12月23日(聖夜を浮かれ待つ人々に便乗し、何かを待ち焦がれる姿はまるで――)
|
(過去に描いた今日は、もっと明るく希望に満ちていたのに。11月4日、12月2日、手にしたばかりの幸せが奪われていく夢を見た。――そして12月23日。冬の一大イベントを目前にして色めき立つ街の中、ポロニアンモールも例外ではなく。店先の巨大なリースや装飾、頭上から星降りの如く垂らされたイルミネーション、待ち合わせ場所である噴水近く聳え立つ、日暮れには煌きで彩られるであろうツリー、忍び寄る死の気配など微塵も感じさせない華やかな空間を行き交う人々は幸福に満ちて見えた)…もうすぐ、だな。(その中、ベンチに鎮座するひとつの影もまた、不安を奥底に沈め、僅かな緊張と期待を散りばめた顔で彼女を迎える準備を。相変わらずの手入れを知らぬ荒れた指先が白シャツの襟を正し、皺を伸ばすよう臙脂のVネックセーターを軽く撫ぜれば、残りは視線のみ落としていく。ブラックデニムのストレートパンツ、ダークブラウンのレザーショートブーツ。上から下までかっちりとしたコーディネートを締め括るは、キャメルのチェスターコート。昨年両親に贈られたお気に入りのそれは縦に伸びた体を一層際立たせ、)…やっぱり、まだ俺は…(此方が落ち着く自分を認めざるを得なかった。先月彼の為にした“おめかし”の答えも待ち人である彼女なら幾つも正解を持っているんだろうな、なんて想像は連なり、これから訪れるであろう幸福の運び手を想いながら吐く息はまだ色付かぬ、穏やかな昼下がり)
|
…確かに此処での待ち合わせは、……其れも今日は雰囲気が、…ね?
|
(生命のはじまりとおわり。此の身で深く解して居た筈の理を突き付けられたあの日から無情にも時は流れ――彼女と交わした、約束の日。華やかで温かな街の彩りは心中蔓延る惑いさえなければきっと、更なる胸の高鳴りを此の女にも与えて居た筈なのに。擦れ違う家族連れや恋人達。何も知らぬが故に聖夜を思い、楽し気に言葉を交わす姿は皆幸福に満ち、)クリスマス、ね…。(曇る碧眼はさて、何を思っての事だったか。思考の海に溺れながら千鳥格子のAラインコートを翻し、ロングブーツのヒールを鳴らしながら進める足取りは気付けば待ち合わせ場所程近く。暖かな白のハイネックセーターとは裏腹に購入したばかりの短いフレアスカートは落ち着いた、ボルドー。百合のネックレスは些か埋没しているけれど、輝く金のチェーンが其の存在を知らせるか。過ぎ去りし夏の頃とは立場を逆転させた此の日。彼女に倣い五分遅れで姿を現した女の表情は彼女を視界に収めると同時柔らかな笑みへと変化した。暗澹とした思考に浸かるより彼女と過ごす一時を大切にしたいから、)こんにちは。…お待たせして御免なさいね。(低い位置にある彼女の表情を覗き込み、瞬きを二度。長らく携えて居た男物の傘を手放してから凡そ2カ月。未だ持て余しがちな片手にて、そっと彼女の頭を撫でやり「どうかした?」なんて問い掛けは少し異なる雰囲気を感じたが故に。返答の有無に関わらず満足げに手を離したなら、)お誘いありがとう。…今日は何処へエスコートしてくれるのかしら?(期待と照れ隠し、其れから少しの揶揄交え小首を傾げればポニーテールに結わえた黒髪が静かに揺れた。其の眼差しは今や曇り無く、彼女を見つめて。) |
……前よりも、もっとそれっぽいだろ。……どうだ。
|
(濃茶の足元を彷徨う視線が左手の盤上に移されたのは13時丁度。それから5分後に訪れた挨拶はまるで、)…こんなところまで真似しなくても、(柔らかな声に応えるよう眼前で輝く翠石を見つめ、緊張の色を解いて笑うも、頭上に落とされた温もりには軽く目を伏せ、「…ちょっと、考え事。」答えながら思考の海から身を引き上げれば、限りある今日という日、一瞬でも多く彼女に意識を傾けようと傍らに立ち、再び揃った目線、今度は此方が高いくらいだ)…俺こそ、会えてよかった。…ありがとな。(自然と上目遣いで此方を見つめる彼女の揶揄と愛らしい仕草。以前はもっと分かりやすく狼狽を見せただろうが、流石に耐性づいたか微かに染まった頬もすぐに平生の色を取り戻し、お返しとばかりに謝辞と一緒に伸ばした手が)…何か、いつもと違うと思ったら…そうか。(普段は下ろされた、風に攫われそうな長い髪に触れようとして、そこで初めて違和感の正体に気がついた。そして惹かれるがまま束ねられた黒糸に指を滑らせ、うん、納得と頷く姿は純粋な発見を喜び)こういうのも、似合うな。…服も、おしゃれだし……ちゃんとかわいい。(彼女の髪を開放した指で今度は自らの襟足、あの夏の日より少しだけ伸びたそれを弄りながら、コートのデザイン一つとっても女性らしいと感心を見せ、まるで彼女に着られる為に作られたようだと、付け加えた言葉は先日の諦めと肯定するように溢れ――)…行き先は、…内緒。(敏い彼女のことだ、待ち合わせの時から察しているに違いないと質問の答えを敢えて口にせず、「…ほら、」代わりに差し出した手は紳士の真似事。それから目的の煌きまでは距離にして数メートル、短いエスコートを無事に終えたなら、躊躇いがちに紡ぐは、)……なってくれるんだろ?俺の、初めての人。(4ヶ月越しにようやく伝える、あの日の返事)
|
……えぇ、夜じゃない分、少しは緩和されて……、………な、なにが?
|
(言葉と挙動に秘めた悪戯心はどうやら彼女にはお見通しらしい。笑みを零す彼女の姿に思わず瞳へ驚き滲ませるも、釣られたように笑みを零せば竦めた肩を返礼と換えて。然し、此方は彼女の抱える思いを見透かす事は出来ぬ侭、「抱えてしまうなら、半分分けてね。」と、差し伸べる手の存在ばかりを示したなら紫の瞳を黙して見上げた。凪いだ碧眼は再び瞬きを幾度も繰り返す事と相成ったけれど、)え、えぇ。……どう、いたしまし、て?(――どうやら、以前とは勝手が異なるらしい。メールを受信した頃から以前とも些か異なる率直な言葉に疑問を抱いては居た物の、顔を合わせての発言には彼女より己の方が余程、狼狽色濃く。はて、何事かと巡らす思考に集中すれば納得した様子に返す相槌は上の空。結果、黒髪を伝う其の引力に我を取り戻せば、彼女の姿を映す眼は動揺に揺らぎ)へっ…?……あぁ、いえ、その、(未だ耳慣れぬ其の単語に熱を帯びて赤く染まる頬に気付けば、脳裏を過る愛し人の言葉に突き動かされ其の姿を見られまいと、両手で顔を隠し俯いた。やがて、落ち着きを取り戻したなら深い吐息に乗せて熱を逃がし、)あ、りがとう。君も…其のコート良くお似合いよ?背が高いから映えるのかしら…手足が長くて細身だから色々な服が似合いそうだけれど。(暫し彼女を見つめ主導権を取り戻すべく綴る言葉は何時にも増して饒舌に。自分の服では丈が足りないかと、思索巡らす始末で。)…お楽しみ、ね。(含みある笑みを零し、重ねた指先の荒れに気付けばそっと残る片手にて、彼女の手を撫ぜた後に今日は隣り合って歩みを進め、)……勿論、だって私達は“そういう”関係なんでしょう?(胸元へ添えた指先が示すは約束の片割れたるネックレス。以前にも増して愛着覚える百合のチャームを一撫でし、敢えて自分からは形にせぬ其の距離感伝えれば形ばかりが疑問の体為す断定はらしからず無遠慮に。)君の初めてに相応しい品を見つけられると良いんだけれど。(たった一つ、彼女に捧ぐ煌めき求め数多輝き宿す店内見渡して。傍らの少女を見上げ不安吐露する表情は然し、喜びに溢れて居た。) |
…?…何がって、小百合が言ったんだろ………次はちゃんとしよう、って。
|
…?俺、変なこと言ったか?(今度は此方が小首を傾げる番。「…赤いぞ?」ただし愛らしさの代わりに疑問符を振りまく姿は想像と違う彼女の反応に驚きを示すのみで、自分の常を棚に上げれば、心の内をそのまま)…小百合も、そんな風になるんだな。……そうか。…なんだ、思ったことちゃんと言えば、そういう顔が見られるのか。(じいと小さな紫玉いっぱいに彼女を映してから、ふっと口元を綻ばせ、やられっぱなしの借りを返したと言わんばかりに喜色に満ちた呟きを。やがて、彼女も落ち着きを取り戻したかに見えたがその舌の回ること、お気に入りを褒められた事への喜びを差し引いても、未だ調子に乗った声音は止まらず)…そうか?まあ、男物なら…けど、同じ服着たって、小百合みたいにかわいくなれない。…(飾らぬ言葉で良いならば幾らでも。躊躇わず唇は彼女を褒めた。吐いた言葉の全てが、本音だからこそ)――……ありがとう。…ずっと、小百合と、そうなりたかった。(皮肉なもので、死の宣告に後押しされ素直になれた心が幾つもあった。彼女に倣い敢えて明確にしないけれど、”そういう”関係かと誰かに問われれば、これからは迷わず首を縦に振れるのだと、細めた目から雫こそ溢れぬものの、双眸は薄らと水膜に濡れ――真円の夜に自らの片割れに誓っただけでは踏み出しきれなかった足が、時の限りあることを知り、一歩、前へ進む)…そうだな…俺も、小百合みたいな…首のがいい。…できれば、シンプルなやつ。(更に言えば揃いで花のモチーフを、とは続けることなく恥じらい内に秘めたまま、あの夏目を背けた全てに向き合うべく彼女と探索する煌きの中、果たして想い出の品に相応しいハジメテは見つかるだろうか)
|
……………………言った、けれど。……もしかして、其れで今日、此処で待ち合わせを?
|
(此方の動揺に疑問符浮かべる彼女への返答に窮し、額を抑える事暫し。指摘された現状を「赤くありません。」と照れ隠しに語気強く突っ撥ねれば、自分の物言いに眉尻下げた。然し、調子づいた様子を窘めんとじろり、碧眼にて彼女を見上げ、)…そんな事、滅多に言われないんだもの。況して君が……。(再び言葉失った理由と言えば彼女の見い出した気付き其の物は、決して咎めてはならぬ大切な事と知るが故に。彼女に訪れた幾許かの変化が月日の流れによるところか、将又迫り来る終末を思うてか、知る由もないけれど。多少の羞恥甘んじても自分にとって好ましい彼女の変化は喜ぶべきだろうと。して、続いた言葉に瞳へ疑問の色を過らせたなら真直ぐに紫を見据え、)其れは当然よ、…君は君、私は私。形だけ真似ても同じには成れないし、そうなる必要は何処にも無いわ。…君には君だけの魅力が沢山あふれてるんだもの。私は、…今の君も可愛らしいと思うけれど、……かわいく、なりたい?(縮んだ距離に甘えを抱き、真摯ながらも身勝手に振るう言葉ははっきりと断定めいて。ふと頬を緩めたなら、問を一つ付け添えた。其れは女性として、女性らしく。そんな意図を込めて。)私も、…君も。大事な事に気が付くまで、少し時間を掛けてしまったから……一緒に居る時間を、大切にしましょう?…ねえ、……――玄。(残された僅かな時間に瞳伏せれば込み上げる衝動は明白で。胸裏へ宿る温もりを噛み締めたなら、柔らかな色彩湛えた碧眼へ映す彼女へ三日月携えた口唇が穏やかに其の名を象り伸ばす指先は再び彼女の頭を撫ぜた。――其れはあの夏の夜、躊躇った手を伸ばすように。前へ踏み出した彼女へ、応えるように)ネックレスで、シンプル……やっぱりチャームはワンポイントよね、とは言え色が多いと華美になり過ぎるし、……、(繰り返し紡いだ言葉は何時しか思考に溺れた女の独り言と化して居た。星、月、馬蹄、雫。掌に乗せては首を振り、次を求めて彷徨う輝きの海。彼女にとって初めてのアクセサリー。彼女に贈る大切なとっておき。傍らに佇む少女を見つめる度に芽生える思い探り形作る其の最果て。彼女の背後に飾られたたった一つの煌めきへ吸い寄せられるように指先を伸ばし、)スズランの花言葉って、知ってる?(薄雪草へ彼女が其の胸中を重ねてくれたように花弁へ託す秘めた思い。繊細な細工のすらりとした葉の先端から愛らしくも控えめに零れる月長石の小さな花。“スズランのネックレス”を君に――) |
…まあ、いちおう。…………けど、そんなに驚かれるとは、……。
|
…そうだな。俺も滅多に言わない。……のに、小百合が言わせたんだ、あんたが悪い。(受身でばかりいたあの頃と違い、自ら彼女の懐へと踏み込んでみれば見える世界も違うと知った。戸惑い溢れる彼女が可愛らしいと勢いづく軽口がぽろぽろと、下方から諌める碧色も今ばかりは逆効果で、細めた紫には幼き日の無邪気な輝きが蘇り――けれど、)……よく、わからないんだ。…前は絶対に要らないし嬉しくもなかったけど…今は少し、そうなりたいような、……いや、本当は、目に見える変化が早く…欲しいだけかもしれない。(不安なんだ。呟き、2センチ、切らずに伸びた髪も、また。――此方を見据えるその目が真っ直ぐであればあるほどに、自然と伏し目がちに、薄く笑う。知らぬ間に白魚の手を離れた黒傘の詳細は分からずとも、彼女が前を見つめ歩き始めた事は一つ確かで、憧れ焦る自らに漏らす苦笑もまた、理解ある大人ぶることで精一杯の証だ。そして、明瞭な言葉はその通りだと気付いているからこそ、他でもない彼女に問われれば一人秘めていた胸の内すら、何故だか今日の唇は緩く、隠し事など出来そうになかった)…ああ。…かけた時間の分だけ、今は、素直になれそうだから……――…うん。(始まりの日、嫌いだと告げたその名も君が紡げば愛しいと想えるほどに、大切なひとの手はやはり温かく――そうして未来の初めての山を崩し、海を掻き分け。始めこそ意気込んでいた三白眼の耐性は想像以上に低く、煌きに慣れない目をしぱしぱと頻りに瞬かせたなら早々にダウン。彼女が選んだ物ならばそれが一番、希望など無いに等しいと足は先行く者について行くのみで、)…スズラン…?……いや。(唐突に伸ばされた腕、その行き着く先を緩慢に追った視線が見つけたのは愛らしい白花。見覚えのある姿形だがしかし、花言葉となれば頼りの店員も居ない今、当然首が振られるべきは横。と同時に些か、否、明らかな驚きを湛えたその顔で)…これを、…俺に?
|
だ、だって、君を困らせたと思って居たから。…覚えていてくれた事が、……嬉しくて。
|
わ、わたし…そんな!…っ、……それ…はんそ、く………。(荒げた語気は然し軽口が耳朶を打った瞬間完全に勢いを失った。口調違えど含意重なる其の言葉は徳永の脳裏へ愛し人の姿を描くに十分な効力を発揮して。途端に綻ぶ笑みと焦れる想い押え切れず、慌てて両手で頬包みひた隠す其の表情。動揺来した己に抱く羞恥は其の顔を耳の先まで赤く染め上げた。浮かれて髪を纏め上げた自分を恨み、やがて無理に落とす咳払いは話を区切るように。)…前に会った時は少し笑顔を見るだけでも精一杯だったのに。今日の君は沢山笑ってくれる。…自分では分かり辛いだけで、周りの目を通せば変わっているものなのかも、しれないわよ?……でも、今すぐ変化が欲しいなら、…少し屈んで?(彼女が口許緩め、其の瞳に柔和な色を宿す度どれ程心躍った事だろう。触れた不安に微笑み零し、手招きしながら鞄を探りポーチから取り出すアンティーク調のヘアピンは煌めく碧と透明の四葉。小首を傾げ紡ぐ願いを彼女が叶えてくれたなら、伸びた彼女の前髪を指先で分け、二本のピンを用いサイドで纏めてしまおうか。無事、思惑を成し遂げた暁には「とっても可愛い、…きっとその方が笑顔が映えるわ。」なんて、満足げに囁くだろう。其の不安全て取り除く事が叶わずとも、新た扉の存在知らせる手助けが出来ればと。――以前ならば言葉だけで伝えた其れを、今は些か強引な行動として。)嬉しいわ、…重ねた時間は無駄じゃなかったのね…玄?……玄。(大切な名を紡ぐ度、広がる喜びは波紋の如く。髪を梳き、額に触れて。想いを言葉に乗せる時間すら惜しいとばかりに。――あれでも無い、此れでも無い。唸りながらも漸く碧眼が射止めた鈴蘭は此れ以上無い存在だった。故に、彼女の驚きを見て取れば不思議そうに瞬きを落とし、)……スズランの花言葉はね。純粋、意識しない美しさ。それから…幸福の再来。(掌に乗せた繊細な煌めきは女の胸で揺れる百合の花と同ブランド。深い頷きを返し、一つ吐息零しては再び言葉紡ぐ声音は穏やかな、)…私ね、玄が誕生日に部屋へ来てくれた時、とっても幸せだったわ。だから、玄にも此の幸せを感じて欲しいって思ったの。……一瞬じゃなくて、この先も。私じゃ与えられない幸福も含めて沢山の幸せが…幾度も玄に降り注ぐように。(明確な語気とは裏腹に「好みでは無い?」と首を傾げて問う姿には僅か不安を滲ませた。―尤も彼女に捧ぐ確固たる気持ちだけは揺らぎそうにも無かったけれど。)
|
……なんだ。…びっくりした。………………気持ち悪いと思われたかと、
|
(初めて会ったその日から、ずっと苦手だった。あの人に似て、優しくて、美しくて、少し強引な君が)……これ、って…。(けれど、徐々にそれだけが理由じゃなくなって、彼女そのものに惹かれ始めた。彼女には何故か強く出れなくて、こんな風に言われるがまま、不本意そうな顔で従う事もあったっけ。と、伏せた瞼の裏に蘇る春、夏、――柔らかな指先が時折肌に触れるのが擽ったいような、心地良いような、気づけばスッキリとした額。開けた視界に驚きが広がる。思わず両手で頭を押さえれば、慣れない金属の感触にそのうち一本を引き抜いて、)――……ったく………もし、俺が変わったように見えるなら、それは小百合のおかげもある。……小百合といると、笑いたくなるから。(「ありがとな。」不安に塗れた顔は前髪と共に脇へ追いやられ、代わりに向けた笑顔は彼女の思惑通り晴れやかなものとなっただろうか。そうして外したそれを今度は自分の手で元の位置に差し込めば、我ながら似合わない代物だと想いながらも今は甘んじて其処に飾ろう。その幸福の象徴が、溢れんばかりの気持ちを代弁してくれることを願って)…無駄なわけない。……これまでがなかったら、今がないんだ。…小百合。(試しに呼ぶことすら躊躇った夏の分まで喜びを噛み締める。ただ名前を呼び合う行為に、これほどに意味が生まれたのは積み重ねた時間の分だけ、君に焦がれたからだ。――そして、それは勿論今も)……正直、好みかって言われば違う。かわいすぎる。…って自分では、思う。(問いの答えには実に素直な否定の言葉が零れるも、それだけで終わらないと、「……けど、」紡いだのは、更なる否定。続けて落とす声は凛とした響きをもって)小百合から見た俺がこれなら、多分これも、俺の一部なんだって思える気がする。…やっぱり、俺は変わりたい。……変わるって、…影響を与えてくれた何かを、自分の中で大事にするってことだと思うから。(その愛らしいフォルムも、自分には過ぎた花言葉も否定するのは簡単だ。しかし、それよりも彼女からの初めての贈り物、其処に込められた意味を聞けば、これ以上の幸福など他にないと頷いて)うん、…俺も、幸せだ。
|
…どうして?……私の言葉を真実にしてくれた優しい君にそんな事思う訳ないでしょう。
|
(避けられているかもしれない。――特段の切欠も無く、同じ寮の隣室にて日々を過ごす中で抱いた推測を黙して受容したあの頃は最早遠く。偶然に恵まれ道交錯させながらも逃げ出した夏、再び巡り合った秋、そして二人向き合った、冬。巡る四季の中、思えば自分は隣に立つ彼女を困らせてばかりだった。―其れでも、二人の今日を手繰り寄せてくれた彼女はこんなにも、笑顔を零してくれるから。再び彼女の下で輝き始めたヘアピンに目を細めて)私は何もしてないわよ、ただ差し伸べてくれた君の手をとっただけ。……でも、そう言ってくれるなら。折角だから、困らせる事が一番得意なんて汚名は返上してしまおうかしら?(肩を揺らしてころころ笑う女は「もう少し伸びたら編み込みも出来るかしら。」と、存在さえ不明瞭な未来へ思いを馳せた。諦めるにはまだ早いから。何気ない日常を願う声音に憂慮は無く、柔かな声音には悪戯な色彩を乗せて、)……やっぱり、玄は変わったわ。それも、とっても良い方向に。(必要無いと過日示した拒絶さえ包み込む彼女はけれどきっと記憶に縋るでは無く前を向いていて。繰り返される名へ擽った気に目を伏せれば今度は自然と其の名を音にした。「…まだ足りない?」なんて、上目に窺い紡ぐ密やかな囁きは期待に添えたかと問うように。)玄も、此の花もいつだって可愛らしいと思うんだけれど、…同時にね、澄み渡っていて綺麗だなって思うの。偽りが無くて、純粋でとても、きれい。…変わりたいと願うなら、きっと玄は変われるわ。……もうきっと、変わり始めてる。(其の心が、とは終ぞ口にしなかったけれど。彼女の声により形を為し、共有した幸福は一層以て暖かく。愛らしい彼女の変化を見守る事が出来ればと心中にて祈りささげた。して、彼女の言葉を了承と取れば購入の手続きを進めながら)もう一つ、理由があって…スズランってね、谷間の姫百合って別名があるの。…だからお揃い、……なぁんて。(胸元のネックレスを指差し照れたように明かす真意の片割れは手元へネックレスが戻って来た頃に。一度は箱に仕舞われた鈴蘭を思いながらゆるり、小首を傾げて「…付けて行く?」と、紫に向ける悪戯な調子は夏の日の裏返し。其の意図示すべく伸ばす指先は僅か覗く彼女の鎖骨の狭間を擽る様に撫ぜようと―)
|
…そのくらい、不安だった、ってこと。………冷静になれないんだよ、もう。
|
(避けられない事実と理解しても信じたい未来がある。絶望を感じるほどに色濃く浮かび上がる希望は、自分にとって大切な存在を教えてくれるから)…ああでも、…やっぱり、小百合は俺を困らせるのが一番得意だな。…そんな風に喜ばせるから…どうしていいかわからなくなって、困る。(彼女に触れるたび色を変えるこの心、変わらずにいる方が無理なのだ。今更昔の自分に戻れと言われてもまた無理な話で、綻ぶ口元を片手で隠すのが精一杯。加えて齎された情報を耳にすれば、今度こそ落ち着きのない両手で顔を覆い隠さんとするだろう)…谷間の、姫百合…?……そ、れはまた……――…ほんと、…なんで、あんたって…(お揃い。隠したはずの欲望を言い当てられた気がして、「…俺の欲しいもの、全部くれるんだ。」いつもの癖で前髪を掻き乱そうにも、嗚呼、それも許されない。幸福の証は文字通りその想いを表に出さなければ気が済まないようで、慣れた照れ隠しも使えない今、悦びで染まった目元がよく見えることだろう。そして正式に彼女からの贈りものと相成ったスズランは箱の中、目的の達成を示したそれに退場を促され)…じゃあ、そろそろ出るか。(気恥ずかしさに背中を押されて歩みだそうとした瞬間、投げ掛けられた提案に蘇る夏の想い出。「…え、」その時点ではまだ純粋な驚きの方が優っていたけれど、白い指先が喉元に伸ばされて、びくり、体は素直な反応を見せた)…っ…(咄嗟に身を引いたのは明らかに拒絶から来るものだったが、はっと我に返れば慌てて弁解の為に口を開くはずで)あ、悪い。…その、急だったから、驚いただけで……くすぐったいの、だめで…(そういった戯れ合いの類が苦手なのだと眉を下げながらも、提案そのものは嫌ではないのだと態度で示すべく、)……( しかし、二人の身長差を考えれば逆転した立場は少々きついと視線を巡らせ、見つけた休憩用のキューブソファに腰を下ろせば、)………ん。(“つけて”と言わんばかりにシャツのボタンを数個外し、襟を広げて彼女を仰ぎ見る。その紫に浮かべるは、期待と緊張、それと少しの甘えを綯交ぜにした――)
|
…大丈夫よ。不安なら私を信じて?……君を思う、私の気持ちを。
|
どうして良いか考える必要性なんて無いのよ。君の思う侭、臆せず振る舞えれば一番だもの。…だから、……玄、可愛い顔を隠さず見せて?(悪戯に目を細め淡く弧を描く口許にて紡ぐ懇願に一滴垂らす甘い蜜。来した動揺はすっかり成りを潜め、平素の調子を取り戻した理由と言えば顔を合わせた当初、抱いた違和が融解したが故に。僅か肩竦め「…寂しいわ。」なんて、切なげな声漏らす表情は憂い帯びども其の眼差しは密やかに輝き、)私は……、…自分のしたい事を、しただけよ。(静謐な囁きは舌に乗せれば心地よく、自然微笑みは晴れやかな色彩を滲ませ、表情も露わとなれば満足げな様子は一入に。只、双眸に彼女の姿映しとる程伝わる喜悦と面映さは次第、徳永の心へ侵食し頬を淡く染め上げた。ーーそうして、指先が柔肌へ触れた刹那、著しく動揺を示す彼女にぱちりと瞳を瞬かせた。元よりパーソナルスペースの狭さは自覚済み。彼女の驚愕もまた当然の事と、浮ついた己を律し謝罪の言葉を紡ぐべく様子を伺ったのだが、)ねぇ、……そんな弱点覗かせたら、後でどうなるかわかってる?(首を擡げた悪戯心に身を委ね、愉悦孕む眼差しは彼女の身体の輪郭を辿るようにゆるりと這う。不穏な響きを最後に、性質の悪さは成りを潜め不思議そうに見つめる其の行く先。ソファへ座った彼女の指先が釦に掛かれば双眸見開き思わず周囲の様子を伺った。して、交錯した紫より其の意図悟れば落とす呼気は深く悩まし気に。然し、ネックレスの金具を外し浮かべる笑みは穏やかに。其の指伸ばせば届く距離、宛ら彼女の身体を抱き竦むように腕を回し、耳朶へ口唇寄せたなら楽し気な淡い吐息漏らし、)……そんなに肌を晒しちゃダメよ、甘え上手な可愛い人。…殿方だっていらっしゃるかもしれないんだから、…ね?(難なく金具を留めると同時、囁き落とせばするり幾許かの距離を取り。一転、「めっ」なんて指先立てて其の所作窘めた後、くすくす零す笑みと共に「かわいい」と、再度賛美を送るだろう。して、先の提案思い出せば)あの、…もし、玄に時間があれば、この後もう少し幾つかお店を回っても良い?……一緒に帰って、お茶も出来れば尚、嬉しいんだけれど。(買いたい物、見たい物。思い浮かべてはにかめばふと、恐る恐る問い掛けて。欲を言うなら彼女の服も見に行きたい。なんて思惑心に秘しながらそっと首を傾げた。)
|
……そう、だな。…信じることから、始めなくちゃ…だよな。
|
(所謂くすぐったがり、の性質を自覚したその顔で紡いだ謝罪は思いも寄らない事態を招き)…ど、どうって、…どうにもさせないぞ…(彼女の視線に煽られた身体が先と同様に跳ねたのは、警戒心の強い本能が働いたが故。そうして不穏な未来を醸す彼女に対して構えた口調を見せるも、実際問題、本気の彼女に抗えるのかと問われたらNO――という認識を覆す気にもならなくて、既に切り替えた頭が二人の目線を逆転させる手段を探すことに集中した結果、)……ん?(丁度いいソファに身を沈め、外したボタンも首元の数個、彼女が付けやすいようにとの配慮以外に意図のない行為に対しては、その忠告によって初めて気にかけた程。そんな事よりも――そう、所詮そんな事、なのだ。ふわりと頬に、肩に感じる彼女の存在で頭がいっぱい、耳朶に触れたそれも内容より淡い吐息に気を取られる始末で)…このくらい、別にふつ……――…あ…いや、ごめんなさい…(指摘された露出に対して悪びれる様子なく返すも、嗜める彼女の動作を見れば素直に反省を口にして――と、すっかり躾けられた気がするのは気のせいだろうか。そしてボタンをそそくさと閉め始めるは、今はまだ照れくささが勝るのだろう、素肌の上で輝く白花が眩しいことも相俟って、せっかくの煌きを襟の内に仕舞い込めば、今度こそ退場の準備は整った)…もちろん。時間が許す限り、今日は小百合と一緒に居たいと思ってたから……お店でもお茶でも。(本日一番の目的を達成したとはいえ、日暮れにも早い時刻。別れるには早急すぎると、彼女が提案しなければ此方が引き止めていたはずなのだ。二つ返事で力強く肯けば、新たな目的地を定めるべく喜び勇んで店の外へ。して、次の主導権を彼女に託すつもりで傍らに視線を注げば、さあ、次は何処へ行こうかと)
|
気が置けない相手なら尚更、ね。…それも一人じゃなくて複数なら尚、良しね。
|
(上半身の露出を厭う理由なんて個人的な都合に相違ない。況してや彼女の行動原理は自分を慮っての事と察するには十分な証拠集った状況だったのに。己が窘めが過剰反応と気付いたのは身体を離した後の事。おまけに先の振る舞いは幾ら同性と言えど些か度が過ぎたかと。募る自戒を込めて気まずげに僅か視線を彷徨わせたのだが、)……子供扱いするなって言われるかと思ったわ。(背後で手を組み、未だ低い位置に在る彼女を覗き込めば驚き滲ませ懸念の一つを吐露し瞬いて。存外、彼女の変化に翻弄されている心を自覚しながら身形を整える彼女の姿を見つめる眼差しは何処か淡々と。互い戯れに踏み込み合った位置を真中へと戻せば口唇は害無き笑みを携え、)隠しちゃうの……?(まるで掌返したように名残惜しげな声音と細めた眼に宿る光を最後に踵を返せば、彼女と共に店の外へと足を進めよう。ゆるり、首を傾げ片手を顎に添えながら案内図を見据え脳裏に描く選択肢は夏とは異なり何処か自分本位に。)じゃあ、変わりたいって君の望みも聞いたところだから、…折角だもの少しスパルタで参りましょうか。(お店でもお茶でもと何せ言質は所得済み。異論は無かろうと微笑み携え首傾げれば眼差しだけで簡素に最終確認を済ませよう。最早、ひた隠す事も無くなった感情も露に機嫌良さ気な調子にてヒールを鳴らし向かう先は服飾店並ぶ華美なフロア。此処最近、諸事情により男性物エリアへ通っていたが故にアクセサリー売り場とはまた異なる久方振りの煌めきに僅か面喰いつつ。ちらと彼女を見上げた後、状況如何によっては先陣切って女性服店立ち並ぶフロアへ足を踏み入れよう。ゆっくりとした歩調で周囲を見渡す姿は即ち、ウィンドウショッピングに興じんと。)可愛い格好の王道と言えばやっぱりスカートかしら。でも、パンツルックが映えるから其処も捨てがたいのよね……玄は気になる服とかある?或いは着てみたい服、とか。(あくまで今日は前哨戦の心積もり、其の趣味を先ずは探らんと、マネキンの着込んだ冬物のニットワンピースを検分しながら何気なく問掛けた。)
|
……此処に来て、そうしたい相手が増えたから……ん、頑張ってみる。
|
(まだ慣れぬ輝きは内に秘めることにして店を出れば、この先は未知の世界)スパルタ…?(行先を彼女に委ねた今、何処へ導かれようとついて行く心づもりも不穏な単語に僅か怯む。喜び浮かれた頭で余計な事を言ったのではと後悔するも時既に遅し、頷く以外に残らぬ選択肢を実行したのち彼女に率いられて辿り着いたのは――かつかつと床を叩くヒールの音が格好いい彼女には似合いのフロアも、当真にしてみれば第二の戦場。行き慣れた男性物エリアと違って例えるなら、「全部なんかこう、すごい。」だ。案の定立ち竦むしかない此方としては先陣切った彼女が唯一頼れる指針であり、きょろきょろと周りの視線を気にしながらも彼女の背について行くのだろう。して、)…気になる…着てみたい服…(変わりたいと願った時からこういった格好に興味があったのは確かだがしかし、先月の彼は詰まる所、頑張ってくれたなら何でもかわいいという大変寛容かつ参考にならない感想をくれたわけで、いざ具体的な理想を問われると返答に困る。悩んでいますと顔中で示しながら低く唸る姿を見せること暫し、最終的には彼女に視線を預け)…その……どういう服が、好きだと思う…?(ちらと周囲を伺っただけでももう無理だと言わんばかりに彼女の周囲をふらつく始末、自ら選び取る勇気もなければ、対象の抜けた質問を一つ)…小百合も、加賀美の為に着てく服…選んだりするんだろ…?そういう時、何考える…?(そして恥ずかしげに加えた言葉は欠けた対象を補ってくれるだろうか。口にしてから羞恥心でぐらつく視線を彼女の本日の衣装に這わせたなら)…やっぱり、スカートか…?(その短いフレアスカートは確かに可愛らしい。何時だか足を出している子が好きだと言ってたような、一つ彼の好みを思い起こせば興味は自然とスカートへと移るも、ハードルの高さは誰が見ても明らかだ。真剣なだけに再び唸るその声は苦悩に満ちて)
|
ふふ、前向きで宜しい。…でも頑張り過ぎちゃダメ。ゆっくり少しずつで大丈夫だから。
|
…えーっと、……どなたが?(肝心の対象抜けた其の問い掛けに、思わず瞬き繰り返せば気安さ故に半ば反射的に質問を投げ返した。判然とせぬその相手、平素の彼女から対象を探りつつどうしたものかと首を傾げていたのだが、)な、な、……なっなんでそこで彼の名前が――…あ、(鼓膜震わす其の名に赤く染まる頬は最早隠す気概すら無く。羞恥煽る問に動揺来たし詰問めいた声音を発せば、はたとパズルのピースが合致した。つまり、そう言う事なのだろう。自分があの人に恋焦れるように。彼女もまた、恐らくは、――彼に。見出した回答に納得を覚えるも束の間、其の質問の意図を察してしまった以上、先の決意に準ずる為にも真摯に答えを模索するより他無くて。彷徨わせた視線を彼女の紫へ注いだなら、長い長い沈黙の後、深呼吸を、一つ。)ま、…誠の為に服を選んだ事なんて、ないの。彼に可愛いって思われたいとか、私だけを見て欲しいとか、ドキッとして欲しいとか、…そう言う事は考えているけれど。それって全部、私自身のためだから。彼をもっと夢中にさせたい、私の……ワガママ。(其の名紡げば募る恋情に胸裡焦がしてはそっと静かに伏せる瞼。今は己のことなど二の次と、落ち着き取り戻した碧眼にて其の視線を辿ったなら、)とは言え確かにスカートは多いわね。でもそれ以上に色で選んでるわ。彼の目がどうしても釘付けになるような、色。…まず、服装に目を留めて貰うところからだし、ね。(先行き不明瞭な現実に溢すため息は一瞬。ゆるり、思考を切り替えて、)玄の思い人次第だけれど、好みがわかるならば取り入れるのが一番かな?…そうでないなら、君だけですって特別感を出してみたり。あるいは、私みたいに彼を思わせる色やモチーフを取り入れてみたり、……スカートが難しいならキュロットって手もあるけれど。(やっぱり。彼女が紡いだ四文字に理由あってのスカートなのかと勝手な思考を巡らせては幾許かは取っ付きやすかろう服を提案しマネキンを指差した。して、徐に足を進めながら、)…それにしても、これほど真剣に悩むだなんて…玄は彼の事がとっても好きなのね。(真摯な面持ちにてそんな感想を口にした。)
|
うん。……あと、頑張りすぎて大変になったら、小百合に相談する。
|
…なんでって、小百合にとって加賀美は大事な男だろ…?…違うのか?(それは恋人同士であるとか、そういった気の利いた類の話ではなくて。ただ、彼女が彼に向ける視線が他と違うことくらい疎い当真にも分かるというものだ。当然と言わんばかりに首を傾げれば、案の定赤く染まる頬、明らかな動揺が見えれば、ほら、と。そうして長い沈黙の果て、彼女が口にした興味深い回答を耳にすれば、――ワガママ。思いも寄らない単語が一つ。飛び込んできた)…そう、なのか?(意外だ、と。また、何かが違う、とも。しかし驚き瞬いている間に話題は具体的なアドバイスへ移り変わり、耳を傾けるのに必死になれば、その時の違和感を告げるのは先延ばしにし、まずは彼女の言葉を反復してみる)…色…好み、……よく、わからない。あいつ、大体のことは「かわいい」って言うし、でも、それはウソばっかりだっていうし。(記憶を辿っても出てくるのは信憑性のない言葉ばかりで具体性にも欠けるもの、結局彼の好みなど知らないままだった自分に声を落とすも、それでもやはり、彼が喜ぶ服を選びたくて。して、提示された服を目にすれば、「きゅろっと…?」見た目は大変スカートに似たそれを見て、思わず彼女を振り向きながら)…わからないけど、多分、こういうのがいい。……俺でも、着れるかな…?(普段脚を晒す機会など滅多になく、校風の緩さに甘えて制服のスカートすら履かず終い。似合う似合わないで言えば後者だという自信はあれど、スカートらしくもズボンの形態を保ったそれならば辛うじて自分にも許されるのでは、そんな淡い期待が頭を擡げて彼女を伺えば、意識はすっかり未知なる服に身を包んだ自分。だからこそ暫くして、とある発言が鼓膜を揺らした衝撃、止まった足は唐突なブレーキに僅かバランスを崩した)……好き…?(問題点に疑問符を付けて問い返したが、その感想を否定するつもりはなかった。少し、驚いただけで)…ああ、…うん。好きだよ。大事なんだ。(然程間を置かずして言い聞かせるよう確かな音で告げたなら、胸中を占める大切な少年を想って頷いた。――先刻抱いた違和感の正体を、この時はまだ知らずに)
|
……勿論。お役に立てるかはわからないけれど、一緒に悩む事は出来る筈だから。
|
(ぐうの音も出ないとは恐らくこんな時に使う言葉なのだろう。早々に白旗上げては寧ろ彼女にさえ悟られた自分の分かり易さと彼との距離感に思いを馳せた。この件に関しては近く彼と話し合う必要が在る――そんな女の決意等知る由も無い彼女の疑問に落とす瞬きは其の主と良く似た驚きを宿し、)そうよ。…あの人は此の世でたった一人、私がワガママを言って甘える人。…ナイショね?勿論、誠にも。(彼女の抱く違和感等知る由も無く、僅か明かした彼との関係に立てた人差し指を唇に添えしー、と戯れめいた口止め施しくすくすと漏らす笑みは柔く。然し彼女の言葉を咀嚼しては思う以上の強敵に腕を組み、)上広君ねぇ…ピンク?ドット柄?…いえ、玄で難しいものが私にわかるわけないわね…彼の私服を知ってるなら似た系統で固めてみる、とか。並んで歩いていると可愛いなって私は思うわ。…あとはー……、(平素に増して調子の良い口唇は然し声の調子が落ちたと同時に閉ざされる。わからない。其の困惑は徳永にもまた近しい感情で有るが故に。ぽんぽん、僅かな背伸びと共に撫ぜる頭は軽く然し穏やかに、)…特別、サプライズでないのなら一緒に買い物に着てみたら?デートも出来てきっと喜ぶわ。……それにこう言う所へ来れば、其の言葉の意味を体感できるかもしれないわよ。(同委員会に所属す少年の真意は知れないが、惑う彼女を宥める微笑みとは裏腹に内心吹き荒ぶ冷えた感情は正にブリザード。とは言え心中の不平は表立つ事も無く、愛らしくも此方窺う姿に尚、頬緩めた。――娘を持った心地だと、些か年齢と齟齬生ず感慨も内に秘めて。)勿論よ。玄は足が綺麗だからきっと似合うわ、…これに慣れたらスカートにも手を出すと良いわ。……今度、寮で私の分を試してみる?(彼女の細腰から目を背け、提案ひとつ。今後の予定とキュロットに合わせる服装へ思いを馳せながら左右を見回し緩々と歩みを進めていたのだが、、)えぇ、好き……玄?(数歩後ろに佇む彼女へ首を傾げ、抱いた違和は然し形と成らぬ侭。)…そう、……なら色々と挑戦しなくてはね、可愛い頑張り屋さん。(薄く唇辿って零れ落ちた相槌を掻き消さんと悪戯に添えるは恋する乙女たる彼女に対す率直な感想。そうして、己もまた青年の姿を脳裏に描けば口許に弧を象り、)気に入った服が見つかったなら今日購入するのも手だけれど、まだ漠然としているなら新年のバーゲンを狙っても良いかもしれないわね。大学へ通う時の私服も必要だし…香澄さんも誘ったら来て下さるかしら?(何せ折角同学年。況してや彼女達は同級だ。成れば三人、連れ立って放課後に買い物へ繰り出すも悪くなかろうと。遠く、曖昧な未来を然し見据え紡ぐ言葉には彼女と共に過ごした何気ない日常への愛しさを込めて――)
|
…それだけで十分だ。小百合が一緒に居てくれるだけで、心強いから。
|
…たった一人…(心に引っ掛かる言葉は二つの違和感を生んだ。うち一つの正体はまだ自分でも掴みきれずに、ただ悲哀の色を浮かべてみせる)…小百合は、加賀美だけなのか。……俺にも甘えていいのに。…ワガママも言っていい。(呟きは次第に音を増して、尖らせた唇が彼女を責める。無知な少女は彼女が口にはしなかった特別な想いも察せず言葉の表面ばかりを捉え、甘える、信頼たる者同士であれば当然の行為だという概念に気を取られ、やっとのことで手に入れた友人との心の距離に愕然とした。そして、内緒と言われれば勿論口を噤むがしかし、縦に振られた頭の中、彼女を此処まで虜にする加賀美誠に興味を持ったこと、内緒にしなくとも盛大にバレていると思ったのもナイショにしておこう)…んー…あいつの私服を気にした事なんてなかったけど、この間は、かっこよかった。(彼の私服に合わせる、これまた自分の中には無かった発想に感嘆するも、ようやく思い出せた先日の彼は、“格好良かった”…どうしてもその後が続かず、それよりも、彼女が当然の如く口にした少年の名に反応する。――何故わかった?問うは容易いが、自問すれば真っ先に答えは出た。そうだ。自分は驚くほど友人が居ない。敏い彼女なら瞬時にその消去法が可能なはずだと考えが至れば、唯一の少年の名を否定するでもなく、好みが分からぬと悩むことに専念していれば軽い衝撃が不意に。平生よりも僅か近い彼女の顔、穏やかな手つきはまるで子供をあやすような)…そっか。…そりゃ、驚かせたいって気持ちもあるけど……あいつが選べば、確実だもんな。(落胆に期待の色が混じる。其処に自身の希望は一切なく、彼の喜びが全てという言葉に偽りない。正直掴みどころの無い彼の言葉には首を傾げる事も多々。だからその意味が理解出来るというのなら、尚更彼と此処に来なくては。柔く笑うその内心が吹雪いているとも露知らず、助言を素直に聞き入れた声は弾み――些か華やいだ心持ちで彼女に問えば)……ん、(与えられるは望みと違わぬ、否、それ以上の言葉たち。頬を彩るは不安から恥じらいに代わり、ぎこちなくも大きく頷いた。どんな色、どんな形が良いだろう。歩みを進める度に広がる世界を感じながら、過去遠くに在った洋服を間近で眺め変わりゆく自分を思い描いたその先で耳にした音、に)――……ああ。(止めた思考と交替で動き出す足が、彼女に歩み寄る。感情に名を付けられるほど物を知らぬから、抱いた違和の名を探るのは後にして、)…大学、か。……そうだな。次は真壁も呼ぼう。みんなで来たら、きっと楽しい。(今想い馳せるは終わりの日の向こう側。もうすぐ訪れる決断の日、やり残しの無いようにと無意識に焦る気持ちは確かにあれど、未来に楽しみを残しておくのも悪くない。然すれば無理に購入に漕ぎ着けることもなかろうと、心の整理がつかぬ事も理由に本日はウインドーショッピングで終えるとしようか。――”次”、守りたい約束を、一つ増やして)
|
……ふふ、でも私は欲深だから。願わくば、いつか君の背中を此の手で押せますように。
|
(心満たす特別を語る言葉の残酷さを徳永は誰よりも理解していた。たった一度、微笑み零して首肯を返せば彼女の悲哀はきっと緩和出来る事だろう。然し、理解せども最早偽る術さえ持たぬ女は従順に彼女の慨嘆受け止めて。ただ穏やかな笑みばかりを携えたならそっと伸ばした両の掌にて彼女の片手を包み込み、其の甲を暫し緩やかに撫で擦り、)ねぇ、玄。…君は私にとって大切な人よ、頼りにだってしているわ。…でもね、同じ大切って言葉に括れても相手が違えば内包する想いは変わるから…私は誠に求めると同じものを君には求められないの。…私は誠にとびっきりの恋をしているから。ただね、逆に玄にしか求められない事、話せない事だって勿論存在して居るの。…だから、ありがとう玄。君がそう言ってくれてとても嬉しい。(其の意図する所が少しでも彼女に伝わる事を祈り、包んだ手を僅か握れば再び其の紫を静かな面持ちにて覗き込んだ。彼女へ寄せる信頼は揺るぎないと、強い想いを込めて)ふふ、…格好いいだなんて、デートにでも行ったの?(休日ラウンジにて彼の私服を視界に収めた覚えこそあれ、この間と限定的なフレーズが加われば半ば反射的に声音は悪戯な色彩帯びて。内心の動揺知る由も無く、くすくすと肩を揺らしながら暫し微笑ましげに彼女の姿を見守った。色取り戻す其の姿にそっと手を引けば落とす吐息は至極安堵に満ち、)きっと最初の切欠に成ると思うわ。そこから彼の趣味を察する事も出来るようになるでしょうし、…それに色々な服に触れれば玄自身が着たいと思う服も見つかるかもしれないし、ね。(晴れやかさすら伴う其の声音にふと違和感過れば瞬き落とし、一拍の間。――彼の為。本当に其れだけでいいのだろうか。喜び滲む其の姿へ微か重なる嘗ての自分。愛し人が自分へ齎した言葉が、結果此の身に起きた変化が彼女にとっても最善足り得ると豪語する気概は毛頭ない。然し、不意に芽生えた既視感に瞳を細め、)…玄と私は少し、似ていたのかもしれないわね。(ただ一点。重なった姿を振り払い、現へ帰する視界に収めた彼女の赤い頬に気が付けば「赤いわよ」と業とらしい指摘と共に彼女の反応窺うに終始しよう。擦れ違う思考、噛み合わぬ想い。平素もどかしさ抱く現状にも今日は疎く、満足に気付けさえせずに、)…年始はみんな、忙しそうだけれど冬休み中にはきっと……年末年始は大変そうだけれど色々と落ち着いて春休みならば桐条さんもいらして下さるかしら。(だって彼女も、紛れも無い仲間だから。――交わす約束に思い積み重ねればたった一日、一度だけの其の日は輝きまして徳永の心を尚彩る。願わくば、彼女達と共に。例え終末の確約された存在せぬ未来だとしても、重なる想いはいつか道標と化し己を照らすと忌まわしくも愛しき満月の夜に学んだから。遠くない日常を心に描きながら二つ揃った足取りは迷い無くモールを後にする。――数多の想い籠る、大切な帰る場所を目指して。)
|