12月11日(冬の先に訪れる春に触れることが出来るか、濃紺に映るは果たして。)
|
(紅から白へ移ろいゆく季節に死の宣告が如く投下された一つの絶望と二つの選択肢が、滲む世界を暗色に塗り潰す。此れから訪れるのは非現実的な終末だというのに、突き付けられた其れを前にして存外平静を保っていられたのは、既に非現実に満ちた現実を身を以って経験してきたからだろうか。いつか見た狼が深海に沈む夢を濃紺の裏に思い出し、抜ける息に寂然たる何かが孕む。いつもと何ら変わりない日常の中で、あの空間を共有した者だけが来る決断の日を見据える。───話し合いから数日経過した放課後、学校の屋上で夕暮れの刻まで過ごした後に巌戸台駅前へと着いたのは待ち合わせの5分前。遡る昨夜、何となく落ち着かない心情から一通のメールを綴り、待ち合わせ場所に指定した駅前にて彼の到着を待ち侘びる。平素と変わらぬ女子制服の上でキャメルのショートダッフルに袖を通し、首元にはオレンジのマフラーがぐるりと後ろで結ばれる。コートのポケットに両手を突っ込み、駅前のベンチに座り込んでショートブーツの踵を鳴らす。こつ、こつ、こつ。音が秒針と重なる。メールで彼が言った通り、彼が本当に寝ているかは知れぬが、)…………大晦日まで、後……何日だろ。(喧騒に落ちる呟きは鈍色をして、街に消える。選択が如何あれ、此の日常を過ごせるのも若しかすれば僅かな日々なのかも知れぬと思うと、溜息は尽きない。忘れること、足掻くこと。何が正解なのかは、未だ掴み取れぬ侭だ。)
|
冬ってさ、マフラーがないと生きれないと思うよな。
|
(待ち合わせの時間に間に合うよう無事に起床が叶った男は、準備もそこそこに駅前へと向かっていた。近頃見る夢はどれも平和に満ちたもので、その余韻に浸ってしまいたい気持ちもあったけれど――最近はほんとうに、微温湯に浸かったかのような平和過ぎる日々が続いているから。それこそ宣告された非現実的な未来を時折忘れてしまう程にこの日常を甘受し過ぎていて、だからこそ思い出す度に息が詰まるような苦い思いが広がってゆくのだ。カーディガンの上にはしっかりとブレザーを羽織り、紺色のタータンチェックのマフラーを首に巻き付けたそれなりの防寒対策をしているにも関わらず吹き抜ける風には時折肩を震わせて、そうして彼の姿を見付けたのはほぼ約束の時間通り。)ごめん、待たせた?ちゃんと起きたよ。(顔を合わせて早々待ち合わせの定番ともなろう言葉を紡ぎ、最後はちょっぴり得意気な顔。とは言え辿り着いた時に既に彼の姿があったと言うことは多少なりとも待たせてしまった事は明白か。「お腹すいてない?」本日の目的でもあるそれを問いとして重ねつつ、特に問題がなければそのまま店へと向かうつもりだけれど。――同じく死の宣告を知っている仲間として彼を見れば、嫌でも想像し難い未来が頭の片隅に浮かび上がって離れない。どちらの選択を選ぶかも、まだ考えてすらいないけれど。)
|
それは、ちょっと分かるかも。首元が寒いのは好きじゃない。
|
(マフラーで隠し切れずに晒された頬に触れる寒さが、思考が浮遊する空間に於いてやけに現実味を帯びて導線を辿るように伝わる。ポケットの中で悴む指先を握り締め、駅前を行き交う人々を眺める眼差しには密かな迷いが滲んだ。一つの日常を送るに不似合いな心情とはいえ何方を取っても終末を齎す選択肢を与えられては穏やかでもいられまい。然し、友達を待つなんて行為とは久しく無縁だったものだから、其のむず痒さから逃げるようにマフラーに顔を埋めて時が過ぎるのを待った。一秒、また一秒と時が刻まれる。秒針が後半周もすれば待ち合わせの時刻となろう瞬間に待ち人の声を聞けば、玖珂よりも高い位置にある双眸に目を遣るように見上げた。)べつに、待ってない。……なんでそんな得意気なの。(虹彩に映る彼の表情から汲み取れた其れに疑問を呈し、「起きるのは当たり前だろ」「まあ、君だったら起きなくても驚かないけど」「ていうかホントに寝てたの?」なんていつもの調子で続々と言葉は語られる。ポケットに入れられた両手は其の侭にベンチから立ち上がり、)すいてる。早く行こ。(促すように視線を遣って、互いに異論もなければ早々に店へと足を進める筈。矢張り色々と考えてしまうのは否めないけれど、先程よりも幾分か日常に戻れた気がするのは彼のお陰だろうか。店に入る直前の会話で何気なく溢れた「何にしようかな」とメニューに悩む思考が纏まるのは数秒後か、数分後か、───そんな、まだ平和な日常。)
|
暑くなったらすぐ外せるし、便利だよな。マフラーさまさま。
|
(やはり彼から紡がれたものも定番通りのものであったから、どことなく満足感を得られはしたものの――無事に一人で起きれた報告に対する反応は想像以上に手厳しいものだった。なんでと問われても“普段のおれからすれば奇跡”としか言いようの無い気がしたが、つらつらと立て続けに並んだ彼の言葉に遮られ弁解は中々に難しい様子である。「ほんとに寝てた。起きれた分頑張ったと思うんだけどな」なんて宣いながらも、促されるがままに肩を並べて店へと向かえば思考はメニュー選びに切り替わる。マフラーの暖かさに顔を埋めながらのんびりと注文の品を悩むひとときはどこまでも平和で、当たり前のようでありながら、“友達”の存在を持たなかった頃にはけして味わうことの出来なかった時間だろう。非日常から離れた日々はどこまでもあたたかい。たっぷりと悩んだ後に特製ラーメンを注文すれば、さてそれが届くまでの時間を再びのんびり過ごそうと。マフラーを外しながら何気なく口火を切って、)最近、色んな所がクリスマスムードに染まってるよな。クガメグムは、サンタさんとか信じてたほう?(紡いだそれは近頃街を賑わせる一大行事のこと。親元から離れてそれなりに長い児玉にしてみれば、クリスマスも他の日も何ら変わりはなく、ただなんとなく雰囲気に則ってクリスマス前後にケーキを買ったり作ったりと冒険をしていたくらいだ。そこまで心が弾む行事ではないものの、仲間の面々も含め近頃なんとなく周囲が浮足立って見える為に自然と意識はしてしまう。)おれは今でも信じてるけど、実際不法侵入されたらちょっとこわい気もする。(なんて真面目に語りながらも、さて彼の方はどうだろう。)
|
コートと、マフラーと、あとこたつもかな。冬の必需品。
|
(彼と過ごした時間を数える。一日、一ヶ月、一年───まではいかないが、此の数ヶ月で幾多の複雑な層が積み重ねられた。普通の子供達が自然に友達という関係を築いていくのとは程遠いものであったが、其の多難な道を歩んだ時間は年月なんて関係なしに彼の人間性を知るには十分な時間だった筈。良くも悪くも彼を知れば“彼らしい”だとか“彼らしくない”だとか、そんな違いが目に入るのは当然のことのようで、どれだけ悪態吐こうと「………そういうの、君らしいんじゃないの」と結局は肯定で丸めてしまうから代わり映えのしない言葉である。店に入って席に着き、彼と同じく特製ラーメンを注文すれば暫しの待ち時間。コートを脱いでマフラーを外し、世間話は投下される。まるで友達のように、───否、友達として交わすことの出来る言葉。未だ慣れぬ其れに唇を結ぶけれど、季節の問いには唇開き、)………まあ、それなりに。全く夢のない子供ってわけじゃなかったし、枕元に靴下置いて朝まで待とうと思ってたときもあったよ。結局、寝てたけど。(斜め前に置かれたお冷を口にし乍ら、自らの子供時代を思い出す。決して良い記憶ばかりではないが、子供らしく夢見た記憶は眩く残る。布団の中に潜り込み、落ちそうになる瞼を必死に堪えて待ち侘びた夜もあった。───結局夢の中に落ちては姿を見ることも叶わなかったが、そんな子供らしい子供だった頃の話をするのは懐かしくも寂しくもある。だが、然し。そんな寂しさでさえも何処かへ追い遣ってしまうのだから、彼は矢張り玖珂の調子を狂わす天才か。)……夢があるのかないのか分からないよ、それ。不法侵入とか、そんなの考えたらキリないだろ。というか、純粋にサンタ信じてる子供だったらサンタの侵入経路なんて気にしないと思うんだけど、………まあ、確かに鍵こじ開けられるとかだったら怖いけどさ。(彼の口から淡々と語られる夢のあるような、ないような、そんな真面目な発言。子供達に夢を届けるサンタクロースが不法侵入の犯罪者だなんて全く夢のない話だ。そんな会話の最中、二人の元に届いたのはプレゼント───ではなく注文した特製ラーメンだったが、「たべよっか」と話題を一時中断して箸を持って手を合わす玖珂の表情は穏やかで、きっと食べ終わった後の会話の切り出しは「わかつもいいけど、……はがくれも、結構好きだよ」なんて真っ直ぐじゃない言葉だろう。)
|