11月14日(愛の囁きに溢れる店内。悩める少女は、彼を待つ)
|
(11月14日。快晴の下でも秋から冬へと移り変わる頃、空気はひんやりと冷たく、着慣れた学校指定のジャージだけでは肌寒いと感想を抱きながら登校。午前しかない授業を呆けた顔で聞き流して帰寮。受験生にとって重要なこの時期、当真の頭を占めるは英単語でも数式でも無く、先夜に残された謎と不安――それ以上に、今日ばかりは彼に課された難題の答えに意識を奪われていた。過ぎし夏にも似たような悩みを抱えたものだが、あの日とは状況も相手も違う。山積みのジャージが不正解なのは辛うじて分かるがしかし、そもそも正解を持っているなんて誰が言った?)……善処は、したけど…。(逸る心に急かされて14時30分。約束の時間より早めに店内に入れば、チャコールグレーのショートコートを脱ぎながら、「…フェロモンコーヒーひとつ。」とりあえず時間潰しにと看板メニューを注文するも、ふと店内のガラス窓に映る自分の姿を見て、落胆。オフホワイトのケーブルニットは敢えて大きめに、ゆったりとしたフォルムとタートルネックで首元まで包んだ姿は常と変わらず、ネイビーのカラージーンズにブラウンのスエードシューズ。隣に並ぶのが彼女なら完璧と自賛する声もあったろうに、自室にある唯一のスカートは仕舞い込まれた制服のみ、結局彼の期待に副うような物など初めから無かったのだ)……どんな顔、するかな…。(しかし誰かの為に着飾る方法なんて知らないとついた溜息は深く、ずらした視線で店内をぐるり。流石はデートコースの定番、愛らしい少女も艶やかな女性も皆美しく着飾り、恋人らしき男性と楽しげに会話する姿が探さずとも目に入る。そこでまた、落胆)…そもそも、どうしてこんな事くらいで…(心待ちにしていたはずの今日が、苦しい)
|
やあんカップルばっかり……ちょっと気分悪ぃわぁ。とかな。はは。
|
(今日ほど時間よ早く過ぎろと思った日はない。既知ばかりの内容が連なる退屈な授業が終わるや否や一目散に自室に駆ける姿は傍から見ると聊か異質に見えたことだろう。道中何かに躓くことも転倒することもなく、無事に支度を終えた時刻は待ち合わせの数十分前。タックインした白いシャツの上にはブラックウォッチのテーラードジャケットを羽織り、ブラウンのチャッカブーツと細身の淡いベージュパンツの合間からは尖った踝を覗かせた。その仄かに外国人めいた風貌は青白い肌も相まって、目指すはブリティッシュトラッドといった所か。前髪は平生よりも大きく右側に移った分け目から左に流し、指輪を数個、耳元には何時もと同じ林檎の他にピアスを其々二、三個。――ただ街中を歩く格好としては気合が入りすぎただろうか。初デートにしては重たい?――いやいや。ハジメテだからこそ張り切っちゃうものでしょ。なんて、いずれにせよ上機嫌に辿り着いた約束の場所。右手首に携えた革の時計が示すは待ち合わせの10分前と抜かりない――筈だったのに。何となしに見渡した店内。談笑し合うカップル達の中に見慣れた顔の少女が一人。「おひとりさまですか?」店員の言葉に待ち合わせですと早口で応えたならば、足を運ぶは初めて目にする私服姿の彼女の元、)―――なあ。そこのかわいいお嬢さん。お一人ならご一緒しても?……なんてな。玄ちゃん早ぇよ。吃驚したわ…。…待たせちゃったか?(囁きと共に少女の後方から伸ばした手でテーブルに触れながら身を屈めれば、近付く距離が少女に向けてフゼア系の香りをほんのり香らせた。悪戯に笑う顔は大人びた格好を多少崩すものの、少女の向かい側に腰を下ろす頃には控えめな微笑が唇に戻って)ほんと、ごめんね。此処で一人はきつかったろ。…まぁここからは俺が居るから、安心してデートしましょうかイヤある意味安心じゃねぇかもだけど、…うん。つか、…来てくれてありがとな(何を話そうか。今日まで色々と考えていたことではあったけれど、こうして彼女を前にして最初に口をついたのは溢れんばかりの笑みと感謝の言葉だった)
|
…こういうのは、苦手だ。…でも、上広は慣れてるんじゃないのか…?
|
(胸に蔓延る得体の知れぬ感情の所為だろうか、口に運んだコーヒーの味はいつもより苦く、眉を顰めた。濃い。来い。早く来い。待ち遠しく想う指先がこつこつとテーブルを叩く。期待と不安で今にも逃げ帰りそうな足がそわそわと宙に浮く。浮いた心は只管耐えるように時間を使い、もうすぐ約束の10分前、という頃にはすっかり冷めきったコーヒーが磨り減った神経の果てにも似て)…ん、ああ――…?(待ち人来たる重要な場面においても処理能力の鈍った脳、通常なら照れの一つでも見せながら反論を返しとするであろう冒頭をスルーし、聞き覚えのある声が鼓膜を震わせた事への反射的な頷き。までは良しとして、声する方へと緩慢に持ち上げた鼻先を擽る香りに驚き、まさしく、“びっくり”を顔で表した。それが香水に依るものとも知らず、再び遠のく彼を目で追った後も暫し僅かな残り香に蠱惑され、故に「い、や…そんなには。」控えめに声を漏らす姿は気も漫ろ。けれど、)…別に、平気。……こっちこそ、誘ってくれてありがと、…。(見慣れても見飽きることのない彼の笑顔に滲む喜び。此方もまた感謝を舌に載せ、はにかみ。して、改めて真面に見た彼の姿は、なんとも見事で、格好がいい。見慣れたはずの彼に見惚れた一瞬、のち、我に返って、)…なんか、…今日は、かっこいいな。…え、と……そう、おしゃれだ。(気の利いた賛辞の代わりに幼子でも使えそうな感想を、ひとつふたつ。しかし、お洒落。口にしてから思い出す後悔はまた、仄かに染まった頬を曇らせて)…あ、でも…俺、お前みたいにちゃんとできなくて…(ごめん。は少し違う。じゃあ、なんだ?逡巡を重ねて、嗚呼と思いついたのは「…がっかり、したか…?」一方的な謝罪より、聞きたかった彼の感想。そもそも本当に期待されていたのか、彼の甘言など常だからと其処から疑い始めればキリがなく、迷う唇は素直な疑問を落としながら)
|
んー…慣れてても自分達以外は鬱陶しいものよ。女の子がかわいいと特に。
|
(聞こえたんだか聞いていないんだか。ぼんやりとした返答にくすりと笑みを零したのは、神経を逆立てた野良猫のような彼の日の彼女と、驚愕の表情を隠そうともしない目の前の彼女とを脳内に並べてみせたからだ。いじらしいはにかみはいざ知らず、席に着き真正面から見据える少女に抱く感情は可愛いの一言に尽きるというもの。たどたどしい言葉だからこそ何の疑いもなく乗せられた正直さを感じながら、掛けられた褒詞に緩む頬は隠す気すらないようで)…おー…ありがとな。君にそう言って貰えるの、ホント、うれしい。……、因みに、かっこいいのって今日だけ?俺、君の前じゃ結構、恰好良くしてるつもりなんだけどなァ…(頬杖をつきながら傾けた頭は必然的に此方の目線を少女よりも低いものにして、下から上へ、じろり。見上げる双眸には穏やかな微笑に反した妙な輝きを灯すも、唐突に曇っていった少女の表情に瞬きを数度。出抜けに綴られた言葉に成程と納得する反面、不審そうに繰り返す瞬きは未だ止まらず)…あ?……?あれ。俺、可愛いってさっき言わなかったか?(思わず、零れ落ちたのはそんな言葉。「…まァさっきのはナシって言われても仕方ねぇか」自身の言動を思い起こせば苦笑混じりに呟いて、さてと再び見詰めた少女の顔。上半身。机の下は先程の記憶で補充するとして、弧を描く唇が紡ぎ出すのは勿論)可愛いよ。…可愛い。……うん。やっぱ安易に露出してるよりも、その位ガード固い方が寧ろ……いい。俺は好き。…かわいいね(何時も通りの甘い囁きに何時も以上の真剣みを一匙。――じっ、と。微笑を象る唇で賛辞を捧げた後も数秒間、少女を見つめ続ける瞳には果てしない甘みを残して――、その視線は傍らを店員が通り抜ける迄、離されることはないだろう)あっすみませーん。フォロモンコーヒー……、ん、玄ちゃん。ソレ冷めてるんなら頼もうか?(再度戻した視線には先程までの熱は無くとも相も変らぬ穏やかさを称えて、彼女の言葉を待ってから注文を終えようか)
|
……そういうものか?……まあ、俺はこんなとこ来る機会、滅多にないからいいけど。
|
(長年纏い続けた仮面と鎧を脱ぎ捨てた反動だろうか、最近どうにも失態を見せるのが得意になって困る。目の前で笑声が落とされた理由など露知らず、彼の格好良さを称えるは純粋に見たままを口にするのが精一杯で、呆けた顔といい、初めて彼と肩を並べた日を想えば信じがたい変貌と呼ぶべきか、成長と呼ぶべきか。少なくとも彼の瞳が柔らかな色を灯している間は良き変化と捉えることとして、しかし、)…え、…あ、…どうだろ。………今までそういう風に、見たことなかったし……でも、なら、今日は特別かっこいい…のか?(淡緑の双眸は微笑みも相まって変わらず穏やかな色に見えたが、気のせいだろうか、不服を訴える口ぶりに動揺して視線を逸らせば、正直な感想を漏らしながらも前言に修正を加え。ただし断定で締められないのは事態の認識が不十分な証拠で、そう言えば彼はいつもお洒落だったかもしれない、なんて考え出す始末。そのまま思考は自らの衣装へと焦点を移し、綴った疑問の答えを待つ姿は何をそんなに恐れていたのかと、後で自問しても答え難い感情に支配されながら)…?…そういえば…けど、おまえ、女子にはとりあえずそういう事言うだろ…?(確かにその言葉をかけられたような、と曖昧な記憶を辿ったところで挨拶以上の意味を見出せず、落とされた答えにそれ以上顔を曇らせることは無かったけれど、戸惑い、そして疑問を滲ませるその表情は心底不思議そうで)……本当に、これでいいのか?(再び真正面から視線を浴びれば、彼が紡ぐのはやはり、”可愛い”。彼のそれを過去何度も耳にしたからこそ本音と受け取るには時間を要したけれど、それでも当真の中の何かが満たされたのだろう、「…そうか。」一言呟けば、広がる安堵の代わりに不安の色は抜け落ち。ただ、彼の醸す甘やかな空気には未だ慣れぬと、行き場に困った視線はふよふよと宙を彷徨い続けて)……ああ、じゃあ、俺ももう一つ。(ようやく心落ち着けたのは彼の瞳に宿る見知らぬ熱が消えた頃。冷めたコーヒーも今ならと、軽く煽ればその苦味が今度こそ正気を取り戻すのに丁度いい)
|
あら、でもこれからは俺といっぱい来るじゃん?
|
疑問系?まァ要するにな…俺にとって君は特別だから、今日でもいつでも、俺はかっこいいんだよ。ってこと。…オーケイ?(片側の口角を釣り上げた不適な笑みは、果たして本人以外にその真意が伝わるかも分からない発言に乗せて。何はともあれ「かっこいい」なんて言われてしまえばもう何でもいいやとすら思えてしまうのは相手が彼女だからという理由に他ならない。“特別かわいい”のは君の方だと、甘言ばかりを吐き出す唇は今にも其れを音として解き放とうとしていたけれど、彼女の発言に暫し閉口。――自業自得だとはいえ肝心な時に本心が伝わらないのは中々に複雑な気分だと、口許には苦笑が零れた。さてどうやって伝えようか。視線は緩やかに少女から外れて、やや斜め上空に固定された)…違ぇよ。そこらへんの女の子と君は同じじゃないの。全然違うの。……玄ちゃんは今日の為に色々考えながら頑張ってその服選んでくれたんだろ?俺と会う為に。…それだけでもう嬉しいわ。で、何とか選んだにも関わらず?不安になって聞いちゃう感じも、すげぇ可愛い………寧ろ、可愛すぎ。………そんな顔しちゃって。あんたさ、俺がどれだけ…誰かちゃんのこと気に入ってるか、わかってねぇよなぁ……こんなに言ってるのに(くしゃりと髪に差し込んだ指先は寸での所で整えた髪形を崩さない程度に桃色を掻き上げて、――ただの想像に過ぎない光景を閉じた瞼の裏に映せば、どうしようもなく胸が締め付けられる。甘い声音も尻すぼみに、呟きは見下げたテーブルに落ちた。「兎に角、可愛いよ本当に」――矢継ぎ早に吐き出した言葉は、単なる照れ隠しで)…ん。どうだろうな。べつに俺の為に無理してスカートでも何でも履いて来てくれたら、それはそれでよかったんだよ。嬉しいよ。―――…まぁ本当は君がいてくれるだけで、……や、でも今日は折角のデートなんだから、二人でちゃんと楽しむ方が先決だろ?(言葉を覆い、ニッと剥き出した八重歯は無邪気に自身が作り出した甘ったるい空気を払拭せんとするけれど、結果はどうなることやら。「これからどうしよっか。何処も結構混んでたんだよな〜」到着した珈琲を啜りながら上目に窺い見た少女の様子は、如何に)
|
…………いっぱい、来るのか?……………来てくれるのか?
|
……わかった。これからは、注意して見ることにする。(暫く迷った末、承知したと頷く姿は彼の期待から外れたものかもしれないが、それが現状、当真の精一杯で――だから甘言上手な彼の苦笑を誘った理由も分からずに、ただただ待った疑問の答えはまた、予想の斜め上に感じられて)…そ、うか…?…そんなに褒められると、変な感じだけど………でも、…ありがとう。…おまえが嬉しいなら、よかった。(降り注ぐ飴に埋もれ戸惑いながらも、その中で唯一、”嬉しい”の一言がどんな賛辞よりも素直な安堵に繋がった。彼の為に、――そう、彼を落胆させないように、そればかり意識していたけれど、本当は彼に喜んで欲しかったのかもしれない、と。まだ明確な言葉にするには難しい胸中を自ら探りながらも、無理に答えを出さずともいいと思っていた。この先訪れる宣告を知らぬ今は、流れ続ける時と同じく、二人共にある日々も当たり前に続くものと信じていたから。――そんな、15時、お茶の時間。無邪気な彼の笑顔、加えて湯気のぼるコーヒーの香りに鼻腔を擽られた効果もあってか、甘い空気も立ち消えて、ほっと一息)うん。…けど、どうしよう。おまえに会うってこと以外、何も考えてなかった……から、店出てもいいし……こうして居るだけでもいい。(この近く、巡りたい場所があるかと問われれば頭を振るだろうが、逆に彼が隣に居ればどこが目的地でも頷くつもりでいた。再び熱を持った液体に口つけ、温い体と心は平生より穏やかに言葉を紡ぎながら)…上広が一緒に居れば、俺はちゃんと楽しいと思う。……何をするかってのはそんなに問題じゃないんだ。何かした時、おまえがどんな顔するのかとか、どんな事考えるのか…とかさ、……そういうの、もっと知りたくて来たから。(照れ臭そうに瞬きを重ねて、持て余した指先でカップを軽く揺らすは琥珀の水面に映る顔をかき消すように。そして沈黙を少々、躊躇いに乾いた唇を軽く舐めて、のち)…あと、…伝えたい事も、あったから。
|
当然。…此処に限らず、何処でも。あー俺遊園地行きたいなぁ。
|
(“ありがとう”。その言葉を聞く為に貼り付けてきた笑顔の仮面も彼女の前では形無しだ。くしゃりと歪む顔はそれこそこっちの台詞だよと心中で呟いて、穏やかな日常に浸る。口許にカップを寄せたまま少女の声音が鼓膜を揺らす感覚に安らいでいく心は、それでも思案を止めることはなく)……うーん…そうだよなぁ…折角今のんびりしてるし、態々混んでる外に出ンのも、ねえ…(口にしながら頭を傾け、考える素振り。放課後の都会というのは学校帰りの学生がそのまま街に居座っているようなもので、穏やかなふたりの時間を大切にしたいというのが本音だ。お喋り好きな女の子同士じゃないんだから何時間もお茶をしていられるかと問われるとそれもまた微妙な所で、「んん〜。」言葉にならない声を発しながら、硝子の向こうの行き交う人々を眺めていた手前。紡がれた言葉の予想外の破壊力に、舌の上を流れる液体が喉に張り付いた。危うく気管に入る所で、ケホケホと咳を繰り返せば詰まった珈琲を迫り上げる。彼女にしてみれば唐突に噎せ始めたように見えるかもしれないが、なにバクダン発言をしてくれちゃってるのヨと、整理的な涙の滲んだ瞳はやや見開きがちに彼女を見つめて)っ、っは……苦し…、…もぉ……はあ、なに急に……あかんっしょ…、……あかんわぁ…(喉への刺激と動揺に掠れた声音。締まりなく緩み、淡く紅潮した顔を一旦俯けて、――少しの間は昂ぶる気持ちを抑える為に)……そーいうコト言った時は、こんな風になっちゃいますね。………はずかしーから、もうあんま言わんで。…でも、同感。俺も玄ちゃんのこと知りたいし、知ってほしいと、思って…ます、…うん(徐々に小さくなっていく声音に羞恥を滲ませて、だって、こんなまるで純粋な風なの、慣れてない。にやける唇を片手で隠しながら彼女を直視できない自分はまだまだだなぁ。暫しの間を開けた後、紡がれた少女の言葉にはこれ以上何かあるんだろうかと、下げた眉をそっと向けて)…あー、……なに?かな…。(でも彼女の言葉は全部聞きたいから、未だ僅かに赤らむ顔を少女に向けなおした)…聞かせて?
|
遊園地…って、行ったことなくて……あ、俺、ディスティニーランド、行ってみたい。
|
(待ち合わせ当初の緊張は薄れ、穏やかに流れていく時間の中で思案するは二人の今後について、などと言えば少々大袈裟ではあるが。実はカラオケもゲームセンターも未経験、ましてクラブなど論外だ。こうして誰かと喫茶店でお茶をする、なんて有りふれた光景すら数える程しか経験のない当真にとっては、今日一日が未知の世界に繋がっている。だからこそ、悩める彼とは正反対に、君が居ればそれだけで十分だと無欲に見せた贅沢を口にして――まさか、まだ見ぬ彼の顔を引き出すことになるとも知らずに)…って、お、おいっ…(彼が噎せ返った原因が此方にあるとは夢にも思わず、潤んだ瞳がふたつ、赤く染まった頬と一緒に向けられた一瞬まで、本気で心配してしまった。勿論、俯く彼に対する動揺が消えることはなく、先程までの緩んだ頬は再び緊張に支配されたまま)…だ、大丈夫か…?……え、と…なんか、悪い。(確かに照れくさいと感じた自分も居たけれど、常に余裕たっぷりの彼がここまで動じるような発言をしたかと、思い返してもイマイチ納得出来ずに謝罪を漏らすも、)そんなに驚くと思ってなくて……なんていうか、慣れてそうだし。……でも、うん。…そういうおまえも、もっと見たい。(消え入りそうな声で呟く彼を初めて見たと、緊張を喜色に塗り替えながら頷いた。ただ、未だ隠されたその顔をよく見せてと自らのそれを寄せようにも、その前に伝えておきたい事があって)…あの時は、ありがとう。…今更だけど、ちゃんとお礼言ってなかった気がして…(切り出したのは、先の真円の夜の話。こうして彼と共に居られる今日も全てはあの夜に起因する。二度に渡る忘れられぬ満月を経る前、彼に投げ掛けるはお世辞にも素直とは言えぬ言葉ばかりだったけれど、今なら彼の目を見て言える)…今思い出しても、色々恥ずかしいんだけど…さ、あの時傍に居てくれたのがおまえでよかったよ。……だから、これ。(淡いグリーンの小箱が、ことりとテーブルの上に載せられた。その中身は、小ぶりの”マリーゴールドのピアス”。先月購入したそれは渡すタイミングを図られたまま今日に至って)…気に入ってもらえるかわからないけど、…いちおう、お礼。…と、俺の気持ち。(花びらを模した薄い金のプレートで出来たそれは軽く、シンプルかつ繊細なデザインが彼の耳にもよく似合うだろうと。しかし、このデザインを選んだ理由は何よりその花に込められた意味にあって、例え彼が気付かずとも、それは確かにこの胸に在る想い)
|
イイ案だね。あ、でも思いっきりはしゃがなきゃダメなんだぜ?
|
(彼女の瞳を見つめてその純粋な言葉を聞いていると、自分が今まで如何に爛れた青春を送ってきたのかがいやでも分かった。結局、火照った頬を片手で仰ぎながら気恥ずかしさとこそばゆい程の小さな歓喜とで胸をいっぱいにするしかないのだ。心配の眼差しに一層思い知らされる自身の滑稽さは、気持ちを落ち着かせるべく口にした珈琲と共に流すとして、きっと理由も分かっていないだろう彼女の謝罪に浮かぶは何とも言えない苦笑い)…あんたみたいなコは今までいなかったもん。好みの間反対、とまでは言わんけど。……あほ。見せたくねっつってんだろぉが。……ったく、あ〜かっこわるい。今回きりだわ(「仕返ししてやるから、楽しみにしとけよ」一方的に投げかけた言葉は照れを隠す為のものだけではなく、有言実行を狙うもの。時間はたっぷりあると愚かしくも錯覚している今、思案を巡らせるこの時間をもなんだか楽しみに思えるような、本当にどこの純情ボーイなのかしら。いつの間にか苦笑は微笑に変わり、詰まる所、何時も通りの上広の姿に元通りという訳だったのだけれど、―――彼女は、本当に、自分の調子を崩すことが得意らしい。“あの時”。その言葉にカチリと転換した脳の回路。そこから転換する――)…え?……、俺に?(差し出された小箱と感謝の言葉。自分には勿体ない程の素直な、――ああ。少し、思考が混乱している。今分かることは彼女が“自分でよかった”と。漸く収まってくれた頬の熱を再び呼び起こすような台詞を吐いてくれたこと。そして、目の前の小箱を自身にくれるらしいということ。ドクンと高鳴る心臓は今にも彼女を抱き締めたい衝動を全身に伝えるけれど、堪えて)――…ありがとう。…空けていいか?(僅かに首を傾げてその了承が得られたのならば、そっと指先をグリーンに触れさせる。愛しむような手つきで開いた箱の中身。輝く、金色の花。何の花だろうか。見たことはあるような、けれど、それが何の花なのかは分からずに、――ただ漠然と、きれいだと思った)綺麗だね。…うん。…好き。……ありがたく受け取るね。気に入ったよ。君がくれるものなら、気に入らない訳がねぇんだけど、…気に入った。……でも、どうして…花を、俺に?(花というモチーフ自体はよくあるものだろう。然し男の自分に敢えてこれを送った彼女の“気持ち”とやらがもっと知りたくて、)これ、なんていう花?……お花って、其々意味があったり、するよな。確か…。…玄ちゃんの気持ち、教えて?
|
はしゃぐ…?…ああ、絶叫マシーンとか、そういうのがオススメなのか?
|
……でも、おまえが見せたいとこしか見られなかったら、俺、全然おまえのことわからないだろ。…ちゃんと教えてくれなきゃ困る。(日頃余裕で固めた彼の素が見えたことが嬉しくて、もっと彼の事が知りたいのだと眉を下げながらも口元は笑う。そして、宣言された仕返しすら楽しみだと思えるほどに彼から与えられる全てが大切だと思えるから、その切っ掛けとなった夜の感謝を伝えるべく、今――)…よかった。その…こういうの、選ぶの得意じゃないから…(告げた感謝と贈り物。それだけで全てを伝え終えた気でいたものだから、箱を開けた彼の反応に安堵しコーヒーを啜る予定がしかし、何故花か。に加えて何の花か。問われて嗚呼と頷いたのは、マリーゴールドをモチーフにしていると言われて購入を決めたものの、シンプルにデフォルメされたフォルムからは何の花かすら分からない可能性に今更気づいて。その上込めた意味すら説明させられるとは思ってみない事態、少々口篭りながらも、)…この花は、マリーゴールド…っていって、…俺も、そんなに詳しいってわけじゃないんだけど…(陽の光の如く煌く金色の花。その花に与えられた意味は幾つもあったはずと花屋での記憶を辿れば、)花言葉は確か…信頼、悲しみ、嫉妬とか…なんか色々あったんだけど、全部おまえに対して思ったことあるな、って感じたから、…あとは…(敢えて口にしなかった意味も含め、この花は当真から彼に贈るのにぴったりな花なのだが、メインの意味、つまり、一番伝えたかった気持ちを代弁する花言葉は、)――…勇者。……俺にとっての、おまえ。……――…色々考えたんだけど、おまえの好きなものとか知らなくて…だったら俺の気持ち、伝えたいな、って。…俺を助けてくれた……大事な人、だから。(捨てた自分を拾い上げてくれた時から彼は特別な存在で、きちんと気持ちを形にしておきたかったのだ。と、思いついた当初は名案だと感じた贈り物も、改めて自分の言葉にしてみると、なんだかとても恥ずかしくて。再び空いた両手で頬を包みながらテーブルに肘を付けば、尻すぼみに声量は失われていく。けれど伏せかけた目を開き、ちらと視線を送ったのは、何より彼の反応が気になって)
|
あ、絶叫好き。大抵人気だからすげぇ並ぶけど、まぁ仕方ないよな。
|
…あんたが可愛すぎて俺も今すげぇ困ってるよ…。俺のことならイヤって程知って貰う予定になってるから、…ついでに宣言しとくと、俺は結構やきもちやきさんです、ので。とっても気をつけて?…なんてな(両手をあげて掌を見せれば形だけの降参のポーズ。ひらひらと漂わせた指の合間から覗く顔はにんまりと悪戯に、けれど少年と称するには聊か大人びた色を含んでいた。その艶を乗せたままの繊細な手つきで触れた黄金の花に込められた想いを自らで予測するよりも先に訊ねたのは半ば反射的で、本能的な行動とすら言えるだろう。彼女の心の内を覗きたい。―――勝手に想像して、その気持ちを違えることなんて万に一つも御免だから。やや渋々といった口振り乍ら語られ始める言葉の一つ一つを記憶に留めて、“マリーゴールド”、その名前を確と海馬に刻み込んだ。視線は手元から少女の唇へと移り、大人しく続く言葉を待って)……信頼は兎も角、あとの二つも思ったことあるの…?(閉ざしていた口から思わずといった調子で零れた本音。然れど、そうか成程と、再び柔らかな視線を美しい金の花弁に移す前準備として其の動作を終えようとしていた。けれど、)…………は(閉ざしかけた唇が僅かに開いて硬直する。薄い唇だけではなく、一瞬、脳髄までもが止まったような気がした。彼女は今、何と言ったのか。ユウシャ。勇者。brave man?―――いや。随分、大それてる。正直な感想といえば、きっとソレ。瞬きをも忘れた瞳はただ只管に彼女を見つめているだけだったのに――その瞳が此方を向いたのなら、口にする言葉なんて決まっている)俺が君の勇者なら、これからも君のこと、一番に守らせてくれるんだな。……はは。俺の大切な、かわいいお姫さまになってくれる?(勇者だとかお姫さまだとか、もう、笑ってしまえる程に素敵じゃないか。心がくすぐったくって、あったかい。だから浮かべたのは心からの、花が開くような満面の笑み。「なあ、そういうことだろ」――疑問系で締めた言葉に付け足した弾む声音はある種の宣告)そんで、俺を頼って…いっーぱい甘えてくれる、って解釈しとくよ。――玄ちゃん、オッケー?(腰を浮かし、徐に細長い手を伸ばせば頬を包む彼女の手の上に重ねて、伝える熱。優しい声音に反し、ほんの少しだけイジワルをしてみせて、――曖昧な一線に、一歩。踏み出した。)
|
そうなのか?絶叫好きってのは意外だな……じゃあ、逆に何が苦手?
|
…とりあえず、今の時点でわかってるのは、「可愛い」がおまえの口癖だって事。(多用されるほどに何処まで本気にすべきか分からなくなる。こんな風に照れながらも困惑する姿を彼は楽しんでいるのだろうか、と疑心暗鬼にならざるを得ない程度にはこの手の戯れの経験値が低く、「具体的には、何に気をつければいいんだ…?」艶めく笑みを伴った宣告の意味すら十分に解せない。万一解せたとしても、彼の心配の種になりそうな物は転がってやしないのだけれど。――そのくらい、心を傾ける相手など限られていて)…あるよ。全部あるから、おまえは特別なんだ。(好意だけ、憎しみだけとカテゴライズ出来ないから彼の代わりは何処にも居ない。彼に触れて湧き上がる感情の色は最近になって華やかなものが増えてきたけれど、それでもまだ、あの夜覗きあった互いの深淵を思い出せば、単純な好き嫌いで片付けられる相手じゃないのだと、整理のつかないこの心に戸惑う日々だ。だからこそ、の、勇者。随分と夢見がちな例えだと笑われる覚悟もあった。そして案の定、薄い笑みを浮かべる彼の唇が驚きを象った瞬間を捉えた目は咄嗟に光を追い払い、閉じた瞼の裏でその後続いた反応を想像に託そうとしたが、)……え、…(気になって仕方ない彼の返答を確りと紫の双眸に焼き付けたが最後、暫く瞬くことすら忘れて)…いや、ちが……(違う。そうはっきり否定するには不都合があって、言葉を紡ごうにも頬の上には自らの両手と彼の手が。其処から伝わるは温もりと呼ぶには熱く、疑問の形を取りながらも一方的な通達に対し、本当に伝えたかったのはそうじゃないと、言えなかったのではなく、敢えて言わなかった)――…いいよ。頼りたいし…甘えていいなら、それもしたい。…正直、かわいいお姫さまってのがどんなか分からないけど、…おまえが望むなら、そうなれるよう努力したい。(眼前で花咲いた笑みを失いたくなくて、必死に頷いたその頭で彼の真意を何処まで理解出来ているのかは怪しいけれど、近づいた二人の距離に喜ぶ鼓動は確かに聞こえるから。そうして結局、出来ることならお姫さまではなく自分もまた彼にとっての勇者になりたかった、と、秘めた想いを言い出せぬまま代わりに恥じらう唇が音を成せば)…ただし、ちゃんと俺にも頼ってほしい。放っておくとすぐ、そうやって格好つけるから……弱いお前もちゃんと見せて。勇者が唯の人だってのも、わかってるから。(そっと両の手を頬から外せば、今度は傍に在る彼の頬をぺし、と軽く叩くよう包み込んで。あくまで勇者は感謝を表する為の称号、それ以前に上広優一という少年そのものを大切に思っているのだと示したくて、「約束な。」溢れる想いに唆された口元が緩やかに弧を描けば、かわいいお姫さま、その言葉の表面上ばかりをなぞり、また難題を課せられたものだと彼の為に頭を悩ませる日々は続くのだろう)
|
あー……ホラー系。…怖いんじゃねぇよ?非現実なのはあんまり、って感じ。
|
…俺の言うかわいいは、頭の軽そうな女の子達の言うカワイイ〜と同じ位、ウソばっかりだけどな。…でも君に言ってンのは九割本当だから、安心して(そういった方面に関してはどうにも真っ新らしい少女の新鮮な反応を揶揄することはとても楽しいけれど、あまりカーブをかけすぎれば伝わらないこともまた明確で。「とりあえず俺といる時は俺を見てればいいと思うぜ」“俺だけ”を。そう言わなかったのは何だか余りにも厭らしいかと自制の心が働いた為。今やすっかり深みへ嵌り込んだ心は彼女の言葉の一単語にすら、ぐらぐら揺れてどうしようもない。“とくべつ”。舌の上で転がしたそのたった一言だけで、じわりと胸に想いが広がる。ならば自分にとっての彼女も同じで、途切れた否定の言葉に瞬時に反応した指先がぴくんと僅かに宙を掻き、瞬きを一度。微かに開きかけた唇が寸での所で留まったのは続く彼女の肯定が鼓膜を揺らしたから。唇はその微笑をよし満足だと体現するものに変わり―――脳だけが、思案する。その一瞬の躊躇を。知りたい分かりたい。言葉通りの“かわいいお姫さま”に対する難義か。なんだろう?ヒントは愛らしい唇が続けた言葉の中に――)……ああ、…そっか。いいよ。勿論。…お姫さまってのは勇者にとって一番の、心の支えなんだから…愛しいお姫さまがいるから、どんなに辛くても頑張りたいって思える。ってな。…俺の心は玄ちゃんにあげるから、守ってくれよ?(軽い衝撃と共に包み込まれた頬が火照り、薄い皮に透ける血潮が白皙を淡く色付かせる。「ああ、約束だ」――微笑む少女に、暫し脳は自制を忘れ――。自身の肌に押し付けるかの如く再度重ねた手の内で頬を滑らせ、微笑む三日月が徐に掌に触れた。ちゅっ。「指切りげんまん…の代わりな」。周囲の雑踏に溶けていく軽快なリップ音は、したり顔の確信犯の証拠。ついでに大袈裟なウィンクも飛ばせば、さて、何事もなかったかのようにその指は自身の珈琲カップへと。少しだけ冷めてきた液体を熱い熱い体内に入れ込めば、未だ火照る体も少しはマトモに戻るだろうか。一度、二度と咀嚼を終えれば繰り出した話題は再び“次の行き先”へ。――先程はこのままでいい位のことも言ってみせたが、我ながら自身の言動を省みるに気分の転換が必要だと。数分後には外へと足を運ぶ二人の姿があるだろうか。―――けれど、其の前に。少女から受け取った約束の花をつけていいかと断れば、寒さに、或いは他の理由からか微かに赤らむ耳にその金色を咲かせて、漸く一歩、二歩三歩)あー、とりあえずカラオケ行こうぜ。今すっげ甘いの歌いたい気分…。玄ちゃんも何歌うか考えとけよー(肩を並べる少女を見下ろし乍ら上機嫌な声音が人混みに紛れることを疎んじてか、不意に一歩足を伸ばし、下から覗き込むように近づけた距離は――何だか、昔にも合ったような――あの時はこんなこと言うなんて、ユメにも思ってなかったよ。きっと、お互いに)な。手、繋ごうか。(浮かべたのは作り上げた満面の笑みじゃなくて、ほんの少しの照れを乗せた極々自然な微笑。それとも「お手をどうぞお姫さま」の方が良かったかな?――戯れは甘やかに、伸ばした手は少女を待つ。きらきら輝く瞳に閉じ込めた、可愛い人を。)
|
…なんだ。怖がるおまえも見てみたいと思ったのに…他に弱点とかないのか?
|
…ウソばっかりなのか?………安心して、いいのか…?(9割と言われれば逆に残り1割を探し当てる事に気を取られそうな心が疑惑の目を彼に向けながら、「俺は、ちゃんと10割なのに…」動揺を走らせた声で呟いた。結局レベルの差が有りすぎるのか。初心者には直球すら受け止めるのが難しい。まして経験豊富な彼の真意を読み取るなど無理な話だと観念して口を閉ざせば、言葉通り彼を眺めることに暫し集中するも、――どうやら口を閉ざしたままではいられない状況。彼に伝えたい本心を紡ぐのに必死で、拙くも飾らぬ言葉で告げた想いは、)……ああ。俺、おまえのこと支えられるように、頑張るから。…大事にする。(よかった、ちゃんと届いた。肩書きは何であれ彼を支える存在であれば他に多くは望まない。守られるだけの女の子に収められるなら御免だと横に振る予定だった首をこくんと小さく前に倒して、約束、当真にとって意味ある言葉で締め括られたやり取りに見せた笑顔――それは、次の瞬間には狼狽に崩れ去り、「ばっ…」掌に触れた柔らかな感触に体温が上がる。盛大なウインク、耳に慣れないリップ音、視覚から、聴覚から侵されるような感覚で頭が真っ白になりそうだというのに、当の犯人は平気な顔で縮めた距離を元に戻すからタチが悪い。自分ばかりが必死に思えて結んだ唇、代わりに視線で彼を責めれば、その後暫くは釈然としない心持ちで火照りが引くのを待つつもりであったが、そこで移動の申し出。散々恥ずかしい想いをしたばかりでは当然了承以外に選択肢はなく、コートを羽織り再び外へと繰り出した)…カラオケ…か…(彼の耳に金の花が咲く様子を確りと見守ってからは、損ねた機嫌も元通り。初めてのカラオケ。お世辞にも可愛らしいとは言えない低音が歌えるレパートリーは少なく、歌いたい曲と言われて真っ先に浮かんだフェザーマンRのテーマソング。その選曲が正しいかどうかの基準も持たぬ頭の中は既に未知なるカラオケボックスに興味津津。だからこそ不意に視界に入り込んだ淡い桃色に、え、と驚き漏らした声が掻き消えてのち、)――…うん。(それだけの音の為に溜めた沈黙の意味は、言葉以上に彼の手に重ねた手が示すだろう。大きくて無骨だと思い込んでいたこの手も彼と比べれば小さく、細く、いつか自分が成ろうとしていた男の子は、想像以上に逞しくて。それでも今、彼に対して抱くのは嫉妬でも悲しみでもなく、かち合った視線の先、素の笑い顔が、嬉しくて。耳元で煌く花よりも、その瞳に見た生命の輝き、過去絶望に濡れたそれを此処まで引き上げたのが自分だと自惚れてもいいのなら、)…やっぱり、全部やろう。カラオケ行ったらゲーセンも寄って、夜はクラブも。(詰め込んだスケジュールも夜ぎりぎりまで使い込めば難しくないはず。重ねた手を強く握り、彼を見上げた。その唇がイエスを象る時を待つ間、胸に秘めるは――もっと沢山彼を知りたい。少しでも長く、一緒に居たい)
|