9月14日(放課後、穏やかな碧眼は向かいの部屋のドアを静かに見つめ) |
---|
(いつもは穏やかな面持ちにて耳を傾けるホームルームがやけに長く感じられる9月14日の放課後。嘗て無い急ぎ足にて真っ直ぐに寮へと戻り、自室の扉へ身を預けた徳永の手には学生鞄代わりの紙袋が握られていた。何せ部活に委員会と忙しなくおまけに友人も多い彼女の事、こっそりプレゼントを送るなら放課後すぐの此の時間こそがベストだと――重ねた憶測はどうやら功を奏したらしい。未だ浅く繰り返す息遣いを諌めつつ、一歩二歩、廊下の向こう側へと足を進めたなら扉の前に長方形の箱を収めた袋を静かに置いた。濃紺のリボンがかかったボックスの中、包装紙を剥いだその先には透明なケースの中に鎮座する淡い五色の薔薇の花。ピンク、ブルー、グリーン、パープル、そしてホワイト――何処かつるりとした質感と幾重もの花弁の中央に芯が座す其の薔薇は決して本物などではなく、火を灯せば柔らかな香りを放つアロマキャンドル。深夜型と笑った彼女の姿が余りに気になっていた物だから、店舗で見つけたとほぼ同時に買い求めた其の香り。果たして彼女の趣向に合うか知れないが、寝付きの悪い夜、確かに自分を深い眠りへ誘ってくれた蝋の花に今はただ思い託して。『お誕生日おめでとう。今日と言う素敵な一日の締め括りが真壁さんにとって穏やかなものになりますように。 徳永 』なんてリボンと同じ色のペンで綴った音符が散るバースデーカードを扉に挟んで目を伏せた。此れにて任務完了と、零す吐息にはいつしか落ち着いた安堵の色。誰かに悟られるより早く、自室へ進める足取りはほんの数歩にも関わらず何処か足早で。) |
10月28日(昼休みが始まったばかりの教室内に転がり込むのは―) |
---|
(10月28日、四時間目終了のチャイムが鳴り響くと同時に袋を持って飛び出す女生徒が一人。行き先は3つ先の3年E組。何時かの彼女のお言葉に甘え、真壁は本日も何度目かぶりに其処へ遊びに来ていた。お昼を買いに行くにしても、まだ教室を出てはいないだろう早めの時間帯を狙って訪れたのには理由があった。授業が終わってすぐ、昼食の準備をしているだろう最中にばたばたと飛び込んできた人影に向けられる怪訝な視線もスルーして、真壁が満面の笑みで呼ぶ相手はもちろん其の日の主役。)徳永さーん!(教室内を見渡し、彼女の席を見付けたならば其方へ駆け寄って。とんっと小さな音を立て、彼女の机上に置くのはシャンパンゴールドのリボンが付けられた清楚な白地の袋。本当は朝一番で渡したかったのだが、前日は外が明るくなるまで夜更かししていた所為で寝坊し、現在に至る。そうして女の口から飛び出すのは祝いの言葉。)お誕生日おめでとう!これ、ちょっと子供っぽいかもしれないんだけど…よければ貰ってくれると嬉しい…!(其の四角い袋に畳んで入れられているのは、控えめに百合の刺繍が入れられたもこもこ素材の“ブランケット”。大人っぽい彼女には少し不釣り合いかもしれないとも思ったが、柄の入っていないシンプルな其れは派手にならず清廉とした彼女に柔らかく寄り添ってくれる事を願って。また、其処には一枚の小さなカードが折り畳んで添えられている筈。『優しくて寛容で温かくて、でもお茶目で可愛い顔も見せてくれる徳永さんは私の憧れだよ。これからも体調に気を付けて、疲れた時にはちゃんと休んでね。 真壁香澄』口で伝えるにはちょっと照れ臭い文面を己がしてもらったのと似た形でお返しさせてもらおうと。そうして無事に役目を終えた女は急激に込み上げる気恥かしさに負け、お邪魔しましたと早々に其の場を立ち去る事になるだろうけど。彼女の過ごす一日とこれからの一年に幸あれと。) |
折角だから、次はお昼もご一緒してね?……香澄さん。 |
(平素成ればクラスメイトと机を動かし、取りとめも無い話に花を咲かせながら昼食を取る其の時間。物珍しくも思案気に少しばかり首を傾げ緩やかに考えへ耽っていた徳永の思考は予期せぬ来訪者に打ち破られ、虚をつかれた瞳は幾度かの瞬きを繰り返す事と相成っていた。何も、彼女が此の教室へ足を運ぶ事は今日が初めてという訳ではない。寧ろ、社交的な彼女の事。自分と懇意にしているクラスメイトとは其れなりの関係を築いているのではないかと想像容易い程なのに。急いては室内へ飛び込む彼女の姿は然し、そんな記憶の中をひっくりかえしても思い当たるような日常的な物では無くて。呼ばれた己が名に瞠目し常の挨拶も敵わぬ侭、間抜けな表情の下半分を片手で隠しつつ突如彼女が齎した品の良いリボンと其の表情を見比べる事、暫し。これまた何時もの彼女と同じくして飛び出た元気の良い祝辞に自然、はにかむように頬は緩む。何処までも懸命な其の姿は何故だか花綻ぶ歓喜に満ちた春の時を思い起こさせて。くすり、小さな笑みを掌の裏で浮かべて見せた。)ありがとう、真壁さん。まさかプレゼントまで、持ってきて下さるなんて……、…折角だから今ここで、開けても良い?(伺うような問い掛けとは裏腹に本日強気な主役様気取りの女は彼女の了承得るより早くリボンの端へと指を掛けた。さて一体、何が待ち受けているのやら。子どもっぽいと添えた彼女の言葉に「大人にはまだ遠いみたいだから」なんて、二十歳らしからぬ軽口叩きつつ、取り出したブランケットを両手一杯を使い広げて)まあ、……かわいい。とってももこもこで暖かいわ。(もふり。欲求に贖えず顔を埋めれば其の感触を堪能しつつくすくすと堪え切れぬ笑み零し、早速感想述べる言葉に合わせ其の指先は控えめな百合の刺繍を撫ぜ込み上げる喜びを象った。ほんの小さな意匠一つ。けれど、自分の為に選んでくれたと自惚れ抱けば顔を沈めたブランケットは此の心まで暖かく包み込んでくれるようで――はらり、不意に落ちた紙片は一体何者ぞ。首を傾げながら其のカードを拾い上げ緩慢な所作で折り返しを開かんと指を掛けたのだけれど。)……逃げられちゃった。(其の姿、まるで春の嵐の如し。彼女の去った方角を見据え半ば呆気に取られていたのだけれど、)あら、……ふふっ、真壁さんたら。(成程、これは、受け取る側も気恥しい。足早に立ち去った彼女へ少しばかり感謝の念を抱きつつ、目許には僅かな朱が差した。時に手紙とは直接の対話にも増して思い伝えるものなのだと、実感抱きそっと紙片を胸元へ添えれば伏せた瞼に優しくて等身大の彼女の姿を思い描く。昼時故に然程長い時間、感傷に浸る事は叶わないけれど。昼下がりの月光館学園、普段は持ちあるかぬブランケットの存在に話が及ぶ度、万感の思いを込め幼げに柔らかなもふもふを自慢する徳永の姿があちらこちらで見受けられる筈で、) |