店の人が選んでくれて…(差し出したのは数輪程度のささやかなものであったが、花瓶に挿せば、オレンジのガーベラが部屋を、母の顔を明るくする。シャドウやペルソナといった馴染みのない単語にも少しばかり慣れてきたものの、やはり当真にとっての日常は此方側にあって)――…うん、大丈夫。うまくやってるよ。ご飯だってちゃんと食べてる。……ったく、母さんだって知ってるだろ。料理だって洗濯だって、今までだってやってきたし、…そりゃまあ部屋はちょっと散らかってるけどさ。(母親の前では年相応の少年らしく努めて悪戯っぽく笑って見せたが、実際の当真の部屋といえば綺麗というより物がないという言葉が相応しい。備え付けの家具といくらか持ち込んだ生活用品があるだけで、机の上に飾られた2つの写真立て以外に余計な装飾品や雑貨はほとんど無い簡素な部屋。しかし此処にその事実を知る者は居ない)――あ、…もうこんな時間か。じゃあ俺はそろそろ行くよ。転校したばかりで色々大変でさ、ちょっと間があいちゃったけど、次からはもっとたくさん来れるから。……友達?ああ、いや、……みんないい人だし、…うん、ちゃんといるよ。でも、流石にわざわざ紹介っていうのもさ…もう高校生だし、……まあ、そのうち、…そのうちね。って、すみません。夕食の時間ですよね。俺もう帰るんで、母のこと、よろしくお願いします。(帰り際、他意もない質問に思わず言葉を詰まらせ添えた笑顔がぎこちなくなるも、タイミングよくやってきた看護師にその場を託せば、「ごめん、またくるよ。」と決まった文句を残して病室を後にした) |
7月8日(人気ない裏路地での出会いは新たな日課を齎して)★ |
---|
…すみません。今日も適当に見繕ってもらっていいですか。(ポートアイランド駅前、フラワーショップ・ラフレシ屋。振り向くなり、「あら、お母さんの具合はどう?」と尋ねられる程度には、この店員と顔馴染みと言っていい。此処を初めて訪れたのは4月下旬、母の見舞いにあたり花でも買っていこうと寄ったのがきっかけだった。学生の交通網であるポートアイランド駅近くでは誰かに見られるかもしれないと躊躇する足もあったが、見慣れたジャージ姿を解けばありふれた少年の一人と化す。そんな中出会った彼女は初めこそ「彼女への贈り物かしら。」なんて冗談めかして笑っていたけれど、2週間に1度のペースでやって来ては見舞いの花を買っていく姿に、今では「すみません。」その呼びかけを聞くだけで花に疎い当真の代わりに見舞いの品を選んでくれるのだった)…あ、綺麗な青。…いいですね。気に入りました。(視線を避けるように俯き狭まった視界の中に差し出された鮮やかな色。初夏の訪れを告げるような清涼感のある独特の青が、頭上に広がるそれとよく似ていた。デルフィニウム。聞き慣れない名だ。母はこの名を知っているだろうか。デルフィニウム。もう一度その名を呟けば、彼女に礼を言って本日の買い物を終えた。――ほんの30分ほど前の話だ。場所は少し変わって駅前広場のはずれ。物陰で身を隠す様子から事情は察せるか。見知った顔を見つけ、慌てて路地裏に逃げ込んだのだ)…タイミングが、悪かったな。(コンクリートの壁に身を寄せ、息を吐く。とその時、力ない鳴き声が聞こえた)…?(足元に僅かな体温が擦り寄る。視線だけ下に落とせば、やせ細った野良猫がこちらを見上げている)…お腹、空いてるのか?(必死にズボンの裾に頭を擦りつける姿に庇護欲は湧くけれど、残念ながら所持品といえば財布と携帯、花。ズボンのポケットにも餌になるようなものは無いと知っていた。同情が空腹を満たさない事などよく知っていたが、それでもそっとしゃがみ込み、お世辞にも毛並みのいいとは言えない小さな体を少々乱暴に撫ぜてやる。するともう一度縋るようにフャー…と鳴くものだから、眉が下がる。が、しかし)…悪い。次は何か…そう、おまえが食べられるもの、持ってくるから。(ごめん。また来るよ。母の病室からの帰り際、決まって口にするそれと同じ言葉を残して去った当真の背を、猫は何を思って見つめただろうか) |
7月9日(手土産片手に向かうは路地裏。約束は無事、果たされる)★ |
---|
(ビニール袋には硬質な缶が幾つも詰め込まれ、ずっしりと重い。学校帰り、ポロニアンモール、青ひげ・ファーマシーにて大量買いしたネコ缶を持って行く先など決まっている)…よ。…おまえ、今日もちゃんと居たな。(昨日は為す術もなかったが今日は違う。約束しただろ、と掲げたビニール袋を見上げる猫の目はまだそれを食べ物と認識していなかったが、石段に腰掛け、缶を一つ開けてやれば話は別だ。人間よりもはるかに優れた嗅覚を以て、弱々しい体をばたつかせながらも缶に飛びつく。フャーン。昨日耳にしたそれとは明らかに違う鳴き声に、口端が上がる)…そんなに急ぐと喉つまらせるだろ。ほら、ゆっくり食べな。…だいじょうぶ、全部おまえの。(それでも猫はあっという間に缶の中身を平らげた。そして満足したのか当真の足元に寝転がる。こちらに向けられた、僅かに膨れた腹。一朝一夕でやせ細った体自体に変化が起こるわけもなかったが、今日一度きりの気紛れで終わらない事はまだ有り余った袋の中身から伺えるか)…はは、人から貰う飯はうまいだろ。どうせ貰えるうちしか貰えないんだから、貰えるもんは貰っとけ。な。…… 。(夏に水分を奪われた声は掠れて上手く音に成らずに消えたが、そもそも人語を理解できないそいつには関係のない話で。――人気の少ない路地裏。傷だらけの節くれだった指が、控えめにその柔らかな腹に伸びた) |
10月27日(花屋の常連が独り、悩ましげな顔をして問う)★ |
---|
(二度の満月を経て大きく変わった自らの心境は、今まで押し殺してきた一つ一つの想いを拾い上げるよう足を運ばせた。まず、最初に寄ったのはポートアイランド駅前、フラワーショップ・ラフレシ屋。すっかり常連と化した少女は、顔見知りの店員も見慣れたジャージ姿で声をかける)…すみません……あ、いえ、今日は違うんです。……その、…母じゃなくて、…プレゼント、したい相手が、…えっと…(自ら口にしてみて気恥ずかしさに言葉を濁せば、あらあらと嬉しげに手を叩く彼女が意味深に笑みを浮かべるものだから、僅かに朱の散った顔では説得力もなく「ち、違いますから、」なんて何に対する否定なのか、それこそ墓穴を掘ったようなものだったけれど、今は前向きに動き出した心に従って)…俺、花言葉とか、よくわからないんですけど、……“ ”…みたいな意味の花、…ありますか。(とあるリクエストを耳打ちすれば、勿論と心強い頷きを見せた彼女が用意してくれた小さなブーケを購入し、此処での目的を果たして次の店へ、――とその前に、逡巡、のちに足を止め、言い淀みながらももう一つ、リクエストを追加することにした)…ありがとうございました。また来ます。(今度のそれは先のブーケよりも簡素で彩の少ない束。贈る相手を思えば不安と羞恥が心に広がるけれど、まずは自分のやりたい事をやってみようと、ゆっくりとまた歩き出した) |
10月27日(二度と訪れまいと誓った眩さの中へ、いざ、参らん)★ |
---|
(格好に似つかわしくない花の香りを纏わせてやって来たのは、過ぎ去りし夏の日、忘れられない一日を過ごしたこの場所。ポロニアンモールの中、最も心的距離の遠い、Be blue V。ただでさえ冴えない運動着の少女は扉付近、ガラス張りの奥で煌くあの存在に思わず引き返す道を選ぼうとさえしたけれど、此処まで来たのだ、もう後には戻れない。集中の為に細く息を吐く姿はまるで戦闘前の精神統一にも似て、ようやく意を決すれば、本日は彼女という武装も無く丸腰のまま扉をくぐった)…あ、…あ、…あの、(案の定、顔見知りが居るわけでもない此処では言葉をすんなりと形に出来ず、挙動不審な客にも優しい店員の見事な対応により、やっとのことで吐き出したキーワードは二つ。結局自らの目で数々のきらきらを選別することもなく、確かな審美眼を持った店員に勧められた品に首を縦か横に振るだけの動作を数回繰り返し、そうして無事に買い物を終える頃にはすっかり疲弊しきった心身を引きずって帰路についた) |