祝宴

（自らの不注意により水を探し求める女の姿―）
	（解散を告げられ、もちろん寂寥も抱いたが―何も学校で会えなくなる訳ではないのだから、もうシャドウと戦わずに普通の生活に戻れる事を喜んだ。そんな真壁は終わりという言葉を疑う事なく丸ごと信じ込んでいたが。何はともあれ豪華なパーティーは楽しまなければ損だ。特に現在の真壁はとある寿司の獲得に忙しい。）あっ、玉子見つけたー！いただきます！（だなんて海苔で巻かれた玉子に狙いを定め、食べる食べる。庶民にとっては憧れの特上寿司というだけあって味は文句のつけようもない。いちいち美味しいと言わずには気が済まないほどだ。――が、暫く玉子ばかり食べ続け、流石にそろそろ何か別のネタに手を出そうと思い立った。そして皿に取ったのは見るからに美味しそうなサーモン。もう緩んでいる頬で其れを口に運んだ。）…んっ！？――…こ、これは…辛い！？（けれども其れが間違いだった。真壁はワサビの味を苦手としており、其の意味もあって玉子を好んでいたのだが―あまりにも連続で玉子ばかり食べていた為に他の寿司にはワサビが入っているという当然過ぎる事実を失念し、普通に食べてしまった。其の後は涙目でひーひー言いながら水を探し始める事になるだろう。）
特上は流石にサビ抜きとか無いんですかね…。苦手だと大変そう。
	（シャドウの消滅、解散、仲間の目覚めと――戦いの日々が終わった達成感に沸くラウンジ内。日頃は滅多に口にする機会もない特上寿司に歓声を上げ、漸く何事もない高校生活が戻って来た事を喜ぶ周囲の様子は純粋に楽しげだが、糸川の胸にはどうにも釈然としないものが引っ掛かっていた）…いいのかな、こんなに良いことばっかり続いて。（ぼんやりと零す独り言は幸せの絶頂にあるが故の不安だろうか。これでは本当にただの心配性だと自らの思考に眉を寄せて、今は余計なことなど考えずに食べようと箸を伸ばす。赤身、えんがわ、玉子と好物を一通り確保したところではたと飲み物を取ってきていなかった事に気がつけば、紙コップと緑茶のペットボトルを手にし、そこで何やら視界に入った大変そうな様子の上級生に首を傾げ）どうしたんですか、真壁先輩。なんか泣きそうな顔になってますけど……とりあえずお茶、要ります？（問いかけながらまずは落ち着かせた方がいいだろうかと緑茶を注いで差し出し、反応を待つ。状況は正確には分からなかったが、大方ワサビがきつかったか、喉を詰まらせたかのどちらかだろうと予測しては再度口を開き）急いで食べると色々と危ないですよ。沢山食べたい気持ちは分かりますけど、別にお寿司は逃げませんから。（余計な一言かと思いつつも、当り障りのない忠告を付け加えた）
サビ抜きバージョンないかな？目の前にあるのに食べられないなんて…！
	（探している時に限って水はなかなか見付からず、まだ引く気配のない辛さにのた打ち回っていた時だった。何処からか優しい手が差し伸べられ、其処には求めていた冷たい飲み物。）……っ゛！！（舌の痺れるような感覚の所為で喋るのも困難だったのか、彼女の有難い問いかけに対してこくこくと必至の形相で首を大きく振り動かして肯定。そして急いで受け取ったコップの緑茶を一気に飲み干して。其の適度な冷たさが口の中の痺れと辛さを浄化してくれるようで浮かびかけた涙も引いていく。其れらが一段落したところで改めて救世主の彼女に向き直り、）……っふー、はー！生き返った…。ありがとう、糸川さん！すごく助かった…！（と先刻の泣きべそが嘘のように心からのお礼を伝え、笑いかけるのか。其の後に続けられた注意は正論過ぎて言葉もない。まだ大量に残っているお寿司は焦って食べる必要性も感じられず。其れを後輩に指摘される情けなさに別の涙が出そうなものだが、）ほんとにそうだね、危なかった…わさび恐ろしや…。これだけあれば争奪戦になったりもしなさそうだし…うん、少しゆっくり食べよう。（自ら痛い目を見た事もあり、反省はしたのか素直に頷いた。そして視線を彼女と彼女の持つ皿に向くのだろう。）糸川さんは何のお寿司が好き？（と他の種類の寿司にもちらちらと目を遣りながら、彼女の好みを尋ねてみるのだろう。）
辛いですね…。桐条先輩に頼んで手配して貰ったりとかは…迷惑でしょうか。
	（寿司を食べるだけなのにここまで慌ただしい事になっている人も珍しいと、呆れ半分心配半分で必死に頷く彼女を見遣る。あまりにも大変そうだったのでつい声を掛けてしまったが、お節介と一蹴される事もなく緑茶を呷る様には、ほっと胸を撫で下ろし）無事なら何よりです。どういたしまして。……それにしてもいい飲みっぷりですね。（素直な感謝が伝わってくる笑顔と言葉に心なしか柔らかい口調で応じる。「もう一杯如何ですか？」なんてペットボトルを手にしたまま冗談めかした発言もついでに付け加えたが、他者への態度にこんな余裕が生まれるのも彼らと戦いを乗り越えてきたおかげだろう。尤も忠告自体はやはり一言多かったかと思い直せば、相変わらず素直な彼女の反応に少し視線を巡らせ）まぁ…何人か食べることに関して遠慮しないのが居ますし、特上寿司じゃ争奪戦の心配をするのも仕方ないのかな。けど、このメンバーで集まるのはこれが最後かもしれませんし、ワサビが駄目なら余計、焦る必要はないと思います。（ずらりと並んだ寿司桶の中身はまだ余裕があるとはいえ、食べ盛りばかりでこの人数ともなれば確かに奪い合いになりそうではある。しかしそんな賑やかな日常もあと僅かと考えれば寂しいと惜しむ気持ちがどうしても拭えず。言葉を選んで思うところを言い直してから、問う声に再び彼女の方を振り返って）あたしは魚介類なら大体好きですけど、やっぱり一番は鮪ですね。赤身やネギトロが特に。……ちなみに先輩は？　あ、勿論ワサビが無かったらって話で。（そういえば玉子がやけに減っていたな、なんて薄々察しつつも順当に答えを返した）
わさびが枝豆のペーストだったら…。桐条さんの優しさと凄さを信じるよ…！
	それがワサビがね、思った以上にすっごく…すごかったんだよ…！糸川さんが緑茶くれて助かった…。（冷静にコメントされると流石に我に返ったのか、照れ臭そうにしながらもワサビの刺激と緑茶の偉大さを語る。彼女の軽めな言葉には「あ、じゃあ少しだけおかわりを…」と笑いながら返して。以前より無理にテンションを上げて振舞わなくなったのも変化の一つ。彼女に倣って視線を他の面々に移せば、焦らずとも油断をすればあっという間に空になりそうだと。）た、たしかに…手強そうな人がちらほら…。負けない…！…最後かー、解散しても同窓会みたいな感じでたまに集まれたらいいんだけどな。折角、不思議な縁で知り合えた仲なんだし、このまま疎遠になっちゃうのは勿体ない気がする。何もないと大丈夫なんだけど、一度口に入れちゃうとずっと食べ続けたくなる罠…。（もし平和な争奪戦が勃発すれば、無鉄砲に突っ込んでいく気はあった。けれど彼女の最後という言葉にしんみりした表情になっては改めて集った面々を見渡す事になるだろう。こんなきっかけでもなければ知り合える事のなかったであろうメンバーだから、縁を手放すのが名残惜しい。）おおー、鮪…！主役っていうかお寿司の王様っぽいよね！赤身もネギトロも美味しそう…。私は玉子が大好き！ワサビがなければサーモン、エビ、イカ、……あっ。ウニもまだ食べてない！どれから食べたらいいんだろう…。（まだ残っている玉子の寿司を嬉々として見せながら、彼女の口にした品々にも心惹かれるのだから食欲は無尽蔵。おまけに何から食べるか真剣に迷っている様子。）
枝豆…緑色しか共通点がないような。…先輩の発想って時々不思議ですよね。
	そこまで凄さを強調されると食べるのが怖くなりますよ。特上だとやっぱりワサビも良いやつ使ってるのかな…、あたしもそれほど辛いの得意じゃないんですけど。（まだ一口も手をつけていない皿の中身を見下ろして、すごいと繰り返されたワサビの脅威に一抹の不安を覚える。尤も糸川が苦手なのは唐辛子の辛さで、薬味の類は嫌いではないのだが。照れ臭そうな笑みを見れば紙コップに二杯目を注ぎ、ついでに自身の分も確保しながら彼女の話に耳を傾け）意外に強気ですね。なら応援してますが、食べ過ぎは気をつけて下さい。（面白がるように口許を緩めながら呟いた。しかし勿体ないとの言葉には僅かに双眸を伏せ）そう…ですね。疎遠にはなりたくありません。…でも先輩たちは年が明けたら卒業ですし、そうなると集まったりするのも難しそうで。……ちなみに真壁先輩はもう進路とか決まってたりするんですか？（変化する環境に抵抗を覚えたところで詮無いと分かっていても、こうして仲間になったは縁を手放したくないと沈んだ声が漏れる。それでも首を傾けて質問を付け加えたのは後ろ向きな己の意識を切り替える為。闇雲に不安を募らせたところで無意味なだけだ）一般的にお寿司は味の薄いものから食べるのが正解らしいです。でも、迷ったらぱっと目についたネタで良いかと。こういうのは楽しく食べたもの勝ち、ですよ。（だから今は純粋に食を満喫している彼女に水は差ささまいと、聊か乱暴な理屈を返しては次なる一手を見守る）
えっ、色すごく似てない？しかも辛くないよ…！一応、常識人目指してるんだけど…。
	ごめんそんなつもりじゃなくて…！怖くないよ、全然！ワサビ苦手じゃなかったらすっごく美味しいと思う。玉子も美味しかったし、安心して…！じゃあ、ワサビやカラシぐらいなら大丈夫って感じかな？（今度は勢い良く首を横に振り、一転して怖くないアピールをしてみるが効き目は如何ほどか。事実、特上だけあってワサビ抜きの玉子の味は紛れもなく一級品。彼女がワサビに妨害されなければいいのだけど。そうして注がれた二杯目はさっきのように流し込むのではなく、きちんと味わって大事に飲もう。彼女からの親切な言葉には「うん、さっきみたいな事になりそうだし…！」と神妙な面持ちで頷いて。）そ、そうだった…卒業とか考えてなかった…。今のうちに皆ともっと話しておかなきゃ。私は私立の四大っていうのは決めてるんだけど、詳しい事はまだあんまりなんだ。うわ、これじゃお手本にならないね…！糸川さんはまだ二年生だけど、もう考えてたりするの？（彼女の言葉で鮮明に意識された卒業の単語。確かに進路が別れては其々の都合を付けるのも現在より幾らか難しくなりそうだ。問われた進路については気恥かしそうに中途半端な形で答える。先輩として彼女の進路の参考になれば―と思ったが無理だろう。そして似た質問を返してみるのか。）味の薄いもの…玉子って何番目に入るんだろう？なるほど…！楽しく食べられたら、味の濃さも関係ないよね！（真面目に順位を考えながら、味の薄いものはどれが該当するのだろうと寿司の並ぶ場所に目を遣って。彼女の説得力ある理屈に押され、真壁が次に手を伸ばしたのは―数少ないサビ抜きが普通のアナゴ。ただ間違いなく味の濃い寿司だ。）
普段は常識人だと思いますけど、……辛くない代わりにツブツブしません？
	…ええ、先輩に悪気がないことぐらい分かってます。ちょっと言ってみただけですよ。激辛料理とか、罰ゲーム並に塗りたくってあるとかじゃなければ大丈夫なはず……多分。（ころころ変わる相手の表情に軽く苦笑を浮かべ、本当に真っ直ぐな人だと感心を抱きながら必死のアピールを受け入れる。言葉だけでなく行動でも念を押そうと徐に玉子を箸でつまんで口の中に放り込むと、舌に広がる仄かな甘味に相好を綻ばせ、「うん、これは確かに美味しいですね」と彼女の絶賛に同意を示そうか。そのまま他のネタも食べ進めながら卒業後について語る声に耳を傾けていたが、ふと、話の矛先が此方に及ぶと箸を皿の上に置いて）今はお祝いの席だから、あまり最後だとかお別れだとか考えない方がいいんでしょうけど……折角仲良くなった側から解散なんて言われるとどうしても、ね。いえ、あたしは進路のことはまだ全然考えてないです。だから少し決まってるだけでも偉いし、見習わないとなぁって思いますよ。（これまで目先の問題をやり過ごすだけの生き方をしてきたが、少しでも前に進むと決めた以上は自分の将来についても真面目に取り組まねばならないだろう。とはいえ未だ実感らしい実感が一向に湧いてこない手前、彼女の返答は手本にならずとも充分評価できる姿勢に違いない。次いだ疑問には再び首を傾げ）さぁ…？　少なくとも白身魚よりは後のような気がします。でも、ワサビが入ってないやつは大抵味が濃いめですよね、ウニ…イクラ…穴子…と。（言ったそばからふっくらとした穴子に手を伸ばす姿を横目に、ワサビ嫌いには参考にならない論法だったかと省みて溜息をひとつ。好きに食べるのが一番だろうと結論付ければ、己も目についたカニを皿へ取る）
糸川さんに言われるとすごく自信持てるよ！あの歯ごたえは結構好きなんだけど…。
	そ、そう？ほんと、安心していっぱい食べてね！沢山食べないと勿体ないよー。うわ、想像するだけで口から火が吹けそう…それに耐えられる人って物凄い辛党だね…。（彼女の表情が更に柔らかくなったなら、己の笑みも自然と深まって。美味しさを如実に表す彼女の表情は平素より年相応に見えた。）そうだねー、もうちょっと平和に仲良く出来る時間が長くてもよかったのになって思うよ。そっか、じゃあ色んな選択考えて悩んでみるのもいいかもしれないね。案外、遠回りした先に見付かるものもあったりするし。（実際よりも立派な褒め言葉を貰えてしまえば小さく笑って、役に立つか微妙な一言を付け足した。其れは己の実体験も入っているが、しっかり者の彼女ならば迷ったとしても最後にはすっぱり自らの道を決断し、真っ直ぐに歩んでいそうな気がする。）……え゛っ。よ、よし…白身魚も取っておこう。じゃないと後で何か後悔しそうな気が…。（彼女の指摘にぎくりとする真壁は当然まともに白身魚を食べていない。手を伸ばした穴子はもちろん諦められず皿に収めれば、次にそそくさとマダイとブリを確保。ワサビ入りの寿司については、あまり褒められた方法ではないがワサビが塗られた部分のみ取り除いて食べるつもりで。目の前に特上寿司があるのに、ワサビを理由に諦める事は出来なかった様子。――新たにカニを取る彼女を見て、それにしてもと思う。彼女が選ぶ寿司の謎の安定感は何処から来るのだろうと本気で疑問に思いながら、）…糸川さんの取ってる寿司、何となくバランス良い感じがするというか…ヘルシーそうだね…！好きなもの以外に何か組み合わせとか考えてる？（と尊敬のまなざしを向け、ついでに興味津々でコツのようなものも問うてみるのだろう。）
真壁は良くも悪くも素直すぎるんだろ。…てか、枝豆に変えるなら普通にワサビ抜けよ…
	（先の一件より数十分後、徐にキッチンから帰ってきた当真の手には皿。其処に載せられた物体Ｘの正体が何なのか、最後に言葉を交わした少年なら直ぐに気づくだろうか。手ぶらで戻る予定を変更し、こうして言い訳を真実にして戻ってきたのは、去り際に聞こえたとある叫び声に起因する）…頑張ってるな。（そうしてその声の主、未だワサビと格闘する少女にかけた声は些か呆れを含むも、同時に苦笑を浮かべるその顔つきはもはや保護者のそれに近く）ほらよ。（背後から唐突に差し出した皿の上には特上のカッパ巻き、カンピョウ巻きの他、前者に比べれば出来栄えの劣る納豆巻き＝サビ抜きばかりが並び）…てか、ワサビくらいで騒ぎすぎ。（皿の中身とその言葉で暗に言わんとする事は伝わるだろうか、彼女がどれにも手をつけずとも、残れば全て自らの口に運ぶまでと反応を待つことなく、目線より低く位置する彼女の頭、その上にぽんと軽く手を乗せ、「…お疲れ。」撫でるでもなくただ置かれたその手は然程間を置かずして自然と宙に帰るだろう。そして歓談中に割り込んだ身としては当然もう一人に対しても口は開き、更に視線を下げて）…糸川も、お疲れ。…あー、…大した用じゃないし、すぐ行くから、（とりあえず声をかけてはみたが言葉を交わした事は皆無と言っていい後輩の頭上に翳す手は無く、先の少女に対するよりもぎこちなく告げた労いの言葉。加えて今更ながら何か大切な会話を遮ったのではという不安すら過ぎれば、気まずげに下げた眉、泳いだ視線は眼下の後輩への接し方に戸惑うが故で、本意を果たした今、さてどうしたものかと逡巡する足は直ぐにでも立ち去る準備を始めていた）
ある意味才能ですが、真壁先輩のイメージが只の枝豆好きになってきました…。
	遠回りした先――…それは確かに分かるような気がします。悩んだ分だけの価値が得られることも、時にはあるんでしょうね。（彼女の自然な笑みに見合う穏やかさで呟いたのは、そもそも家庭内の不和がなければ港区に戻ってくる事もなかったからだ。そうなれば影時間の存在など今も知らないまま。ここに居る仲間や――失いたくない存在に出会う事もなかったのだと、そう思えば何が結果に繋がるのかは分からない。現に今も、何気ないつもりの話で彼女が明らかに動揺したのを見て取れば、またもや失言だったかと軽く口許を押さえて）その…、別に味の濃いネタがだめって話じゃないですよ？　先輩の選び方を見てるとなんだか微笑ましい気分になるというか…。バランス……は特に意識していませんでしたが、元々あっさりした食べ物が好きなので無意識に選んでるのかも。あと寿司自体あまり行った事がないので、出来るだけ手広く味わってみたいなぁ…って。（コツにもならない返答を返しつつ白身魚を取る様子を眺め「…大丈夫なんですか？」と心配そうに問いかける。己のせいでワサビの惨劇が繰り返されては居た堪れないが、さてどうしたものかと考え込んだ矢先、向き合う少女の前に差し出された皿とそこに鎮座する巻き物たちに顔を上げ）…此方こそお疲れ様です。……当真先輩、もしかしてそれ、真壁先輩のために用意したんですか？（視線の先に佇んでいた彼女の純粋な親切に、臆面なく問うてみた。とはいえこれまで碌に接点もなかった己に対して余所余所しいのは無理もないか。少し思案気に口を閉じた後、じっとその長身を見詰め）いえ、そういう気兼ねは…。お二人の会話、少し興味がありますし…居て貰って構いませんよ。（つい引き留めてしまったのは一方的に去られるのを好まぬ性質故。寧ろこの場合自分の方がお邪魔虫かと考えつつ、一先ず先輩二人の反応を待つ）
たしかに枝豆は好きだけど！お寿司とかお菓子も同じぐらい好きだよ…！？
	その最中は色々大変かもしれないけど、糸川さんなら大丈夫だと思うから。頑張ってね…！（と月並みなエールを送るぐらいしか出来ないけれど。要領を得ない言葉にも優しく返してくれる彼女も、初めて出会った頃より雰囲気が柔らかくなったように感じる。特別課外活動部での日々とは、きっとそういう時間だったのだろうと。彼女の何気ない発言を勝手に大きく解釈しているのは間違いなく真壁の所為であり、気にしないでと首を振りながらも白身魚の寿司も逃すまいと。）そうだけど…ほら、何か安心するし…！…食べたいものを好きに取ってるだけだよ？…うーんなるほど、元々の差か…！私のはこってりが多めかも…。そっか、じゃあどれか1つより色んなもの食べたくなっちゃうよね。（先ほどの失態があるだけに心配されたなら「大丈夫、ワサビは抜くから…！」と同じ失敗をすまいと小さな決意の表情で首肯した。そしてワサビを取る作業に入ろうとしたところで、聞き慣れた声が上から降ってきた。しかも目の前には如何にも食欲をそそる数個の巻き物。驚き顔で顔を上げれば其処には案の定、）当真さん！これって…此処にあったら私が食べちゃうよ？え、私のため？貰っていいの？（皿の中身と同学年の彼女と後輩の彼女をぐるぐると見回しながら、きょとんとした顔で確認を取り、其れが確定し次第お礼と共に皿に手を伸ばすつもりで。次いで頭にふわりとした温かみを感じれば「うん！お疲れ様…！」とぱっと顔中に笑みが広がり。己も同じ動作を返そう思ったが、既に皿で塞がった両手では叶わないだろう。）え、待って待って！糸川さんにどんな興味持たれてるのかも気になるけど、…もしかして…こっちの納豆巻き、手作り？（もちろん後輩の彼女に続いて引き留めてから、再び目を落とした皿の上。其の中に一つだけ可愛らしいものを見つければ、早速尋ねてみて。）
…要は食べ物が好きなんだろ。……ま、好きなものが多いのは良いことだけど。
	（前を見据えれば丁度良く話し相手の顔が在ったのは先程までの話で、落とした視線の先に並ぶ少女たちの四つの瞳）…見せびらかす為に持ってきたんじゃない事くらい、わかるだろ。（うち二つ、想像と違わず目を丸くした彼女に素っ気なく「食え。で、少しは静かにしてろ。」なんて、本音に照れ隠しを添える姿は平生と変わらず、ただ、自分より余程落ち着いた残る二つの瞳に射抜かれれば）誰がそんな面倒なこと…俺が食いたかったから作ってきただけ。（さらりと直球を投げつけてきた後輩に一瞬怯んでのち、「真壁はついでだ。」と半分本当の嘘を吐いてみる。そうして嬉々とした少女の手が当真曰くお裾分けに伸びるのを見届ければ直ぐ様撤退に足を引こうとするも、澄んだ青が自らの姿を映し出すこと暫し、）…邪魔じゃないなら、いい。…まあ、俺も、糸川と真壁の会話、興味あるし。（素直に君とも話してみたかったと口にするにはまだ勇気は足りなくて、今回は彼女の言葉を借りることにした。して、二人からの許可を得た足はその場に留まることとなり、続く会話の糸口となる質問には）…ああ、桐条の用意した特上があればそれが一番だったけどな。…なんでか、無かったから。（整形された巻物の中で目立って見えるそれを一瞥してから今度は躊躇わずに是と答え、自分用に拵えてきた分を口の中に放り込みながら、）…ん…うまいだろ、納豆。高級感は皆無だけどな…――ああ、糸川も食うか。…その、苦手じゃなきゃ。（面白い話題の一つも提供できない代わりにと軽く掲げた自分用の皿、其処に並ぶ巻物の中身は納豆一色。好みの分かれる食材だけに控えめに声をかけながらも、此方からのアクションは何かしら彼女の反応を引き出せるだろうと希望を託して。――こうして夜は更けていく。他愛ない会話の数々を、また一つ、大切な思い出として胸に刻みながら）
なんでも美味しく食べれた方がいいですからね。その意気でワサビも…なんて？
	（片やぐるぐると忙しなく瞳の矛先を変え、片やぎこちないながらも真摯な視線を投げ掛ける。反応だけ取っても然程噛み合っていない二人だが、互いを労う様子を見ればその親密さは第三者のとしても容易に感じ取れた。だから和やかな空気はそのまま、）月光祭の時に真壁先輩がやけに耳を推していたので、普段からああいった愉快な会話をされているのかな、と。……あ、褒めてますよ。勿論。（己に向けられた言葉に何気なく独り言ちる。これまで両者とも付き合いが無かった手前偏った印象なのは否定できないが、仲のいい証拠には違いないと小さく付け足し）ついででも同じことだと…。当真先輩ってその…他人には無関心なタイプだと思ってたので、少し意外。（僅かに怯んだ上級生の返答を受け、矢張り表面上だけでは見えないものもあるのだと、一人で納得しては認識を改める。去りかけた姿がその場に留まりほっと胸を撫で下ろした反面、同じ"興味”の形で返された言葉には双眸を瞬かせ、一応嫌われているわけではないのだろうかと好意的に判断を下し）…普通に、お寿司とワサビと進路について話してただけですけど。ね？（鋭い紫から淡い灰色へと視線を移して、同意を求めるように小首を傾げる。並べてみるとなんとも珍妙な会話内容だがあまり深く気にしないようにして。掲げられた皿の中身を覗き込めば、その見事な納豆具合に思わずぷっと噴き出した）いや、あの……ごめんなさい。本当にお好きなんですね。…実は納豆巻きは食べたことなくて…でも納豆自体は平気なので、ありがたくいただきます。（何がツボに入ったのか珍しく肩を震わせながら皿に手を伸ばし、笑いを抑え込んでぱくりと一口。「美味しいです」と心からの賛辞を告げたなら、引き続き彼女らとの歓談を楽しもう。残された僅かな時間。願わくばこの幸いを手放さずに済むよう――願いながら）
この調子でワサビとも仲良く…出来たらいいんだけど、まだ時間が掛かりそう…！
	（珍しい組み合わせでの会話を楽しみながら、けれど視線は忙しく上下左右を行き来して、驚いたり笑ったり。）え、愉快？…どの辺がだろう…。でも耳は本当に付けてほしかった！猫耳もうさ耳も！あ、糸川さんも猫耳すっごく似合いそう…！（後輩の言葉に不思議そうに首を傾げながらも、もちろん嬉しいものには違いない。そして二人の髪の辺りを見ては猫耳やうさ耳を思い浮かべて一人でにんまり。――彼女からOKが出れば、ぱあっと喜びに顔を輝かせて、皿の上に手を伸ばす。）そうだけど、……じゃあ有難く頂きます！（と一杯の感謝を込めて特上のカッパ巻きを口に運び「あっ、ふっ、すごい美味ひい…！」と慌ただしく首を上下させながら、相好を崩した。口に広がる特上の味が心地好く広がった。）ほんとだ、色々話したけど大きく分けたらその3つだよね！（後輩の彼女の上手な纏めに笑いながら同意示し、ワサビと進路は繋がりの見えない二つだなあと呑気に思った。――そうしてあっという間に一本目を平らげれば、予想通りの返答にますます嬉しげに目を細め、）ううん、当真さんの手作りが食べられるなんて嬉しい…！こっちも頂きまーす！（と次に手を伸ばしたのは、もちろん彼女の手作り納豆巻き。其れを大事そうに口に運べば「んー！美味しい！美味しいねこれ！」と跳び上がらんばかりに舞い上がって。実は特上寿司より彼女が手作りしてくれた方がやっぱり優しい味がして好きだとも思いながら。其の後、掲げられた皿の中身を見ればまた目が丸くなる。）おおー…これは壮観だね！納豆の絨毯みたい…！当真さんがそんなに納豆巻き好きだったなんて知らなかった…今度私も作ってみるよ！（同級生の彼女の可愛らしい一面を発見しては喜び、本当に美味しそうに納豆巻きを食べる後輩の彼女の姿を見てはまた喜び。――そうして楽しい宴の時間は過ぎてゆくのだろう。これからもそんな平穏が続いてゆくだろうと思いながら。）

児玉秀斗×上広優一

（その場に留まりながらも、視線で熱心に“何か”を探す姿がそこに。）
	（豪勢に並んだ特上寿司を前にしたとて、この男が躊躇う筈もなく。特別課外活動部の解散は数時間後に迫り、今回はそれを祝したおめでたい会との事で――普段であれば滅多に味わうことの出来ないそれを存分に味わうことが許されていた。未だにあの戦いの余韻を心の中で引き摺っている以上、平和な日常を取り戻せた自覚も実感もまるで無いけれど。それでも今は思惟を巡らせるより腹を満たすことを優先事項と捉えれば、あまりに普段通りな児玉の姿がそこにあっただろう。食べるペースこそ然程速くはないものの、ひとつ食べればもうひとつと手は延々と寿司へ伸び、しっかりと咀嚼する口は一度も止まることなく動き続ける。近くの仲間と談話する気配が欠片も感じ取れぬのはそれだけ食べることに集中しているからだろう、いつになく満足気な表情がただただ幸福感を物語っていた。さて一通りのものに手を出し、ようやく一息つけば何か飲み物でもと周囲に目を向けて。緩慢な動作にてそれを探すように、きょろきょろと視線を巡らせるのだ。）……どこだっけ。
お寿司なァ……回転寿司を考えた人って発想力やべぇなって思うの。
	（長いようで存外短かった非日常も漸く今日で終わると思えば、祝賀会と称されたこの催しも、素直に楽しむことができたのだろうか。人知れず零れた吐息はテーブルの一端にて。「皆お疲れさま～」――食事の始まる直前に誰に言う訳でもなく発した明るい声音も今やすっかり鳴りを潜め、それ所か、本日のメインである食事の為に開くことも殆どない唇には相変わらずの微笑だけが張り付いていた。二つ三つ程度の寿司を摘まんでからというもの紙皿すら手にする気配のないその姿に、周囲から訝しみの視線を向けられれば手にした紙コップを口許に運ぶ程度のことはしてみせて。そうして頃合を計っては一時輪から離れた身で、面々を眺める表情は穏やか乍ら一握りの異なる感情が滲んでいた。その視線が、絶え間なく続いていた動きを止めた一人の青年に留まれば、疑問と共に壁に凭れかけていた体を彼の方に向けて）…あら、ずうっと食べてたと思ったけど……秀斗くん、なンか探しもの？（軽く周囲を見渡す仕草は彼を真似て、テーブルの上に無い物を確認しつつ問いをかける最中。フッと唇が緩んだのは其処に確かな食事の痕跡を認めたからだろう）…君にとっちゃ最高の時間、みたいね。…お寿司、おいしい？
寿司が回るとか、言葉にしたらシュールだしな。なんで思いついたんだろ。
	（探しにいくかこの場に留まるか、二つの選択肢に悩まされつつ視線の先では未だに目的のものを見付けられずにいたけれど――不意に掛けられた声に気が付けば、自然と意識はそちらに落ち着いた。）うん。飲み物どこにあったかなっていうさがしものと、探しに行くならもうちょっと食べてからにしようかなっていう悩みとがあって。……おれ、そんなに食べてた？（あまりに些細な悩みを打ち明けた後に、ふと最初に紡がれた“ずうっと食べてた”に対する反応を小首を傾げながらひとつ。尤も食の細い印象のある彼と比べれば食した量の差は歴然としているだろうけれど、夢中になっていた身からすれば己がどれだけ食したかの自覚が少し欠けるもので。）……おいしいよ。おれのオススメはサーモンかな。そっちは、あんまり食べてない？（やわく笑んだ後に当然のように肯定を下すも、彼は周囲の仲間と比べて豪華な食事に舞い上がっている風にも見えなかった為に、またも問いを重ねてみよう。――そのついでに。一度は脳裏に浮かんでいた言葉が自然と喉元に上がって来たものだから、控えめながらにそれをも告げて。）なんかさ。……呆気無い感じがするのって、おれだけかな。（その呟きこそが、戦いを終えた後の純粋な感想だった。同意ではなく彼の意見を求めるように、その瞳をそっと見据えて。）
…天才の閃き、的な？そういう人の考えって理解できねぇものだよな。
	はは、成程ね。君らしい…つっても、あんま知ってる訳じゃねぇが、…んー、食べることだけに全力で集中してるなァ…とは思ったよ。…あ、幸せそうで見てて微笑ましかったってのもあるかな？（数度縦に頭を振ることでその問いに肯定を示し、先程までの青年の姿を思い出しては言葉通りの緩い微笑を浮かべた。同学年乍ら重ねた年齢は彼の方が上だと分かりつつもそんな冗談混じりの言葉を紡いでしまうのは、青年の穏やかな雰囲気があるからだろう。下がる目尻は新たな質問にそのまま作り上げられた苦笑を際立たせて）食、べたよ？…まァ秀斗くんに比べりゃそりゃ食べてねぇかもだけど。うん。……お米ってニガテ…（寧ろお刺身だけでイイのに――。目の前に鎮座された料理を横目にその存在を全面的に否定した呟きを一つ。「お、そっか。サーモンはすきだから後で食べてみるわ」その言葉に再度重ねた笑顔と頷きを取り繕いと見るかは彼次第。泳いだ視線が向かう先には口にした橙色を見止めているけれど、さて。視界の端で真っ直ぐに此方に向けられる深緑に気が付いたならば、瞳と瞳を合わせるべく視線を其方に戻して）…呆気ない、かぁ……確かに。もうコレで終わりだなんて言われても、実感なんて全然沸いてこないもんなぁ…。今までが非現実的過ぎたってのもあるだろうが、……始まりも唐突なら終わりも唐突。そんな感じなのかなって、（口にしながら、それでもやっぱり納得しきれていないような、何とも言えない感情は篭もりがちになる声音にも少なからず表れていたことだろう）
……普通の人の考えを理解するのも難しいから、天才だと尚更だなあ。
	まあ、折角の特上寿司だし。食べれるときにいっぱい食べといたほうがいいかなって。……微笑ましいって、なんか保護者みたいな感想だなあ。（例え特上寿司でなくとも躊躇なく食していたことは間違いないけれど、尤もらしい言い分に次いでふっと破顔したのは自身の様子を予想外の言葉で称されたからこそ。そういえば彼は緩い雰囲気を持ちながらもどことなく大人びて感じるのは気のせいだろうか、そんな印象のせいか先ほどの感想は少しくすぐったくも感じてしまう。とは言えぎこちない肯定と共にぽそりと落ちた呟きはどうにもあどけなく、いたずらな笑みをひとつ浮かべて。）あ、すききらいしてる。おれはお米好きだけどな、刺身だけだとお腹に溜まらないし。（されども寿司からネタを引いた酢飯のみをいただくのはなんとなく寂しいものであるし、お米は食べてあげるよとは決して口に出さないけれど。「うん。おれが食べ切らないうちに食べてね」些か冗談染みた言葉を放ちつつ、その“後で”がきちんと訪れることも期待しておこうか。）……今日で解散っていうけど、次の満月の日もやっぱりどこか身構えそうなんだよな。ほんとに突然すぎて、まだまだ続いてる感じがする。……そういう感情も、そのうち忘れるのかな。（戦いがおわって、平和を取り戻して。それで良かったはずなのに、未練がましくあの日々のことを考えてしまうのはなぜだろう。寂しさの混じった弱音に近いそれを打ち明けたところで何が変わるわけでもないけれど――それでもおそらく、誰かに聞いて欲しかったのだと思う。）
ァー…でも、天才と変人って紙一重と言いますから…寧ろ分かるカモよ？
	（保護者なんて初めて言われたな。想定外の言葉だったのは自分も同じで、瞬かせていた目が次第に緩んでいく様すら彼に釣られているようだ。彼の纏う空気のお陰か、度重なる非日常に引き攣っていた精神がこの祝賀会という和やかな場に追いついてきたが故なのか。すききらい。その一単語にひどく有り触れた日常を感じれば、今迄小難しく回転させていた思考が無性にバカらしく思えて）だって～…麺類がスキ…。てかそもそもね、お寿司の怖いとこは気軽にポンポン食べれちゃうとこよ……カロリーオーバー有り得んやべえ。　そんなに気にしてねぇけど（苦々しく歪めた表情をけろりと笑みに一転させればまるで冗談だったかのように言葉を覆ってみせた。或いはこれぞ蛇足だと自分を笑ったのかもしれない）……うん。一先ずは次の満月までこういう風にモヤモヤし続けてるんじゃねぇかなぁ皆が。考えてもわからんってのは終わった今でも同じことだしね。…あー。どうだろう。俺は忘れらンねぇかも…、忘れたくても強烈過ぎっつうか。……今はまだ完全に安心してって訳にはいかんから、いつか皆で、今度はお酒も交えつつ？今日までのこと話せたら面白そうだな…とか。少し、思ってるよ。…これっきりなんて寂しいもんな？（よくある話を語る唇は始終微笑を象りながら、気が早すぎるかなんて僅かな気恥ずかしさを乗せる。誤魔化すように巡らせた視線は遠方のテーブルを眺めた。「そういえば飲み物探してたんだっけか？」其方に足を向け、幾つかある飲料の名前をあげながらどれがいいかと問う声音は柔らかく、彼が答えたならば自身の分も含めて二つの紙コップを手に再度青年の元へ戻ってくるのだろう）ハイどうぞ。秀斗くん。……あ。そうそう。そんな感じで俺は考えてるから、これからも宜しくな？（白い歯を覗かせて浮かべた快活な笑顔は珍しくも歳相応。小首を傾けるもその発言には問いかけというよりは一方的な宣言で、間もなく動いた足がその証拠だろう。半身で振り向いた顔は相も変わらず、「じゃあサーモン食べてくるよ」――そうして向かうは、言葉通りの橙色の元。）

玖珂愛×徳永小百合

（輪から少し離れた壁際にて賑わいを眺め、）
	（非現実の渦中へと身を投じてから幾度の満月を越えて今日を迎えたか、指折り数えても大した時間は経っていないように思う。非日常が日常へと成り果てたことに違和を感じなくなった現状が不思議でならず、其れが終わりを迎えたことにも実感は追い付かない。真夜中の秘密を共有した不可思議な部活動も時計の針が0時を示せば終幕なのだと思えば、迎える一つの終わりに何とも形容し難い複雑な心情が回る。度重なる戦いの終わりも、仲間の目覚めも、当然喜ばしいことだというのに。───然し、此の祝賀会に於いて其れを言葉にはしない。只、賑わうラウンジの片隅で祝賀会の様子を眺める。少し離れた壁際に寄り掛かり、紙皿に乗せた寿司を黙々と口にする。積極的に輪の中へと飛び込もうとしないのは常日頃のことであるけれど、ふと箸を止めて、）……これで解散、ね。（何気なしに人知れず落ちた言葉は、一体何を思ってのものだったろうか。）
玖珂君は好き嫌いはある？足りなければ何か御持ちするわよ。
	（確信を以て平和の訪れを謳う男の言葉に耳を傾け向ける微笑みは常と代わらねど、平素穏やかな色彩を湛える双眸には警戒心が満ちていた。――シャドウは滅び、終焉を迎えた影時間と目を覚ました仲間達。戦う理由も全て潰えた良い事づくめの幸せな結末は其の実、予定調和の上に成り立っている錯覚を覚える程に完璧すぎて。元より大人を信頼する可愛げに欠けた女は食事もそこそこに、ソファの片隅で仲間達を見守りながらも思考の海を泳いでいた。詮無い事との自覚はある。況してや他者への不信など、そう易々と口に出来る訳も無い。けれど瑣末な疑問は募る一方で、止まらぬ自問の原因をふと探れば、）不安、…なのかしら。（口に出せば成程、腑に落ちた感情に思わず苦笑を零し、ゆるり頭を振る姿は余計な考えを払拭するように。然すれば不意に開けた視界の先、眼差しが少年の姿を捉えれば芽生える情動に突き動かされ、彼の元へと足を向けた。）玖珂君、お疲れ様。…飲み物、どちらかいかが？（道中手にした紙コップにはお茶とジュース。少年の手に残る寿司を目に留めながらの問い掛けは彼の好みも知らぬ距離感故。彼が無事に何れかを手にしたなら残った一方を両手で包む筈で、）何だか余りに呆気無いから余計な事ばかり考えてしまって、…良かったら少しご一緒しても良い？（其れとも何事か彼も思い巡らせているのかと。首を傾げ紡ぐ問い掛けは至極穏やかに、）
寿司は何でも好きだから、大丈夫。……でも、持ってきてもらうのは申し訳ないかな。
	（久しく遠退いていた感覚、『団欒』という其れ。輪の中心から一歩引いた場所から見遣ると、より一層其の暖かみが見て取れる。此れまでの自分なら団欒など関係ないと一蹴してきた筈なのに、案外素直に受け入れ始めているから不思議なものだ。相変わらず異性装は習慣として身に付いた侭だけれど、心持ちは穏やかに違いなく───だからこそ、話し掛けられた声の主に自然な笑み一つ浮かべることが出来たのも、成長の証と言えようか。）お疲れ様、徳永さん。……飲み物？……じゃあ、ジュース貰ってもいい？（片手に持った紙皿に箸を重ねれば、単純な遣り取りを経て彼女から紙コップを受け取るに至るだろう。祝勝会の賑わいから離れた此の場所での誘いに、一つ二つと目をぱちくり。背が高い彼女を見上げる形になり乍ら頷くよう首を縦に振り、口許を小さく綻ばせた。）いいよ。……僕で良ければ、だけど。（消極的な回答ではあったが其れは了承に違いなく、ラウンジの片隅で会話は開始される筈。彼女の想いに共感出来るものあってか唇は少々重た気に開かれることになろうが、）これで終わりってさ、実感ないよね。あれだけ色々あったのに終わるときは呆気ないから、……余計なこと考えてるの、僕も同じ。祝勝会なのに、不吉なこと考えてちゃ駄目だね。（苦笑気味に落ちた笑いは何かを感じてのことか、気の所為か、不確かな侭であるけれど。無意識に力の入る指先が紙コップを潰さぬよう理性で押し止める。僅かな不安を持った濃紺が、水面に揺らいだ。）
じゃあもう少し食べようと思うから着いて来てくれる？…玖珂君のお勧めも聞きたいわ。
	（思い返せば解散を迎えた今日迄、少年と深い交流を築いた覚えは無く、巡る思考が行きつく先と言えば――全ての起り、一番最初の満月の夜。とは言えあの時は周囲を気に欠ける余裕も無く、取り留めも無い距離にて見知った彼に対する印象を思えば、切り捨てられる可能性も十分視野に入れて居た物だから。「はい、オレンジ」と言い訳作りに手にした紙コップを差し出しつつ、柔和に己を迎えた笑み見つめれば自ずと細めた眼差しは和らかな色彩を為し、）あら、…私は玖珂君と、話をしに来たつもりだったんだけれど。……初戦の時にはお話する余裕なんてなかったでしょう？（極々偶然に、同じ敵へ相対しただけの縁に過ぎやしないけれど。「折角だから」と付け添えては、其の記憶を照らし合わせるようにゆるり小首を傾げて見せた。思えばあの時から半年と少し、光陰矢の如しとは正に此の事で。少なくとも、無我夢中で銀の銃を手にしたあの時、こんな疑念は湧いてさえいなかったと蓋をした思考が再び巡る。てっきりまた独り、思考の渦に囚われていると思っていたものだから、彼の示す同意に思わず数度瞬いて。小さな少年を見降ろす碧眼はやがて其の指先を辿り夜更けの如き瞳を映す事と相成り――ふと、緩む頬は何処か彼と対照的に）そうね、折角の時に水を差しちゃ悪いから、ってさっきまで私も思ってたんだけれど。……案外、蓋を開けてみれば皆さん不安なのかもしれないわよ？始まりも終わりも、自分で決めたと言うより流れみたいなものだったから。（少し離れた場所から周囲を見渡し綴る思考には希望的観測を織り込んで。覚えた共感に肩揺らし漏らす笑みは不相応ながら「一緒ね」と再度付け添えた。）そう言えば、玖珂君は二年生よね？……このまま分寮に残るの？（未来に向いていた思考を非日常から日常へとスライドさせたなら、まだ卒業には遠い彼へそんな問いかけを）
僕のお勧め？……炙りサーモン、とか。……徳永さんも教えてよ。お勧め。
	（初戦、───其れが呼び起こす記憶は始まりの満月。冷たくて重たい召還銃を初めて手にした日のことは鮮明に思い出せる。未だ非現実な其の事象を知らずにいた日、言われるが侭に屋上へと逃げ込んで戦うに至った満月の夜半。共闘というには互いへの認識が欠けた其れだったが、そういえば確かに彼女も同じ影と向き合っていた、気がする。銃の感覚は生々しく鮮明な反面、周囲の記憶は曖昧で朧げだったが、差し出されたオレンジが揺らめくコップを受け取り乍ら唇は音を作り、）あれ、初戦に数えるの？……でもまあ、確かにそうだね。あのときは戦うなんてこと知らなかったから、お互いに必死だっただろうし。（賑やかな声が行交う其処を眺め、遠く昔を思うように呟く。随分と長い時を過ごしたように思うのに実際は一年も経ってないのだから、足を踏み入れた非現実的な事象が相当重たく濃く伸し掛かっていたのを知る。鎖が如く絡み付く其れから行成り解放されると知っても実感沸かぬのが本音であり、其れが玖珂の現状だ。不安も不吉も何の根拠もないと言うのに、一匙でも考えてしまえば死神が首筋に触れたように悪寒が走るだろう。だからこそ、其れを考えているのが自分だけじゃないと知った時の言い知れぬ安心感は不思議と心を落ち着かす。水面から彼女へ視線を移すと、穏やかな微笑みに小さな懐かしさを覚えた。不安なのは皆同じようなものだと、そう告げられた言葉に「……そっか。そうなのかもね」なんて笑ってしまうのは胸中に普段は見られない穏やかさが広がっているからか。だから、───今後の問いをふと真剣に考えて、僅かな間を置いて紡ぐのは、）………僕は、このまま分寮かな。今更普通寮に移るのも面倒だし、移る理由もないし。別に、不便じゃないしね。ここ。（解散となれば行先は自由。此処に縛られる理由はないけれど、今更何処かへ行く理由もない。初期より自分と向き合えるようになったとはいえ、未だ不仲の続く両親の元に戻る気も現段階では起きないだろう。故に出した結論は残留だったけれど、───思えば皆、違う道を行くのだと知る。「徳永さんは、どうするの？」　何気なしに問い掛けた声色は、ほんの少しだけ寂し気に。）
お寿司を食べた記憶って多くは無いけれど…鯛みたいな白身や甘エビは好き、かな。
	言い換えるならば初めてペルソナを召喚した日、かしら？…本当に、目の前のことで精一杯でまさか、こんな戦いに身を投じる事になるなんて思いもよらなかったもの。（手繰り寄せた記憶を巡り、伏せた瞼の裏に描く情景は何処か遠く。温かで平和なひと時に身を委ねれば自然、言葉を綴る声音は懐かしげな調子を帯びる。仲間達の声に抱く安堵と未来への不安。一見して相反する二つの感情は然し、短くも濃密な日々を送った結果と思えば何処か心地よく、周囲見回す双眸に微か滲む。生憎、本音と建前を弄する大人に対する不信感は顧問を含め、根差した侭。然し、方向性こそ異なれど抱く感情同じくした彼に緩む口許は尚、柔く。「大丈夫よ。」と言葉交わすうちに抱いた安寧を伝えんとす語気は徳永にしては強かった。とは言え、続けた問いに真摯な面持ちにて取り組む彼を見守る眼差しは何処か微笑ましげに、）進級すれば何かと忙しくなるでしょうから、慣れ親しんだ場所で暮らすのが一番かも知れないわね。…他の子達も一緒なら、尚更。（他の下級生たちは如何な選択をするだろうか。卒業と同時に寮を後にす自分たち以上に彼らの今後が気になって。遠巻きに彼らの姿を一人ずつ視界に収めては思考を巡らせていたのだけれど。「……わたし？」と、少しばかり想定外な問いかけに思わず自分を指差した。けれど、耳に届いた声に潜む微かな憂いに触れては、考え込むようにゆるり、首を傾げて、）……私も、分寮ね。卒業までそう遠くないから。それに、…此処は思い出深い場所だから、少しでも長く居て毎日を大切に過ごしたいな、って……退寮の時はとっても寂しくなってしまいそうだけれど。（肩を竦めて冗談めかした言葉は其の実紛れもない本心だ。けれど、そんな調子を保った侭、視線の高さを合わせて大きな濃紺を見つめたなら「だから、もう暫くいっしょ。改めて、宜しくね。」なんて残る日々に思いを馳せ楽しげに笑みを零した。）
確かに、寿司ってそう頻繁には食べないかも。……甘えび、僕も好き。
	あの頃は非日常に飛び込んだみたいだったのに、今は戦うのが日常みたいなものだから、なんだか不思議だよね。……だから今日でそれが終わりで、日常に戻るって思うと、……日常って何だったのか、ちょっと分からないかも。（小さく弧を描く口許には苦笑が滲み、彼女を映す濃紺も少し揺らぐ。日常と非日常の境界線は今となってはとても曖昧で、踏み越えた一線から足を戻すのは容易くとも心情まで巻き戻すのは難しい。高々十六の小さな子供が現実を現実と認識する難易度は壁より高く、然し隣にある安心感は玖珂の十六年間に於いて与えられずにいた母性に似たものか。紡がれる『大丈夫』という言葉に再び描かれた弧に滲んだのは、苦を感じさせぬ笑みであろう。今まで見据えたこともなかった未来を言葉にされると、中々現実味が追いつかずに「進級か、」と繰り返すよう言葉が流れた。）想像出来ないな、三年生になってる自分って。卒業とか、進学とか、そういうのを考える学年になるってことでしょ？……今の徳永さんがいる場所に自分が立つって、考えられないのが正直な気持ち。（一つ、一つ、そうやって歳を重ねて今になるけれど───最も将来と向き合うであろう高校三年生という位置に玖珂自身が足を踏み鳴らすことは想像出来ずに、見えぬ未来を遠くに探すよう視線を投げた。自らを指差す彼女に肯定するようこくりと頷けば、彼女の返答を静かに聞く。一つの戦いを終えて選択する道は様々だろうけれど、彼女の其れは玖珂と同一らしい。極端な仲間意識を抱いていたわけでもなく、特別寂しいと口にすることもないけれど、矢張り誰かが離れると考えるのはほんの少しだけ寂しく思うものだった。だからこそ、彼女の言葉に得た安堵は柔く心に広がることだろう。）……そうだね。卒業するときには、ちゃんと徳永さんを見送るよ。……だからそれまで、よろしく。（子供に目線を合わせるが如く向けられた其れに気恥ずかしさが抱かれるけれど、柔らかく優しさの滲んだ言葉は、玖珂に穏やかさを齎す。笑みに返す笑みは子供らしく、純粋な喜びを表現するように浮かび上がった。）
じゃあ折角の機会だから。…目標は甘えび、ちゃんと二人分確保しましょうね。
	（一年にも満たぬ短くも色濃い日々を重ねた今、遡る記憶の果てに佇む彼の語る日常は確かに遠く。然し心中探り抱く感情は名残惜しさや寂寞より懐旧に程近くて。揺れる紺の瞳からふと視線を離し、思案気に虚空を見つめる時間は長く。やがて胸中纏める沈黙の後、）私は日常に戻るって気は余りしない、かな？戦闘や影時間もそうだけれど、喧嘩したり、笑いあったり、…とても大切な人が出来たり。この数ヶ月で…何かが変化した、そんな心地がするから。…戻るじゃなくて…全部加味した上で、新しい自分の日常を作りたいなって、……そう、思うの。（思考を一つに束ね、綴る声は平素に増してゆっくりと。離れた位置だからこそ祝宴に身を投ず全員を見渡し、ふと細めた瞳は至極柔らかな色彩を呈して。再び紺の海を覗き込めば、「玖珂君も、一緒に。」と新た未来へのお誘いを、一つ。とは言え、やがて訪れる岐路に思い馳せてははて、自分は彼の歳の頃一体何を考えていたかと。苦々しくも甘い思い出へ伸ばす手に躊躇いは無く、）…こうだ！って決め無くても大丈夫よ。…想像出来ないって、形に囚われ無くて良いって事じゃない？だったら其れだけ沢山の可能性が君の未来には満ちてる筈だから。…今を大切にしていけば自ずと道は見えてくるのかも、…ね？（あの頃の自分は視野が狭く、大切な事を全て見落としていた気がするから。そんな自分を振り返り、時に道に迷えども、彼が俯き立ち止まらぬ事を祈るばかり。故に、形こそ異なれど触れた彼の言葉と其の笑みに、堪え切れぬと自ずと伸びた掌は彼の頭をそっと撫ぜ、）可愛い後輩を持つと言うのも、考えものね。…卒業も退寮もすっかり、寂しくなっちゃった。（業とらしい溜息と取り繕う真摯な表情はやがて莞爾とした笑みに摩り替わる。今は胸中満たす寂寥に浸るより、彼と言葉を交わして居たいから。会場の片隅、憂慮を手放し楽しげに微笑む女は和やかな夜の時を彼と共に刻んで――）

加賀美誠×当真玄

（特上寿司をひたすら口に運ぶ男が一人。）
	解散ねぇ…（右手に持つ紙コップをくるくると回せば、中に入った緑茶が揺れる。幾ら定義通りに事が運んでいるとは云え只の仮説に過ぎない物を信頼し切っている様が些か気掛かりで、手放しで喜ぶ気にはなれなかった。確証となるデータとやらを確りと此の目で確かめない限りは恐らく此の靄は晴れぬだろう。―然れど目前に置かれた特上寿司を食べないと云うのは如何に考えようと損というもの。紙コップをテーブルへと一時的に戻せば自然、箸を持った手は素直に動く）ヒラメヒラメ、と（迷いなく白身魚を皿に乗せれば、漂う宴の雰囲気を感じ取るよう、瞼伏せた。―正直、今も。こう言った場を楽しみ切れる自信はなく。それでも以前よりは不快と思わないだけ、少しは前進していると云っても良いのだろうか。そう思考巡らせつつ、取った寿司を口に運び咀嚼。とは云え、寿司を食べる事に専念する其の姿は、祝賀会に参加していると言えるかどうか、些か微妙な所だろうか。）
流石桐条…こんな立派な寿司、初めて見たな。
	（全てが終わったという実感こそないものの、二人の仲間が目覚めたと立て続けの朗報を受けて臨んだ祝賀会。いつもの変わらぬラウンジも集った皆の歓びに彩られ幾らか華やいで見える）…今日で最後、か。（目的を果たせば終わり。尤もな理由ながら素直に寂しいと伏せる目も、成長の証だろうか。以前なら率先して壁際を定位置としていた足は自然と馳走の並ぶテーブルに歩み寄り、輪の中に身を投じる事を望んでいた）…いくら…えび……（とはいえ自ら声をかけられる相手など限られていて、相変わらず不得手な宴の席では食べることで沈黙を埋めるべく、紙皿に載せるは好物ばかり。しかし豪勢な特上寿司は流石にどれも美味しそうで、ついつい目移りしてしまう。最中、視界を遮るヒラメに目を奪われ、それが運ばれた先まで視線をついて行かせれば）…加賀美、（無意識に名前を口にする。彼もまた似たような境遇なのだろうか、黙々と寿司を食べる様子を見ればかけるべき言葉に迷うけれど、）…昨日は、お疲れ。（共に最後の大型シャドウと戦った事を思い出せば労いの言葉で間を繋ぎ、続けて何か共通の話題をと必死に考えた結果、）…寿司、うまいな。…………そんなに好きなのか？さっきからずっと食べてるけど、（分かりやすい会話下手を披露してまで、気がつけば彼に声をかける努力をしていた。社交的だと認識していた彼が誰かと談笑もせずに食べ続けていることを、少し意外に感じながら）
…桐条さんの財力があれば割と本気で不可能は無さそうだよね。
	（唐突に呼ばれた名に、箸の動き止め意外そうに瞬き一つ。耳朶に響く其の声の持ち主は其れこそ無駄な馴れ合い好まない人物だと認識していたから。）うん、お疲れ様。（癖のように言葉返すと共に浮かんだ笑みは常日頃教室内で浮かべている其れと大差無かった。然れどたどたどしくも必死に交流図ろうと此方に働きかける彼女の姿は記憶していた其れとの違和を成し、浮かべた笑顔も無意識的に何処か柔い物へと変貌していたろう。―其の表情の変化が男の変容だとするのならば、今日までそう深い関わりを持たなかったから確かな事は分からないが、現状こそが目前の少女の成長なのだろうと。）…そうだな、割と好きな方だよ。ただその、物凄い好きだからずっと食べてる、というよりは、解散がどう、とかそういう事考えててさ。（応じる声も自然と真摯に。口にすれば些か其の議題の無意味さに気突き小さく笑って肩竦め、）…でも、其れは後日直接聞けば良い話で、今は交流を楽しむべきだったな。気づけたよ、ありがとう。（其れが上手く出来るかは別として、努力もしないのは自身が間違っていたろうと。述べた礼は何処までも自己完結。彼女に正しい形で伝わるかどうかは分からないが、ゆるり、向ける視線は穏やかに。）…当真さんは、何が好き？お寿司。（と、他愛無い雑談に興じようか。）
あー…でも、逆に手巻き寿司とかした事ないんじゃないか？
	（返された微笑みは当真も知る数少ない彼の情報に一致して、それが普段よりも柔和である事にも気づけぬ程度には交流のない相手だったからこそ、先ほど僅かに抱いた違和は続く言葉も相まって払拭される）…ああ、なるほど。それは俺も気になっていたけど、0時になれば、全てわかるかと思ってな。（思慮深い彼が実感も得ずに諸手を挙げて浮かれ騒ぐ姿も想像できず、納得の意を込めて深く頷けば、落ちたトーンがそのまま一抹の不安を紡ぎ合う結果になるかと思いきや、此方の意図を汲んでくれたのだろう、笑う彼の姿に幾らか緊張も解け）あ…いや、こちらこそ。……正直、あんたに声をかけるの躊躇ったんだけど…うん、なら、よかった。（まだ彼のように上手に微笑むことは出来ないけれど、不器用なりに柔らかな言葉を選びながら彼のパスを返す努力をすべく、一度は言い淀んだ先程からの悩みを打ち明けてみることにした）…俺は、いくらとか、えびとか…青魚以外なら割となんでも食べるけど。…ただ、一番食べたかったものが見つからなくてな。（「加賀美は何が好きなんだ？」と会話の基本に忠実に言葉を繋げながら、緊張が抜けた分素が滲んだか、残念がる心は随分素直に声に反映されて）
ああ確かに。庶民的な物に触れ合った経験が少なそうだよね。
	0時になって、影時間が訪れ無かったからと言って、安心しても良いのかな。…なんて、少し疑心暗鬼過ぎるか。あんまりに順調だと不安になるものだね。（静かに紡ぐ声は、不安と云うよりも枝分かれした可能性を示唆する物。とは云え、可能性というものは追い求めれば際限なく。其の途方なさに自身の言葉にて帰結させ、茶化すように締めた。―最後の討伐、あの時助けられなかった仲間の目覚め。順調に進めば進むほど、何かを見逃しているようで薄ら寒い。とは云え、此処で論じても進展しないような話題で場の空気に水を射すのは無粋も過ぎると、彼女の言葉にて気が付く事が出来たから。零した笑みにて此の話題は了としようと云う意思表示。―して、ややしどろもどろながら素直な感想を受け取れば「うん。」と頷いて。後、）…一番食べたいものって？…大概揃ってると思うけれど。（見渡す特上寿司は大方の寿司ネタそろい踏み。その割に残念そうな彼女の様子が不思議で首を傾いで問う。次いで、「俺はヒラメが好き。…あとは光物。」と質問には答えつつ。）
それはそれで勿体無い気がするな。…自分でやるってのも結構楽しいもんだろ。
	いや、慎重なのは悪いことじゃない。…けど、何が起きても起きなくても、それは進展だろ。善し悪しはともかく、自分がやってきた事の結果を俺は見てみたい。（言う通り影時間やタルタロスが消えたからといって、それが恒久の平和となるとも限らない。期待しすぎた反動で要らぬ絶望を抱くくらいならと彼の慎重な態度に賛同の意を示すも、今日この日までに得たものは多く、不安の代わりに吐き出した言葉は期待よりも決意に似て。そして仮説が正しければ、今宵は特別課外活動部として過ごす最後の夜。一度は途切れた談議を再び紡ぎ直す気にもならず、隣で緩やかに微笑む彼に負けぬよう心ばかりは穏やかに保たんと目の前のご馳走に意識を傾け）――……あー……ええと、…笑うなよ…？（自ら問われる切欠を作ったとはいえ、いざ打ち明ける事を思うと、その上予想通り、如何にも“彼らしい”好物の名に頷いた後では尚更言いにくいと口ごもる。しかし、此処で空気を澱ませまいと決心の後、忙しなく緊張と緩和を繰り返す当真の顔はもちろん前者の色をして）…なっとうまき、……だって…ほら、定番だろ…納豆巻き。カッパとカンピョウがあるなら、なっと………――…いや、まあ、言う程気にしてないけど。……っ…！！（大人びた彼の事だ、馬鹿にされずとも些か呆れた目で見られるかもしれないと沈黙を埋めようと先走るも途中、我に返って沈黙に帰す。よりによって今しがた初めて言葉を交わした彼に、と内心頭を抱えながらも平静を装うべく口にしたお茶に噎せるわ、自分に素直になろうと努力した結果はどうにも空回るばかりで）
一長一短だね。…今度は逆に、寮で手巻き寿司とかも良いのかも。
	前向きだな。…結果を見てみたい、か。成程ね（ぱちり、瞬きながら零す声は皮肉等ではなく、純然な感想。決意に満ちた声音に感じるところがあったようで、繰り返す声は静かに場に落ちた。――言い出し難そうな少女に注ぐ視線は不可思議そうに。前置きには首肯を持って話の続き促すのか。）納豆巻き…？（首傾いで繰り返せば彼女の前置きの意味を漸く理解したようで、成程とばかり頷いていれば、聞こえた音は些か穏やかではなく。）大丈夫、いや珍しいなとは思うけど、馬鹿にしたりとかはしないから安心して。（思わず伸ばした掌は噎せる少女の背を撫でる。とんとん、と規則正しいリズムで叩き、少女の呼吸が少しでも楽になるよう促す。そうして、ふっと漏れた笑みは決して馬鹿にするような性質の物ではなかったけれど、先の言葉に反す結果となってしまった事は疑いようもなく。）…いや、ごめん。昔の印象と随分違うな、と思ったものだから。そういう一面もあるんだな、と思ってさ。（俺が知ろうとしなかっただけかもしれないけれど。―飲み込んだ一言は、恐らく最後まで吐き出される事は無く。代わりに「そんなに納豆巻きが好きなの？生魚より？」という疑問を零した。）
良いかもな。…そしたら、皆の好物持ち寄ってやるか。
	（胸を叩くも慌てて行えば逆効果だろうか、失態を重ねるのが得意だと言わんばかりに咳き込みながらも彼の言葉に安堵を覚え）…っ……あ、ああ、悪い。（穏やかに入ったフォローと共に背に感じた彼の掌。それが促すリズムに合わせて徐々に落ち着きを取り戻せば、拭いきれぬ戸惑いはあれど素直に感謝の意を述べようと真面に彼を見つめた瞬間、零された笑みは、まだ知らない、初めて見る顔だった）…あー…そう、かもな。……此処に来て、変わるきっかけが沢山あったから。…けど、あんたも前と違う感じ、少しするよ。（指摘された変化に自ら肯定を示したのち、「俺が言っても説得力ないかも、だけど。」彼を語るほど彼を知らぬからと自信なく落ちる声。しかし、当真の中の彼はもっと貼り付けた様な上手な笑顔を浮かべていたから、こんな風に思わず笑うこともあるのかと僅かに喜色の滲んだ驚きを見せれば、その笑声の対象が自分である事も刹那頭から忘れ去られて）…まあな。単に納豆好きってのもあるし…あと、習慣っていうか、昔から寿司屋に行ったら頼んでたから…思い出に近いんだ。（問われるがまま自らを語ることへの躊躇いが薄れたなら、同時に湧き出した彼への興味から新たな問をひとつ）…加賀美もさ、何かすごく好きなものってあるのか？…食べ物じゃなくても、なんでも。
良いね。…何だか変わり種もありそうだし、退屈しなさそうだ。
	（少女の謝罪には「いや」と端的な否定を。そうして彼女が落ち着くまでその背を叩き続けて、）…変わる切欠か、…うん。（彼女の返答を聞けば胸中には自身が重ねた月日が巡る。直接触れずとも彼女もまた色々な経験積んだのだろうと云う想像は易い。なればこそ対象が彼女から自身へと移れば小さな瞬きを一つ。）…案外、伝わる物なんだな、こういう事って。うん、俺も。変わる切欠が沢山あった。（しみじみと呟くのはそれこそ彼女の言葉通りこれまで彼女と接する機会に恵まれなかったからこそ。―少しは、柔らかくなれているのだろうか。そんな問の代わりに紡いだ肯定は先の彼女の言葉を借りて。）想い出かぁ、なるほどね。…馴染みが深いものだと愛着も湧くだろうしね。（未だ推論の域を出ない其れ等だけれども、ぼんやりとでも描けるようになった其の形は暖かい色に縁取られ、得心が行ったとばかりに漏れる声も自然と柔く。）…すごく、好きなもの？（彼女の言葉繰り返しつつ思案巡らせれば、一番に浮かんだのは唯一人の愛しいひと。途端僅かに朱が射す顔を箸持つ右手で不恰好に隠せば、）…基本的には実用的な物が好きだよ。特に好きなもの、って言うのは思いつかないけど、大切な人はいる。（右手の位置戻し、些か時間掛けて言葉選べば恐らくそれなりには自然を装う事は出来るだろう。――この数カ月で、随分と不器用になった気がする。思わず滲んだ苦笑は、然し照れ交じりでもあった。話題逸らすように、）…当真さんは？納豆巻き以外に、何か好きなもの、ある？
変わり種…に関しては、あくまで見守るに徹するけどな。
	…みたいだな。…それに多分、俺とあんた以外も、（呟く声に回顧したのはこの半年。思えば人生で一度訪れるかも分からぬような奇妙な体験を重ね、何時の間にか当たり前のように共に居た彼らもまた、）少しずつ変わってきてる…の、かもな。…今じゃ…居心地が良くなりすぎて、困るくらいだ。（そう、伏し目がちに漏らした苦笑は、ようやく口に馴染み始めた“仲間”という存在を、特別課外活動部という居場所を明日には失うかもしれないと想像して。もっと早く素直になれていれば、増えた思い出もあったかも知れない。――なんて、続ける言葉は無かったけれど、代わりに今からでも増やせる思い出の一つとして、）実用的ってのはらしいけど…大切な人、か。……はは、加賀美もそんな顔するんだな。（動揺と呼んで差し支えない仄かに赤く染まる頬。先程の笑顔に引き続き、なんてシャッターチャンスの多い日だとフィルム代わりに紫の双眸が彼の姿を記憶すれば、問い返されたその答えも今なら躊躇いなく口にできるはず）俺も、とても大切な人が居て…ずっとその人達が一番だったけど…此処に来て、好きなものも大切なものも増えたよ。（真っ先に思い浮かべた両親。その次に心を占める少年を視界に入れ、彼を起点に大切と呼びたい少女達にずらしていった視線は最後、目の前の彼に帰着して）きっと、これからも増えてくと思う。……し、あんたのことも、みんなのことも、そう想えたらいいと思ってる。（――数秒後、「…まあ、今はまだ、納豆巻きの方が好きだけど。」落とした声がやけに真面目な音を成した事を恥じらうもその不器用さは今更繕えたものではなく、結局いつもの癖でくしゃりと撫ぜた前髪を引き伸ばせば）…まあ、そういうコトだから……あー…キッチン行って、納豆探してくる。（分かりやすい言い訳を残して一時退却する足は、嘘だと見抜いても笑って見送ってくれるはずだと振り返ることなく裏口へ）
…冒険心も持ってみたら？俺は食べないけれども。
	（彼女の言葉により巡る『仲間』の顔は成程確かに初対面時とは些か異なっているように思う。彼らを見る自分自身の瞳が変わったのか、彼ら自身が変わったのか、若しくは其の両方か。男には判別出来なかったが、此の奇妙で特別な時間は何も自身だけの物では無い事を現に今実感したばかりで。首肯示すは期待にも似た感情込めて。）居心地が良い、か…。うん、でも分かるな。（―本当に、変わった。拒絶の色濃かった彼女の口から出た言葉は彼女の変化如実に示し、思わず反芻。然れど同意示すのみに留めたは、自身の心持ちも当初の彼女とそう変わりは無かったからだ。言えた義理では無く、代わりに声には僅かに実感篭る。）……当真さんが声上げて笑うっていうのも、大概お相子だよ。（無駄な抵抗はせずに返すは其の珍しい笑声に対して。気恥ずかしさは拭えぬが、珍しさで行けば恐らく良い勝負なのではないか。―そうして。問い返した疑問符に返ってきた答は存外多く、ぱちりと瞬き一つ。不器用な彼女の様相に漏れる笑みは柔らかで、「行ってらっしゃい」と背に掛けた声も随分と安穏とした物だったろう。）…増える、かな。（嗚呼でも、そんな気がする。―此の数ヶ月で増えすぎた『大切』な対象を思えば、これから先の未来も、きっと。数分前に感じていた苛立ち交じりの不安は凪いで決意へと変わる。疑問解消へと向かう足取りは決して重いものではなく。）

藤澤幸×利川景充

（握った箸を何処にも伸ばせずに、特上寿司の方々とただ今睨めっこを開催中）
	（寿司といえばレーンで皿が運ばれるあの回る寿司か、稀に親戚が家に集まった際の宅配寿司。もしくはスーパーの巻き寿司や値下げのシールが貼られた握り寿司。コンビニの納豆巻も小腹が空いた時には丁度良く、母親が作る大雑把なおいなりさんも昔は食卓に並んでいた気がするだなんて、記憶を辿れば予想以上に様々な場面で触れ合う寿司という食べ物。それでも目の前に並んだ寿司の姿は自分が食したことのあるそれらとは異なるランクに位置するものであることは、ネタの大きさや厚さを見れば素人目でもよくわかる。誰かが発した言葉に影響された訳ではない、と思う。）特上…寿司…（生唾を呑み込んで紙皿と箸を手にする形で特上寿司の前にて光に照らされ輝くシャリと肉厚で脂が乗った大トロと睨み合い。数秒視線を留めたと思えば箸を伸ばす前に逸れた視線は、少し離れた箇所に在るサバへと移る。そちらもそちらで箸を呼び込むような輝きを放ってはいても、また別の場所のさけもまた食欲を誘い、たいやえんがわにいくらとあちらこちらに視線を向ける割には結局今のところは手つかずのまま。）どれも美味しそうだから、逆にどれから食べようか……迷う（小さく鳴った腹の空腹具合を報せる音を気に留める事は無く、眉を顰めては目前の寿司に注視。それらは此処には居ない二人が目覚めたとの話を聞いたが故の安堵に因るところが大きいけれど、他にも存在する心中のものには部屋に戻った時に向き合うべきと今は寿司と睨めっこ。特上寿司など食べれる機会は貴重であり、何よりも――ああ、もう、本当に、ひたすらに、あれもこれもが美味しそうでたまらない！）
サチちゃんってば結構優柔不断？迷うならとりあえず全部食べときゃイイんじゃね。
	（数ヶ月前は自ら此の活動を断ち切り忘れようとしていた癖に、いざ面と向かって終りを告げられると利川の胸に沸々と湧き上がって来たものは喜びよりも喪失感であった。）……マーリン。（シャドウを全て倒せば影時間もタルタロスも消えるという。つまりそれはもうペルソナを呼び出す事も――否、彼ら自身が消えるという可能性だってある。仲間の意識が回復した事も、活動目的を遂げた事も、本来ならば喜ぶべき事であるというのに終わって欲しくないだなんて。それを寂しいと感じてしまうなんて。其れは此の場所に“執着”していた何よりの証明で、密かに自嘲を浮かべては顔を上げ祝賀ムードのラウンジに集まる仲間たちの顔を一度ゆっくりと見回したのち、思いを振り切るように短く息を吐き出したなら輪の中へと静かに足を踏み入れよう。特上寿司の置かれたテーブルは一番の人の寄り所、ついでとばかりに己もちゃっかり割り箸と皿を持ったならさて何処に突撃してやろうかとターゲットを探して視線を巡らせていると、ふと視界に入った動かない見知った背中はテーブルの上の食べ物と如何やら葛藤中らしい。にやりと口の端を上げて近づいては、）サーチちゃん。そんな熱心に見詰めちゃってぇ、妬けちまうねえ。ケドほら、早く食べねえとイイモノから取られちまうぜ？……―こんな風に、（彼女の背後から箸を伸ばし大皿から赤貝を掻っ攫ったなら、ぱくり。彼女の顔がこちらを向くような事があれば、したり顔で笑ってみせるのだろう。）
そうでもないんです、が……特上寿司だって思うと、最初のひと口も特別な感じが…
	（同年代の女子と比べて食欲が旺盛である認識はあれど、過食には至っていないと自分では認識している食事情。祝賀会での状況でも活発な食欲は豪華さに魅入られてのことか、単純に空腹故か、将又別の事情かなど寿司一色の頭には入り込む余地は無い――そう、常ならば正しく聞き入れる筈の言葉とて、連想ゲームの如く無理矢理別の単語にすり替わる程には、海の幸で頭は一杯だ。）やけ？えっ、もしかして炙り焼き――…ああ！（若しかして、炙り焼きのサーモンやトロなどがあるのだろうか。またはあわびのバター焼きだとかそんなものが存在するのだろうか。期待が勝手な妄想を呼び込み笑みを浮かべた顔にて声の方へと振り向いたのならば、捉えたのは色味の良い赤貝が彼の口に入る光景とその表情。スローモーションのように感じる其れは独り占めする気は無くとも、つい制止するような声を上げてしまっては表情も笑みから落胆へと変化してゆく。眉が下がりきる頃に我に返れば、）あ……い、いえ、その。まだ沢山あるので。…沢山あるので！沢山…だから、始めのひとつに…悩む…（先程の反応を改めては再び特上寿司へと視線を落としたところで、繰り返した言葉にこそ問題があることを思い出して、眉間に皺が再び寄った。）利川先輩は、赤貝以外にももう食べました…？特上寿司なら最初はコレっていうの、ありますか？（VS寿司の臨戦態勢は解かぬまま、彼へと問い掛けよう。滅多に食べれない特上寿司。未だ最初に食すネタが決められず――）
特別、ね…でも高いモノって期待し過ぎると裏切られるコト多いぜ、わりと。
	（集中している所に突然声を掛けられれば驚くのは必須。さて彼女はどんな反応を示すのだろうと仕掛けた結果はこの通り、頭の中はすっかり目の前の特上寿司の事で一杯らしい。やや的外れな返答と共に振り向いた彼女の顔に浮かんだ表情といったら、からかい冥利に尽きるというもの。予想以上のいい反応にくつくつと笑いを隠す事もなく落としては、すっかり何時もの表情を取り戻した彼女へと掛ける声は楽しげに。）炙り系のモノなら確かアッチの方にあったぜ、どうせなら後で取りに行ったら？　アハ、そうそ、赤貝だってまだまだ沢山あんだからそんなザンネンそうな顔しないでよ。ま、そんな顔もかわいいケドさ。（会場に視線を巡らせていた最中そういえばそんな物もあったような気がすると、記憶を辿っては面白そうにそんな問い掛けを落とすのだろう。沢山、とやたらと繰り返し強調する所を見る限り多少なり先刻の赤貝を引きずっている節もある様子、食べ物の恨みは怖いというけれど――これがもし少しの量しかなかったらと思うと、少し怖い気もするが。再び寿司と向き合う彼女を見れば、利川の口元にはまた笑みが浮かぶ。わかりやすいな、と。）いーや、これがハジメテ。でもどうせ食べるなら普段食べれねえようなモンとか食べた方がイイんじゃねえの、大トロとかそーいうお高そうなモノをサ。（折角の“特上”寿司。どうせ食べるなら沢山在るとはいえ数に限りはあるのだしいいものを食べておいた方がいいのではないかと、返す言葉はド直球。尤もそういう利川は目に入った物から食べるスタンスをとっているのだけれど。）
そう、なんですか？期待も程々が一番、でしょうか…
	（完全に食欲が生みだした聞き間違い――とはならなかったようだ。実際に存在するという有益な情報に自然と視線は部屋の中を巡りながらも彼の言葉には迷わず頷いておこう。炙りとなると何があるのだろうかなんて思案が頭を占めて意識が半ば逸れてはいれど、笑う彼に気付いたのならば慌てて念の為言葉を付け足しておこうか）そうします。あ、も…もちろん独占する気は全くないので。かわ……いえ、その、さっきのは、…こう、反射的に。むしろ、減った方が良いかもしれないなと今は少し思うぐらいです（可愛いの形容詞は耳に留まれど世辞の一種と彼にとっての挨拶めいたものとの認識をしては、否定を紡ぐか否かを迷う微苦笑を浮かべ僅かに迷うも結局は前半部分のみに言葉を返そう。重ねて告げた理由は先程見せた態度に矛盾しているようであれ、選択肢が減るという点では助かるのかもしれないと面持ちは中々に真剣に。余るのならば余り物でも十分という意識が有る事は寿司と見詰め合う姿からは窺えぬものかもしれないが。見詰め合う瑞々しく鮮やかな寿司ネタの姿を食い入るように見詰めたまま、彼の助言に耳を傾ければ先程までの長考は何処へやら）…やっぱり、そうですよ…ね。大トロ…うん、最初のひとつは大トロにします。……確かに、総額幾らぐらいするんでしょう（顰め面に寄っていた顔にも皺は消え迷いが消えれば晴れ晴れとした様相で箸を伸ばし紙皿の上に大トロを一度乗せようか。無論、どのネタも気になってはいたからこそ迷っていたのだというそれは切り替わった頭には無く、皿に乗せた大トロを眺めながら高価さという判断基準から浮かんだ金銭的な疑問がぽつりと零れた）
そういうコト。人間って単純だからよ、気持ち次第で味も変わってくるもんだぜ。
	（念を押すような言葉を聞いてはまるでわかっているよとでも言わんばかりに、笑みは絶やさぬ所か深まる一方であった。別に独占したきゃしちゃえばイイのに――と、言い掛けた口を閉ざしたのは、このセリフを吐いた後の彼女の反応を想定して。きっと困ったように眉尻を下げて本当にそんなつもりはないのだと、そう否定を紡ぐに違いない。何時かのように徹底的に彼女を突いてみるのも面白いけれど、折角の祝賀会。微妙な雰囲気になるよりは互いに楽しめた方がいいに決まっている――そう思えるほどには利川も成長したようだが、元より正反対であう二人。もう既に手遅れでなければいいのだけれど。）でもこの量はそう簡単には減らなそうだぜ？全部のテーブルに乗っかってるワケだし、桐条のコトだから無くなった傍から新しいの用意させそうだしな。　………だからサ、好きなだけ食べりゃイイんじゃねえの。（彼女の財力を考えれば此処の厨房に寿司職人を呼んでいたって可笑しくはないと、ありえなさそうでありえそうな一言を紡ぐ言葉は何処か呆れたような響きを持ち、肩を竦めては笑うように吐息を吐きだして。ぽつりと付け足した何処か遠慮しているように見えた彼女の背中を押すようなもの、だっただろうか。）お、やっぱり大トロでイッちゃう？んじゃ俺は次、…えんがわにするかな。　総額ね……さあ？ま、少なくとも高校生のアルバイト代掻き集めたって払えない金額なのは確かだろうケド。（大事そうに皿に乗っけた大トロと見つめあう彼女を見ては、利川もまた目についたえんがわを皿に乗せて。不意に落ちた金銭的な疑問には小さく溜息を吐きながら、想像もつかないと首を振った。）