
記憶の扉 I
家族とは、一体なんなのだろう。
同じ血が通えば家族か。
姓が同一であれば家族か。
ひとつの家に住まえば家族か。
ここにいるのが、自分でなければ。きっと全てが上手くいったのに。
誰も己を責めなくても。赦してくれても。愛されていても。
自分で自分が大嫌いだ。
同じ血が通えば家族か。
姓が同一であれば家族か。
ひとつの家に住まえば家族か。
ここにいるのが、自分でなければ。きっと全てが上手くいったのに。
誰も己を責めなくても。赦してくれても。愛されていても。
自分で自分が大嫌いだ。
* 7/26(Fri) 15:39 * No.8
記憶の扉 U
高く聳えるマンションの上階、ぬいぐるみを抱えた少女は『幾嶋』の表札の前で立ち尽くしていた。しかしその自宅に入る事はせず、艶やかな黒髪を揺らしながら右往左往と落ち着きなくしているようだった。時としてエレベーターの方を忙しなく窺ったり、柵越しに下方を覗き込んだりの繰り返し。
そうしているうち、耳慣れた機械音が耳殻に触れて、エレベーターがこの階に到着したと知らせる音と間もなく気付けば、ブラウンの瞳が爛々と煌めきを帯びる。
こつん、軽やかに鳴り渡るヒールの音すら憧れだった。まずは柔らかに巻かれた毛先がふんわりと靡くのが見えて、やがて一人の女性が姿を見せる。視線が交わる。嫋やかに縁取られた瞳が丸みを帯びたのは一瞬、足早に歩みを寄せてくれるその人は当たり前に笑いかける。
「あらぁ、―― ちゃん、もしかしてわたしのこと待っていてくれたの?」
高い背丈を屈めて目線を合わせてきた女性に小さく頷けば、緩やかに垂れた目尻をいっそう下げて微笑まれる。鮮やかに彩られた指先が少し冷えた頬を撫でた。花のような、パウダリーな香りが鼻腔をくすぐる。
「ふふっ、とっても嬉しい!今日もおねえさんのお部屋で遊ぶ?―― ちゃんの好きなことしましょう!」
(――“他人”と得た数少ない眩い思い出だった。たったの数ヶ月間のみの思い出は次第に褪せていくばかり。日々を過ごしていれば、無味な現実が上塗りしていくのだから、当然だ。音を拒んだ教室。諍いの声が増えるようになったリビング。二人になった家。あれだけ好きだった甘い香水の香りも、いくつも並んでいたハイヒールのブランド名も、シャボン玉が割れるように弾けて消えていく。砂を噛む如き日々は、恐怖心と抵抗感と諦観とで埋め尽くされていく。嗚呼、此処に居るのが、自分ではなく、あの人であったならば。――それだけじゃないでしょう? 艶やかな声に、背後から囁きかけられたような感覚に背筋が粟立つ。そう、きっと、彼であったとしても。)
そうしているうち、耳慣れた機械音が耳殻に触れて、エレベーターがこの階に到着したと知らせる音と間もなく気付けば、ブラウンの瞳が爛々と煌めきを帯びる。
こつん、軽やかに鳴り渡るヒールの音すら憧れだった。まずは柔らかに巻かれた毛先がふんわりと靡くのが見えて、やがて一人の女性が姿を見せる。視線が交わる。嫋やかに縁取られた瞳が丸みを帯びたのは一瞬、足早に歩みを寄せてくれるその人は当たり前に笑いかける。
「あらぁ、―― ちゃん、もしかしてわたしのこと待っていてくれたの?」
高い背丈を屈めて目線を合わせてきた女性に小さく頷けば、緩やかに垂れた目尻をいっそう下げて微笑まれる。鮮やかに彩られた指先が少し冷えた頬を撫でた。花のような、パウダリーな香りが鼻腔をくすぐる。
「ふふっ、とっても嬉しい!今日もおねえさんのお部屋で遊ぶ?―― ちゃんの好きなことしましょう!」
(――“他人”と得た数少ない眩い思い出だった。たったの数ヶ月間のみの思い出は次第に褪せていくばかり。日々を過ごしていれば、無味な現実が上塗りしていくのだから、当然だ。音を拒んだ教室。諍いの声が増えるようになったリビング。二人になった家。あれだけ好きだった甘い香水の香りも、いくつも並んでいたハイヒールのブランド名も、シャボン玉が割れるように弾けて消えていく。砂を噛む如き日々は、恐怖心と抵抗感と諦観とで埋め尽くされていく。嗚呼、此処に居るのが、自分ではなく、あの人であったならば。――それだけじゃないでしょう? 艶やかな声に、背後から囁きかけられたような感覚に背筋が粟立つ。そう、きっと、彼であったとしても。)
* 8/18(Sun) 16:04 * No.10
azulbox ver1.00 ( SALA de CGI ) / Alioth