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記憶の扉T

別れ際、彼女は言った。「おねがい」と。
何を、とは聞かなかった。
彼女がいつも誰のために泣いていたかをよく知っていたので。
* 7/26(Fri) 19:34 * No.9
記憶の扉U

(まやかし芸。誰もが彼の所業をイカサマと呼んだ。夢を騙って金を得る。所詮詐欺師のようなものだと蔑んで、輪の中から弾き飛ばした。否、自ら檻の外を望み、羽ばたいていったのだと彼は言ったが、「お前はあんな風になるんじゃない」顰め面で繰り返す大人たちの声があまりに大きく、幼心に真実を掴み損ねて戸惑ったのをよく覚えている。)くだらない。恥知らず。無責任。卑怯者。負け犬。(彼を語る言葉は山ほどあった。どれも詰るための言葉だった。ゆえに素直な想いを口にすることは憚られ、以来、あの日抱いた感動とうつくしい思い出は誰にも汚されないようひっそりと胸の裡で飼うことにした。)そんなもの、何の役にも立ちはしない。(本当にそうだろうか。ならば今、自分は誰かの役に立っているのか。救いを欲している人の前に真に望まれたものを差し出せる人がこの世にどれだけいるのだろうか。)……でも、あの日、確かに私は救われた。(光は人が生きる上でなくてはならないものだから。生きるための輝きを絶やさぬようにいること。その一助となれるなら、)
* 8/18(Sun) 23:59 * No.15


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