4月21日(夜の学生寮2F、とある部屋の前) |
---|
(男が自室に戻るついでに置いていったのであろう。彼の部屋の扉前には、空白の詰まった字面で宛名「上広優一様」が書かれたメモ紙と、多少の滋養強壮にはなるであろう缶飲料『モロナミンG』が、通行人の邪魔にならぬよう置かれている。件の災難への憐れみか、はたまた遅れた誕生日祝いの心算か。何の脈略も無く置かれた缶飲料からは、男の意図は汲み取れそうにない。) |
9月30日(夜の学生寮3階、糸川綾の部屋の扉の横に置かれた――) |
---|
(其れは9月30日の夜の22時も回った頃。白いリボンで括られ、淡い青色の包装紙に包まれた縦長の小さな箱がぽつんと彼女の扉の横へと置かれてた。彼女が箱を手に取ろうと屈めば「素直じゃない君へ」と書かれたメッセージカードがプレゼントの上に乗せられている事に気付ける筈だが、差出人の名も無い其れが一体誰からの贈り物なのか、聡い彼女なら気付く事が出来るかもしれないけれど――さて。肝心の箱の中には全体に控えめなラインストーンをあしらい、先端には青色のマーブル模様が施された丸いチャームの付いたシンプルなメタルブックマーカーが鎮座している。以前に彼女の趣味を聞いた際に読書と返って来たが故のチョイスだが、気に入って貰えるかどうか。しかし思えばこうして手元に残るような物を人にプレゼントしたのは初めてかもしれないなと、送り主の唇がひっそりと弓を引く。――優しい君、おめでとう。) |
10月6日(黒が深まる夜半、児玉秀斗の部屋の前に少年の人影。) |
---|
(日頃、他人の誕生日を気にするタイプではない。誰かに倣って語る祝辞に嘘偽りはなくとも、知る機会がなければ気にも留めない。知ることにも、祝うことにも、特別何かが引っ掛かることはなかった。───意図せず彼の誕生日が本日10月6日だと知った其の夜、手に袋を持った少年は彼の部屋の前で立ち止まり思案する。其れは、一分と少し。扉をノックしようと拳を伸ばすけれど結局音は鳴ることなく、扉の取手に袋を掛けた。さて、袋の中身と言えばコンビニで購入した此の秋の新作と製菓会社が謳う菓子類が幾つか。そしてもう一つ、個別包装された箱に入っているのは脱力感溢れる猫が縁で眠る“マグカップ”。メッセージカードというにはお粗末すぎるノートの切れ端には『お菓子は、タルタロスでの非常食にでも使って。 あと、マグカップの猫 君に、似てたから。』なんて、名前も書かず簡素な文章を認めよう。そして隣室へと帰った少年は、ノートにも書かなかった一言を漸く彼に贈る。───ベッドの上で体育座りをし乍ら携帯を打つ姿は些か滑稽だけれど、其処に綴られた『おめでとう』は、少年の心からの祝辞である。) |
(夕食前。加賀美誠の部屋の取っ手には、既にビニール袋が引っ掛けられて―) |
---|
(帰宅して其の日の呟きを目にしてからというもの、どうしてだか気付いたら足は薬局へと向かっていて、其の手にはビニール袋が握られていた。何食わぬ顔でラウンジを抜けて階段を上がり、目的の部屋の前で足を止めてはその取っ手へと静かに手中の袋を提げて、そう遠くない自室へと踵を返した。果たして体調不良の彼が取っ手に引っ掛けられた袋の存在に気付くかはさておき、其の中身は薬局にて購入した栄養ドリンクが3本ほど、オマケに消化の良いゼリー状の栄養食が1つ入っているだろう。一緒に同封してあるルーズリーフに書かれているのは「お大事に。」の一言のみ。記名はない。こんなことをするのはらしくはないし、なんだか気恥ずかしいから名前は無しだ。けれど、――悪くない。そう思えるほどには少しずつ前に進めているような気がした、夕食前。) |
12月7日(日暮れ時。利川景充の部屋の取手。揺れる袋は中秋の光景にも似て、) |
---|
(誕生日。偶々小耳に挟んだ情報は、平素であれば相手と関係性を築いた方が有益か否かで対応を考えた物だった。けれど、現在胸に浮かぶは祝意のみ。益の事など思い出す事すら忘れていた。―何時かの流れ辿るように取手に掛けられたビニール袋は到底誕生日プレゼントには見えないだろう。其れは中身とて同じ事。眠気覚ますと謳う栄養ドリンクが数本と、適当なスナック菓子を数袋。几帳面に正方形に切られたルーズリーフに、『誕生日おめでとう。無理は禁物、…また、飯でも。』とだけ書いて添えた。何処にも記名が無いのは其の必要性を感じ得なかったからに他ならない。彼が贈り主に気が付かぬとも思えなかったし、そもそも見返り求める性質の物でもなく、自己満足に近しい其れに贈り主の名等必要無かろう。揺れるビニール袋確認すれば満足気な笑み浮かべて其の場を立ち去った。―今日が彼にとってより良き日になりますように。柄にもなく、願いにも似た心地にて。) |