（ある老人の葬儀に参列したのは、通学路の並木道が美しく色づき始める季節のことであった。あの人のように立派な先生になってね。そう母から言い聞かされて育った「あの人」と実際に対面した時、彼は既に棺の中に横たわっていた。一般参列者の席に座り、形ばかりの焼香を終える。恩師を慕うかつての生徒らが涙流して別れを惜しむ中、涙のひとしずくもこぼさずただぼんやりと遺影を見つめる学生服姿の青年はこの場に不釣り合いであった。喪主に呼び止められたのは葬儀の後、義務は果たしたと家路辿ろうとしたところで、精進落としと送りの車の用意があるから骨上げまで付き合いなさいと温度のない声で命じられる。そこから先は、記憶がところどころ欠けている。誰と話すこともなく火葬場に向かい、だだっ広い待合でぽつんとテレビを眺め、初めて会った優しそうな女性と焼け残った足の骨を拾った。知らない人物の思い出話が耳を通り過ぎていく中、天ぷらやら刺身やら茶碗蒸しやらを食べ、それが意外にも美味であったので、妹と母を差し置いて自分だけが温かく品数の多い食事を摂ることにひどく罪深いような気持ちになったのだけが鮮明な記憶である。そこからしばらくして後、鵜飼倫央の生活は一変した。子供二人を食わすために働き詰めだった母親が仕事を減らした。夕食は大抵倫央が作るのが常であったのだが、それが週三回ほどに半減した。学費の高い私立の高校に転校することになった。妹の宿題の音読を聞くのは倫央の役目であったが、それは帰宅の早くなった母の仕事になった。）あーちゃん、今日はひき肉が安い日だから、夕飯はにいちゃん特製ハンバーグカレーにしようか。あーちゃん運動会で頑張ってたから、目玉焼き乗っけたスペシャルなやつ。（小学校まで迎えに行った幼い妹の手を引きつつ、歩調を合わせてスーパーに向かう。今日のチラシと冷蔵庫の中身と小学校の給食の献立をいっぺんに頭に浮かべながら夕飯の献立考えるのはもう慣れっこになっていた。庇護すべき小さな手がきゅっと力を込めたのが分かる。うろうろと彷徨いながらゆっくりと上がってくる視線は、何か言うべき言葉を探しているかのようだった。足を止め、しゃがみ込んで目線を合わせる。軽く首傾げれば、おずおずと口が開かれた。みちくんあのね、から始まるやや舌ったらずなお話に耳傾けるうちに眉根が寄せられる。だがそれも一瞬のことで、すぐに柔和な笑みが浮かべられた。）そっか、今日あーちゃんの言う通りお母さんがみんなで美味しいもの食べに行こうかって言ってた日だったね。にいちゃん夕飯作ることばっかり考えてるから、すぐ忘れちゃうんだよな。お母さんのことがっかりさせちゃうところだった。あーちゃん、教えてくれてありがとう。（日々の習慣じみた家事たちはほとんど無意識のうちにこなすものになっていたので、まだケアテイカーの振る舞いが抜けきらない。思い返せば今日の迎えも母が担当すると言っていた気もする。生活が楽になってからの母の張り切りは、これまで子供に割けなかった時間を今から取り返す目論見が透けて見えた。幼い妹はそれに順応できようが、あと数年で成人という年頃になった倫央には自らがこれまでうまくやってきたやり方にケチをつけられるようで、わずかな鬱陶しさと言い知れぬ不快感を感じていた。夕陽が照らす中、二人で引き返して家路を辿る。夕ごはん何だろう、お母さんどこのお店に連れてってくれるんだろう。早く帰って来るといいな。弾む声と歩調が語る妹が抱く母への愛は、己と違い全き美しいものであった。）