んじゃ、気ぃつけて帰れよーお前ら。なにかあったら俺の責任にされるんだからな。（放課後を告げる終業のチャイムが鳴り響いた途端、教室は瞬く間にドッと騒がしくなる。慌ただしく席を立ち廊下へと飛び出して行く者、友人の机へと向かい話しに花を咲かせる者、鞄を持って静かに教室を出ていく者、「先生また明日～」とわざわざ此方へ挨拶をしてから教室を出ていく者と、三者三様な生徒たちを後目に気だるげに声を掛けては学級日誌を片手に教室を出よう。朝は不良生徒たちの牽制に有効かもしれないと風紀委員顧問として正門前に立たされ、放課後はクラブ活動の顧問として道場に顔を出す。気付けばそんな教師生活にもすっかり慣れ、今もまた当たり前のように道場へと足を向かわせていた。ガラリと部室の戸を開けた瞬間、「お、ワニちゃん！」と元気よく響いた部長の声には盛大に肩を竦めて。）コラ、せめて先生を付けろって何度も言ってんだろーが。で？　人数は──……揃ってねえじゃねーか。今日は他のは来ねえのかい？（ぶっきらぼうな音を返しつつ、まだ人数もまばらな道場内を軽く一瞥してはいつもの定位置に腰を落ち着けた。残りの生徒は着替え中やら掃除やら日直やらで遅れて来るらしい──との報告を右から左へと適当に聞き流しつつ、基本居るだけの顧問の役割を熟さんと持ち込んだ学級日誌へと目を通していると、暇を持て余しているらしい部員がやいのやいのと声をあげた。「そーいやワニちゃんなんで空手部の顧問になったの？」「それな、ワニちゃんの型ってみたことねえし」「そーそー、大体文句言ってみてるだけだしなー」「見た目ばっかり強そうでさ」）おーおー、好き勝手言ってくれるじゃねえか。大人にも色々事情があんだよ、そうじゃなきゃ誰が好き好んでこんな汗臭え部活の顧問なんかするかってんだ。（口角をあげては冗談じゃねえと鼻で笑う。生徒に向かっての軽口は今に始まったことではなく、この生徒に対する態度こそが他の教員から厳しい目を向けられている原因であることは自覚しているのだが、しかし今更接し方を変えるつもりはなかった。「うわひでー」「汗掻かせるようなことさせてんのはワニちゃんだろ～」と飛び交う笑い声に今日も今日とて救われながら小さく溜息吐く。）俺の話なんざどうだっていいんだよ。オラ、駄弁ってる暇があんならさっさと柔軟済ませとけ～。（シッシと蜘蛛の子を散らすように手を払う仕草をすれば、ブーブー文句を言いながらも素直に従ってくれる部員たちの素直さに思わず薄笑いも滲む。暫くすると着替えや掃除当番を終えた部員たちも集まり、次第に道場も賑やかになってくるだろう。部長から準備が整ったと声が掛かる前にさっさと自分もやることを済ませてしまおうと一向に頭に入って来ない学級日誌を読み進めては、今日も今日とて恙なく教師としての一日が過ぎていくのだ。）