10月22日(勝手知ったる所属教室も今日ばかりは些か異なる様相を呈し、) |
---|
(10月22日、早朝。まだ朝練に身を捧ぐ運動部員の姿すら疎らな時間帯にも関わらず登校を果たした女は悪戯な色彩宿す碧眼にて無人の3年E組を伺っていた。何の躊躇いを抱く必要も無い、自分とそれから本日の主役たる彼が所属する其の教室。いっそ無意味な程の慎重さを以てして、周囲を確認し室内へ踏み込んだ其の足先は迷う事無く自分、では無く彼の座席へと向かっていた。誰もいない教室で、ほんの少しだけ彼の机に指先で触れて。無言のまま思い巡らせる事暫し。やがてしっかりと整理整頓された彼の机を見降ろせば、現在空席のフックへと手にした紙袋を引っ掛けた。幾ら不審物と言え、然しもの彼も中身を確認せず廃棄の道を辿らせはしないだろうと。些か見通し不明瞭な発想は此処数ヶ月で幾度も形を変えた自分と彼の距離感に女なりに甘えた結果に他ならず。いざとなれば待ったの一声を掛ける所存で紙袋を一瞥した後、宛がわれた席へと着いて受験生らしく、然し気もそぞろに予習へ興じ彼の登校を待ち望む時間を過ごすだろう。――果たして彼がいつ、其の不審物へ目を留めるか知れないが。中身を覗き込めば否応無く目に留まる大きなブルーのリボンが掛った包装紙が彼の興味を良い意味で引く事を祈るのみ。プレゼントの体為す其の封が無事に切られた暁には、柔らかな質感の深いボルドーのマフラーが眼下に晒される事だろう。使わないとは言えずとも、趣味で無い恐れのある其の色彩に彼が如何な想いを抱くかなぞ知れないが、少なくとも布地一枚ではあり得ぬ質量には多少の疑問を其の身に宿してくれる筈。――丁寧に畳まれたマフラーの端を捲ればやがて姿を現すは掌サイズの木の人形。尖った耳と、中心には小さな角。いつぞや肩を並べた自己紹介、彼の発したサイと言う単語が余りに意外だったものだから。正しく何の役にも立たぬ、けれど愛らしさだけは一人前のサイの人形にさて、彼はどんな反応を見せるのか。彼の吐露した言葉を記憶して尚、選び抜いたプレゼント一式は此の女の捻れた性根を表すやもしれないが。当の本人はこっそりと其の姿伺う眼差しに最後まで彼が気付かぬ事を祈るのみ紙袋の底面に鎮座す彼の名が綴られた紺地の封筒はともすれば不要と一蹴のうちに伏されかねぬシールの装飾付き。「加賀美 誠様 お誕生日おめでとうございます。君の前に広がる未来へ沢山の喜びと幸福が満ちていますように。 徳永 小百合」此処に来て漸く明かされる差し出し人は彼が袋の中身を知るか否かに関わらず青年との接触を最低限に保ち、贈答品に関してはまるで素知らぬ顔で一日を過ごす事だろう。少しずつ、変わり始めた彼が感情を抱く瞬間をこっそりうかがう其の為に。それに、此処最近、如何にも涙脆くなった自分では上手く笑顔を繕う自信が無いものだから。――誕生日、おめでとう。青年の姿を視界に捉え呟いた女は酷く穏やかに微笑んでいた。) |
10月28日(部活の朝練すら始まらぬ早朝の屋上にて、只一人を待つ男の姿は、) |
---|
(10月28日、早朝5時。平生だったら起きてすら居ない時間に、男は学校の屋上に居た。日の出は恐らく後一時間後、時間を明言しなかったのは、自身が間違いなく先に此の場に辿り着く為であった。只の生徒会長とは思えぬ権力持つ少女に些か強引にお願いをして、借りた学校の鍵は内ポケットの中。―見下ろす街は未だ暗く、)…寮の屋上にすれば良かったかな。…そもそも、来てくれるかどうかも分からないけれど。(早朝とは云え、女性の一人歩きは危険だろうか。其処まで思いを馳せてから、前提が間違っていた事に気が付いて、僅かに苦笑滲ませた。返信すら待たぬ其の勝手で強引なメールは、彼女に如何ような印象与えたろうか。吐く息は白く染まり、後ろ手で触れ合う右の人差し指と左の人差し指は、何方も冷えていて、気休め程度にしか。かしゃん、肩口だけでフェンスに凭れて、)……本当に、らしくない…。(嗚呼でも、俺らしさって、何かな。―――若し、彼女が屋上の入り口を開けてくれたのなら、真っ先に目に入るは首に巻かれた、ボルドーの―…) |
もう、病み上がり何だからもう少し温かい格好をしないと。…ぶり返したら大変よ? |
(夜明けの時を控え瑠璃の空に輝く明星にも翳りが見え始めた時刻にして5時30分頃、正門前。深い呼吸と共に澄み渡る外気を取り入れた女は人の気配一つ無い校舎へ静かに歩みを進めていた。動揺し、疑問を覚え、暫し幸福に溺れる要因と化したメールを受け取り、早数日。何度も何度も読み返しその都度返信画面を開けども、認めた文章は全て未送信としてデータの海に沈んでいた。―彼の不安を、取り除かねば。ふと抱いた衝動は相も変わらず絶大で無人の校舎を歩む最中も其の囁きは止まらない。然し、言い切りに近い文面へ無理に言葉を返した所で意味は無いと今の自分は良く知っている。それに大切な事は直接此の声で届けたい、なんて。気付けば速度を増した鼓動はきっと此処まで階段を上ったせいだと言い訳零し、辿りついた最上階にて身形を整えれば深呼吸を再び一つ。扉を押し開けた世界の先、未だ仄暗い彼は誰時に佇む姿は判然とせずとも、瞳に飛び込む暖色を誰より自分は知っている。)加賀美くん。……――おはよう。ごめんなさいね、お待たせしたかしら?(後ろ手に扉を閉め、しっかりと白い吐息へ彼の名を乗せたなら歩み寄る足取りは酷く緩慢に。少しずつ露となる其の姿に自ずと緩む口許の変化を感じつつ青年の目前へと佇んで、)早速使ってくれているのね、ありがとう。……ふふ、我ながら中々のチョイスだったわ、…良くお似合いよ。(捧げる純然たる賛美には小さじ一杯の自惚れを。ほっとしたように碧眼を細めたなら、首元彩るマフラーへ注いだ眼差しは濃紺の帳落ちた空を背負った青年の瞳に帰結した。) |
気をつけます。…でも、もしまた風邪を引いても徳永さんが看病してくれるかな、って。 |
いえ、むしろもう少し待つつもりでいました。…来てくれて、ありがとうございます。(彼女の姿を視界に捉えたのなら安堵から口端に笑み上る。考えれば考える程身勝手な宣言だった。だと云うのに、未だ暗い中、自身の我儘に付き合ってくれている彼女を思えば申し訳なさよりも先に嬉しさが先立ってしまうから。)…本当に似合ってます?普段使わない色だから、結構不安だな。(言葉とは裏腹に緩んだ侭の口元は、彼女の笑みに釣られるように。そうして、視線絡ませ十二分の間。一瞬視線下方へと落とすものの、再び優しい碧眼を捉え、)俺、あの日からずっと、徳永さんの事と、自分の事を考えていました。…正直、俺は。何で徳永さんが俺のことを好いてくれたのか分からない。それでも、徳永さんの気持ちに打算はあっても嘘はない。……そう思えたから。(余りに正直な物言いは、彼女を傷付ける事もあるだろうか。それでも男にしては慎重に言葉選ぶ。)三週間考えて、はっきりと分かった事が二つあって、一つ目は、俺は貴女の事を何も知らない、という事でした。この間聞いた過去の話も、驚く事ばかりで、何も言えなくて。(言葉尻がどんどん細くなるのは、些か不安煽るだろうか。情けなく下げた眉尻は、此の男にしては珍しい。然し一息吸って、吐き出す想いは、)…でも、今日伝えたいのはそういう事じゃあなくて。その事を理解してから考えて、…分からないなら、分かるまで傍に居たいと思った。これが、二つ目。―例えば、その、…俺を好いてくれる事に、貴女が誰かに罪悪感を感じるのなら、そして、その原因が過去にあるのなら、そこから貴女に寄り添いたい。…確かに、そう思ったんです。(あの晩、彼女が漏らした「ごめんなさい」がどうしても、離れなくて。なればこそ、思う。―視界の下、確かに滲む深紅のマフラーは、今日の決意表明でもあった。僅かに朱が射す頬は、寒さからか。それとも。)俺ね、初めてだったんです。役立つ物以外を貰って、捨てなかったことも、嬉しく思ったことも。だから、返したくて。……今日、貴女の誕生日に、誰よりも早くおめでとう、を言いたかった。貴女が、徳永さんが、好きだと言った、朝焼けを一緒に見たかった。…違うな、返したいというよりは、俺も徳永さんの初めてを作りたかったのかもしれない。(そうして言葉を切ったのは、組んだ後ろ手を漸く離したから。右手に持った其れをゆっくりと前に差し出して)……お誕生日、おめでとうございます。もし、あの日から気持ちが変わっていないのなら、俺の傍に居て下さい。卒業してからも、ずっと。…好きとか、そういう物は、まだしっかりとは分からないけれど。徳永さんとこれからも一緒にいたい。もっと貴女を知りたいと、思うから。(照れ臭さから見せるはにかんだような笑みは少しばかり不格好。そもそも、三週間も待たせたのだから愛想を尽かされていない保証は無い。来てくれた事だって、義理堅い彼女だから、義務感からかもしれない。それでも。エゴを押し付けるかのように差し出したのは、眩い白百合、カサブランカの“プリザーブドフラワーの花束”) |
そ、そう言う問題じゃ……ずるいわ、…否定できないじゃない。 |
元を正せば私からお誘いしたんだもの。…それに、加賀美君の我儘を叶えられるって思うと何だか嬉しくって。(お願いに我儘。時を重ねる程、彼に甘くなっていく己に覚える感情は喜びに他ならなず。自分を律す事さえ出来ぬ侭、瞳を伏せれば小さな幸福を噛み締めた)あら…とっても素敵よ、それとも私のセンスじゃ信用できないかしら?…なんて。本当は私もね、紺やダークグリーンが良いかしらって思ってたんだけれど……落ち着いていて何処かあたたかい此の色を見た時にね、ふっと君の顔が思い浮かんだものだから。(冗談めかした調子は何処へやら。店頭に並ぶ其の色彩を目にした瞬間、抱いた思いは言葉にすれば面映ゆく。けれど絡む視線を逸らす事も侭成らず見つめ合った時の果て。彼の紡ぐあの日へ想い馳せれば自然、下がる眉尻は己の恋情が原因で思い悩ませた日々を憂いての事。嫌いになる事は無い――心に芽生えた不安を摘み取る言葉だけで女は確かに満たされていた。けれど、彼が自らの手で探り触れた気持ちと解すれば、自然と表情は真摯な色彩を帯び、黙して耳を傾けた。過去に触れ、吐露された胸中も当然の事と。静かに頷き揺らぎを享受せんと、其の意思示すべく開いた唇はいっそ役目さえ忘れてしまったように、)……いま、…なん、…て、(息を飲み、失った声以上に見開かれた双眸は女に宿った深い驚愕を示していた。自分の醜さも、穢さも、起因す過去も知っている彼なのに。どうしてこんなにも求めて止まぬ言葉を、答を与えてくれるのか。鼓膜揺さぶる優しく温かな其の声は心の奥底へと染み渡り、溢れる慕情が胸一杯に広がって震える唇は微笑み保てず呼吸さえ侭成らない。微か赤く染まった頬も、誰よりも早く伝えてくれた其の祝辞も、自然と浮かんだ表情だって。重ねた日々の中で彼が抱える苦悩を知ったから、彼の織りなす全てが愛しくてたまらない。嗚呼、今日だけはと思っていたのに。見開いた侭の碧眼は募る想いの深さに潤み、眦から溢れる涙は止め処なく。滲んだ視界にも輝く白百合を受け取り、言葉に成らぬ愛慕を示さんと花束を慈しむように抱き締めれば花弁へそっと唇寄せた。零れる涙も拭えぬ侭、虚空彷徨う片手を伸ばせば青年の纏うたジャケットの袖口を控えめな所作にて僅かに引いて)…かわるわけ、ないじゃない。だって私、いまもまた……加賀美君に恋してる。(想いを告げれば芽生える罪の意識は今も冴えた痛み残して心に深く根差した侭。けれど、冷え切った彼の指先に気が付けば新た愛しみがまた心に咲く。少しでも此のぬくもりを伝えたくて存在を確かめるよう手の甲へ触れれば、躊躇いながらも指と指とを絡めた。)私、面倒な女よ。…きっと沢山迷惑だって掛けるわ。……でも、…私、君の傍に居たい。どんな時だって、ずっと一緒に隣を歩いて生きていたい。…こんなに好きだなんて、自分でもしらなかった、(思わず零れ掛けた「ごめんなさい」に代わり指先へ力を込め伏せる瞳は懺悔のように。頬を伝う涙は止まらず満足な謝辞一つ紡げていないけれど、自ずと浮かぶ微笑みには伝えきれぬ感謝と此の身に満ちた幸福を。やがて澄んだ黒曜の瞳を見つめる碧にとびっきりの恋慕を込めて。二人きりの屋上では誰に聞かれる心配も無いと知りながら空気に溶ける声さえ惜しく、僅かな距離を埋めるべくほんの少し背伸びをして。秘め事めいた小さな囁きで恋心を、もう一度。)…すきよ、加賀美君……大好き。 |
…してくれるんですね?もし移してしまったら、俺が看病するので安心して下さい。 |
……いけないな。そう優しい事ばかり言われると、俺はどんどん我儘になる。(耳朶に響く音は心地良く、なればこそ返す言葉は笑み混じりの警告。)多分、俺のことを暖かいなんて言うの、徳永さんくらいじゃないかな。(些か戸惑うように紡ぐ声は、彼女の形容する自身が自覚している己と随分かけ離れていたからで。ぱちり、瞬きと共に首に巻く深く穏やかな紅に視線落とす。――言葉は紡ぎ始めれば自然と溢れた。三週間分の思考の全てを彼女に捧ぐように、静かに然れど確りと。吐き出してしまえば勝手ながら靄が晴れたような心地。見詰めた先、其の碧眼から涙溢れれば僅かに瞳見開いて、然れど反応も出来ぬ侭、軽くなった右手は了承の合図。涙流し花弁に接吻す彼女の様相に瞬くも一先ずはと耳を傾け、)…良いですよ。面倒でも、迷惑でも、そんな徳永さんをもっと見てみたいから。(何とか返した言葉は照れ臭そうに。冷えた指先に温もり分けるかの如く伝わる彼女の熱は、正しく自身と彼女の関係性のよう。絡んだ指握り返すは何時かの晩にも似て。―でも、あの時よりももっと。 近付く距離に何処か惑うように視線彷徨わせるも、其れは一瞬。彼女の想いに応じるように視線絡ませ、額をそうっと合わせて。何時になく近い其の潤んだ碧を覗き込んだ。)……よく泣く女性は、面倒な物とばかり思っていたけれど…、可愛いものですね。ねえ、泣き虫さん?(くすり、茶化すような言葉と共に空いた片手で彼女の頭を慈しむように撫でる。口を開けば吐息振れる程近い距離。髪を撫でていた手を今度は頬へと添えて、親指は涙の跡をなぞるように、頬撫でるように。其れは、あの晩と同じ、)…今の貴女の顔を、他の男に見せたくないと思うこの気持ちが恋だというのなら、――多分きっと、俺も貴女が好きです。…ああでも、女の子でも、嫌だな。(紡ぐ想いは、彼女の其れよりも随分と不確定。然れどだからこそ、湧き出る感情を其の侭何処までも素直に。ふっと笑って、彼女の瞳の下、頬の上。未だ流れる涙の上にそうっと唇寄せた。軽いリップ音を立て顔を離せば、白んだ空視界の端に捉え、)…明けますね。(と、呟くも視線を彼女から逸らす事はなく。握った指先力篭め、―今は、此の心地良い空間に浸っていたかったから。) |
…少しでも傍に居たいもの。…でも、看病は……大丈夫?無理しなくて良いのよ? |
今は君に求められるだけで、心が満たされるから。それに…私達、共犯者でしょう?(享受す警告は甘く、伏目がちに彼を窺えば秘め事めいた囁きを。)……私の目の前にいる加賀美くんは、一生懸命でちょっと不器用な頑張り屋さん。…こんな私の告げた想いさえ理解しようと真直ぐ向き合ってくれた誠実で暖かな人。私だけしか知らないなんて勿体ないぐらい、…独り占めは嬉しいけれど。(至極当然と語る調子に澱みは無い。けれど、思わず芽生えた独占欲を冗談めかして告げたなら肩を竦めて困ったように目を細めた。いつかと同じように「勝手な事言ったわね。」と添える謝意は忘れずに。――幾ら堪えても止まらぬ涙は困惑の対象なのに、花束を抱けば満ちる安寧が女の憂いを払拭した。愛おしげに百合へ注ぐ眼差しはやがて青年を捉え仄かに、揺れる。)…加賀美君って女性の趣味が良くないのね、将来苦労するわよ。(擽ったさを誤魔化すべく余裕を装うも、口許はすっかり緩み碧眼から溢れる雫は未だ頬を伝った侭。其れでも求めれば返る指先が愛しくて、少しでも熱を伝えんと指先の角度を変える姿は幼子のように。――ただ彼に、寄り添いたくて。 どうやら自分の見通しは相も変わらず甘いらしい。予期せず迫る其の姿に縮めた身はけれど然したる意味を持つ訳なく冷えた額に息が詰まる。至近距離で交わる濡羽色に魅了された女は仄か碧に戸惑いを滲ませて、)こ、こんなに泣いた事なんて…大体、…わたし、そんな、…っ……もう、…みないで……、…恥、ずかしい(速度を増した鼓動は煩く、彼にさえ届きそうな程。揶揄滲む調子に拗ねの交った力ない声は消え入るように。おまけに髪を伝い頬へ触れる指先は酷く羞恥を煽るのに以前にも増した心地よさが身を包んで。篭る熱を逃さんと浅い吐息が一つ落ちた。)加賀美君の前でしかこんな表情出来ないから恋なのよ。…でも、女の子も……だめなの?(何とか恋情を紡ぎ返すも止めの一言に思考はすっかり停止中で耳朶擽る声音に抱いた疑問を綴る声は何処か茫と上の空になる始末。そんな状況では浮かんだ笑みの意図を探る事も適わず、不意に響く可愛らしい音に瞬きを繰り返し漸く事態を把握すれば――沈黙。見る見る紅潮する頬はけれど、塞がった両手では隠しようが無くて、―ぽすり、彼の胸元へ顔を埋めた。)……朝焼け、見るんじゃなかった?(ちらと覗いた世界の果てに姿を表した陽光が瑠璃紺に染まった空と混ざり竜胆から花緑青、微かな白藍へ変化する。日々異なる表情を見せる朝焼けは今日、棚引く雲をきっと美しく東雲に染め上げるから。そんな情景を想起し、嗜め放つ女の碧眼は然し青年を映していた。一瞬でも長く、彼だけの世界に溺れたくて―。) |
俺も、貴女の傍に居たいですよ。…それに俺、不器用ではないですし、心配は不要です。 |
(先の満月の晩と同じ言葉が耳を揺らせば、「そうでした。」と思い出したように返す言葉は笑み混じりに。―想定外の言葉の羅列に瞬く瞳は、たっぷり一拍後に照れ臭そうに細められ)…過大評価な気もするけれど、徳永さんには俺がそう見えてるんですね、嬉しいです。…ああでも、こんな私っていう言葉は気に入らないな。あまり、自分を貶めないで下さい。(相も変わらず言葉を飾る事を知らぬ男は何処までも正直に思うが侭言葉漏らす。紡ぐ願いは幾度も浮かび、そうして伝え損ねていた物だったから、余計に。次いで、「あと、俺は貴女の身勝手を嬉しく思うし、もっと知りたいと思います。」と足そう。)面倒も、迷惑も、徳永さんだから掛けられたいと思うんですよ。…少なくとも現段階では貴女以外の女性にそういう気持ちを抱くとは思えないから、将来俺が苦労するとすれば、それは貴女の所為だ。…そして、貴女にかけられる苦労なら、多分きっと悪くない。(彼女の言葉に心外だとばかりに眉上げて紡ぐ言葉はそれこそ身勝手な感情の侭。彼女の真似をして絡む指先を握り直すは此の胸に抱く熱伝えんとばかりに。――初めての至近距離に、何も余裕がある訳ではない。然れど余りに平素と異なる彼女の様相はまた男の隠れた感情を引き出すから。其れは長らく忘れていた物とも似ていたけれど、)見ないでと言われると、もう少し見ていたくなる。…貴女がどうしようもなく可愛いから。(頬に触れる指先は其の侭の動きを続け、囁く声は優しく。慣れぬ言葉を素直に吐き出せるのは惑う彼女の余りの愛らしさ故に他ならず。―可愛いだとか、触れたいだとか。そういう、気持ち。)…俺は贅沢者だな。(未だ恋の何たるかを理解せぬ男は直截的に説かれる其の心を緩やかに受け止め、漏らすは素直な感想。そうして次いだ疑問符に)…徳永さんは偶にとても鈍いんですね。…駄目ですよ、当然。こんな可愛い顔、他の誰にも見せたくない。女の子だろうが、犬猫だろうが嫌です。(覗かせた独占欲は、初めてが故に強大で、子供染みてすらいた。然れど幼子の我侭のような欲望は真剣な色伴って。―覚えた愛しさの侭動けば双眸が捉える彼女の赤い頬、そうして胸元に感じる軽い衝撃に小さく笑って、彼女の頭を撫でた。)…そのつもりだったんですけど。駄目だな、俺はまだこういう景色の良さが良くー…それよりも、貴女を見ている方がずっと良い。(けれど、射し始めた陽の光に照らされた碧眼は空の変化に応じて輝いて、成程確かに悪くないと。興味のないものに、興味を持つこと。何でもない日常が、特別に見えること。――嗚呼そうか、多分、これが恋だ。)…好きです。(髪を梳く手は其の侭に、伝える恋情は今度は確り断定系。幾ら辞書を引いたところで理解できなかった其れが、今はこんなにも確信出来る。朝日は煌めいて2人照らす。) |
なら、その時は眠るまで隣で手を握っていて?…私には君の存在が一番の薬になるから。 |
それだけ君が心を砕いてくれているって自惚れてるのよ。だからね、過大評価なんて言わず君ももっと自惚れて?……君と私で見え方が違っても加賀美くんは加賀美くん。私の好きな人である事に変わりはないんだから。(身勝手な自分の物言いが気懸りでそっと彼を窺うも其の表情に胸裏へは安堵が広がって。釣られたようにはにかみながら少々傲慢な調子にて綴る思いは噛み締めるように。――けれど彼の指摘にふと口を噤めば浮かべる笑みは淡く、遠い世界へ思考は揺らぎ、)ダメね、私。……でも、君が傍に居てくれれば、変われると思うから。(彼の元へ向かうと決めた時、手に持つ傘は寮の片隅へ置いて来た筈なのに彼への恋心が募れば微かな嫌悪感が露呈する。けれど、見て見ぬ振りはもうおしまい。小さな決意を胸に、「許しをくれる君が好き。…これから少しずつ、伝えるから。」と、本日何度目とも知れぬ告白を囁いた。)……じゃあ、今後も私以外の可能性の芽を潰すために、君をもっと夢中にさせないとね。(飾らぬ言葉に繰り返す瞬きは虚をつかれた驚き故。一拍の後、広がる喜び享受すれば照れ隠しに紡ぐ些か挑戦的な調子は悪戯に。零れる笑みは触れる指先の擽ったさと言い訳を弄しながら、伝わる想いに応えるべく親指で彼の手の甲をそっと撫ぜた。――今日で自分は二十歳。名実共に大人になった筈なのに余裕なんて何処へやら。年下の彼にすっかり翻弄されっ放し。此の侭では面目丸潰れと、じっと彼を見つめるも反撃の言葉は耳朶撫ぜる優しい声を前に結局形を為さず、)……、…加賀美くんのいじわる。(いつもは愛すべき彼の率直な物言いも今ばかりは心蕩かし、思考を奪う甘美な毒に他ならず。余りの困惑に言うに事欠き幼い反抗心を呟いて目許を赤く染めたなら、触れる指先に緩む頬を律し濡れた瞳で睥睨した。―可愛いなんて耳慣れぬ言葉に仄かな喜びを抱く自分がまた、気恥ずかしくて。)私の表情一つにそれ程の価値はないと思うけれど、…困ったわ。……ずっと君だけの私で居たくなる。(ただ頷くだけで良いと思っていたのに。余りの真摯さに心は揺れ、彼の我侭叶えるだけに飽き足らず、零れた願いは燻る熱を仄かに帯びた。―そうして、暫し彼へ身を委ねれば心地良い指先の感覚に幾許かの平静を取り戻し。上げた頬は未だ僅か色付けど、楽し気にくすくすと漏らす笑みは軽く。)私ね、朝焼けが一番だけれど、夕焼けも好き。澄んだ青空も、星の輝く夜空も、それから、穏やかな海や雪化粧の山、満開の花々もとっても素敵。…けどね、今まで手にしたどんな景色よりこれから加賀美君と一緒に見る世界が一番綺麗だと思うから。これから、沢山の世界を二人でみましょう?…君が私を見つめる時は、私も君だけを見て居るから。(一人より二人で。叶うならば隣で。そうすれば当たり前のように過ぎる日常の尊さを知る事が出来るから―。清廉な陽の光を受けた愛しい人を碧眼に宿すあたたかな時間。全てを照らすはじまりの朝陽に象られた彼の想いはそっと此の胸に響き、幸福が静かに満ちる。どんな言葉を使っても募る幾多の想いは伝え切れない気がして悩まし気に双眸揺らせば幸福な苦悩に微笑みが自ずと漏れる。其れでも途方も無い思慕と感謝を示したくて、また涙が零れて視界が滲むその前に。衝動に身を任せ再び爪先立って背伸びして。彼の額に祝福齎す口付けを――)……誠さん、(どうか少しでも、此の想いが伝わるように。秘めやかな声音で紡ぐ愛しい名へ止め処ない恋慕を託して、) |
…欲が無いなぁ。何か、俺にして欲しい事とか無いんですか。風邪の時に限らず。 |
……そう言われると、自惚れないと逆に申し訳ない気がするな。貴女の好きな相手が録でもない人間だとは思いたくないし。(不意に伝えられた恋情に僅かに瞬き、一瞬の間。そうして肩竦めて冗談めかして話す本音は、然し随分と前向きに。漏らした笑みは軽く。)…俺も貴女の傍に居ると変わる事が出来るから。貴女もそうなら、嬉しい。(先の強い言葉選びとは打って変わって、柔く笑みながら紡ぐは、彼女を安心させる為と云うよりも寧ろ其の心情が滲み出た為。幾度目かの好意受ければ静かに頷き、「はい。」とだけ返した。)弱ったな。これ以上努力されたら俺が貴女に愛想を尽かされてしまう。(只でさえ、彼女の好意が不可思議で仕方がないのに。笑い混じりに叩く軽口は冗句には違いなかったが其処に嘘は欠片も無かった。それでも手の甲に彼女の優しさ感ずれば弧を描く唇は穏やかに緩む。)……煽ってます?(此方を睨む其の瞳と其の言葉に思わず問う声はそれこそ意地が悪かったろうか。つと口唇に三日月乗せたまま、「それ、逆効果です。」と紡ぐ言葉と共に落ちる息は恐らく無自覚であろう少女を思っての事。)…居てくれれば良いのに。なんて、…駄目ですよ、そんな事を言われると本当にそうしてしまいたくなる。(思わず零してしまった本音を誤魔化すように付け足す忠告は、初めての感情を持て余している為に。熱に浮かされた侭口唇動かす自身に気が付けば、今更の線引き。―撫でる艶やかな黒髪は何故だか優しく手に馴染む。楽しげな笑みが鼓膜震わせれば、彼女へと向かう視線は些か不可思議そうに、)……貴女となら理解出来る気がするな。景色なんて、気にした事もなかったから。貴女の隣で感じていきたい。少しずつでも。(今だって、彼女を照らす陽光は綺麗だとは思うから。―寄り添う彼女の言葉に安堵覚え、素直な願望零した。そうして。視界から消えた彼女に瞬く間もなく額に感じる熱と耳朶に響く其の声に動き止めた。心落ち着ける為に一息、吐いて。)…貴女の誕生日なのに、俺ばかり貰っている気がするな。(空いた手で彼女の唇触れた額を一撫で。染まった頬はどうあっても隠し切れないから、篭り過ぎた熱逃すように今一度息を吐く。して、思わずぼやくは余りに幸福に満ち満ちた心持ち故に。)………小百合さん、……小百合。(ゆるり、口唇に乗せた名は僅かに違和。もう一息吸った後に、紡ぐ名は)小百合、………駄目だな、呼ぶ度に、どうしていいか分からなくなる。(確かな熱孕み彼女の耳朶震わせるだろう。然れど其の名紡ぐ度に高鳴る鼓動に苦笑にも似た笑み零して。只確かに彼女求める指先は彼女の頭に触れ、髪滑って頬撫でる。本日二度目、あの晩含めば三度目。親指の腹で彼女の頬を撫でながら、)…小百合。(確かめるように、静かに音に乗せた名が孕む熱量は、先の告白と同等か。) |
…難しいわね。……じゃあ、その……たまにで良いから、………………ぎゅっとして? |
そうねえ、碌でも無い人間を好きになった覚えは無いから、…君が私の想い人をそう云う人だと思うなら其れは全くの別人なのかも…ね?(彼自身を貶める言葉が気に喰わないのは女とて同じ事。故に、彼を真似た冗談半分の調子とは裏腹な棘に塗れた皮肉をお見舞いした。然し、つい先程の指摘を思い起こせばふと、肩の力を抜いて)君と一緒に変わりたい。…きっと自分の事も、好きになれるから。(願いを込め抱き締める白百合の花束へ慈愛を寄せて、)例えば…嘘でも嬉しいと言ってくれた事、変化の兆しを教えてくれた事、私を知りたいと思ってくれた事、それから…ふふ、言い出せばきりが無いわ。…これ、と言う理由は勿論あるのよ。でもそれ以上に、私は君の仕草や言葉が好き。…何気ない一言に心が揺れて…私は何度も救われてる。私は君と出会う度、恋をしているの。…だから、愛想なんて尽きないわ。例え尽きたとしてもまたすぐに、…君を好きになってしまうから。(積み重ねた愛情を綴るより、其の一瞬を理屈込めて語れば彼の不安は氷解する事だろう。其れでも、日常を彩る慕情示した理由と言えば―もう少し悩んで欲しいなんて性悪女の我儘故。)そ、そんな訳ないでしょう。(理解不能な問いに視線は鋭利さ込めて。こんなに自分は必死なのにと見当外れの想い宿せば一度彼から視線を逸らし、)…して、くれないの?……なんて、(彼の心揺さ振らんと零す誘いの残酷さに気が付けば軽薄な調子で誤魔化しを一つ。―指先に抱く安穏は幼子の如く。「君と一緒に迎える未来は想像するだけでも楽しくて。」と紡ぐ声は喜びに跳ねて、)少しずつ、色々なものに触れましょう?景色だけじゃなくて…食事や会話、何気ない事がきっと愛しくなるから。(彼に一つでも多く何かを伝えたい―欲深な願いに零す笑みは、恥じ入るように。やがて。少し甘えが過ぎたかと、過る不安は愛慕故に。然し頬色付く愛らしさの前では瞬きさえ億劫で。暫し彼の姿を見つめ碧眼は悪戯な輝き放つ。然し、特別な音が鼓膜揺らせば制御の利かぬ胸の高鳴りを受け、いとも容易く瞳は揺らぎを見せた。幾度も響く己の名は彼の声を介せば甘美な睦言の如く。籠る熱は背筋を伝い、此の身体は歓喜に打ち震えて。)…大丈夫、君が惑う時は私が君を導くわ。……だから、(不埒な自分に身を任せながらも躊躇し震える口唇は然し欲を綴るには未だ遠く。其れでも愛し彼を少しでも感じたくて、掌に甘え滲ませ頬擦り寄せれば、募るばかりの恋情に心が焦れる。あの夜も、そして今も。頬包む温もりは安らぎを齎し、平穏へ碧は蕩ける。嗚呼、それなのに。分け与えられた其の熱は今、昂る心を煽るばかりで。堪らず身を寄せれば彼我の距離は先にも増して近く。衝動に駆られ指先を解き彼の頬に触れそっと寄せた唇はけれど、恋情抱けば過る過去に囚われ重ねるに至らず。再び満ちる涙に濡れ艶を帯びた碧は愛し漆黒へ密やかに溺れ。)…君の声を聴かせて、此の名前を呼んで、…私を…、……愛して、(熱情籠る吐息を絡め切な気に零した欲は長らく抱え、然し忌避した末に影と化して顕現した悪しき自分。それでも、最早彼の前で自分を偽れやしないから。)……誠。(胸締め付ける想い溢れ、呼応し彼の名を囁く声は愛を乞う。姿を表し二人照らす陽光が与えるとは比類無き熱を分け合うように。) |
…分かりました。でも、もっと他のこともあれば。…貴女の欲を、もっと知りたいから。 |
……貴女は時折とても意地が悪い。(痛烈な皮肉耳に届けば、幾度か瞬いて沈黙落とす。一つ大きな溜息落とせば、苦笑気味に素直な感想漏らして。なればこそ、続く言葉に表情和らぎ、)はい。…俺も、貴女が好いてくれる俺のこと、もう少し好きになれるようになりたいから。(白百合抱く彼女は男の瞳には其の花より眩く映り、思わず双眸細めて静かに紡ぐ。―彼女の言葉に耳傾けるも、不可思議そうな色が濃くなるばかりで)…そう、ですか。うーん…、やっぱりそれも、これからかな。(散々人の想いを無下にしてきた人間だから、そんな自分を誰よりも知っているから。なればこそ彼女の好意は未だ解する事は出来ず。そう結論付ければ小さく笑う。それでも、彼女との『これから』がこうして降り積もっていく事が、何とはなしに嬉しくて。)……その顔も、可愛い、と言っているんです。(視線逸れれば落とす声は溜息と共に。幼子あやすように彼女の頭に手を乗せ二、三度軽く叩いて、「だからご機嫌直して下さいね。」と強請った。)―…狡い人だな。…貴女がそういう事を言うとますます俺だけを見ていて欲しくなる。(ふっと零した吐息は笑みに似た形を象った。情動に身を任せて紡ぐ言葉は軽口染みていたが、其の熱量は確かで。)俺も、楽しみです。……何となく、少しずつ、…こういうことかな、って思うこともあったりもするから。ああそうだ、俺、友達が出来たんですよ。(何処と無く楽しげな色の報告は内容も相まってそれこそ小学生のような。とっておきが出来たら報告を、そんな何時かの言葉を思い出したが故に。――額に残る彼女の熱。優しく呼ばれた名。呼んだ名。何れも男の体温を上昇させるようで、僅かに惑いを宿した瞳は彼女の声が耳朶打てば漸く和らぐ。して、解かれた指先に意識が向けば、急激に近付く距離に頬に感じる温もり。キャパシティを超えた事態に再び当惑覗かせるも、鼓膜震わす其の想いが確かに胸へと落ちれば彼女の瞳射抜く双眸に迷いなく。)……小百合。(乞われるが侭紡ぐ名と共に、頬に置いた手を顎へと移動させ、僅かな距離詰める為に持ち上げれば彼女の唇奪ってしまおう。軽く触れるだけの物ではあったけれど、)…俺の所為にすれば良い。…貴女が罪悪感を拭えないのなら。全てを、俺の所為にすれば良い。…そうしたら、俺も貴女の所為に出来る。貴女が…小百合が、こんなにも俺を乱すから。(些か和らごうとも利己的には違いない此の男、自己犠牲とは程遠く。―成程、共犯者とは言い得て妙だと。)…小百合、小百合、さゆり。(名を紡げば再び口唇触れそうな、そんな距離で。壊れ物でも扱うかのように、柔い声色で幾度も幾度も、其の名を舌に乗せた。そうして、いっとう優しく「小百合、」と囁けば今一度口唇を重ねよう。抵抗あらば些か強引にでも。二度目の口付けは、欲望の侭に身勝手に。) |
なら、少し敬語を外してみて。……私達にはもう、形式なんて不要でしょう? |
…ごめんね。(過去を辿れば触れる埋没した数多の棘に目を伏せて。眉尻を下げ表情伺えば自然、謝罪が零れ落ちた。然し彼につられ、口許は緩み)なんだか不思議。独りじゃ変わろうなんて思いもしなかったのに。…君と二人なら何だって出来るような気がするの。(初めて芽生えた心地を胸に抱き留め、青年の姿に澄んだ秋空を見出せば、彼は自分にとっての朝焼けなのかもしれないと。過る思考の甘さに気恥しさ覚えるも、綻ぶ愛しさに微笑みが浮かんだ。)今から沢山、考えておくわね。どうしたら君に此の想いが伝わるか。(何気なく彼が紡ぐ未来の中。其処には確かに自分が存在している気がして。自惚れめいた思考に細めた目許へ朱色がさす。あの日約束した信頼に換えて恋情を捧ぐべく、抱えた悩みは大きく、同時に至極贅沢で。)…そんな物好きは君ぐらいよ。(喜びと困惑。入り混じる感情悟られまいと視線は空を彷徨って。子供扱いへ不満げに唇尖らせるも、喜びは深く。年上ぶった「しょうがない子ね。」なんて、居丈高な調子の裏で緩む頬を隠すべく何気なさ装い俯いた。)だったら、…全部、君に捧げてしまいましょうか。(少しずつ、戻れなくなる。脳裏に響く警鐘に素知らぬ振りをして揺れる碧眼は上目に彼を窺い、傾げる小首には悪戯めいた柔い甘さを。彼の熱に酩酊し興じる駆け引きは次第、真摯な色彩を呈す。)あら、素敵な報告。…友達としか出来ない事って沢山あるから、楽しみが尽きないわね。…ね、どんな人?(彼の変化、愛らしき報告。全てに心和ませ、彼の友へ興味を寄せれば伸ばす掌は其の頭を静かに撫ぜた。――満たされて尚、渇きを訴える姿は貪欲で過ち侵した記憶が重なれば痛み放つ。けれど心まで射抜く黒曜の瞳。望むが侭に与えられる其の声。触れた唇から伝わる熱。愛し人が齎す全ては疼く傷まで包み、不安も怯えも全て溶かして飽いた心を埋めてくれるから。)君は私を甘やかし過ぎなのよ。……ただでさえ君が愛しくて堪らないのに、…此の侭だと私、誠が居ないと生きて行けなくなってしまう。後悔したって知らないわ。……全部、私を虜にした誠の所為…そうでしょう?(だから、自分も彼の心を乱したい。―導かれる侭吐露した胸中は自分勝手で我儘に。其れでも互い同じと知るから、其処に謝罪の色は存在せず、)誠、…まこと、(耳朶擽る音に幸福を覚え紡ぐ彼の名は然し其の唇に封じられ。頬包んでいた掌にて思わず其の肩を僅か押すも焦れた熱は勢いを増す一方で。ジャケット越しの距離さえ煩わしいと、肩口に添えた指先を腰元から滑り込ませたならベスト纏う背中に片腕を回した。躊躇滲み触れるだけの抱擁は彼無くしては立つ事さえ侭成らぬと何時しか其の身体へ縋るように。三度目が赦されるなら其の時は此方から。角度変え重ねる唇深く、彼の無遠慮な欲望の果てまで飲み干したくて。――身を離す其の時には至極、名残惜し気に、) |
…了解。…少し癖になっているから、たまに戻ってしまうかもしれないけれど。 |
(謝罪拾えば反射的に片眉上げ言葉返しそうになるも、表情の変移見て取れば、特に反応返す事はせず、)俺は変われない、と思っていたな。でも、それを貴女が変えてくれたから。…相互に、作用しているんですね。(今更ながら感じ入るように小さく呟く。そよぐ秋風は二人包むように。)…嬉しいな、そうやって貴女が俺のために時間も心も割いてくれる事が、とても。(述べる素直な想いは受容の形成す。何時かは疑問を返した其れを、受け止められる程度には前進したと言っていいのだろうか。―多分。それだけ、彼女が心砕いて幾度も伝えてくれたから。)俺くらいで十分です。…他に居たら困る。(常に大人びた彼女の些か子供染みた言動は愛らしく、くすり、思わず笑み漏らして紡ぐ声は軽い。して、彼女の演技に乗じるべく、穏やかな笑み浮かべて俯く彼女の頭を再度軽く二三叩き、「…ね、だから許して貰えます?」なんて問うた。)……下さい、俺に。貴女の全てを。(其の甘い声を、其の優しい瞳を、其の艶やかな髪を、其の時間を、其の想いを。―全てを、自分だけに。欲深な男は乞う。軽口とは思えぬ鋭利な視線で彼女捉え、紡ぐ声は僅かに低く掠れた。)…義理堅くて、優しい人、かな。(暖かな温もりに照れたように笑み溢しつつ、一考。僅かな間の後返す言葉は初めて得た友人に思い馳せつつ。―――愛しい。急激に理解した感情は全身を麻痺させるよう。恋の病、だなんて良く言った物だ、と妙な冷静さ残す頭が感心したように片隅で呟く。)……いっそ、そうなってくれれば良い。俺だって、小百合の居ない未来は描けないから。…そう、これは俺の所為。そうして、君の所為でもある。―…小百合。(可愛らしい文句に笑いながら紡ぐ。均衡保つ関係性は、甘く心地よく。嗚呼、落ちていく。――彼女が自身を呼ぶ声が耳朶打つ度、歯止めが効かなくなる感覚を覚えつつも、身勝手打つけ合いながらの相互理解は熱情へと昇華する。抱いた欲望の侭彼女の口唇塞げば、肩口に小さな反発感じれば奪う力更に強く。かと思えば受容示す背中の温もりに余計に煽られ、自らの想いの代わりに捧いだ白百合さえも彼女との距離を邪魔する異物と見做す自己に呆れながら、漸く唇離した。何時しか詰まった距離に再び欲涌き出るの感じつつ彼女の熱を受け止め、そうして、三度。今度は深く交わる其れに身も心も情欲に溺れ、彼女の顎に添えていた手は何時の間にか彼女の頭抑え、より深くより強く其の身求める。唇離れれば其の都度逃さないとばかり、幾度も、幾度も、繰り返し。――何程の時が経過したろう。我に返ったのは、鼓膜が雑音拾い始めたが故に。)……もう、時間だな。(名残惜しそうに身体離し、小さく呟く。慈しむように、彼女の頬に未だ残る涙の跡撫でたならば、)戻れる?…一度保健室に寄るなら送っていくし、ノートは取っておくから。教室にそのまま行けるようなら、一緒に。(と、紡ぐ提案は急に生活味帯びて。―然れど明け方と確実に異なるのは其の距離感。言葉遣いにも滲む其れは他の誰に対しての物とも違う甘さと柔さ孕んで。何れにせよ肩並べて屋上を後にするのか。―幸福に満ち満ちた心地で歩む足取り軽く。瞳に映る世界は今朝よりも色味増したように思えるから。) |
………其れぐらいが、丁度良いわ。……ずっとだと、何だか心臓が持ちそうにないから。 |
(例えば自分から伸ばす手、掛け替えの無い人を愛し始めた、心。重ねた日々の中で生じた変化は面映ゆくも、彼もまた同じと知れば温もりへ変わるのだから不可思議で。其れが如何にも心地良く、)…これからは君のためを考えて居たいって思ってたけれど、……二人のため、の方がもっと幸せなのかもしれないわね。(其れが打つけ合う身勝手な想いだったとしても。互いに影響及ぼすならば其れは自分と彼が紡ぐ共に生きる姿なのかもしれないと。二人きりの世界で穏やかな瞳は未来へ思いを馳せた。)おかげ様で私は大変、…何の意識もしてないのにふとした瞬間に君の姿が思い浮かぶんだもの。(肩竦める姿にはけれど困惑の色は無く。其の度込み上げる彼への恋心をまた一つ積み上げればふと目を細めた。詰まる所の、自分は随分と重症らしい。と、)……杞憂だから、大丈夫。(言い聞かせるような口調は少しずつ、落ち着きを取り戻したが故に。其れでも掌が持つ相変わらずの調子に見上げた眼差しには窘めを宿し、「…仕方が無いから今回だけね。」と澄ました返答を、一つ。)……――今も、未来も全て。君が望む侭に。(鋭い眼差し、掠れた声。其の全てに心蕩け、罅から零れる想いは止め処無く。―此の心、身体。彼への恋情で構成された全てを彼に捧げ、望むは其の欲満たせば溢れる幸福の時。交わす誓約は宛ら永久を祈るように。)……仲良くね、…大事な友達なんだから。(友人。ふと、脳裏過る其の姿は遠く。けれど、彼と同じように自分も踏み出してみようかなんて、小さな決意を胸に秘めた。)…ずるい人、いつもそうやって私の心を絡め取るんだから。……私たち、もう戻れないわ。…だって、君が居ない世界なんて、……誠。(想いを綴り、名前を重ね。秤に乗せて行く愛慕は未だ尚止め処無く。彼と二人、共に在るならば底知れぬ深淵さえ楽園にも似て。分かち合う熱に侵され其の欲飲み干し受け入れるだけでは飽き足らず、重なる唇の合間を縫って幾度も甘く重ねる彼の名は囈の如く、其れ以外に求む術を知らぬが故に。然し肌に触れた指先より伝わる熱が遠ざかると同時、元より無いに等しい主導権を完全に取り上げられた女は其の性急さに惑うのみ。呼吸さえ侭成らず、況してや彼の名を呼べる訳も無く。徐々に酸欠訴え霞む思考に酔い、どうにか逃れた唇の端から漏れる吐息さえ奪われて。燻ぶる欲と彼に溺れ、やがて薄らぐ抵抗の果て蹂躙されるが侭に其の情欲を受容しては彼が奥深くを望む度に背筋を甘美な衝動が駆け女の肩は微かに跳ねる。終わりの無い、劣情の時。――五感全てを彼に奪われ理由解す事さえ叶わず、不意に齎された解放の瞬間はくらり、酩酊感を引き摺って。其の腕に縋り浅く濡れた呼吸を繰り返せど一向に早鐘の如き鼓動ばかりは収まる事は無く。幸福とは異なる生理的衝動に潤む茫とした碧眼に其の姿映し、)…ダメ、……保健室、ご一緒してくれる?…これじゃあ授業にならないわ。(乱れた髪、赤い双眸、熱に充てられ火照った身体。一時の休息を求めながら自分の醜態にため息落とし一先ずの体裁を整えたなら、自ら求めたにも関わらず覚えたばかりの責任転嫁が非難を伴い碧に過る。けれど前を行くでは無く、歩調合わせ隣り合って足取りを進められる当たり前が今は嬉しくて。眩い世界の中、より一層の輝き放って止まぬ白百合の花束を愛しげに抱く女は愛し人の傍らにて密やかに幸福を噛み締め――。) |
そんなに?それは、それで、そんな貴女を見てみたい気もするけれど。 |
2人のため、か。…そうですね。俺が俺の為にする事が、巡り巡って貴女の為になると良い。(彼女の為を考えられる程感受性豊かにはなれないから。些か他人任せな言葉ではあれど、そう願う心が芽生えただけ幾分かの進歩だ。)…でも、俺もこの三週間貴女の事を考えない日はなかったから、お相子かな。(随分と好意的な文句にくすりと笑えば、そう素直に零して首を傾いで見せた。)…そうかな、だと良いんですけど。(先とは立場が逆転したような、そんな声聞けば首傾いで紡ぐ言葉は何処と無く幼い調子にて。済ました答聞けば「はい、ありがとうございます。」と巫山戯た調子で返す男と彼女、果たして主導権は、さてどちら?)――確かに、貰い受けましたから。頼まれても返しませんよ?(軽口と思えぬ誓いは了承の合図にて儀式を終える。次いだ忠告は軽口らしさ取り戻し、零す笑みは柔らかさ伴う。)……はい。もう捨てません。ようやく手に入れた、大事な絆だから。(一度は拒絶示した昔日思えば、手にした関係は貴重な物で。此れまで自ら放棄して来た物を、漸く欲しいと思えたから。)………戻る必要が何処にある?――全部、小百合の所為だ。小百合が俺を戻れなくする。(だから、君も此処まで落ちて。――強要するかのように綴る言葉を相も変わらず身勝手に押し付けて。彼女の口端から吐息と共に漏れる自身の名は、男の欲を何処までも引き出す。理性等疾うに失せ、彼女の頭抱え強引に貪る其の姿は、何時かの真円が見下ろす晩にも似て。熱に浮かされ乍も何処か冷えた光双眸に携え、只管彼女の全て求める姿は、其れこそ獲物を捕食する獣の如く。――なればこそ、幾ら雑音に邪魔されたとは云え、現実に戻って来られただけ褒められた物だと、身勝手極める男は思う。)…うん、良かった。そんな姿で戻ると言われたらどうしようかと思いました。(ふっと笑み零して、頬から手を彼女の頭へ戻せば、自身が抑え付けた所為で崩れた後ろ髪を梳くように指滑らせた。常に先歩んでいた彼女が並ぶ事が、関係性の変化を如実に示していて、それだけで心に広がる温もりは、今朝方迄知り得なかった物に他ならず。――して、彼女を無事保健室に送り届け、怪しげな液体も飲まさぬよう、保険医にしかと言い含め、一人教室へと向かう、其の途中。)……頭より先に身体が動くことって、あるのか…。(未だ登校時間には僅かに早く。人まばらな廊下で落とす独り言。未だ篭る熱情逃がすように息を吐いて、)もう少し冷静で居られるようにしないとな、(前髪をくしゃり、掴んでそんな戒めを紡ぎつつ。踏み出す一歩は間違いなく日常への帰途。然れど平穏な其れも昨日迄とはまるで違う色成すのだ。――尤も、後悔滲む其の言葉、彼女の前では結局は実現不可能と悟るはきっと、そう遠くない未来。) |
12月3日 …小百合。夜遅くにごめん。 |
---|
(非現実的な告白から一晩。伝えられた滅びは余りにも唐突でどうにも実感など湧きはしない。それでも、与えられた情報は整理をすれば全て点が線へと繋がり、なればこそ巡る思考は言葉の否定よりも状況の打破へと移る。然して考えたところで到底結論が出る筈もなく大きな息吐く他なく。―ふと、視界に捉えるは愛らしいサイの人形。とん、と人差し指で軽く突けば。思考の対象は身近な人物へと移った。)…不安だったり、しないだろうか。(思わず零した言葉は、この木彫りの人形の贈り主を思っての物。−もし彼女が不安なら傍に居てあげたい。そんな半ば押し付けがましい願望抱けば自然、足は階段を上り自室の丁度真上の部屋の戸をノックしていた。)…小百合。(時計の針が0を指す、1時間程前。控えめなノック音は3回。自身の存在知らす為に、この1ヵ月強で随分と舌に馴染んだ名を乗せた。そうして彼女が出て来てくれれば「少し話せる?」と尋ねる筈で。既に就寝しているようであれば、其の侭立ち去る腹積もりにて。―多分、本当は分かっていた。不安なのも、傍に居たいのも、自分の方だと云う事に。) |
私も君とお話したかったから嬉しいわ。だから謝らないで、…もっと甘えて? |
(はじまりは奇跡。おわりとは必然。―其れが嘗て宿した命を代償に生き延びた女の不文律だった。故に他者へ死が迫る度、深い怖れを抱いて来た。最後の大型シャドウとの戦いの時、或いは理屈では無いと、誤魔化したあの夜。理解するからこそ抱く恐怖は然し他者へ向くばかりで、一度救われた此の命はいつか誰かの為に散らすものと迷いなんて棄て去った。筈だったのに、)…どうして、(寝台に横たわり繰り返す自問に答は無く。惑う眼差しは室内に飾った白百合の花束と傍らに活けた甘い芳香放つ一輪の百合へ注がれる。夢の中でも愛し彼に出会えたら。そんな衝動に駆られ、時を止めた花束では叶わぬ香りを求め購入した生花は未だ瑞々しい。けれど、其れもまた終わりを迎えるのだと。此処数週間の内にも繰り返した事実にさえ心は痛み、)誠、(たった一つの拠り所へ想いを馳せ瞳を伏せた刹那――響く音と愛し其の声は焦れた彼の人の物。するり、身を起こしノブに手を掛け数拍の間。戸惑いと不安の上に微笑みを無事に作り上げたなら扉を開き、花の香りと共に其の姿を覗かせ、)…勿論、大歓迎よ。……立ち話も、なんだから。(深い頷き返せば静かに招き入れるは書籍が目立つ白と茶系統で統一された暖かな部屋。二人分の椅子は無く、ベッドの端へ座り自身の傍らをそっと叩き隣を促して。)…どうかした?(彼が腰を落ち着けた暁に零す問掛けは穏やかに。―其の姿に幾許かの安寧を覚え、凪いだ碧眼にて漆黒の瞳を覗きながら。) |
…可笑しいな。もう充分、甘えているつもりだけれど。 |
(開かれた扉、芳香と共に現れた彼女は少なくともそう平生と変わりはないように見えた。微笑み受ければ、「良かった。」と零しつつ安堵から笑み浮かべ、招かれるが侭に彼女の部屋へと踏み入れる。ベッドの上示されれば僅かに躊躇見せるも結果的にはそのまま彼女の隣へ腰を下ろして。)…どうかしないと、来てはいけない?(此方を覗く碧眼見詰め返しつつ、思わず問う声は甘い色で紡がれた。想定よりも随分と柔く発された自身の声に僅かに苦笑滲ませつつ、「…冗談」と足して、)小百合が、不安じゃないかな、と思ったんだけれど…、多分、不安なのは俺だったんだと思う。(花の香満ちる落ち着いた色合いの部屋。彼女の存在を強く感じるだけで奇妙に騒いでいた胸が軽くなるのを感じて、吐露する想いと共に、拒絶さえされなければ隣に腰掛ける彼女の肩に頭を乗せようか。)俺は、今。…死ぬことよりも、何よりも、失う事が怖い。小百合の事も、これからの事も。…今の、俺自身も。(落ちる声は小さく。然れど其の距離から恐らく全て彼女の耳に届くだろう。どうにも格好が着かぬ告白は、昨晩の出来事から胸の奥に確実に存在していた物。けれど半ば自覚すら無く燻っていた想い。彼女の香りに包まれれば象る其れは明白で、自然口を突いて出る。―双眸が捉えるはあの日捧いだ白百合。胸中満たすは過日より募るばかりの思慕。只、隣に活けられた同種の花へ視線向ければ些か間を開けた後に「…散らない方が良いかと思ったけれど、生花の方が良かったかな。」と先よりも随分と軽い調子で呟いた。) |
一つでも多く誠の願いを叶えたいから。…時間の、許す限り。 |
(宣告を受けた瞬間除けば仲間達の前でさえ貫いた普段の姿。けれど、彼の前では仮面を繕い切れぬ自分が居て。其の笑みに胸の痛みを覚えれば揺れる碧眼はそれとなく彷徨った。押し殺せど不安蔓延る心では視野は狭まり、其の動揺は常なら目に留める彼の躊躇さえ気付けぬほどに、)まさか、…全ては誠の望むが侭よ。(理由無くとも彼が傍に居る。―甘い声音から伝わる思慕に秘めた恐怖はゆっくりと溶け、こんな時も高鳴る胸は幸福に満たされる。添えられた言葉に幼い笑み滲ませ、ふと瞳細めれば「…私は本気」と悪戯に囁いた。)…わたしは、(意図せず言い当てられた心の深層に抱いた戸惑いは色濃く。然し、其れだけ彼が自分へ心を砕いてくれたのだと悟れば作り上げた仮面は剥がれ落ち、幾許も柔らかな微笑みが口許を彩って。触れ得た彼の憂慮は自分の思いと重なり、肩より伝わる心地良い質量に自由な片手を伸ばし彼の黒髪を静かに梳いた。やがて滑る指先は彼の頬をそっと撫ぜ、掌にて柔らかく包み込む。彼が自分へ施したように、優しく。此処に居ると、伝えたくて。)…誠だけじゃないわ。……あのね、……私も、不安なの。誠を失う事がどうしようもなく、…今も怖い。終わりは必然だって、あれほど理解していた筈だったのに、(開いた口唇から零れる弱音は今まで女が厭うた弱さの断片。けれど此れ以上、彼の前では自分を偽りたくなくて抱く思いを少しずつ形にした。彼の不安取り除かんと差し伸べる自己満足は辞めにして。二人、抱えた不安を共有せんとそっと頭を傾け傍らへ寄り添う姿は互い支え合うように。して、愛し眼差しの先を追えば緩やかに首を横へ振り「仮初でも良いから夢の中で君に逢いたかったの、…でも、本物の誠が良い。」と秘め事めかし、)私ね、百合の花が好き。その中でも…君のくれた花束が一番好きよ。……散らない白百合に乗せて私にくれた誠の想いも…永遠だって、思うから。(気恥しさに頬染めて、誤魔化すように伏せる碧眼は今宵もまた、微かに潤む。自らも抱く揺らがぬ恋情伝えるべく、指先は其の頬を静かに撫ぜて。「ありがとう、」―あの時伝えきれなかった感謝を、唇に乗せた。) |
それは俺も、…そうだな、2人でやりたい事のリストでも作ろうか。 |
…全ては、っていうのはどうかな。ちゃんと小百合の意志も含めてなら、良いんだけれど。(悪戯な囁き捉えれば零す笑みは柔らかく。只余りに受容示す其の言葉に飽く迄も円かに意志伝える。――自然と落ちた心奥に潜む思いは、彼女の存在に因って象られ、そうして彼女の温度に因って融解する。髪撫でる指先も、頬に感じ得た温もりも、何時かの自身と彼女のようで。昔日憶えば自然、口唇綻ぶ。して、打ち明けられた彼女の心情に降ろす瞼は影作り、)……理解と諦めは似ていると、俺は思う。(其れは。理解したつもりになって、周囲を見下していた、自分自身。其の実、理解される事を半ば諦めていた、自分自身。―落ちる声は静かに。)俺は、小百合と在る事を諦めたくないし、小百合を失う事に理解なんてしたくない。だから、…少し、不謹慎かもしれないけれど。…小百合が、俺を失う事を怖いと思ってくれて、それを、伝えてくれて、嬉しい。(伝える想いは不格好。然れど其の分熱籠り真摯に。―互いの重み支え合う其の姿勢に胸中は康寧に満ち。胸懐に浮かぶ想いは決意となって形成す。)俺は。…忘れない、失わない。例え、苦しくても。俺には、そちらの方が耐え難い事だから。(言い切る声は毅然と。何方にしても倒れるのならば、少しでも前へ。――つと浮かんだ疑問に返って来た言葉の全てを理解した訳では無かったが、「…小百合に求められれば、俺は何時でも駆けていくのに。」と切に零す声は笑みにも似た吐息混じりに。)……また、君はそういう…(愛らしい言葉の羅列と頬撫でる其の指先に思わず瞳見開くも其の姿勢故に彼女の表情の変化捉える事はなく。ふっと双眸悪戯に細めれば、顔を彼女の首筋に埋め其の侭首筋啄んだ。そうして、上体を起こして、)……責任の持てない事を言うのは好きじゃあない。だから、それを理解した上で聞いて。…もしあの花が散ることがあっても、俺の気持ちは変わらない。小百合が好きだよ。…これからも、ずっと。永遠に。他の誰でもない、君に誓って。(終焉迎える其の日まで。―永遠が真の永遠になるように祈りつつ、先まで頬に触れていた彼女の手持ち上げ、薬指にそうっと唇落とした。) |
とっても楽しそう…!早速大きな紙を探さないと、…誠は一番最初に何を書く? |
誠はたまに意地悪だけど私の嫌がる事はしないもの。だから、私は君に全てを委ねられるのよ。…ただ、そんな言葉を貰ったのは初めてだから、……うれしい。(絶対的な信頼と底知れぬ打算交え、性悪振りも露に口角を釣り上げて。けれど彼の言葉を反芻しては瞬いては、喜ばしげに目を細めた。――受容では無く同意示し己が心情吐露するには数多の勇気を弄した。紡がれた独白に残された片手には自然、力が籠る。其の表情に重なる記憶は満月の夜。理屈では無いと曖昧に暈した答に影落とした彼は今や遠く過去在ればこそ今の彼はきっとこんなにも――。)…私ね、此処数ヶ月で自分は弱くなったと思って居たわ、…前の私なら淡々と現実を受け入れた筈だから。でも、それはきっと君の言う諦めで……今は怖くても、足掻きたいの。誠を、…誠と過ごした日々を、ほんの少しだって忘れたく無い。…誠に忘れられたく無いから。(飾らぬ想いは故に此の胸へ強く響き、後押しされた心に最早迷いは無く、)必ず、…必ず傍にいるわ。決断の時も、其の先に辛い日々が待っていても。…決して君が、惑わぬように。…私の心が、揺らがぬように。……君との未来を、生きたいから。(強く、気高く、眩い彼を只支えるで無く。其の手を取り、前だけを見据えて居たいと願いを込め―。然して、「……夢の世界にも?」なんて、幼く夢見がちな問は年齢とは不釣り合い。其れでも彼には本当の自分を知って欲しいから。)私、なにか変なっ…ぁ、……まっ、まこと…?(何事かと疑問符浮かべ瞬き繰り返せど呟きの真意は見えず。小さく傾げ晒した首筋へ走る微かな痛みに意図せず甘い吐息が零れ落ちた。紅差す口唇を押えど時既に遅く、瞳彷徨わせながら惑い滲ませ其の名を紡いだ。けれど、彼の前置きには居住まいを正し真摯な面持ちにて耳を傾け、―潤んだ碧眼が少しずつ熱を帯びる。とうの昔に捨て去った、弱さの象徴たる涙。けれど彼と出会って、恋に落ちて。恋情募り彼を想う度、流れる雫は幸福の証と知ったから)……私もね、誠が好きよ。この先、幸福な時も苦しむ時も、最後の瞬間が訪れた時だって…この心は永遠よ。どんな時も永久に君へ寄り添い続けるわ。…この世界でたった一人、私に永遠を感じさせてくれた、愛しい君に誓って。(例えこの身体、朽ち果てようとも。―愛する人に愛される以上の幸福なんて何処にも無い。口唇離れた今も薬指に宿る温もりへ形無き永遠重ねれば、募る愛しさに世界が滲む。触れる指先を緩やかに返し其の手を取ったなら、彼の薬指へ今度は此方が口付けよう。「…まるで指輪の交換ね。」と愛しさ残る薬指を見つめ、紡いだ囁きは幸福に満ちた穏やかな微笑と共に。) |
…何だか図画工作みたいだな。……そう言われると、結構悩む。小百合は? |
…それは、より一層気をつけなくちゃいけないな。度が過ぎてしまわないように。……だって、君が嫌がることをしない、より、君の喜ぶことがしたいから。(ついついと愛らしい反応見たいが為に自己意思を通し過ぎてしまうから。然し実際気をつける気があるのかないのか、軽い笑みと共に紡がれた。そうして、素直な感情耳に届けば、零す声は柔く。)俺も、自分が昔嫌った人間になっていくのが分かるよ。感情的で、理屈の通じない人間に。それでも、今の自分の方が好きになれる。…小百合は。そんな自分は好きじゃあない?(苦笑滲む言葉は然し、過去は悔いても戻らぬものと決め付ける男にとっては前向きな発言で。なればこそ、“弱くなった”其の一言に問う声は真直ぐに。唯、次いだ言葉には「…俺も、本当にそう思うよ。」と切に同意の声上げた。して、)…うん。(自身の言葉に応じるように伝えられる彼女の意思がどうにも嬉しくて。首肯にて決意示す。隣の彼女の強さが只唯愛しくて。次いだ問には些か瞬いて「……善処するよ。」と答えるは何のかんの正直者の此の男らしかったろうか。)…お返し。…って言っても分からない?不安になるな。君は少し無防備過ぎるから。(戸惑う色の強い声音に、返す言葉は窘めるように眉根寄せながら紡がれた。身勝手押し付ける姿勢は相も変わらず、一息吐いて「…本当に、小百合は俺の事をどれだけ乱しているか、もう少し理解して。…その上でちゃんと、俺だけにして。」と請うた。)……幸せだな。(耳朶に響く声は、甘く優しい。―生まれて初めて得た、想い想われる幸福は、身体中に駆け巡るよう。薬指に残る熱は物体よりも確かな力持って其処に在る。思わずそう零して、手を伸ばすは彼女の頬、)永遠なんて、少し前なら信じようともしなかったな。詭弁や誤魔化しだとばかり、思っていた。…君になら誓えるし、君が誓ってくれるなら、信じられる。(紡ぐ言葉は独り言染みて。半ば癖のように、親指の腹、彼女の頬撫でるように動かしながら、僅かに潤んだ碧眼覗き込み、)ねえ、可愛い泣き虫さん。…次の春が来たのなら、ちゃんと指輪、買いに行こうか。 |
初めての共同作業…なぁんて。…私ね、写真を撮りたいわ。おめかしして、誠と二人で。 |
その割に随分と楽しそうだけれど?……でも、それで良いわ。私が喜ぶことよりも二人で喜べることの方が嬉しいから。(じろりと其の笑み睥睨するも一転、頬を緩めて穏やかに語る姿は戯れめいた印象を与えるか。きっと彼に甘い自分は其の思惑に乗せられて容易く感情を乱すだろうと、幸せな危機感を抱きながら。)……少し前の私なら迷わず嫌いって答えたでしょうね。でも、…誠がどんな私でも構わないって、時間を掛けて教えてくれたから。だから今は、自分の事も好きになれたと…そう、思うの。(未だ曖昧な語尾には初めて真に受け入れた自分を持て余す拙さが滲み出る。其れでも「……ありがとう」どれだけ捧げても足らぬ感謝を今宵もまた口にした。そうして想いも新たに重ねた決意は強く、彼と共に在ればこその喜びを抱き浮かぶ笑みは晴れやかに。然し耳朶打つ如何にも彼らしい返答に細めた瞳は異なる色彩を呈して居た。ほんの少し安堵の滲む、悪戯な色を。)無防備?……私が?…確かに最近少し緩みがちだけれど、タルタロスでは気を張っているわよ?(心外だと表情引き締めるも其の行動原理もお返しなんて言葉の意味さえ解せぬ現状では意味も無かろうと。唇触れた首筋をに指先を這わせた後、素直に小首を傾げておずおずと上目に彼を窺った。「不安にさせてごめんなさい。…でもね、私には誠だけよ。全てを捧げたいと思う相手は、誠だけ。」彼の願いに応えるべく恋情宿す碧眼は揺らがず、真直ぐに。其の心示さんと彼に寄り添い心からの謝罪を紡いだ。)きっと来年の今頃はもっと幸せよ。(欲深く乞うでは無く瞼を伏せ望み焦れる二人で綴る穏やかな未来。柔かな一時にまどろめば、頬包む温もりに彼を見つめて、)誠と出会ってから初めて知った事や理解できた事が沢山あるの。…永遠も、その一つ。例え時が流れても誠への想いだけは変わらないわ……きっと、君から私への想いも。…そうでしょう?(どれほど与えられようと疑うばかりだった嘗ての自分。其れが今、其の言葉、温もり、声、眼差し。全てを通じて彼の愛を確かに実感出来るから。確信めいて吐露す盛大な自惚れは気恥ずかしげに。然し柔らかに此の身包み込む掌へ自らも片手を添えれば指先絡め、頬をそっと擦り寄せた。)…誠の所為よ。誠が私に幸せを与えるから…どうしても、涙が出るの。……必ず、必ずよ。君と私、揃いの指輪を…ねえ、誠。――…春が、待ち遠しいわね。(胸裡満ちる約束抱き雪解けの時待てど春は来ず。募る思いは幻想にも似て。其れでも、彼と二人歩む芽吹きの時を願い頬を伝った涙は幸福を象っていた。) |
それは何だか、…いや、何でもない。写真ね。形に残せるのは良いな。…場所は? |
君と居るといつでも楽しいから仕方がない、って言っても誤魔化されてくれないかな。…君の恥ずかしがる顔を見られるのは俺だけだと思うと、つい。…そうだね、どんな事も分かち合っていけると良い。(指摘されれば開き直ったように笑み溢し、紡ぐ言葉は冗談染みて。次いで漏らした本音はそれこそ秘め事囁くが如く。―あの日、早朝の屋上。願った”2人の為”は此処に確かに息衝く。)……うん。それなら、良かった。今の君を、君が嫌っているのは嫌だなと思ったから。(男が動く要因は、何時何時だって自分自身。他人の為に動ける程優れた人間ではないのだから致し方ないのだけれど。それでも、此処数ヶ月の間に自分自身という枠組みの中に徐々に特定の他人との関係性が組み込まれているのは確かだった。彼女の謝辞には些か瞬いて「俺は何も」と、笑うのだ。実際、自分自身の為だけに動いているのだから。)………本当に、分かってないな。(彼女の表情と言葉に吐く息は盛大に。然してそんな小さな仕様のない不満に対して真摯な彼女の視線と声受ければ今一度小さく息吐き、彼女の唇掠め取った、後「…もっと俺で一杯になったら、許してあげる。」と紡ぐ声色は甘く、何処迄も彼女を貪欲に求める心晒す。隙間すらなく、自身で彼女の心満ちれば良いと、押し付ける強大な独占欲は酷く身勝手。)…そうだね、来年の今頃は、もっと。幸福に上限ってあるのかな、怖くなるくらいだ。(僅かに掠めた不安は、沈黙となって形成す。きっと来春迎える事でしか拭えはしない。然れど其の後描く未来は確かに幸福に縁どられて居て、首擡げる不安は随分と贅沢な。)……そうだね。変わらない。(彼女に自身の感情が伝わっている事が嬉しくて、何時かの晩思えば其れを彼女が只肯定してくれる事が嬉しくて。喜色広がり口元緩む。絡む指先と頬の熱を感じるのは、はて、何度目だろうか。)…君の涙が幸福の証だとしたら、もっと一杯泣かせる事になるね。………必ず。約束だ。(頬撫でながら紡ぐ冗句にも似た言葉は然し胸に満ちた決意と同じ色で描かれる。彼女の声に応ずるよう放つ強い断定は、縋るような願いと共に。)早く、来れば良い。春が来れば……(紡げば紡ぐ程燻る不安は言葉尻を奪う。然れど、彼女の幸福の象徴拭えば、其れを上回って浮かぶは、願望。)春は、来る。…その為にも、俺たちはそれに向かっていかなくちゃいけないね。(駆けていかなくてはいけない、希望降る春に向かって。少なくとも、欠片でも其の可能性を追わなくては、滅びが真実となってしまうだろうから。――過日の夜明けと同じように瞳の下、頬の上。落とす口唇は慕情と決意に満ち満ちた。) |
やっぱり思い出深い屋上かしら…、……それで?それは何だか、…その先は? |
もう、…嬉しかったから今日は教育的指導だけで許してあげるわ、悪趣味なお兄さん。(自らの醜態を想起し、目許へ差す朱は囁きを肯定したも同然で。徐に伸ばした指先を其の頬に添えては――むに。柔らかな箇所探り指の腹にて邪気なく幾度も頬摘み、むにむにと其の感触を暫し満喫するだろう。「…二人の為なら自分の意志へも素直になれるから。」と和やかな雰囲気に乗せて吐露す自身の変化には愛しさを込めて。)…寧ろ恥ずかしさのほうが先立つの。振舞いや言動、表情だって、子どもっぽくなってしまったから。(抑圧して来た欲求と感情はいざ解き放てば年甲斐もなく。微笑み眉尻下げる姿は満ち足りながらも困ったように。感謝示す度に浮かぶ彼の姿はそんな困惑の一端を担っていて。然して彼の言葉への否定を厭い胸中探れば「嬉しいの、君の心に私が居る。」と頬を弄んでいた指先にて彼の胸元に触れ首を傾げた。言外に異論の有無を問い、だから感謝を示すのだと思いを秘めて。)……そ、そんなに隙だらけだっ…た?(溜息に身を竦め、躊躇いながらも問を一つ。二度目の吐息に身を震わすも、僅か触れ合う唇へ思い焦れて惑い抱けば切なげな碧眼は艶めき熟れて鼓膜共々、女の情動揺さ振る彼の甘い声音に囚われる。触れた先から此の心蝕む傲慢な独占の果て求め、布越しに触れる指先に熱を灯せば胸元這った爪先にて彼の首筋擽る姿は真円の見下ろす夜にも似て。けれど吐息混じりに掠れた声で繰り返す彼の名に秘めた欲は演技から程遠く。其の輪郭撫ぜると時を同じくして豊潤な百合の芳香纏い重ね、啄む唇は淡く恋情注がんと。やがて吐息絡む彼我の距離にて双眸へ過る躊躇は夜明けと変わらず。然し、震える唇噛み締め記憶振り解けば零れる囁きは、甘く。「だったら…もっと満たして。…私の心を、……誠の色に染め上げて。」過去と現。狭間に惑う心は今宵、身勝手な彼の欲へ密やかに溺れ誘われるが侭――嗚呼、落ちていく。)…怖いなら下なんて見なければ良いわ。何処まで昇れるのか二人で試してみましょう?(暗澹として底知れぬ闇孕む未来より光放ち白む最果て望めば夢見がちな提案は悪戯に。絡めた指先へ籠める力は何処か縋るにも似た弱さが滲み、)泣かないでとは言わないのね。…もっと涙を流させて、いつか枯れ果ててしまうぐらいに。(冗談めかして肩揺らせば一つでも多く約束重ねんと新た望みを提示して。強い言葉に安寧抱き、再度深く指先を絡めては)……誠の不安は全部私が抱いてあげる。だから君は前を向いて、私を導いて?(埋める事の適わぬ不安ならば全て奪い去れば良い。彼の抱く不安さえ不遜な態度で愛しむ女は微笑み携え涙を流す。返す首肯は深く、願望さえ真実に換装せんと。)大丈夫、大丈夫よ。……皆が居るもの、きっと迷わずに辿り付ける。(立ち向かう絶望は色濃く、其の影を世界に落とそうとも。紡いだ縁を手繰れば望み願う春の時へ辿り付ける筈だから。――此の心を満たす唯一の温かな人が施す思いを享受し、彼の身体へ埋める頭は其の心へ寄り添うように。)――…もうすぐ影時間だわ。(最早日常と化した忌まわしき時。隠された時間。抗うべき対象。流れる刻限が紡ぐ一日の終焉を思い絡めた指先へ来す震え秘さんと籠める力は一層強く。静寂落ちれば彼の腕時計から響く微細な音に瞼を伏せた。また一歩、着実に近付く終わりの瞬間を感じて。) |
屋上なら直ぐにでも決行出来そうだね。………駄目、やっぱり秘密。また今度。 |
(彼女の表情の変化捉えれば浮かぶ笑みは満足気に深まる―も、頬に伸びた指先に瞬けば、「わ、」と戸惑うような声上げ其の指先甘受するは些か不服そうに。それでも其れが繰り返されれば何とはなしに可笑しくて頬緩むも、引っ張られた其の状態ではより奇妙な顔になるだけだろう。指先離れればむず痒さから頬摩りつつ「…これ、教育的指導?」と首傾いで問う。次いで落とされた彼女の言葉には愛しさ募り、「うん。」と端的に返すのが精一杯。)…そういう幼い小百合も、君の一部だから。俺はそういう君を見られて嬉しいよ。…ああでも、恥ずかしがる君の姿も見たいから、気にしなくても良いのに、とは言ってあげられないけれど。(何処何処迄も欲求に素直な男の言葉には飾り気も嘘も無く。困惑したような彼女の頭に腕伸ばしとんとんと頭を撫でた。そうして、胸元なぞる優しい指先と答求めるような其の視線に真意計り兼ね今度は此方が首を傾いで、「確りと棲み着いてからもう一月くらい経つけれど、」と半端な答を返そう。―――軽度の警告、些細な戯れ。其の程度の心算であったのに。首撫でる其の熱も、自身求める様に繰り返される其の名も。果ては触れる唇に刺激されない筈も無く。乞う声音に背筋駆ける熱情打つけるが如く、空いた腕彼女の肩に回し抱き寄せれば、何時かの夜明けと同じに捕食するかのように口唇重ねた。些か無理にでも其の口唇抉じ開ければ奥へ、奥へと。性急に、強引に、身勝手に。幾度か口唇離す度に吐息漏らすも沸くばかりの情欲を逃がす事等出来ず、其の度に角度変え、彼女の口唇貪った。――して、漸く口唇と肩口掴む手離したかと思えば、深い吐息溢しながら耳元に顔寄せ)……小百合が悪い。小百合の所為だ。……止められなくなる。(吐息と共に低く零すはそんな責任転嫁。彼女の肩抱いた手は其の侭指先で請うように肩から腕へ撫で下り、彼女の耳朶、首筋、布越しに肩、と唇落とせば、「…昔の事も、他の誰かも、今は全部忘れて、俺の事だけ考えて。」不埒な囁き落とす声音は熱く、柔い。――嗚呼もう、戻れない。)…小百合が居れば、出来そうな気がするな。(軽い笑み混じりに肯定返せば指先に篭る力に応じるように、握り返して、)…どうして?君の涙が苦痛の象徴なら、泣かないで欲しいと願うけれど。幸福の象徴なら、沢山流して貰わなきゃ。…でも、枯れられるのは困るな。君の幸せそうな泣き顔も好きだから。(返す言葉は純然と。彼女の言葉に疑念抱く事等無いのだから。そうしてくすり、笑みと共に零す言葉は冗談染みた本音。)…それをする事で、君の不安が拭えるのなら、釣り合いが取れるかな。でも、そうでないのなら、君ばかりが不安を抱えるのは、俺は嫌だ。(彼女の涙を親指の腹で拭いながら零す感情拙く素直に。――彼女が隣に居れば、前を向く力くらい造作無く湧き出る筈だから。握る指先に一層力籠め、強い思い伝えるように。)…そうだね。君と、俺だけじゃない。友達も、仲間も居る。(強大過ぎる罰は一介の高校生に抱え切れる物ではないけれど。それでも思いを馳せる幾つかの顔は、それだけで力与えてくれるよう。――寄り添う彼女の頭をあやすように撫で、祈り捧げるように、彼女の額に接吻一つ。)……影時間が終わるまで、此処に居ても良い?もう少し、傍に居たい。(握る力の強さに全てを察した、訳ではなくとも。生の音途絶える独特の時間。其れは更に現実突き付けられるようで。――彼女が首横に振れば、立ち去る所存にて。然し彼女が頷いてくれたのなら。其の侭彼女を抱き締めて頭撫で。此の確かな鼓動彼女に伝えよう。其の意図はきっと、昔日と同じ。―――此処に居るから、傍に居るから。―…永久に。) |
でも叶うなら、白百合の咲き誇る花畑で。…其の時まで待ってるわね、誠。 |
(中々お目に掛かれぬ彼の姿を観察する事暫し。穏やかな碧眼はやがてきらきらと稀に見る輝きを宿し浮かべる笑みはころころと至極楽しげに。)誠、可愛い。…とっても可愛い。(柔らかな感触手放せば過る名残惜しさを隠しもせず肩を揺らしていたのだが、首傾ぐ彼に瞬きその所作辿れば「痛い方がそれらしい?」と真円の夜を想起し神妙な面持ちにて返す問。些細な戯れに深い意味等存在する訳もなく、模索する次なる自称指導方法も結局は幼子の悪戯程度と相成る筈で。)嬉しいはずなのに今とっても複雑な気分だわ。……お願いだから、…余りいじわる言わないで?(率直な受容に芽生えた喜びと羞恥、相反す二つの感情に苛まれた結果、処理能力が限界を越えたなら紅潮した頬は如何に律せど緩む一方で。柔らかな指先に導かれるが侭、俯く事で其の表情を彼より隠さんと目論みた。然し此の侭引き下がる訳にはいくまいと目許に朱色を乗せた碧眼にて彼を窺えば細い声音の囁きは懇願にほど近く―。その後、曖昧な解に頬緩め滑らす指先は彼の鼓動の上で静止して「そう言う君にとっての当たり前が私をどれだけ救っているか、知って貰えると嬉しいなって。…だから、ありがとう。」彼の紡ぐ当然はいつだって此の胸を焦がすから。二度。口にした感謝の念は少しでも其の想いが彼の心へ届くよう、祈りを込めて。―――甘い誘惑、微かな躊躇、心苛み昂る熱。濡れた双眸は仄かに蕩け、滲む葛藤を音にせんと唇を開けば性急な身勝手さが女の自由を?ぎ取った。衝動任せの彼の欲に耽溺し淡い吐息が室内へ満ちる度、巡る甘美な情欲は背徳感を煽るばかり。なけなしの倫理に縋り其の肩口へ触れども、力の抜け行く身体では束縛施す彼の腕より逃げ出す等適う訳も無く。――請われるが侭に乱れた果て。囁く低音が紡ぐ共犯行為は艶と恥じらいを滲ませ、燻る情動は背けた頬を紅に色付ける。茫とした思考は熱に浮かされ、呼気求め喘ぐ口唇は密やかに夜明けの時を辿り、)…止める必要なんて、どこにあるの?……誠の所為で、私はこんな、(甘い指先に翻弄され、戦慄く身体は熱く。下る其の先を視線で追えば、触れた腕に残る醜い傷が女の記憶を刺激する。然し、肢体伝う柔い口唇が紡ぐ不届きな誘惑にも温もり見出せば其の心は愛し人への恋情に溢れ、「…誠だけよ。ずっと、ずっと…伝わるまで何度も、君の名前を呼ぶから……離さないで。」其の項へ絡めた指先にて彼を引き寄せ囁き落とせば再び重ねる唇は甘美にして柔く、此の心満たす唯一の彼へ慕情捧ぐように。――共に落ちる深淵は宛ら誓い交わした永遠にも似て。)…困らせていると、思っていたの。けれど、……ふふ、杞憂みたいね。私の好い人はとっても意地悪で…それ以上に、あたたかな人だから。(降り積もった憂いは心曇らせど其の都度、彼に救われる。愛しさに瞼伏せ真摯に思慕を吐露したなら、「でも余り見ちゃダメ。」と、照れ交えた忠告は悪戯めいて。)嘘や詭弁では無いのよ、君に安心して欲しくて……、…でも。…叶うならば拭えずとも、誠と分かち合いたいとも……――それが、私の本当の願い、なのかしら。(平素、声高に語る二人の為とは些か矛盾した願望は無意識の内に自分の意思を廃した結果に他ならない。誰かの為に、他人の為に。然すればいつか救われる、為ればこそ与えられると如何に望もうと自分自身を封じて今まで生きて来たから。然し、そんな名残が露になる度、彼の強い思慕は頑なな心を包み込むようで。其の声に導かれるが侭、心中へ思い巡らし導き出された新たな解に当惑抱き紡ぐ調子は慎重ながらも前向きに。彼と寄り添い苦難を超えたいと、穏やかに籠める力は彼の思いに応えるように。)……皆が一緒で良かった。…他の誰でもない、あの子達で。(選択の時、そして最期の時。決して喜びばかりが先立つ絆ではないけれど、時を重ねたからこそ得られる力が確かにある。それは勿論彼も、また。――傍に在る温もりは確かに此の身へ注がれて、通う心にこんなにも愛しさが込上げるのに、)終わりなんて、来なければいいのに。(彼が傍に居るこの時間も、限りある人の命も―。街の灯りは帳に落ち、暗夜が音を吸い込む静寂の時。夜空へ輝く巨大な月ばかりは真円崩した今宵も煌々として光を放つ。幾重にも交わした約束さえ塗り潰さんとす恐怖は色濃く、孤独な心は暗澹へ沈む。――けれど、此の身包み込む温もりが、穏やかな鼓動が、柔らかな朝焼けの陽射しにも似て心を照らし傍らに寄り添ってくれるから、)……寮から見る朝焼けは綺麗かしらね。(冬来たりなば春遠からじ。凍てつく夜にもやがて麗らかな朝が訪れる。残された僅かな時間に焦燥こそ覚えども、彼の腕に抱かれ身を委ねた今は彼への愛しさばかりが募るから。いつ如何なる時もこの心は必ず、傍に――約束の日は未だ遠く例え時が二人待たずとも、誓い交わした薬指には確かな永遠が輝いていた。) |
12月18日(一限目の試験終え、クラスメイトに振られた話題は、)★ |
---|
(「ねえ、加賀美くん。クリスマスはどうするか決めてる?」―何処となく愉快気な色の問い掛けは、それなりに言葉交わす隣席の女生徒から。思わず瞬けば、)どうして?(と、首を傾いで問うた。さすれば女生徒は弛緩し切った顔にて、「ほら、小百合ちゃんと!」と教室内に居る彼女の姿を指した。――そういえば、女子生徒と云うものは、此の手の情報に敏感だったな、と些か苦い記憶辿り乍ら思う。隣席の彼女が加賀美と彼女の関係性を何処まで知っているかは定かではないし、何処からそう云った噂話になったかは分からない。別段隠す事でもないとは思うが、特に言い振らす事をした記憶も無い為加賀美が直接の発信源でない事は確かだが、こういった事はそもそも雰囲気で伝播していく物なのかもしれない。と、当たりを付けつつ。結局関係性に関して言及はしないまま首を横に振り、)まだ何も。……女の子にとって、クリスマスってやっぱり特別な物なの?(端的な答と共に首振ればそんな疑問符飛ばした。聖夜。宗教行事にかこつけた祭騒ぎに対し、そもそも余り好意的な印象なく。特にイルミネーション等は酷い電力の無駄だとすら。其の上、決断の時を控えた現状ともなれば、すっかりおざなりになっていたけれど、若し返答によっては些か考えなければならないと。少しでも多く、彼女に幸福降るように。―そんな思考を遮るように、隣席から「あったりまえだよ!」と熱籠った声響く。「やっぱり一番ロマンチックな行事だしさ、彼氏居たら何してくれるかとか期待するもん。」)そういうもの?……参考までに、だけれど。君だったら何が嬉しい?プレゼントに関してでも、1日の過ごし方に関してでも。(これは、暫く標的になるな。と、腹括りつつ、それでも背に腹は変えられぬとばかりに問う。―これを契機として、本日の試験終了後、加賀美取り囲む女生徒の数は増え、まるで転校初日に戻ったかのような質問責めを何とか躱しつつ、有益な情報のみ得ようと悪戦苦闘する事になるのだけれど。) |
(試験終了後、少女達に囲まれる彼を見つめる碧眼は何処となく不服気に) |
(世界の終わりが迫れど、学生の本分へ真摯さ以て取り組み、恙無く試験を終えて担任の訪れを待ち望む一時の休息。打ち解けた近隣の席に座る生徒達と言葉交わす徳永の顔は浮かないものだった。徳永が投げた問に回答齎す少年の其の肩越し。それと無く見つめた彼は今日、何故だか女生徒達に囲まれている。試験の答え合わせにしては偏り過ぎた其の性別。確かに彼は他の男子生徒と比べれば大人びた雰囲気の持ち主だ。物腰は穏やかで、紳士的。細身ながら其れなりの上背に凛と伸びた背筋は頼り甲斐があり、女生徒が取り巻くには十二分な逸材で――何故だか少し、もやもやする。おまけに彼女たちが此方へ視線を寄こす物だから困惑は広がる一方で。そんな女の思考を「気になるなら声かけて来いよ。」と、少年の声が遮って、)か、加賀美君が気になるわ、け…じゃ、……。(完全に、墓穴を掘った。案の定、「誰をなんて言ってねーよ。」と綴る揶揄にちらと周囲見渡せば、少年少女達からの生温かい視線とぶつかった。此の関係を公言した記憶は微塵も無い。けれど、時に彼へ寄り添い歩む姿や人前では呼称変えずとも言葉に滲む甘さ、おまけに彼と言葉交わすだけで瞳は熱を帯び頬は綻ぶから――多分、きっと、十中八九。級友達に悟られた原因は自分に在る。致し方無い、其れだけ焦れているのだ。そう、焦れているから、――だから?)…まさか。(其れは、嫉妬なのだろう。知識として得た感情は無縁だと思って居た筈なのに。彼を囲む少女達や一見楽しげな雰囲気へ芽生える棘は疑いようも無く、ごつん。響く音の発生源は余りの羞恥に突っ伏した徳永の額。悶々とした思考に溺れ、数拍の間。やがて漸く我に返ったなら)その、だから……そう、お弁当!(「どれぐらい食べる?どんなのが良い?」試験終了直後、自分が問うた其の質問。すっかり話を聞き過ごした謝罪を零せば今度こそ運動部に所属す少年達と、マネージャーを務める少女から情報を聞き出そう。イベント事は勿論好きだ。クリスマスだって興味は有る。けれど、徳永にとってはそんな事より、回した腕で直に感じた彼の身体の細さの方がよっぽど重要な問題だ。だから、万が一。冬休み明け早々のお昼休み、此の女が量感たっぷり運動部向けの弁当を差し出してもどうか大目に見て欲しい。新たに芽生えた感情携え、未来に広がる彼との日常を手探りで描いた独り善がりの結果だと、窘めを込めて――。) |
12月24日(此処数日頭を悩ませた結果は、さて。) |
---|
(夜景の綺麗なレストランで食事?寒空の下、指絡ませ公園で語り合う?花束持って愛の告白?―最後に至っては実践済みだとは口が裂けても言えなかったが、女子生徒達の意見に耳傾ければ傾ける程頭抱える結果となった先日。世界の終わりを宣告されている身としては呑気過ぎる悩みだったかもしれないが、初めての恋人と過ごすクリスマスに悩む男としては切実に違いなかった。こういった所で正解を選び取る力に欠けすぎた男は幾分か前に友人に相談した際のメールを見返したりして、過ごす事数日。――そうして、来る24日。受験生だと云うのに授業中は些か落ち着きなく。隣の女生徒の期待に満ちた眼差しには溜息と空笑い返して。そうして授業終了のチャイム響けば真っ直ぐと足は彼女の座席へと向かって、「小百合」と呼ぶ声は穏やかに。背中に感じる視線に少々辟易して肩落としつつ。さて。制服にキャメルのダッフルコート羽織り、首元には当然の如くボルドーのマフラー巻いて。近付けば花の香にも似た、然れど後に残らず爽やかな香りが鼻腔擽るだろう。校門抜けてもう少し。人の波が引いたのなら、隣歩く彼女の手を攫ってしまおう。此処数日考え抜いた結論は、相も変わらず独り善がりで喜んでもらえる保証等無いけれど。――彼女の手を引いて訪れるは先ずは電気屋。クリスマスデートには相応しくない場所というのは百も承知。冷蔵庫やテレビ、電子レンジ等、生活に必要そうな物を順に巡って。彼女から理由問う疑問符飛んだところで答える気は毛頭無く。恐らく「必要かなと思って」等と笑って誤魔化すだろう。若し非難あらば眉下げ謝罪しつつも梃子でも意志は曲げない筈で。そうして次に訪れるは家具屋。見て回るは箪笥や本棚。ソファーや寝具。今度は「小百合はどのデザインが好き?」だとか、そういう類の話を振りながら。聡い彼女は男の意図に気付いてしまうだろうか、さて。最後に訪れるは雑貨屋。此処で見て回るも相も変わらず生活用品。然し此処では今まで以上に、「小百合ならどういうものが必要?」だとかそういった疑問符飛ぶ筈だ。そうして。日もすっかり暮れた頃、辿り着いたのは巨大なクリスマスツリー聳え、賑わう広場を見渡せる、少し離れた静かな公園。ベンチにでも腰掛け、落ち着く事が出来たならば。)これ、…クリスマスプレゼント。(言葉少なに取り出すはラッピング施された小さな箱。「開けてみて」と催促する声は、然し気恥ずかしそうに。)……その、何をあげて良いか、分からなくて。考えていた時に思い出して。(「夢の中で逢いたかった」―つい二週程前の晩。落とされた彼女の言葉の意味は、その場では理解できなかったけれど。時間置き、添えられた生花思い返せば其の意図するところを察する事は出来て。)…俺は君の好きなものを、まだ良く知らない。綺麗な景色や、美味しい食事。そういう物なら、きっと何でも喜んでくれるだろうと思ったけれど。やっぱり、そういう単純な物じゃなくて、ちゃんと何か考えたくて。…そうしたら。我ながら酷い自惚れだと思うけれど、…俺かな、って思った。小百合が請うなら、いつでも傍に居てあげたい。けれど、それが叶わない事もあるだろうから。そんな時は、これで俺を思い出してくれれば良いと、思って。(欲を言えば、俺も。この香りで君を思い出したい。――次いだ言葉には照れが滲む。箱の中には百合の花がモチーフの“香水瓶”。匂い嗅げば本日男が纏っていた其れである事は分かるだろう。そうして。照れ臭そうに微笑んでいた顔をやや引き締め、今一度口唇開き。)今は、香りで我慢して。……卒業したら、本物の俺をあげる。…一緒に暮らそう。(時は、待たない。――この誘いがどれだけ、今の二人に残酷なものか、男も勿論知っていた。けれど、だからこそ。)…俺はこの先の未来を諦めない。でも、それは、小百合が居るから。…小百合が居なければ、意味が無い。だから君と、これから先の約束をしたい。(彼女が首を一つ横に振れば、それで御終い。けれど、若し頷いてくれたのならば。悪戯に微笑んで小指立て、指切りを一つ。―本当はクリスマスツリーだって、未だに価値は分からないけれど。こういった物が在る方がより彼女の心に刻まれるのではないかという打算。より強く、自身の存在が響くように。)今日は下見だったけれど。春休みに、またちゃんと買いに来よう。絶対に。(決意滲むそんな約束を紡いで。立ち上がれば、「晩御飯、何食べたい?」と問うのだ。―完璧なデートにはきっと程遠い。それでも加賀美なりに模索した結果ではあったのだが、さて、彼女から及第点は貰えるだろうか。「…あと、明日はノープランだから。小百合の行きたいところ、行こう。」と、見栄は張らずに、等身大で。) |
こんな素敵なイヴは初めて、百点満点花丸よ。…ありがとう、誠。 |
(クリスマスを控え、残り僅かな慈しむべき日常に身を任せていた徳永は其の日、たった一通のメールによって世界が変容する瞬間を体感していた。生来家族との団欒には縁遠く、自らの願いを紡ぐには未だ多大なる勇気を必要とする此の女。例え思い通わせた恋人が存在しようとも、況してや重大な選択を控えた現今、煌びやかな聖夜も恙無い一日として過ごすのみと思案していた筈、だったのに。舞い込んだ彼からの誘いに目を通す、ただそれだけで広がる温もり抑えきれず頬は緩み、高揚感に年甲斐もなくベッドの上をころりと転がる体たらく。出来る限りの平静装い遣り取りしたメールを幾度も読み返しながら、一挙に速度を緩めた時の流れに身を委ね、漸く訪れた待望の其の日。ジャケットにピーコートを羽織ると言えど普段と変わらぬ制服姿は特別な日のデートには些か残念な心地がして。平素はクリップで纏めるばかりのハーフアップには編み込み施し、毛先を巻いて演出した自己満足の特別感。ついでに片側のみ耳へ掛けた黒髪を先日購入したばかりのボルドーにほど近い深紅の輝き抱くヘアピンにて留めたなら、多少は彼も変化に気づいてくれるかと打算滲む思考は常の如く。授業終了から程なくして耳朶へ響いた彼の声に綻ぶ笑みを携えたなら言葉少なにいそいそと彼の傍らへ佇んだ。と、距離が縮めば自ずと漂う心地よい香りは何事かと、抱く疑問は肩並べ歩く間も深まるばかり。平素と異なる様相に高鳴る鼓動を抑えつつ漸く疑問を紡がんと口唇開いた刹那、突如手を包む温もりにまたも意識は奪われた。斯様な迄に此の心を一方的に乱す彼には然るべき方法にて応えねばならないだろう。例えば攫われた手を翻し指と指とを絡めより深く触れ合う甘く柔らかな方法で。――手を引かれるが侭に辿り着いた目的地は徳永にも予想だにしない場所だった。此処最近、大きく変化したと言えど元を辿れば合理的な彼の事。理由あってと予測せど、其の意図察するには至らず。自ずと疑問符ぶつければ誤魔化しめいた彼の笑みへ「どれも寮にあるでしょう?」と更なる問を重ねよう。とは言え行き先に不満がある訳も無く、続いて訪れた店構えにまたも首を傾げる事と相成った。つまりこれはそういうことなのだろうかと。幾許か察した其の目的。「木の質感が私は好き。…でも誠にはモダンな方が似合うんじゃないかしら。」なんて、導き出した解の齟齬には気づかぬ侭。「台所用品が一番、後はお花も沢山育てたいって思っているの。…後者は誠には不要かしら。」と、次なる店舗で食い違いが明白になろうとも、会話を交わしながら商品手に取る其の時間は十二分に心地よく。当初抱いた疑問も何処へやら。腰を落ち着けたベンチにて彼に寄り添い聳えるツリーを碧眼にうつせば「とっても綺麗。」と月並みながらも其の思いが感嘆の吐息と共に自然と口唇より零れ落つ。加えて愛らしい箱が差し出されれば瞬きを繰り返し、)私に?……なにかしら。(驚き滲む声は彼の様子を受け悪戯な色彩へ変化した。相槌を打ちながら丁寧に包装を解いたなら、姿現す可憐な瓶に注いだ眼差しはやがて彼の瞳へと帰結して、)――……あのね、誠、……私、………わた、し、(彼と一緒に過ごす大切な初めての聖夜だから。今日だけは涙は流すまいと堅く心に決めていた筈なのに。今日まで費やしただろう時間も、叶えてくれた幼い望みも、未来を描き此の手を導いてくれる其の強さも。彼の捧げてくれる全てを通じて愛されていると実感するから、どうしようもなく愛しくて堪らず涙が頬を伝う。次の春はもう、来ない。宣告を受けて尚、未来を望み交わす約束が増える程に、抗えぬ終焉の前では重き絶望の足枷と化すだろう。けれど、其れでも。例えどんな苦しみが待ち受けていようとも。彼と生きる未来を願うから――)ねえ、…好きよ、誠。まだまだ君の自惚れ何て、私の気持ちの前じゃちっぽけだって思うぐらい。……この世界中何処を探したって、誠以上なんて有り得ない。私の知ってる言葉じゃどうしたって足りないぐらいに…誠が好き。(幾ら声にしても、形にしても、伝わる事無い数多の想いが此の胸の中溢れている。けれど、其れもまた幸せなのだと彼と出会って知ったから。涙を拭い、微笑み浮かべて返す首肯は深く、深く。小指を絡め、交わす幼い約束の形にくすくすと零す笑みは軽く。然しやがて双眸へ捧ぐ碧眼には真摯な輝きを宿して、)誠が欲しい。…どんな綺麗な贈り物よりも誠が、誠と生きる未来が欲しい。だから、沢山の約束をしましょう、絵空事なんかじゃなくて……二人で生きるための約束を。(二人で重ねた小指に唇寄せて口付けて。交わした約束に止め処ない祝福を、)必ず、一緒に。でもその前に素敵な部屋も探さないとね。(きっと其の時には互い歩む道も決まっている筈だから。彼に倣い腰を上げたなら今宵は少し勇気を出して、彼の腕へと愛慕を込めて甘えた調子で両腕絡めて縋って見せ、「誠が普段、行くお店へ。…私もね、もっと君を知りたいの。」彼の香りを全身で感じながら緩む口許は弧を描いた。――欲が無い訳じゃない。ただ、彼と共に過ごし彼を知る其れだけで此の心は満たされるのだと、彼にはそろそろ気付いて欲しいから。特別な聖夜の夜、当たり前の未来を描き噛み締める幸福は今迄知らずに生きて来た愛しさ詰まった大切な思慕。そう、だから、「…明日は……誠が、私に時間をくれない?」折角のクリスマス。自分もまた、彼に幸福を送りたいと願うから。鞄に忍ばせた彼への贈り物はまた、明日のお楽しみ。彼が描いてくれたとびきり満点のクリスマスイヴに対抗する徳永の思惑やさて、如何に――) |
12月25日(急ごしらえの計画は彼の心に届くだろうか、) |
---|
(今日は有難う。おやすみなさい、また明日。――挨拶を交わし、名残惜しげに絡めた指先を離して舞い戻った自分の部屋。幸福の余韻に浸りながら、自ら望んだ25日を彼と過ごす最良の日と為すべく思い巡らす徳永の姿が其処には有った。残された時間はあと僅か。如何に足掻けど決して止まらぬ時の流れに終末を重ねる其の心境は些か否、盛大に不謹慎ながら叶うならば彼が綴ったにも勝る幸福な時を過ごしたいと願う女にとっては其れだけ重大な問題なのだ。彼の言葉、其の仕草。一つ一つに思いを馳せ、組み立てる急ごしらえの計画が上手く行く保証なんて当然何処にも無いけれど。生花の百合では無く、彼の香りに包まれた部屋の中。早鐘の如き鼓動を抱え瞳を閉じた女は愛し人の夢を見て――。明くる25日、クリスマス当日。授業終了のチャイムと同時、彼の元へと歩み寄り「……ま、まこと、」意を決し、教室では初めて舌に乗せた其の名は多少上擦ってしまったけれど。誤魔化しついでの咳払いを一つ。余計な詮索を受ける前に纏うた彼の香りを残し、早々教室を後にしよう。「今日はね、予行練習をしようと思うの。」なんて、道行く傍ら紡いだ本日の趣旨が彼に伝わるか知れないが。昨日味わったもどかしさを少しは感じて欲しいなんて、性悪振りを覗かせて。指先絡めた其の手をコートのポケットへ誘えば悪戯めかした笑み残し足取り軽く向かう先は昨日彼と赴いた雑貨店。30cm程の小さなツリーを胸に抱き、続いて覗くはオーナメントの陳列棚。「暫くツリーなんて飾っていなかったから。」と、飾りを次々と手にとって。途中翼を背に持つ硝子の人形に目を留めれば「レアーもアストライアーも天使じゃないのに翼があるでしょう?お揃いみたいで気に入ってるの。」なんて、胸に秘めていた想いの丈を彼の耳元で囁いた。して、荷物抱えた其の足で赴く先は生活感溢れる寮近郊のスーパーだ。「誠は細いわよね、ちゃんと食べてる?」と何気ない問いへ滲む棘は其の食生活が気掛かり故に。取り出したメモを片手に買い物籠へ目的の材料を詰め始めれば、徳永の思惑もそろそろ彼へ知れる所と成り得るか。会計も済ませ両手一杯の荷物を強請って分け合えば、片手は繋ぎ合わせた侭、早々に寮への家路を辿るとしよう。さて、キッチンへ荷物を置き一度彼を引き連れ自室へ戻った女が纏うは前面で結ぶリボンが印象的なアイボリーのエプロン。長い髪も邪魔に成らぬよう首元で緩く一つに結わえたなら「誠はツリーの準備をしてから来てね。」なんて、彼を取り残し再び別館へ向かう姿はひょっとすると不用心と窘め受けるやもしれないが。何せ今日は予行演習、そんな気兼ねは必要無い。――そうして、取り掛かる夕食の準備は何時にも増して丁寧に。寮生達には迷惑千万かもしれないが、彼が姿を現した暁には二人肩並べ調理に勤しむも悪くない。ことこと煮込む和風スープのロールキャベツと緑黄色野菜を補うカボチャの煮付。モッツアレラとトマトにアボカド添えたサラダには炙ったささみを解し入れ、たんぱく質の補給を忘れずに。薄味で胃凭れしないものが好き。そんな情報頼りの献立はクリスマスとは不釣り合いだが、徳永にとってはそんな瑣末な事実より、彼の舌を満たせるかが何より重大な問題だ。今宵は食事を部屋へ運び入れたなら、彼と二人。小さなローテーブルを囲み両手を合わせていただきます。彼の反応窺いながら「お口に合う?」なんて問掛ければ求める率直な意見や如何に。やがて料理への審判の時が終わりを告げたなら、交わす会話は取り留めも無く。「そう言えば昨日の下見、君の独り暮らし用だと思ってたわ。」と、己の勘違いを告白しつつ。改めて己の趣味や要望を述べながら彼の好みへ触れる事も忘れずに。二人きりの機会だから、いつかのメールでの宣言通り「あーん」なんて其の口許へカボチャを運んでは予想に違わず、仕掛けた徳永が羞恥に其の顔を赤く染め上げて――。そんな和やかな一時が過ぎ、ごちそうさまを迎えたなら、正座の侭、徐に一層背筋を伸ばし、)……きっと、こんな毎日になると思うんだけれど、お気に召したかしら?…まだ、春までは時間が在るでしょう?だから気になる所があるなら、先になおそうと思って。(春が来て、一緒に暮らせば訪れる毎日の簡単な予行練習。既に定められた終わりの果て、存在せぬ時を辿る姿はけれど前向きに未来思えばこその姿。残された時を思い言葉に詰まれば落ちる沈黙を遮るようにリボンで飾った箱を差し出した。)私から、誠へ。……ネクタイにするかとっても悩んだんだけど。(シンプルな箱の中、身を横たえた“百合の紋章のラペルピン”は其の意匠は元より、チェーン連なる先に徳永の瞳と同じ碧の輝き抱くが故に選び抜いたプレゼント。)此の心は勿論、どんな時も永久に君の傍らに。…でも、叶うならばもっと強く君に私の存在を感じて欲しくて。……御守りの、代わりに。(避けられぬ戦いの時。例え此の手で彼を庇護する事が叶わずとも、守護の願い掛けた形ある存在を彼に捧げて居たかったから、)……今はね、誠と平和な日々を過ごしたいの。平凡な毎日が一番大切だって知ることが出来たから。ただ、来年のクリスマスは……二人で何処かへ出掛けましょう?ひと月前から予定を練って、沢山準備をして。特別な日を、過ごしましょう。(だから今日は、二人で紡ぐ当たり前の日常を君に。幾許かの対抗心燃やし、計画したクリスマスは彼の綴ったイヴにはとても敵いやしないけれど。少しでも其の心に温もりを灯せたなら幸いだ。「…この後は少し散歩でもしましょうか。」何処までも平凡な提案は然し最愛の恋人とならば自分にとっては至上の喜びだ。だから、どうか彼にも此の心が届きますように。願いを込め浮かべる微笑みは淡く、細めた眼差しに温もりを宿して、)大好きよ、誠。来年も、再来年も。ずっとずっと、…素敵なクリスマスを、過ごしましょうね。 |
昨日の今日とは思えないね。…本当に、こんなに幸せな事が在ってもいいのかな。 |
(悩みに悩んだ昨日の結果は恐らく合格点は超えた筈、と些か肩の荷降りた気分で授業を受ける男の顔は比較的落ち着き取り戻して。休み時間の度に探りを入れて来る隣席の女生徒には笑顔でのらりくらりとやり過ごしつつ真に来るかも分からない明日に向けて「また今度ね」と先延ばしに。授業終了のチャイムと同時、感ずる人の気配と、上擦った声に小さく笑み零して立ち上がれば下手な追求受ける前に二人肩並べて教室に背を向けよう。知る人の姿少なくなれば、「昨日の、しないの?可愛かったのに」なんて、彼女の髪に触れてみたり。――まさか、本日のプランを彼女が練って来ている等と夢にも思わなかったから、「今日は何処に行きたい?」と口にしようとした疑問符は、彼女の『予行演習』という言葉に奪われた。代わりに「予行演習?何の?」と首傾いで問う。疑問符浮かべた侭、然し何時の間にか繋がれた指先に、温もりに包まれた掌に。如何しようもなく幸福浮かぶから、しつこく問う事はなく疑念を露散させてしまおう。然して昨日訪れたばかりの雑貨店に辿りつけば、「別に、そんなに欲しいものがあったのなら、昨日買っても良かったのに」なんて零して。然れど首傾いだ侭彼女が手に取る装飾品見れば、成程昨日見向きもしなかった辺りで、そも、未だ其の価値解さぬ男であるから。それでも愉しげな彼女の気分壊したくないと願う心は人並み以上に。不要なコメントは出来得る限り避け、それでも愛らしい囁きが耳を揺らせば、「…小百合は本当に細かいところまで良く見てるね。」と微笑む表情は極自然に。そうして増えた荷物を揺らしながら向かう先に今一度「ここ?」と首を傾ぐのは男自身の不満というよりも彼女に対しての確認の意が大きかった。して、問われた言葉にはたっぷり三拍程度の間の後、「…栄養素はとっているつもりだけれど。」と返す答に嘘は無いが、さて聡明な彼女が誤魔化されてくれるかどうか。買い物籠に入れられていく食材達に瞬けば、漸く察する彼女の目的と『予行演習』の意図。全ての荷物は持つつもりではあったけれど、彼女のお願いに自身も随分と弱くなったから、2人、分け合って。―昨日よりも随分と早い帰寮だが、今日は恐らくこれからが本番か。そうして案内されるは彼女の自室。入るのは二度目、とは言え独りにされるのは初めてだ。止める間もなく出て行った彼女に自然溜息一つ落として。「俺のこと、信頼しすぎじゃないかな。」なんて独り言ちてから、素直に不慣れな飾り付けに取り掛かろう。手先は不器用でなくとも、今まで見ようとも思わなかった其れだから、きっと幾度か携帯電話にて検索を繰り返して見様見真似で飾り付けを終えた頃には良い香りと共に彼女が姿現すだろう。並んだ料理に「凄いね。」と素直に感想零せば、共に両手合わせてから其れ等を口に運ぶ。ロールキャベツにかぼちゃの煮付け、そうしてサラダ。どの料理も一口目は静かに咀嚼し、ゆっくりと飲み込んで。彼女から疑問符飛んだのならば、「…美味しいよ、すごく。」と、感心したように零す月並みな感想は、彼女の心に響いてくれるだろうか。食事をしながら穏やかに流れる時に心地良さを感じつつ。途中、彼女から成された告白には、「うん、そんな気がしてた。今度はもっとちゃんと、君の欲しい物を教えて」と笑った。そうして何時かの宣言通り行われた其れは成程確かに気恥ずかしく。然し自身以上に彼女の照れた顔見ればくすりと笑み漏らして、「ねえ、お代わりは?」と自身の口許指して強請ってみようか。――そうしてすっかりどの皿も空になり、食べ始めと同じく、2人揃って手を合わせた後、彼女が居住まい正せば、自身もつと其れに倣い、)…予行演習、ね。本当にこんな毎日が送れるなら、幸せで仕方がないな。…直すところなんて、ないよ。(「そのままの君が好き。」―自然と落ちた睦言は、戯言のように。突きつけられた終焉に、抗うと決めたから。弱い仮定は其の非現実的ですらある人類の終わりに対しての物ではなく、寧ろ夢のような現在に対して。畏怖の対象違えど、2人の間に沈黙落ちた事実は変わらず、然し其の合間縫うように差し出された箱を受け取れば、「開けていい?」と尋ねながらも、彼女の答聞くより先にリボンを解き、其の見慣れぬ品物に注ぐ視線は、壊れ物に注ぐが如く)……君が俺に、何かをくれるだけでこんなにも嬉しいのに。……御守り、か。下手な他の御守りよりよっぽど効果がありそうだ。(そうっと其のラベルピン持ち上げれば、制服の襟、早速着けてしまおう。些か燥ぎ過ぎだと云われてしまえば全く以て其の通り。「似合う?」と首傾いで問う姿はきっと常よりも幾分か幼い。少し置いて、「これ用意してくれたのって、昨日よりは前だろ?…同じ事考えてたんだな、って少し嬉しい。…少しでも傍に、感じられるように、って。」と心中吐露しよう。――御守り、其の真の意図分からぬ程愚かではないけれど。今は、不安と云う感情に与える空間が心中に無いから。そうしてそっと、ラベルピンを一撫でして。)……そうだね。穏やかな時を二人で過ごそう。…やっぱり大切なのは“二人で”って事かな。二人で、ちゃんとお互いの事を考えて計画すれば、きっと素敵な一日になる。(彼女の言葉に示すは力強い首肯。――確かに自分達には未来があるのだと、信じなければ。願わなければ。其れが真実となるように。)……俺も、小百合が好きだよ。来年も、再来年も、その次も、…幸せな1日を過ごそう。二人で、ね。(其れは願いのようで、決意のようで、誓いのようで。穏やかながら切に言葉零した。――そうして、幸福に満ちた心持ちで夜空の下を歩くのだろう。手を繋いで、二人で。きっと、笑いながら「今日はすっかり饗されちゃったな。…あとそういえば、メリークリスマス?」なんて、取り留めのない話をしながら。) |
12月30日(選択の時を控え、女が綴った其の思慕は――) |
---|
(約束の前日、12月30日の影時間前。決断の時まで一日と少しとなった此の時、徳永は自室では無く愛し恋人の扉の前に佇んでいた。思い返せばこうして彼の部屋を訪ねるのは今日が初めての出来事だ。加えて眠りに落ちて居ても不思議ではない此の時間。本来ならば、遠慮が先立つに違いないけれど)…誠、少し良い?(彼と同じくノックは三回。控えめな声掛けはさて、彼に届いてくれるだろうか。無事に思い叶ったならば徐に差し出すは一通の封筒。何時かと同じく彼の名を綴った封筒は然し今宵互いに不釣り合いな、愛らしい淡い桃色を。柄では無いと知りつつも、両手で彼へ押しつける姿は半ば、強引に。)私が帰ったら、…いえ、日付が変わったら其の時に読んで。……おやすみなさい、良い夢を。(簡素な逢瀬の終わりには常と変らぬとびっきりの笑みを携えて。少しの背伸びと共にいつかのように額へ唇で触れたなら早々、階段を駆け上り其の姿を晦まそう。彼には其の背を追わせない心積もりで、或いは逢瀬が叶わなければ扉の隙間より室内に差し込ませる算段で。有りっ丈の恋情を綴った所々文字の滲む不格好な便箋は徳永から彼に贈る、初めての“恋文”) 加賀美 誠 様 いよいよ夜が明けたら約束の日ですが、いかがお過ごしでしょうか?色々な思い出を整理して居るうちに君へまだ伝えきれていない事があると気付いたので今日はペンを取る事にしました。直接会って伝えるか悩んだんですが誠の顔を見た途端、泣きだしてしまう気がしたんです。勿論、君は私の頬を包み込んで涙を拭い、慰めてくれることでしょう。…でも、実は大好きな人に恋文を送りたいと少し憧れて居たんです。私の小さな夢を叶えると思って我儘を許して下さい。 とは言え恋文を書くなんて生まれて初めての経験なので今になって悩んでいます…思えば君と出会ってから私の悩みは贅沢な物ばかりになりました。初めて出会った時から暫くの誠は私にとって大人びた優等生のクラスメイトでした。迎えた六月の満月の夜に其の印象がどれほど変わったか。これもまた、既に伝えたかと思います。それが本当の誠に触れて…感情を理解出来ないと苦悩しながらも全てを伝えてくれた誠を見て、…私は君の役に立ちたいと思いました。打算でしかない筈の私の言葉を受けて君が変わってくれた、其の事実が嬉しかったから。変わり行く君の姿を一番近くで、最初に感じる人間になりたいとさえ思いました。フィーリングカップルを覚えていますか?高々お遊びでも、私にとっては一大事件でした。…君の顔が浮かんで、離れなかったからです。誤魔化そうと思いましたが、嘘を書く事は出来ませんでした。結果を見たときには天にも昇る心地でした。理由なんて関係無い、君が私を思い浮かべてくれた事が嬉しかったんです。けれど、同時に自分を責めました。そうして、私の影が現れたあの夜。誠は真直ぐに私を見つめてくれましたね。本当に嬉しかった。私の為、なんて理由では無くて君が、君の思うが侭にそうしたいと願ってくれた事が。どんな私も私だと伝えてくれた時、…こんな私を必要としてくれた誠の言葉にとうとう、君への恋を自覚しました。…本当は、君に此の気持ちを伝えるつもりは無かったんです。でも、…私は君への気持ちを押え切れなくて想いを伝えてしまいました。とても困らせたことでしょう、ごめんなさい。…でも、迎えた誕生日は……忘れられない、大切な思い出の日になりました。 誠と出会って、誠に恋をして今、私は本当に幸せです。私が欲しかったもの、求めていたものを言葉にせずとも君は与えてくれるんです。私のために心を砕いてくれているから、そんな優しさに愛しさが募ってどうしようもなく涙が零れます。最初の頃は君が無理をしているんじゃないか、とても心配でした。…私より、相応しい人が居るのにと申し訳なくなった事さえあります。でも、誠は誠自身を曲げずに、私の願いや望みを叶えてくれていますね。何かを強いる事なんてしたくないから、そんな姿に安心します。……でも、実は未だに誠と顔を合わせるとどきどきが止まりません。其の声が私の名前を呼ぶだけでとても嬉しくなります。だから私は今も君には貰ってばかりだと思います。何一つ、返せてなんていません。ただ、今はもう誠に貰った分だけ返そうだなんて思いません。その代わり、私と居る事で誠にも幸せになって欲しいと毎日切に願います。私が幸福を感じた時、君も同じ気持ちで居てくれる程喜ばしい事は無いんです。だから、二人で一緒に幸せになりましょう。喜びも幸せも悲しみも苦しみも二人で分け合って。たまには少し喧嘩をして、其の時は良く話し合って。また仲直りして笑いましょう。……でも、もしも私と君。どちらの方がどちらを好きかなんてばかげた争いをした時は誠が譲って下さいね。私、其れだけは何があっても譲るつもりありませんから。 これから先、君と生きる未来の中で私の想いを伝える機会は沢山あると思います。…選択を終える前に。勿論、そんな意図はあります。でも其れ以上に、思い立った時、後悔しないよう伝えなければと思ったんです。…つまり、どうして私が君を好きになったのかもう一度伝えるつもりだったんですが、読み返すと何だか失敗して居る気もします。でも良いんです。大事なのは飾ることよりも、自分の想いを率直に伝えることだと誠が教えてくれたから。とは言え、次に恋文を書くときにはもう少し精進する事にします、…未来へ託す約束の一つにしましょう。私の我儘に付き合ってくれてありがとう。…これからも、宜しくお願いします。 加賀美君。誠さん。誠、…名前を呼ぶだけでなく、書くだけでも想いは募るから不思議です。 好きです、誠が好き。…大好きです。だからどうか、これからもずっと永久に一緒に居て下さいね。 2009年12月30日 愛を込めて 徳永 小百合 |
手書きって、嬉しい物だね。…君の温度を感じられる、っていうかさ。 |
(12月30日。決断の其の時思えば簡単に眠れる筈もなく。すっかり微温くなったコーヒーで喉を潤しながら何をするでもなく机の前に座り、此処数ヶ月、過ごした日々と得た自身の変化に想いを馳せていた。―此処で得た物を失う事は死と同義、再生等得られる筈もなく、であれば向かって行くべきなのだ。と、幾度考えようとも結論は変わらず。然れど自身の道決する事で我儘に彼女に無用な苦しみ強いてしまったのではないかと云う疑念は一度浮かべば振り払う事出来ずに。そんな折、ノック音と、其の聞き慣れた声が耳朶に響けば、躊躇なく扉開け、「どうかした?」と問うのは何時かの流れ辿るように。然れど半ば押し付けられるように渡された封筒と、額に落ちた唇。嵐のような其の行動に呆然とする他なく。あっと云う間に小さくなる彼女の背を追う視線は、然し観念したように一息吐けば、愛らしい薄桃色の其れへと帰結する。出来得る限り彼女の望み通りに、と現在時刻確認すれば、一先ずは熱いコーヒーを淹れに階段を降りようか。) (―――彼女の希望通り、影時間訪れてから読み始めた其の手紙。読み始めた当初は、愛らしい事をする物だと笑みすら零していたのだけれど。読み進めれば進めるほど震える手は。熱を持つ此の瞳は。そうして、遂に溢れて頬伝う此の雫は。)……俺、泣けたのか。(彼女の想い篭った手紙汚さぬように封筒に仕舞い机に置けば、流れる涙を袖口で乱雑に拭った。泣くのなんて何時ぶりだろう。少なくとも、記憶の限りでは小学校に上がって以降では経験が無い。なればこそ、彼女の流す涙は愛しく、―告げるつもりはないが、些か羨ましくもあった。『酷い人』『冷たい奴』『血も涙もない』『青い血が流れてるんじゃない?』そんな言葉を投げ掛けられても、此れ迄心動かなかったから。彼女と付き合うようになって、幾ら多少なりとも情深くなった所で、結局自分は冷血な人間には違いないのだと、思っていたから。――そうではなかった。心を動かさなかっただけだったのだ。歯牙にも掛けてこなかった、自身の責任。単純に打つけられた言葉に腹が立つばかりで、向き合おうともしなかった。自身が正しいとばかり押し付けて、理解する努力も、理解される努力も、しなかったから。一度寄り添えば、得られる温もりはこんなにも暖かかったのに。暖かかった、のに。)…、…打算でも嘘でも、本当に何でも良かったんだ…、君が俺をちゃんと見て、くれたから。それがきっと、ずっと、欲しかった。(涙と共に零れ落ちた言葉は、きっと他の何よりも彼女に伝えるべき物だった。何時か、伝える事が出来るだろうか。彼女がこうして、想いを伝えてくれたように。―唯々、嬉しかったのだと。だから君は特別なのだと、伝える事が、出来るだろうか。嗚呼でも、今は、其ればかりでないのだから。どんどん欲が深くなる。)…好きだ。…君と、もっと一緒に生きていたい。(果て等ないとばかりに伝い落ちる涙を拭う事は止めた。代わりに薄桃の封筒手に取ればそうっと落とす口付けは、縋るように。―皮肉にも、死を見据えたからこそ、生希求す此の心。其の姿はきっと愚かで浅ましく、然れど其れこそがきっと人の本性。) (そうして其の薄桃の封筒は、平素使用していない二段目の引き出しにそうっと仕舞い込まれた。机の上に乗せていたメッセージカードと共に。万が一にも飛んで行ってしまわぬように、木彫りの人形重石にすれば、空だった引き出しはすっかり彼女の色に染まる。)…貰ってばかりは、やっぱり俺の方だよ。(―ふと、愛しさから笑み溢して、人差し指でそうっとサイの頭撫でれば、温もりに溢れる引き出しを優しく閉じた。――この想いの全てを、訪れる春に必ず伝えるのだと、決意込めて。) |