4月9日 満月の夜 | |||||
---|---|---|---|---|---|
魔術師のアルカナを持つ大型シャドウ。 無数の黒い手が絡み合ったような姿。そのうち、一つが人の顔のような仮面を掲げており、その他の手には銀の細い剣を持っている。 剣で攻撃を仕掛けてくる。 | |||||
(覚めない夢には自らの手で終止符を) | |||||
(今宵、空に浮かぶ巨大な光源を背に立つ異形の影が四つ。まるであの夜の続きのような非現実的な光景の中で、同じ状況下の彼らの反応が、頬を撫ぜる生温い風が、階段を駆け上がる際にぶつけた小指の痛みが、やけにリアルだった。――始め、騒音の中で目覚めた意識が「急げ」「逃げろ」の二つの言葉を理解したときは揺れる建物と相まって地震でも起きたのかと思ったが、履きなれたスニーカーをつっかけた状態で廊下に飛び出して数秒後、認識は緊急事態から異常事態へと変わり、その後は感覚的に危険を覚えた体が彼女の誘導に従っていた)――……は?(だが、流石にこの状況には疑問を抱かざるを得なかった。思わず受け取ったものの、手中には拳銃。どうして。問いかけて止めたのは、その答えの意味を考えている暇などなかったからだ)…くっ…!(敵が都合のいいタイミングまで攻撃を待ってくれないあたりは現実的で、「危ない!」誰かの声で反射的に避けたものの、銀の剣は先程まで当真が居た空間を切り、逃げ遅れたジャージの袖を僅かに裂いた。咄嗟に誰かに助けを、そう思って周囲に視線を走らせたが、湧き上がる悲鳴に彼らもまた救われるべき立場なのだと悟れば、大した効果があると思えなくとも無抵抗よりはましだと体が動く。じわりと汗の滲んだ手のひらで握り直した拳銃の照準を定め、引き金に指をかけたそのとき、)……っ!!(脳裏であの夜の子供がさあと笑った。すると、自分の意思ではなく、けれども確実に当真の右手は促されるままゆっくりと自らの眉間に銃口をあてがい、次の瞬間、 “ペルソナ”、聞き慣れぬその音を紡ぎながら躊躇いなく引き金に力を込めると、当真の中で何かが弾けた。「我は汝、汝は我、我は汝の心の海より出でし者…”アトラス”なり。」)アト…ラ、ス…(直後、目の前には蒼穹を支えた男の姿。解しがたい自己紹介の中で唯一拾い上げたその名を口にすると、不思議と彼は絶対的な味方であるように思えた。それは震える拳を止めるほどの力は持たなかったが、今怖がりの母さんが一緒でなくてよかった、なんて強がる余裕を生み出すくらいには確信に近く、大丈夫、うまくやれる、そんな気にさせてくれた)……いけるな。(問いに対して明確な反応はなかったが、彼の重苦に耐える虚ろな目に小さな光が宿った気がした。叩き潰す。やられる前にやってやる。これが夢でも何でも、こんなところで死ぬわけにはいかないのだから)アトラス…!(再びその名を呼ぶと、蠢く無数の手足から放たれた光る鋒を避け、巨躯がふわりと宙に浮く。彼に武器など何もない)アサルトダイブ!(ただただ屈強なその体に全てを乗せ、頭上に掲げた天を守りながらも怪物目掛けて自らの足を叩きつける。文字通り渾身の一撃。――いつの間にか拳の震えは消えていた。敵は叫び声をあげながら緩慢な足運びで数歩後退したが、完全に倒しきれたわけじゃない。それでも彼の捉えた手応えを感じ、乾ききった唇からは安堵の息がこぼれた)…っ。(途端、体中から力が抜けていく。コントロールを失った重い上半身を支えるにはすり減った滑り止めでは力不足で、履きつぶした足元から悲鳴。そして、)……かあ、さん。(その呟きを最後に、当真の意識は完全に途切れた) | |||||
(現実と混乱の中、中途半端に活動する脳が厭わしい―。) | |||||
(連日欠かさず行われる就寝前の勉強は此処に来る以前から日課として確立されているものだった。何時も通りの平穏な生活。そんな思考にフラッシュバックする、異質な深い闇と輝かしい満月―――いや、違う。アレは夢だったんだ。“非現実的な夢”。あの夜のことはそんな結論に至ったのだから、もう良いんだ。何時の間にやら止まってしまった手も、不自然に途切れたノートの文字も、気力を削ぐには充分過ぎた。背を押すように洩れた欠伸と共に全身を包む睡魔に身を任せた深夜零時の少し前。完全な睡眠へと移行しかけた脳に、微かな衝撃音が響いた)……、ん…?……はっ?…円さ…え?夜這……あ、いや、…ど、したん…?(「いいから早く!」――そう言ったのは誰だったか。並々でない焦りを見せる青い髪の少女の向こうには自身と同じく、疑問と困惑に満ちた表情をしている数名が見えた。異常事態に脳内で発令された緊急警報は否応にも脳の回転を速めてはくれるが、如何せん少ない情報量で得られるものなど想像による不確かな憶測でしかない。震動する建物を走り抜け、辿り着いた屋上という場所に思わず顔を顰めたのは、果たして自分だけだったのか)…個人的にホラーでもサスペンスでも屋上に逃げたらバッドエンドな気がすんのよな…。……ごめん、聞こえたか?…ごめんな。冗談だから気にしないでくれ。しっかりしろよ?(逃げ場のない場所で袋叩きか、追い込まれて飛び降りるか。小さな呟きにも過敏に反応した傍らの人間が、引き攣った顔を自分に向けていた。「落ち着け」、繰り返す。だがきっとその言葉は自分に向けるべきだった。視界一杯に広がる巨大なナニカに、目が、思考が奪われた自分に。――。――正体不明。少なくとも自分の海馬には居ない存在に、背を伝う汗が冷えていく。――こんな状況でも一時停止という手段を選ばなかった優秀な俺の頭脳よ。さっさと答えを導きなさい――。――とりあえず女の子でも庇っておけば?――眼前の光景に、分裂した思考が客観視する。こんな現実を主観的に考えてしまうことがひどく恐ろしく思えた。だから豊かな思考に溺れる意識を有り得ない現実に引き戻す少女の声音と、彼女が差し出した物に一瞬息が止まってしまうような感覚を覚えたのだ。――月の光を受けて輝く無機質な銀色。即座に思い浮かぶ銃砲刀剣類所持等取締法という言葉。何故、彼女が、こんな物を。それもお誂え向きにこの場にいる人間の数と同じ数を。今度こそ開きかけた唇が、諜し合わせたように一斉に此方に襲いかかる巨体に遮られ、―――。――『死ぬのか』と、思った。その時。脳裏に青い影と黄金と、銀色が焼きついた。生白い腕を高く掲げ、硬い感触が柔らかな桃色を掻き分けて頭皮に添えられる。銃口。弾丸が発射される場所。それを自分に向けたらどうなるか、利口じゃなくても分かるだろう。けれど今度は『死ぬのか』なんて思わない。脳裏であの少年が笑っていたから、だろうか。)―――…ペルソナ、(口にしたのは疑問でも悲鳴でもない。引き金を引くと同時、細かな光が弾ける視界にぼんやりと、それでいて確かに佇むもの。数秒後には“居る”という表現が的確であることを悟った。『我は汝、汝は我、我は汝の心の海より出でし者…“シェムハザ”なり』――。真っ直ぐに自身を見つめる醜い男が、低く掠れた声音を放った。彼の名前だろうか。聞いたことのない言葉なのに、何の抵抗もなく唇から滑り出した声には妙に馴染む――、)シェムハザ、「アギ」(闇に溶ける黒い手に、鋭利に輝く銀色に、そして気味の悪い仮面に向けて放たれた炎が花火のように散った。――途端に、急激に近付いたコンクリートが、冷たく硬い感触を頬に伝える。抗えない程の倦怠と疲労。化け物はどうなるのか。自分達は助かるのか。そんなことを考える余裕もなく、遠ざかる意識を手繰り寄せる術もない。この現状が“眠ることで覚める夢”なんて奇異なものでない限り、認めるしかないだろう。月の光に晒されたこの“非現実的な現実”を――。冗談も大概にしてくれ。歪めた唇が人知れず毒づいた) | |||||
(目の前の非日常に男はただただ、魅せらていれた。) | |||||
(彼の不思議な世界を体験してから数日。あれからこれといって何が起こる訳でもなく時間は過ぎて行き、今日もまた残りの退屈な時間を睡眠という方法を用いて終わらせようと制服のままベッドに横たわったのが数時間前。そのまま意識を落として眠りに就き、次に目覚めるのは窓から朝日が差し込む時間帯になるだろうと、そう思っていたのだが。壁を、否建物全体を震わせる重低音を伴う振動と、廊下より響く喧騒とが、元より眠りの浅い利川の意識を予定よりずっと早く浮上させた。手元の時計へと視線を落とせば時刻は0時丁度、これは単なる偶然か、あの不思議な世界を経験した刻と同じ時間。今此処で己の理解の及ばぬ何かが起こっていると理解するが早く椅子に引っ掛けていた制服の上着を羽織れば、廊下の騒ぎの根源たる集団と合流を果たすのか。上へ逃げろと促されるまま、集団の最後尾を周囲の焦燥に呑まれるような事もなくマイペースに追い掛けながら、頭の中で情報を整理して行く。とはいってもこの集団が建物の揺れを引き起こしているであろうナニかから逃れるべく、その逃亡先に屋上を選んだ。という事くらいしかわかってはいないのだけれど、恐らくそれが現状でわかる全てである事は共に逃げる寮生の顔を見れば察するに容易い。屋上に行けば袋の鼠、火事と同じで逃げ場がなくなるという事は一部の生徒が呟きを落としたように利川もわかっていた事だが、言及せず口を閉ざしていたのは勿論その方が面白くなりそうだと感じていたから。そして案の定、屋上には期待以上の非日常が巨大な満月を背にして待ち受けていた。――ぞくぞく、ぞくり。まるで身体の芯から総毛立ったような奇妙な疼きに思わず身体が震えて、無意識に両の腕を掴むように腕を組んだ。しかしそれらが恐怖から来ているものではない事は、利川の口元に浮かぶ歪な三日月が何より物語っているだろう。感じるのは未知の物への興奮。想像の付かない展開への期待。何時もの饒舌は熱に浮かれて鳴りを潜め、左手に握る銃の重みだけが今視界に映る世界をリアルと繋げてくれている中、こっちへ、明らかに己を狙って無数の剣を突き出す異形の怪物を碧色の三白眼が捉えては、狙いを定めて引き金を引こうとした、その刹那。)っ…、……?(――金色。満月にも似た二つの金色が、あの時の子供が、此方を真っ直ぐに見詰めていた。「さあ、」促すように彼が嗤う。するとまるで催眠で暗示を掛けられたように、最初からそうするつもりであったように、先刻まで確かに異形の怪物に向いていた銃口は気が付けば己が頭を打ち抜かんと添えられて、無機質な熱が額を押し上げていた。まるで時が止まったような錯覚に捉われる。引き金に掛けた指先を、ゆっくりゆっくり握り、そして――言霊を紡ぐ。)―――ペルソナ。(何かが脳裏を弾け、突き抜ける。否、押し出されたというべきか。「我は汝、汝は我、我は汝の心の海より出でし者…”マーリン”なり」声に導かれるように振り返れば、其処には煌びやかな装飾の付いた杖を持つ、全身を漆黒のローブに覆われた魔術師を連想させる異形の姿。)……愉しませてくれよ、(なぁ、マーリン? 利川の背後に佇むその異形が己の意の儘に動く事に不思議と疑いはなかった。まるで己自身の事であるように、マーリンと名乗った魔術師の動きが手に取るようにわかる。否、或いは己の意志の思うが儘に動くのか。此方へと突き出された剣を杖で受け止めながら不意に炎が弾けるヴィジョンが脳裏に浮かぶと、次の瞬間には魔術師は片手に提げた杖を振り翳し、異形の前で燃え盛る炎が弾けた。)ハッ……ハハ、……ハハハハ………アーーー…………とに、これなら…しばらくは、た…しめそ……だな――、―――――…。(ああ、これからが愉しくなりそうだというのに。眠気を伴う急激な倦怠感に足元が覚束かず、ふらりふらりと一歩二歩と、後ろへと後退する。抗おうにも気力も思考も次第に薄れ、霞んで殆ど機能しなくなった双眸に異形の姿を捉える事は叶わず、彼の異形がどうなったかもわからぬままに――背中が冷たいコンクリートに触れたのと同時、利川の意識は完全に深淵へと落ちた。) | |||||
4月9日 満月の夜 | |||||
>…? >シャドウの様子がおかしい。 一撃一撃はさほどダメージもなかったようだが、3人目が一矢を報いて気絶した後、しばらくしてから苦しみだした。 >!! >シャドウの体が崩れ落ちるように消滅した。 >どうやらシャドウは完全に消え去ったようだ。 >……もうすぐ影時間が明ける。 |
4月9日 満月の夜 | |||||
---|---|---|---|---|---|
女教皇のアルカナを持つ大型シャドウ。 長い髪を二つに結んだ女性のような姿。目元を隠す仮面をつけ、腰に布をスカートのように巻いている。 氷結系の技で攻撃を仕掛けてくる。 | |||||
(束の間の平穏を乱す悪しき夢に、浮かぶのは緊張と―) | |||||
(到着時こそおかしな出来事はあったものの、新生活は概ね順調に始まった――はずだった。少なくとも4月9日その日の夜、“今週のラッキーナンバーは12”等と書かれた雑誌を放り出してベッドに潜り込んだ時点では何の異変も予兆もなく、ただ緩やかに動き出した日常だけが糸川を取り巻く全てであったといえよう。しかしそれが甘い認識だと。ただあの少年と不可思議な現象を忘れたかっただけなのだと、そう気がついたのは激しい振動に目を覚ました後の事。寮内を駆ける騒々しい足音と人の気配、そしてドア越しでも切迫して聞こえる「危ない」「逃げろ」「屋上」といった叫びに部屋着の上にカーディガンを羽織っただけの格好で飛び出せば、同じように避難しようとしていた数人の後を追って訳も分からぬまま上へと向かう。もし地震の類なら外に出た方が良いのではと、一瞬冷静な思考が頭を過りはしたものの、何かに急かされるように足は階段を駆け昇り。やがて最上階の扉を大きく開け放ったなら、短い呼気と共に息を飲んだ)……っ、なに……この状況。意味わかんない。(数日前のように何処かが異質な昏い夜空の下、寮の屋上に現れたのは正しく異形としか表現できない化け物たち。巨大な満月を背にしたそれらは黒い体躯を不気味に蠢かせ、まるで狩るべき獲物を見定めでもしているかのようにゆっくりと此方へと向かってくる。ぞわりと粟立つ膚は生存本能が警鐘を鳴らしている証だろうか。しかし打ちっぱなしのコンクリートを踏む両足はその場に縫い止められ動き出そうとしないまま、救いや説明の代わりに横手から真剣な様子で差し出されたのは銀色に輝く凶器。本来の平静な糸川であればそんなものを目にしただけで強い疑念を抱き、警戒を隠すこともなく双子の片割れに噛みついていただろうが、この時ばかりは己の何もかもが狂いかけていた。銃を見下ろす灰青の瞳には恐怖も驚愕も怒りもなく、まるで他人事のように冷たい重みを手の内に収めたなら、銃口は視界の内に現れた少年の動作を真似るように額へと。恰もそれが必然であると言わんばかりに、引き金へ力を籠める)――――ペルソ、ナ、(銃声にしては軽い、何かが弾けるような音が響いた刹那、口をついて出てきた単語は意味すらも知り得ぬもの。祈るように閉じていた瞼を開くと、頭上には天球の縮図を携えた黒いドレスの女が一人、敵と糸川の間を阻むように浮かび上がっている。「我は汝、汝は我、我は汝の心の海より出でし者…”ウラニア”なり」――脳裏に木霊す声は相変わらず理解の及ばないものであったけれど、その名を耳にした途端、不安に押し潰され鈍りかけていた全ての感覚が急速に元に戻ったような気がした。だから糸川は対峙していた化け物に一歩踏み出すと、銃を持ったままの右手を真っ直ぐ伸ばして今一番の望みを告げる。即ちこの理不尽の原因を、正体のわからない敵を、取り除きたいと)消えて―…今すぐここから消えなさい! ジオ…!!(叫びに応え、ウラニアは楽器でも爪弾くような手つきで天球儀を回転させる。くるくると回る星の脈動が一層速くなった瞬間、糸川は虚空から放たれた雷が“敵”の上体を穿つの見た。だがそれ以上は急激な虚脱感に阻まれ、膝から崩れ落ちるように昏倒した身には預かり知れぬ事。他の寮生達の安否も、この戦いの行方も、そして自分自身に起こった出来事についても何ひとつ分からずに――暗く静かな夜の底へ、バラバラの意識は落ちて行った) | |||||
(何時かの続きのような光景に、脳は理解を放棄して、) | |||||
(趣味と呼べる趣味もなく、別段試験前でもなければ、規則正しい生活になるのは必然か。寝支度を終えベッドに入ったのは日付を跨ぐ、ちょうど30分程前の事。目を瞑れば直ぐに快眠出来る性質でも無いが、15分もあれば大方眠りに就くこはが出来る。勿論、それは本日とて例外ではなく。0時頃には完全に意識を飛ばしていた。けれど。―ガタガタガタ、廊下を行き来する複数の足音。響く、「急げ!」「大変だ」、等の大きな声。其処で寝ていられる程呑気な人間でもなく。半ば無理に起こされた不快感からやや乱暴に椅子の背中へ掛けてあったガウンを掴みそのままの勢いで寝間着の上に羽織り、室内履きのスリッパを足に突っ掛けただけの姿で、扉を開けて一歩、外に踏み出した。)何かあったんですか、…は?屋上?(複数人が行き交う廊下に、誰か一人から答が返ってくれば上々と、特定の誰かに問う訳ではなく空間に向けて問を投げれば、返って来たのは「とにかく上へ!」「逃げろ!」等と云う断片的な情報だけだった。思わず出た声は低く、やや威圧的な色すら伴ったが、焦りの色を濃くした人々にとってそんな事は問題ではなかったのか、今一度「とにかく急いで!」と背を押されて、不満気な色を濃くしつつも渋々足を動かした。)……そもそも、不審者にしても火事にしても、屋上よりも外を目指した方がいいんじゃ、(小さく反論を唱えながらも、素直に先導に付き従っている辺り、押しに弱い一面が垣間見えようか。そうして着いた屋上。その扉を開けた瞬間に視界に捉えた光景に、息を飲んだ。―それは、何時か見た。疲労から見た幻だと思い込んでいた光景その物だったから。)何が、(起こっているのか。―問う声は終ぞ言葉になることはなく。蠢く化物、何時か見た巨大な月、奇妙な色の世界。視線を巡らせば巡らせるほど、世界の奇っ怪さは増す一方。飲み込んだ言葉は、戸惑いと共に胸を駆ける。何が、どうして、どうすれば。そんな状況下で差し出された金属器に文句を言うこともなく、自然と手が伸びたのは、謂わば、本能。)ペルソナ(短く紡いだ言葉は、自身の物だったか、それとも脳内で笑う子供の物だったか定かではなかった。ゆっくりとこめかみに当てた銃の引き金を引けば、それと同時、子供とは別の声が脳内に響く。「我は汝、汝は我、我は汝の心の海より出でし者…”アストライアー”なり」)アストライアー…ジオ(突然現れた其の存在を認めると、何を考える間もなく動く口は、まるで自身の物ではないような感覚。理解し難い状況に頭よりも先に身体が動くこの感覚は、気味が悪いに違いないのに、何処と無く安堵にも似た気持ちも覚えていた。―呪を唱えれば、アストライアーは手に持つ秤を左右に揺らした。少し後、小さな雷鳴が轟く。そうして、女の化物の頭上に閃光が光ったのと同時、加賀美の身体は地に倒れた。雷が貫いたのは襲い来る化物の方であったのに、恐ろしい迄の倦怠感が身体を襲い、手足が痺れるような感覚すら。妙な疲労を訴える身体には冷えたコンクリートが気持ち良く、ゆっくりと瞼を下ろした。余りの非現実に追いて行かれたままの思考は最後まで事態を理解する事はなく。意識が完全に消える少し前、「夢であれ」と願うばかり。) | |||||
(非現実的な現実に惑う暇も与えられずに向き合うモノは―) | |||||
(適度な緊張と疲労は入眠を円滑にさせるもので、元々あまり夜更かしの習慣の無い主の部屋には0時を迎えるずっと前から安定的な呼吸音と時計が時を刻む音のみが響いていた。初日の不可解な出来事も気になることと括られたまま、新生活の中では頭の隅に置かれ続けている。この三日は出会った人の名前や新しい場所を記憶することに容量を割いてしまっていて、本日とて改めてあの日の事を思い返すこともなく眠りに就き、また朝を迎える――筈だった。時間帯を思えば異常な安眠を妨げる騒々しさに自ずと開いた瞼は、部屋の外の様子に不審を懐いて黒いカーディガンを羽織り、部屋の外の様子を窺うべくそっと顔を出す。青髪の双子の少女の姿を見付けて声を掛けるよりも前、寮全体に伝わる衝撃と彼女の指示を聞いたのがどちらが早かったか、どちらにせよ何かしらが起きている事は把握出来たけれど。)……屋上に、行けば良いんだよね?(地震に対しての避難誘導はにしては彼女の言葉は合わず、何らかの危機が迫っていることを認識したのならば、不安げな下がり眉の儘に問い返す声は落ち着いていた。急かされるような返答を受けて急ぎ屋上へと向かう前に、他の寮生達の存在を気にして辺りを見渡せども同様に屋上に向う様を捉えたのなら、自分も屋上へと向かって――その屋上の在り様に、声を、失う。怪しげな月を背景に存在する巨大な異形の物達を映して瞠る眼が、驚愕に固まって。現か、夢か。手渡された拳銃の感触がそれを余計に惑わせる。目前の異物が醸す危険に響く警鐘とて、悪夢の一部と化してしまいそうではあるけれど、夢であれ現であれ、危機への対抗手段と成り得る代物ならばと冷たい拳銃を握る力を籠めて、銃口を女性の姿に似た異形へ向けた、刹那。少年が、笑った)――…ペル、ソナ(異形を映したまま、銃口は米神に宛て、喉を震わせ声を出し、引き金に力を加え――「我は汝、汝は我、我は汝の心の海より出でし者…”アナト”なり」。響き渡る声と同時に現れた別の異形に対して生じるものが恐怖ではないのは、その姿形の違いに因るものではない気がした。少年の行動と同じそれであったのならば、笑ったのもまた彼に倣ってのことであったかなど、自分の口許の形を認識しなければ考えることさえ出来ないこと。誰に言われるでもなく対抗手段を得たと認識した頭は躊躇を覚えず、彼女の向こうの異形を捉え直して)アナト、……シングル、ショット!(静かな声音が名を呼び、命じた直後には彼女の得物が異形を貫いた――未知の異形に対峙して懐いた本能的な恐怖を上回る感覚は、果たして何だったか。攻撃を受けた異形の反応や結果を見ることどころか現状の問題への解決や周りの面々のことを残したまま、心身を苛む虚脱感に襲われて敵いそうにない。自立が出来ぬ人形の如く地に崩れ落ちる体は地面に倒れる衝撃を認知することもなく、重たく落ちてくる瞼が視界を狭めて行くのに抗えず、――暗転。) | |||||
4月9日 満月の夜 | |||||
>…? >シャドウの様子がおかしい。 一撃一撃はさほどダメージもなかったようだが、3人目が一矢を報いて気絶した後、しばらくしてから苦しみだした。 >!! >シャドウの体が崩れ落ちるように消滅した。 >どうやらシャドウは完全に消え去ったようだ。 >……もうすぐ影時間が明ける。 |
4月9日 満月の夜 | |||||
---|---|---|---|---|---|
女帝のアルカナを持つ大型シャドウ。 かなり丸みを帯びた人型の姿。頭の部分に仮面をつけている。女王のように豪華な装飾品を身にまとい、ステッキを持っている。 ステッキで攻撃を仕掛けてくる。 | |||||
(悪い夢であれと願いながら、手に残る拳銃の感触は生々しく―) | |||||
(――引っ越し初日、深夜に不気味な体験をした以外は特に異常もなく過ぎ去った三日間。あの時の奇妙な記憶も恐怖もそう簡単に忘れられそうにはないが、時間という魔法が徐々に薄めてくれるだろう。ただ、まだ慣れたとは言い難い環境で知らぬ間に疲労が溜まっている為か、習慣の夜更かしも影を潜め、其の日も0時前に就寝。真壁の体は0時前に寝ると早すぎるのか、目覚ましより随分早く起きてしまうのだが。それだけ体内時計が狂っている証拠であろう。が、安眠は乱暴に破られる事となった。飛び込んできた女性に異常事態だと叩き起こされ、押しこまれるように屋上へ避難。然し、残念ながら避難失敗。其処には既に大型の謎の物体がうじゃうじゃしていたのだ。訳も分からぬ侭、真壁の前に立ち塞がるのは丸っこい人型の姿をした謎の物体。しかもステッキらしきもので容赦なく攻撃まで仕掛けてくるのだから性質が悪い。絶体絶命の四文字が脳裏で警鐘を鳴らし続けていた時、手渡されたのはずしりとした拳銃。其れを手にした途端、女の脳裏には何時かの不思議な子供が出現し―其の動きを見よう見まねで真似するのだろう。もし実弾が入っていたら死ぬのではないかと懸念する余裕もなく、真壁は無我夢中で自らの頭に宛がった拳銃の引き金を引いた。すると頭の中に何処からか唐突に“ペルソナ”の四文字が点滅する。其の英単語の意味なら知っている、然し何故そんな単語が頭の中心を陣取るかまでは分からない。ただ、思考をなぞるように「ペル、ソナ…?」と頼りなげに口に出してみる。――目の前に突然現れた、頭に角のある人魚のような謎の物体は「我は汝、汝は我、我は汝の心の海より出でし者…”セイレーン”なり」と名乗った。悠然とした其れとは対照的に置いてけぼりを食らった状態の真壁は呆然。暫くまともな言葉も出てこなかった。)――……なっ、…なに、何これ…!…セイレーン?(あまりに急展開が過ぎる状況に目を白黒させながらも、奇怪な物体は簡単に逃がしてくれそうにない。戦いは好きではなく出来る事なら避けたいが、この状況では無理な様子。静かに雫を揺らすセイレーンなるペルソナを畏怖の入った瞳で見上げると、)も、もうよく分かんないけど…お願い、私を助けて!(そう懇願するように叫び、目の前の敵を指差した。其の言葉を命令と受け取ってくれたのか、敵に焦点を定めたセイレーンは何処からか敵の目前に氷の塊らしきものを出現させた。そして氷塊は敵に衝突し、大きな音を立てながらガラガラと派手に砕けた。其れが敵に多少のダメージを与えられたらしく、ほっと胸を撫で下ろした―のも、ほんの数秒。真壁は自らの気力が空っぽに近い状態であると気付くが早いか、遠くなる意識と共にぐたりと其の場に倒れ伏していた。そして瞬く間に視界は完全な闇色に塗り潰されるのだった―どうかこんな心臓に悪い出来事はこれきりになりますようにと叶わぬ願いを抱きながら。) | |||||
(享受し難い現実を見据える双眸は然し、恐怖に満ち――) | |||||
(煌々として狂気的な輝きを放つ月の下、命の息吹が潰えた世界に立ちはだかる棺の狭間にて金色の瞳を宿す少年との邂逅を果たしてから早数日。躊躇いは愚か疑念すら抱かず過日の出来事を現実として受け止め順調な新生活を送っていた徳永の日常は満月の支配する今宵、脆くも崩れ去る事と相成った。早々にして翌日の準備を済ませ床へと就いたほんの数時間前までは平素と違わぬ静寂が世を包み、白く静謐な光に満ちた月が夜空に灯っていた筈なのに。突如建物全体を襲った地鳴りに目を覚まし、平素傍らに携える傘を手に跳ね起きた徳永の視界にはあの日と同じ異様な世界が広がっていた。一体何が起きたのか――少なくとも地震にしては長すぎる大きな揺れに眉を潜めた刹那、部屋へ飛び込んできた少女の姿に予感は確信へと移り変わる)そう……少なくとも貴女は私より現状を把握しているみたいだわ。(口振りから欠落した危機感を埋めるように訳知り顔の彼女へ従う足取りは迷い無く極めて速やかに。運動から遠ざかって久しい身体を引き摺って階段を駆け昇れば張りつめた緊張と危機感に唇は微笑みを失くし、浅い呼気を吐き出すのみ。導かれるが儘に最上階の扉を越えたその先は――変容した異質な世界。無機質な仮面、豪奢な装飾、巨大な月を背負い辛うじて人型を保った異形が胸中に深く眠った恐怖心を揺さぶった)……、…世の中、知らない事だらけね。(常識では存在し得ぬ化物に目を奪われ、茫然と硬直した徳永がそれでも不意に落ち着きを取り戻したのは周囲の寮生たちが一様にして危険に晒されていると察したから。襲い来る恐怖はいつしか体中を支配して、傘を握る指先は込めた力で白く変色しそれでも尚、微かな震えが止まらない。現状を打破すべく最善策を探らんと恐らく最も沈着にして現況を把握している彼女へ視線を向ければ返す言葉に代わり、鈍く光る拳銃が目前へと突き付けられ、)……貴女には全てお見通しだったのかしら?(予定調和の如く数の揃った拳銃へ向ける困惑は一瞬。手にすれば伝わる冷えた感触に息を詰めるも不意に奇怪な月光を遮った影に空を仰げば、ステッキを振り翳す巨体の姿が双眸へと飛び込んだ。異形が齎す永劫の終焉さえ穏やかに享受せんと密やかにけれど強く閉じた瞼の裏、明滅する世界に揺らぐ三日月と金の眼差しは紛れも無く何時か出会った彼の少年。その所作を辿り本来ならば怪物へ突き付けるべき銃口を己が蟀谷へと宛がい――)ペル、ソ…ナ……。(薄く開いた唇が象る音色に乗せて引き金へと込める力と確かな意思。刹那、闇を裂いて現れた純白の双翼と大きな傘を纏い慈愛に満ちた笑みを湛える女神のベールに秘された眼差しが不安や恐怖を包み込む。「我は汝、汝は我、我は汝の心の海より出でし者…”レアー”なり」――脳裏に反響す音に身を委ねれば張りつめた緊張の糸は次第に緩み、自然と弧を描く口角は宛ら玉座に身を委ねる女にも似て、)……レアー(怪物へと片手を翳しながら零した囁きに呼応して、女神が傘を振り翳せば徐々に霞み行く視界の先で敵を穿つ氷塊が音を立てて崩潰する。揺らぐ世界は悪夢の幕切れか、それとも事切れる命の灯が見せた最期の輝きか。襲い来る急激な疲労感に倒れ伏せば最早思考を巡らすだけの余力は無く、現実を受け止める事も適わぬ儘、暗転した意識は深く果て無き闇へ誘われて――) | |||||
(非現実的な世界の月下で、本能は警鐘を鳴らす。) | |||||
(真夜中、夢を見ていた。あの日だ。世界が不気味に満ちた夜の、不思議な少年との対峙。何度問うても答えは返って来ることはなく、少年はあの日と同じ台詞を繰り返し、そして笑う。───思えば、其れが前兆。目の前が揺蕩したのも一瞬、玖珂の意識は現実へと引き戻される。ベッドの上で感じた衝撃に外界の喧騒、起き抜けの頭でも唯事じゃないと理解するのは容易い。気怠そうに身体を起こし、寝癖で好き勝手踊る髪を手櫛で直し乍ら、部屋着の侭で扉を開いた。焦る女子生徒の声、走る寮生の足音。喧騒が直接耳に届く。何なんだよ、と此の異常事態に眉を顰めていれば───「ヤツらが来る。上へ急げ!早く!」───切迫した響き。其れに押されるように上へ、上へ。玖珂は裸足の侭で階段を駆ける。 そして辿り着いた先、勢い良く扉を開け放つ。逃げ場のない其処。月下、濃紺の虹彩が捉えたのは四つの影だ。伝うのは冷や汗、竦むのは足。あの日とは違う、明らかに“異形”である存在が其処に居た。)夢なら覚めてくれ、……って、こういうことを言うのかな。(口許を掌で覆った所為でくぐもった声は落ち、まるで悪夢のようだと思う。一介の寮生に、出来ることなんて何一つない。只、奴等が去ることを祈るだけ───の、筈だった。四つの影のうち一つが、玖珂を捕えた。本能が叫ぶ。『やばい』 其れは、死を覚悟した瞬間。迫り来る死の予感に、咄嗟に横へ跳ねて其れを避ける。躱せなかった髪が一房落ち、玖珂の居た背後の壁には痛ましい跡が残る。一歩遅れていれば、確実に死んでいた。背筋がぞわりと、悪魔の指でなぞられる感覚がする。再び影が此方を見た。───死ぬのか。今度こそ、終わると思った。 でも、終わらなかった。不意に玖珂の手許に渡ったのは、冷たい銀の拳銃。普段決して握ることのない其の重みを掌に感ぜれば、ふと、あの少年の姿が浮かぶ。夢のように、あの日のように笑って、指先を米神に宛てて言った。───「さあ」───まるで此の身に乗り移ったように、彼と同じ仕草を取る。其れは衝動、そして本能。一度、濃紺を瞼の裏に隠すように瞳を閉じたのなら、再びゆっくりと前を見据える。そして、唇は動く。)ペ、ル、ソ、ナ───……?(一文字ずつ、言葉は紡がれる。知らぬ間に涌き上った言葉を口にするのと同時、米神に宛てがった銃の引き金を躊躇いなく引いた。其れは玖珂の脳髄を突き抜けるわけでも、鮮血を散らすわけでもなく、玖珂の前に一匹の狼を現した。───「我は汝、汝は我、我は汝の心の海より出でし者…”フェンリル”なり」───罪人が如く、身体に鎖を纏わせた狼は言う。互いの濃紺を突き合わせ、意を決したように玖珂は前を向く。冷たい空気を吸い込んで、彼の名を呼ぶ。)フェンリル、………スラッシュ!(考えるよりも先に唇が動く。玖珂の叫声に答えるように狼は鎖を引き千切って空を駆け、影を切り裂くように爪を振り翳した。狼の牙を伝う涎が地に水音を響かせ、彼が影を捕えたのだと知るよりも先に、玖珂の意識は遠離る。冷たい地に動かぬ身体は落ち、力の入らぬ四肢に唇を噛むことさえ出来ない。感覚の薄れる指先に、何を掴むことも叶わない。そして、暗転。意識は下へ、下へ。暗色の絵の具で塗り潰されたように混沌とした、何処までも黒の続く世界へ落ちて行った。) | |||||
4月9日 満月の夜 | |||||
>…? >シャドウの様子がおかしい。 一撃一撃はさほどダメージもなかったようだが、3人目が一矢を報いて気絶した後、しばらくしてから苦しみだした。 >!! >シャドウの体が崩れ落ちるように消滅した。 >どうやらシャドウは完全に消え去ったようだ。 >……もうすぐ影時間が明ける。 |
4月9日 満月の夜 | |||||
---|---|---|---|---|---|
皇帝のアルカナを持つ大型シャドウ。 胴長の人型の姿。頭の部分に仮面をつけている。赤いマントを身につけ、剣を持っている。 剣で攻撃を仕掛けてくる。 | |||||
(寝ぼけ眼が覚醒後目にする現実こそ”夢”らしく、) | |||||
は〜〜……いまなんじ…………(帰宅食事入浴を済ませ自室に戻るなり催した眠気の如何なるかはその様相から推して知るべし。寝床に座す特大テデイベアに倒れこむやいなや猛烈な生理現象に身を委ね数時間、寝入るタイミングが突然ならば目覚める瞬間も同じだとばかり、顔上げ滑らかな毛と柔い感触から離れる瞬間もまた唐突だった。うつ伏せたお陰で毛並みの判が押された頬を撫でながら、薄暗闇の中右手が掴んだ携帯電話の電源ボタンを押すと同時、待ち構える右側の眩さに対応すべく瞑った双眸は、何時になっても瞼の裏でその光を感ぜぬと液晶を注視して、どうも電源が落ちているようだと悟れば深い溜息を伴に独りごちて漸く体を起こした。戸越しの喧騒につられその扉を開けたその折、隣の住人へかける声を聞き入れてしまったものだから、)え?なになにどうしたんですか、ってゆか、(尋常じゃあない剣幕と急げの一声に気圧され階段を駆け上がる頃には眠気を払い覚醒し終えていたけれど、代わって脳内を占めるのは無知に因る大きな不安感である。己と同じく階段を駆け上がる生徒らに多少の安心感は生まれども払拭には遠く、誰を対象にするでもない声と問いかけは愚痴とも捉えられよう、)ってゆかどしちゃったのあの感じ、なんかコワいってば〜。まさか不審者が来たとかじゃないよね、避難訓練とかだったら怒っかんねこんな夜、に………………(人は得体の知れないものに恐怖心を抱くという。二の句を継げずにいたのは扉の先位置した物体が正に得体のしれない”何か”であると確信したからに違いなく、異様な明るさでもって照らすあの不気味な満月が恐怖心を煽るから、雀の涙ほどの度胸では応対など出来るはずもない。己らを前にして分かり易く敵対心を抱く彼らへ心の臓を叩く脈拍、”ここで終わることこそ運命””怖い離れたい逃げたい”、交互に思い浮かぶ相反する2つの情操を前にして、女は優先すべきひとつを選べない。ずりり。瞼を下ろすも着火済みの逃走本能がゴム底がコンクリートを擦ったその折、己へ手渡された物体は鈍く光る武器一丁。平時の精神状態であったら―紅のマント纏い得物を手にする物体を前に平時の精神状態を保つ自信もないが―その銃口を物体へ向けたろうに、なぜだか何時になく強い”そうしなければならない”確信に突き動かされるように銃口を米噛みに充てがった。脳裏に蘇る先日の子どもの姿をして用意された”今すぐ引き金を引く”若しくは”とにかく引いてみる”の選択肢は二つに一つ――震える指先は然し、引き金を引かねばならぬと知っていた。)ペル……ソナッ!……教えて!!(「我は汝、汝は我、我は汝の心の海より出でし者…”テュケー”なり。」両目を覆い隠し車輪を携えた女が発した一声は脳髄に満ち満ちて、同時に浮かんだ一声を叫ぶ声は震えたせいか大きさの割に情けなく、ぎゅうと瞑った眼をその儘に、この状況に如何なる対応をすべきか如何に臨むべきかを問うた。女が頭を垂れる様に車輪に触れた折吹きすさぶ風が当の物体を切りつけたところで、足が萎えたかぺたりと地面に座り込むようにしてから先、立平の意識はまた途絶えることとなる。唐突に動いた運命や如何に、行く末は誰も知らない。) | |||||
(終わりも始まりも、すべてが夢のようで。) | |||||
(何処で過ごそうが児玉の日常は何ら変化を来さぬらしく、食べる寝るを中心に回る世界は今日も今日とて平和であった。転校先の生徒教師の顔と名のひとつも未だ一致させる事は出来ず、自らが住まうこの寮に在する彼と彼女の存在もそう。無関心がどこまで続くかはさておき、無駄に干渉して来る者の居ない環境はなかなかに心地が良くて、気儘に過ごすのに酷く適していたけれど――それが今宵、大きく形を変えるとは誰もが予想していなかっただろう。見渡す先は一面の闇、深い深い眠りについていたその最中、突然建物中に走った衝撃はそんな児玉の意識すら覚めさせるものだった。違和感を覚えながらも地震と断定すればベッド付近には特に荷物を置いていないしと再び枕に顔を埋めるつもりだったけれど、只ならぬ緊張感を孕んだ青い髪の女が部屋へ飛び込んで来たのだから、眠気眼をこすりながらも皆に続き屋上へ避難する他道は無かった。薄々と感じていた異変が確かなものとして意識に落ちたのは、デジャヴのような満月と、言葉では言い尽くせぬ生き物の姿を捉えてからのこと。果たしてこれが夢であるのか現であるのか、確証なんてものは何もありはしないけれど。少なくとも巌戸台へ降りたあの日と異なり、周囲には自身と同じく――表面的には恐らく自身以上に怯えた面々が居るのだから、それだけで他人事のように軽い気持ちを抱けたのは確かである。とは言えこの異質なものを排除出来る程の力など到底持ち合わせてはいないのだ、どうすればと揺れる気持ちは平生よりも不安定で、――アタッシュケースから取り出された凶器を手にした所で、その不信感が薄まることなどなくて。されどその戸惑いを見透かしたかの如く、仮面の先の顔が不気味にわらった気がした。額を伝った汗に寒気を感じ、反射的に構えた銃口は一度は敵を捉えたけれど。引き金を引く力は緩めぬままに、それは導かれるようにゆっくりと、己の蟀谷へとあてがわれる。乱れた呼吸は、すべてが恐怖心からではない。頭の中で少年が笑う。その呼び掛けに応えるように、引き金をがちりと引いた。)――ペルソナ!(無我夢中に飛び出した言葉が何を意味しているかも分からぬまま、目前に現れた老人を双眸が捉える。「我は汝、汝は我、我は汝の心の海より出でし者…“オーディン”なり。」その存在も異質なものには代わりないけれど、不思議と“それ”がこの現状を何か変えてくれると、そう思わせてくれる力を感じたものだから。)オーディン、……突撃!(その一声に応じて、彼の持つ槍が敵に叩き付けられる。槍は確かに敵に打ち付けられ、けれどもそれと同時に自らの力が抜けて行くのも感じた。ふらりと眩んだ意識、声を出す間もないうちに視界は再び黒へ染まりゆく。これは夢なのだろうか。あの異質なものは何だったのか。ここで倒れて、いのちはあるのだろうか。小さな疑問が幾つも渦を巻く中で、眠るように落ちた意識は、どこまでも深く、深く。) | |||||
(現実は絶え間のない恐怖だけを抱かせて。) | |||||
("どうして"──喉の奥から発した声は、然し音にすらならぬまま、虚空の彼方に消えていく。震える四肢。逸らせぬ視線。顎を伝う汗。息をすることすら忘れ、赤萩はただ、濁流のようにやってくる恐怖心に抗えずにいた。広大な月下に屹立する、4つの影。対峙するはその1つ、本能的に相性の悪さを感じ得ないような、酷く攻撃的な姿をした怪物だった。血色に染まったマントが視界の中で大きく揺れ、赤萩はもう一度だけ、悲痛な叫びを口にする。)ど……して、(どうして、こんなことになってしまったんだ。──先刻、不穏な物音に弾かれるようにして目を覚ました。元々眠りが浅い為、直ぐ身体を起こすことに抵抗は無かったのだけれど。思えば、静寂に包まれている筈のこの時間帯、自室の外が異常なまでに騒がしいことに、もっと警戒心を抱くべきだったのだろう。もっと早く事態に気付いていれば、こんな屋上に逃げ込まなくても良かったのかもしれない。否、寧ろこんな事態が起こるもっと前に、何か行動を起こしていれば──追い詰められた脳裏に過ぎるは、そんな後悔ばかりで。それもその筈だ。何かを考えていないと、何かを恨んでいないと、"死"という言葉に怯えた思考が、痛いくらい警鐘を鳴らすから。対峙する巨大な影は、今にも此方を切り裂こうとせんばかりで、赤萩は見張った視線で只管「来るな」と念じる程度のことしか出来ない。極度の緊張と恐怖で、最早身体は酷く冷え切っていた。その温度を紛らわすかのように、グローブを忘れた両手を擦り合わせ、息を荒く吐き出す。けれど、上手く呼吸が出来ない息苦しさから、赤萩は思わず瞳を閉じかけた。その時だ、不意に一丁の拳銃が、この両手に渡ったのは。)な……、(その凶器を寮生全員へと配った少女へ、素早く目線を向ける。どういう心算だ。形にならぬ困惑と非難を目で訴えるも、返ってきたその声には、最早小さく笑う他無かった。自嘲に塗れた笑みで、他力本願かと一人ごちる。素手に触れるその慣れぬ感触に、右手は震えを増す一方だ。これをどうやって撃てというのか──それとも。いっそ、自殺でもすれば楽だろうか。そんな思考に自分自身で戦慄したことが、正に要因。今まで以上の隙が生まれるには充分だったのだろう。面前の敵が明らかな攻撃の姿勢を取っていることに気付いたのは、奴が自身との距離を充分に詰めた後のことだった。……ああ、もう、)………死ぬのか。(覚悟らしい覚悟も出来ぬまま、霞んでいく視界。その奥で、いつかの少年が笑った。「さあ」──促されるその声に応える余裕など、ただの少しも無かった。恐怖と興奮が入り混じった酷く滑稽な表情を浮かべ、初めて強く拳銃を握り締めれば、)………ペル、ソナ……!!("何故か""そうしなければならないような気がして"──こめかみに中て撃ち抜いた銃。それが齎したのは、死では無かった。四枚の羽根を纏い、妖しく笑う、まるで天使のような存在──。「我は汝、汝は我、我は汝の心の海より出でし者…”ザフィエル”なり」心に灯る小さな火。届いた声は、不思議と、赤萩の恐怖心を拭い去っていく。)あ……が、……ガルッ!(まるで彼女に促されるかのように口を吐いて出てきた呪文に応じて、目の前の怪物に緑色の何かが落ちる。やったのか。否、これは──然し、それが風であると気付く間もなく、何が起きているのだと考えるよりも先に、視界は霞みを通り越し、黒く深く落ちていく。薄れゆく意識の中で、二つの大きな眼を見たような気がしたけれど。僕を見るな──平素ならば抱くこの台詞等思い付く暇すらなく、寧ろこの攻撃の行方を見届けられないもどかしさにこそ包まれて、静かに闇へと身を投げるのだった。) | |||||
4月9日 満月の夜 | |||||
>…? >シャドウの様子がおかしい。 一撃一撃はさほどダメージもなかったようだが、3人目が一矢を報いて気絶した後、しばらくしてから苦しみだした。 >!! >シャドウの体が崩れ落ちるように消滅した。 >どうやらシャドウは完全に消え去ったようだ。 >……もうすぐ影時間が明ける。 |