(大きな青い球体からすれば単なる斑点に過ぎない小さな街で起きる非現実を、世界は知る由もない。大晦日の決断を知るのも彼等だけ。一歩、また一歩と迫り来る末日を見据える目に迷いはない。───が、僅かな緊張と戸惑いを携えた濃紺が見据えるは明日でなく、握り締めた携帯。大晦日から数日経った一月某日、未だ押せていなかったのは一つの通話ボタン。着信履歴に残る、兄の名前。ベッドの上に体育座りで其れを眺めること十数分、携帯に触れる指先の微かな音しか聞こえぬ室内で、漸く親指はボタンに沈んだ。呼び出し音がやけに長く感じる。一分、十分、ほんの五秒足らずなのに体感時間は長い。 そして、聞こえる声。夜更けの為に寝ていたのだろうか、掠れたように『……はーい』と其れは鳴った。)───……もしもし。あの、……久し振り、チカ。(途端、電話越しに騒がしい音がする。飛び起きたのか、其れで何かにぶつけたのか悶える声すら聞こえた。少し震えていた指先も、目を伏せて其の光景を想像すれば震えなんてなかったことのように静まる。もう一度だけ「久し振り」と言うと、『……久し振り、メグム』 そんな懐かしい声が鼓膜を揺らした。片腕は膝を抱き締めるように更に身体を縮こめて、ちょっとだけ笑った。)寝てたの?それにしても、驚きすぎだと思うけど。画面見なかったの?僕の名前、出るだろ。(何でも出来るのにそういうとこ抜けてるよね、なんて久しくとも遠慮なく言えるのは矢張り兄弟の血か。『だって、何度も電話したのにお前出なかったからさ』『ちゃんと飯食ってる?寝てる?』『正月も帰って来ないのかよ』『強情なのは相変わらずだよな』 一つ終えてはまた一つ、容赦なく投げ掛けられる言葉に呆れかけては返事をして。長らく無縁だった兄弟の会話は楽しい。抱えたコンプレックスの根本とはいえ、兄を嫌いになったことはない。嫌いになれたら楽だと思ったことは何度もあったけれど、結局は無意味に終わって、昔も今も一番尊敬する人の侭だ。だから、───『友達、出来た?』───今までで一番優しく、穏やかに問われた質問には、)………出来たよ。友達。(迷うことなく只、真っ直ぐに。自分の影と向き合う切欠を与えてくれた彼が居たから、こうして兄と笑い合えることが出来るから。)あのさ。新年は帰らないけど、今度は、ちゃんと帰るから。(終末と対峙して、如何なる結末を迎えるかは知れない。然し未来を願うことを許して欲しいから。対等でありたくて名前で呼び続けた兄と、直接向き合えるように。だから、電話を切る前に一言。)……あけましておめでとう、兄貴。今年もよろしく。
|