（瑠璃浜鑑台駅前。こじんまりとしたカラオケ店の一室で、電子目録のタッチペンを操る指先は華やかなネイルチップに彩られている。長い髪がカーテンさながらに目録を隠し込んだものだから、隣に座す友人の手が金糸のカーテンに伸びた。）ちょい待ち！　今ねアラカルトチャレンジしてんの。知らん？　みんなの気分アラカルト当てるゲーム。いま作ったんよ。アタシが。（さも当然のように暴論を展開する一方、カラーコンタクトによるピンクの双眸は液晶に釘付け。まっすぐなまなざしは真剣そのもので、メニュー画面を余さず吟味してはページ遷移を繰り返す。いくら頬を押されようとも。いくら頬を小突かれようとも。いくら頬を揉まれようとも。いくら――）ねーあのさ！？　くすぐったい！（おもむろに顔を上げる。じゃれ合いの心地よさに綻ぶまなじりをそのままに、口先ばかりの不平不満を添えて電子目録を差し出そう。しかし眸子に映る友人の表情は暗い。不可思議な違和感に目を丸めて、様子をうかがうように瞬いてみる。かくして天内粧子は友人の思いがけない真情と相対することとなった。）「ウチさ、進路で悩んでんだよね」……？（つい復唱してしまった。瞬きが増える。無音の大混乱だ。）えっ……マジで言ってる……？　悩んでんの？　進路で？　今から……？（語られる将来の不安に聞き入ること暫く。重々しい沈黙を押しのけて、ゆっくりと唇を開こう。）なんか……カッコよくない……？（しじまに馴染む密やかな感想だった。しかしその数秒後、）えっヤバ！？　進路！？　進路で悩んでんの！？　カッコよ！？（興奮のままにソプラノが爆ぜる。すっかり上気した頬は憧憬を宿し、友人の肩をむんずと掴んではそれはもう大きく揺さぶった。担任教諭をはじめとする協力者の尽力によって紙一重の進級を果たした問題児である。遥か彼方としか思えない卒業後のアレコレに悩む思慮深さに感動していた。）いや普通にカッコいいでしょ。照れんでもいいじゃん、あとでみんなに聞こ！　え？　アタシ？　う～ん……う～ん……あ、男爪！　男爪めっちゃ悩みだわ。このチップめちゃかわい～！　サイコー！　ってなっても自爪はみ出しまくんのマジで悲しい。オーダーチップありがとうすぎる。（憂うように俯く睫毛に冗談の類は一切ない。幸い単純な思考回路の持ち主であるから、友人から一言でも称賛を賜れば「やんね～！？」と笑顔を咲かせるのだけれど。）てかさ？（くちびるを真一文字に引き結ぶ。）ずっと思ってたこと言っていい？（唐突な真顔。友人の首肯を見届けたのち、黙したままタッチペンで曲名を打ち込む。そうして現れたページの一部を指さした。）生音ってさ、生首に似てない？　字面。（なんともいえない沈黙が場を満たす。ややもせず友人が呆れ交じりに破顔して、悪戯好きの手が両脇に伸びてきた。きゃいきゃい騒ぐふたりきりの空間は、怒涛のアラカルト配膳ラッシュが訪れるまで続くはず。）