（朝、予鈴の鳴るよりも幾ばくか前の頃合い。双鏡学園高等部の出入口前にて、毅然と背筋を正して佇む青年の姿があった。この時間帯のこの場所にその青年が居る理由はといえば、風紀委員としての使命ゆえ。これまでにも、定期的に繰り返してきた使命だ。）そこの二人、止まりなさい。自転車の二人乗りは危険です。降りて、歩いて下さい。……ああ、そちらの君。君は今、歩きながら携帯ゲーム機を見ていましたよね。我が校の校則が比較的寛容といえど、学園へのゲーム機の持ち込みとなれば校則違反ですので没収します。（登校する生徒たちの風紀検査。双鏡学園では著しく道に外れた生徒は数少ないかもしれないが、そこは年頃の若者たち、若さ所以の細々とした規則違反は絶えないようだ。次々と違反者たちを指さしては、冷然とした声を投げかけてゆく。いかにも融通の利かない風紀委員の空気を読み取れば、大方の生徒は素直に従ってくれる。没収品は慎重な動作であずかり、のちほど生徒指導室に引き取りに来るようにと指示を出したりの一通りののち、巡らせた視界に引っかかった一つの光景。）……ああ、そこの君たち。（眼鏡のフレームに指先をかけ、また別の生徒たちを呼び止めた。）複数でよってたかって、一人に対してその行為は宜しくないでしょう。止めておきなさい。（俯いて歩む一人の生徒の背後に、まとわりつくようにしていた三人の生徒たち。俯く姿を指さしたり小突いたりして嘲笑う様相。一種の虐めの行動と察して、歩み寄って睨みつける。すると、注意を受けた側は面白くなさそうにしながらも、そそくさと立ち去っていった。嘲笑われていた側は風紀委員へ小さく会釈すると俯いて校舎へ消えていく。その背を見送って青年は唇を一文字に引き結び、一拍後にさらに居住まいを正した。それから風紀検査を再会する。）そこ、シャツのボタンを開けてはだけ過ぎです。服装の乱れは心の乱れ。（また、声を張る。規律とは校則だけではなく、家庭で教わったものも同様だ。風紀委員としてのみならず、人として指摘し正さねばならない事柄も多くある。些細なことであろうと拘り、相手から嫌そうな顔を向けられても一つ一つ、正してゆく。）