(気紛れで足を運んだポロニアンモール。散歩感覚でゆっくりと歩を進め、流れる景色をぼんやりと眺め、のんびりと平和な日常を謳歌していたその時。不意に背後から肩を叩かれ、自然と振り向いたその先には――ぷすり。頬に刺さった指の感覚がひとつ。)…………。(眠たげな瞳が驚きに見開かれることもなく、無反応が続いたのはその行為に特に何の感情も生まれなかったからだ。やがてその人差し指が引っ込み、軽い溜息と共に改めて悪戯の主に向き合った。「へへっ、驚いた?」人懐っこい笑みを浮かべる青年は、児玉と比べて背が低い。見下ろすように視線を下げて、「べつに」と紡ぐ口許は柔らかに緩んでいた。こちらを見上げる丸い瞳も、純粋な好意に満ちていて。――どうしようもなく、懐かしいと思った。)今、夏休み?よくひとりで来れたな。(ぽんぽんと、まるで子供にするかのように短い髪を軽く撫でる。くすぐったそうに同意を示す彼――たったひとりの弟は、嫌がる素振りもせずにされるがまま。「三年振りなのに、兄ちゃん全然変わってないよなあ。」妙に月日の開いた再会のわりにそこには感動の欠片も含まれてはいないけれど、代わりに心がそっとあたたまる気持ちは十分に味わえた。どうやら児玉と会う為だけに夏休みを利用して巌戸台まで来たらしい弟は、話したいことが沢山あるとやがて児玉に詰め寄って。「ていうかさ、兄ちゃんと一緒に学校通いたかったから家を離れる決意もしたのに」「オレすっごい勉強したんだよ」「合格してうれしかったけど兄ちゃんはいないし授業意味わかんないし朝起きれないし」「そうそれで!課題やばいの!オレしんじゃうたすけて!」「そういやね、彼女できた。父さんと母さんにはひみつね」――まるで“ ”のように紡がれていく何気ない言葉を、児玉は軽い相槌と共に受け止めることしか出来ない。そうして言葉の山が少しずつ平坦なものへと戻って行けば、遮るように口を開いて。)ハヤト、――課題だっけ。見てあげるから、ファミレスでも行こ。おなかすいた。(そう口にした瞬間、ぱっと勇人の表情は明るくなる。友人なんて掃いて捨てる程に居るくせに、愛してくれる人も山ほど居るというのに、どうしてか彼は昔から兄にひどく好意を寄せていた。児玉も、そんな弟だけはどうにも無下に出来なくて。――穏やかな時間は、心地よく過ぎてゆく。“ ”って、こういうものなのかな。そうやって、焦がれた。) |